南北、東西貫く共通の闘い、国際連帯で重み

パンデミック
欧州はもはや参照例ではない
アジアの経験には多くの教訓 条件困難な同じ闘いに支援を

ピエール・ルッセ

 以下ではルッセ同志が、日本では情報が乏しいアジアでの新型コロナウイルス感染状況を取り上げつつ、欧米とも対比させていくつかの論点を提起している。欧州中心主義が完全に時代遅れであることを指摘した上で、今後の国際連帯をも論じ、アジアのいわゆる途上諸国の民衆的イニシアチブ支援の重要性を強調している。(「かけはし」編集部)


 パンデミックの進行は、各国の状況と政策を比べるのが欧州におけるよりもはるかに困難なアジアで、特に違いがある。しかしながらわれわれは、必然的に断片的になろうが、二、三の考察の道筋を見極めようと試みることは可能だ。
 地域的流行の各国の動きは、南アジア、東南アジア、極東という大きなグループの中でも相当に違いがある。これらの地域の各々で諸国家は、時として目立つほどにパンデミックの抑制に達し、あるいはしばしば劇的にそれに失敗してきた。地域的流行はインドネシアで特に全面的な発展期にあり、今年七月一三日現在、過小評価とはいえ公式記録で感染者が七万五六九九人、死者が三六〇六人になっている。こうした違いの理由は何だろうか?

対応の遅れが致命的結果招く

 対応における第一の要素は、当局が行動を起こす速度だ。遅れが長くなればなるほど、地域的流行もそれだけ悪性になった。これが、当初の中心であり、パンデミックへと扉を開いた、明らかに中国の事例だった。北京はこの点で非常に重い責任を負っている。しかしそれは中国だけのことではない。
パンデミックはまず欧州に到達し、それは長いこと主要な中心になった。ほとんどの欧州国家の対応は遅れ、この遅れが理由になり、パンデミックは資本主義的グローバリゼーションに特定的な貿易の密度が高めた力に基づいて他の大陸へと広がった。
遅れることなく抜本的な行動をとった諸国は、地域的な流行を抑制でき、あるいは根絶すらもできてきた(そしてパンデミックの広がりに力を貸さずに済んだ)。これは特に、記録された感染が三七二件、死者ゼロ、また数週間新規感染がゼロのベトナムの場合だ。これはまた、特定された感染例が四四九で死者七人の台湾の例でもある。タイは、死者五八人を含んで感染者が三二二〇人だが、もっとも重要なこととして、これまで四五日間以上新規感染がまったくない。
アジアの致死率に関してわれわれがもっている記録は、住民一〇万人当たりで、ベトナム〇・〇、台湾〇・〇三、タイ〇・〇八、中国〇・三三、マレーシア〇・三九、シンガポール〇・四六、韓国〇・五六だ。欧州でわれわれがもつデータは、同じ基準でデンマーク一〇・五〇、ドイツ一〇・九四、ポルトガル一六・〇九、スイス二三・一一、オランダ三五・七三、アイルランド三五・九七、フランス四四・八〇、スウェーデン五四・二七、イタリア五七・八三、スペイン六〇・七九、英国六七・五〇、ベルギー八五・六四だ。地域的感染傾向調査や公的情報の質に結びついた偏りを考慮したとしても、これらの数字が語るものは自ずから明らかであり、ジョンズ・ホプキンス大学の遂行している追跡作業はいくつのも参照情報を提供している。

公共衛生政策と住民自らの行動


もう一つの語る価値のある点は、基礎的な衛生モデルが果たした役割だ。ベトナムのような国の包括的なケア能力は極めて低い。それでも、非常に高いリスク(隣国中国との貿易)にもかかわらず、そこには最良の結果が諸々ある。実際、基本的な防護方策は複雑ではない。つまり、検査、感染した個人の隔離、彼らが接触したことのある人々の監視、マスク、手洗い、消毒だ。
スリランカではこれまでのところ、報告された感染者二六一七人のうち、死者は一一人「だけ」だった。これは、不幸なことに新自由主義的諸政策によって脅かされているとしても、高度に発展した公共衛生システムがまだ存在しているという事実によって説明されている。地域的感染を事実上抑え込んだ諸国では、衛生政策実行のためにしばしばソーシャルネットワークを動員する――タイの驚くばかりの事例同様、政治的当局から多少とも自立的に行動する行政部によってか、それとも政府によってかのどちらかで――ことで、公的当局が首尾一貫したやり方で介入した。
最後に、衛生と地域的感染症のリスクに関する民衆の文化(再度タイ)、同じく住民自らの行動が果たした大きな役割を思い起こそう。これは特に香港の事例だった。そこでは住民が即座に、また自然発生的に、当局の当初の立場とは逆に、自らマスクをつけた。ベトナムではソーシャルネットワークが、海外から戻った全員に向けられた強制的隔離を逃れようと試みた一人の裕福な女性を強く非難した。人々は、彼らの政府の(間違った)言明を基礎にマスク着用を無用と判断した国内在住のフランス人に命令を下すよう求めた。フランス政府は、彼らがやっていなければならなかったことのまさに反対を何週間も唱導し、やむなく迫られたこと(全般的な不足によって)を進んで行ったように装ったのだ。

