新しい左翼政治組織の形成に向けた実践的踏み出しを
――社会主義的オルタナティブのために(下)
(4)情勢の転換の兆しと新しい左翼の可能性
資本の新自由主義的グローバリゼーションの矛盾の顕在化に抵抗する大衆的運動の兆しは、一九九五年末のフランス公務員労働者のゼネストと一九九七年の反失業欧州大行進、一九九六年にサパティスタが呼びかけた新自由主義に反対する国際会議を主体的な助走期とし、一九九七~九八年のアジア金融危機から国際金融危機への波及を通じて一挙に拡大した。日本ではこの時期、バブル崩壊による「不良債権」問題を契機にした金融機関の倒産に対して国家資金をつぎ込む等々という形で「危機」が実感されていたのだが、国際的にはこのアジア―世界金融危機を通じてラテンアメリカにおける爆発的大衆運動と左翼の復権が姿を現し、「ダボス」に代わる反グローバリゼーション大衆運動=「世界社会フォーラム」がその準備を整えていった。
一九九九年十一月~十二月にシアトルに結集しWTO閣僚会議を失敗させた運動は、その重大な転換点であり、以後資本の代表が集まる国際的なイベントのたびごとに国境を超えて活動家が結集し、