「拡大鏡効果」と欧州中心主義


Covidパンデミックには「拡大鏡効果」がある。つまりそれは外見の背後にある現実に光を当てているのだ。フランスはもはや大国ではないが、しかし権威主義体制を授けられている従属的な帝国主義国で、その公共衛生政策の実行や展開の当事者として、ケアを受ける人々やケア提供者の代表を加えることを拒否している。より一般論を言えば、西側はもはや、医療分野を含んで世界の基準ではない。欧州中心主義はかつて以上に判断における惨害を呼ぶ過ちに導くのだ。
わが指導者たちは、このパンデミックが一つの危険だといつ実感したのだろうか? イタリアが打撃を受けたときだ。つまり彼らは、アジアで問題が起き進行していたとき、それを見ずに済ましていた。彼らは、アジアの経験から学ぼうとしてきたのだろうか? 彼らはそれらをほとんど見くびった。
たとえば二〇〇三年のSARS勃発時にベトナムでWHOを代表したパスカル・ブルドンが認めているように、問題は新しくはない。当時WHOは、まだ効果的な国際協力という役割を果たしていた。そして多くの各国チームが支援とこの危機から教訓を得るために、やってきた……しかしフランスからはほとんど誰一人来なかった。
彼女はメディアパートによるインタビュー(二〇二〇年四月六日)で、「われわれがすでに大規模な地域的感染を経験済みであったときに、公共衛生システムが〔フランスで〕正常に動かなくなっていた様にぎょっとさせられた。WHOが一月末にアジアにおける国毎の感染例増大のリストを明らかにしたとき、対応する時間はまだあった。まさに聞き届けられなかった合図がいくつかあったのだ」と語った。

パンデミック統御と諸々の境界

 地域的感染が根絶させられなかったところでは再発のリスクがある。韓国はこれについて痛苦な経験をしたばかりだ。韓国は実際、休暇の過ごし方について、海外への旅行よりも国内にするよう決定済み……で、ウイルスは再び広がった(フランスへの警告!)。それは、特に経済の国際的交易があらためて成長中である以上、海外から持ち込まれる可能性がある。
世界的なパンデミックが統制されるまで、そして効果的な治療法も長期に有効な予防ワクチンもまったくない中では、地域的感染の再発というリスクがあるのだ。こうしてベトナムとタイでは、現在新しい日毎の感染例が出ている。
入国する人々の隔離(各国民と家に戻る住民をはじめとして)は極めて効果的な方策となってきたが、しかしわれわれはその範囲を理解しなければならない。三月二五日、ベトナムでは四万五〇〇〇人が隔離されていた(注)! 当初のふるい分けは特に空港で行われた。症状(発熱その他)のある全員が病院に送られ、その他は隔離された。
地域的感染の「境界」は何よりも、集団(クラスター)、感染の集中点、の境界であり、それはあらゆるところに置かれ得る。つまり、国の真ん中でも、国境のどちらかの側でも、あるいはその縁に(フランスではアルザスの例)でもだ。
パンデミックの前では全住民の運命が結びつけられる。「一国内の衛生」では不十分であり、政府間協力が統一的諸政策の展開を可能にしなければならない。しかしこれが現実ではないのだ。
アジアでは、世界のほとんどの地域同様、より良いものであろうが、よりまずいものであろうが、各国の国境が依然として公共衛生政策が配置される空間の限界を定めている。パンデミックを前にして、国境がもつ超越性は、諸政府がしばしば互いに対立的な公共衛生政策を遂行しているからにはなおのこと、決定的必要性と現在の不能性の双方を示している。その問題はわれわれが闘わなければならない一つの戦略的な目標だが、しかし闘いは困難な条件と力関係の下に置かれている。

体制の人質としての公共衛生


アジアは明らかに経済大国に法外な強さを与えている新自由主義の世界秩序に対し人質になっている。しかしおそらく、「自由でゆがみのない」競争と多くのメンバー諸国の脱工業化をその規則としているEUほどではない。同時にアジアには、インドのモディやフィリピンのドゥテルテのような、そのドナルド・トランプ版がいる。
パンデミックは南アジアで急拡大中だ。一四億人の人口をもつインドは、感染者数で三位の国であり、感染者八五万人、死者二万三〇〇〇人が公式記録だ(この数字は大きく過小評価、と見られている)。政府は、「国内」移住労働力(インド人、また外国人ではない)に全く注意を払わなかった。しかし彼らは帰郷途上で、意図せずに地域的感染を広げた。
注意すべきこととしてシンガポール(感染者数四万五〇〇〇人)では、当局が移住労働者を保護するために何もしなかったおかげで二六人が死んでいる。公共衛生の非常事態の時でも当局は、第二ゾーンに置かれた(非)市民を「無視する」傾向があり、それは、地域感染症学の観点から見てむこうみずな姿勢だ。
ナレンダ・モディは彼の権力を、ヒンドゥーウルトラ民族主義(ヒンドゥートバ)に基礎付けている。彼はこのパンデミックのど真ん中で、象徴的な衛生方策を遵守しつつ、カシミール(インド側)の海抜三九〇〇メートルに位置し、シヴァ神に捧げられたアマルナス洞窟に向かう、熱烈な信者数千人の聖地巡礼を組織した。これは、モディの民族主義が拡張主義的であり、そこにこの地域の領土的狙いがある以上は、なおのこと懸念を呼ぶ決定だ。
パンデミックとの闘いはまた、WHOをめぐって織り合わされている地政学的対立の人質にもなった。この機関は、基礎的な衛生システムを助成し、信頼できる衛生情報を提供する効果的な媒体だった。米国(そして大製薬資本)は常にその機能のあり方――投票権は資金拠出を基準にするのではなく、国毎になっている――を問題にしてきた。
トランプは、一般論として、一国主義決定論の名目で多国的政府間協力の国際的フォーラム諸々を爆砕しているからにはなおのこと、先の伝統の一部になっている。彼は、WHOからの米国離脱のプロセスを始めたばかりだが、彼が次期大統領選に勝利すれば、それは一年以内に効力をもつことになるだろう。
このすべてに、北京とワシントン間の地政学的対立の震央が今日インド洋・太平洋という作戦舞台に置かれているという事実が加わっている。そしてそこでは、各国がどちらに着くかを選択しなければならない。こうしてオーストラリアは、中国との緊張を高めると決定した。われわれは特にアジアで、より多くの協力へではなく、より高い緊張へと動こうとしている。パンデミックにとって好都合になるには十分だ!

パンデミックの時代の連帯


新自由主義政策の世界規模での全般化をもって、国際連帯運動の均衡は変化を遂げた。「伝統的な」南北連帯(明らかに適切さをとどめている)に加えて、普遍化された諸政策と対決する共通の闘争がもつ重みが増大した。
Covid19がもつ「拡大鏡効果」は、これがどれほど真実かをまさに確証している。世界的パンデミックの中では、南北、東西共通の戦闘がある。「底辺からの連帯」が展開されているあらゆる国で(私が知る限り)、特にロックダウン期間中、孤立した人々、政府の諸方策では忘れ去られた人々(未公認移民その他)を助け、もっとも基本的な必要を確保するために、似たようなイニシアチブが発揮されてきた。たとえば民衆的食糧配給所がこの連帯の象徴になった。
アジアでは、「周辺化」により苦しめられている住民層は極めて多数になる。民衆の救援組織は、この非常事態に立ち向かうために彼らの活動を再設定しなければならなかった。つまり、優先的な必要(食料、日用的な衛生用品キット、心理的あるいは教育的な支援、その他)への対応だ。それらの組織は、このために彼らの以前からある連帯のネットワークを利用した。この目的に向けてそれらは、何年にもわたって練り上げられてきた計画を時として一時棚上げしなければならなくなった。多くの場合、それらの可能性を限界つけている非常に困難な条件の中でそれらが活動しているからだ。
ミンダナオ(フィリピン南部)のMiHandsの例を考えよう。それは、あらゆる類の人道的惨事に対処するために周期的に動員される約五〇のネットワークを調整している。この島は戒厳令下にある。警察あるいは軍は紛れもなく、大統領から免責権を得ている。遠出には面倒さがつきまとい、当局(支援を確実にするためにはそれらとの協力が必要)の「寛容」度は所在地と時に応じて違いがある。軍事的紛争が進行中だ。山岳先住民(ルマド)の先祖伝来の領域は、特に標的になっている。これらのコミュニティが森との共生の中で生きているのに、諸企業は彼らの大切なもの(木材、鉱物資源)を強欲に求めている。
これらの情勢を前に援助の使命は、他の進歩的な連合の支援を得た紛争解決の試みと組にならなければならない。将来情勢が改善されるとの兆候はまったくない。これらのネットワークを運営している活動家たちは、エネルギーをすり切れさせるストレスを経験中だ。
われわれは共通の闘いを行っている。しかしフィリピンのような国では、それをはるかにもっと困難な諸条件下で継続中なのだ。それらこそわれわれの支援に値する。(二〇二〇年七月一三日)
(注)「ガブローチェ・タイランド」二〇二〇年三月二九日、が提供している数字。(「インターナショナルビューポイント」二〇二〇年七月号)

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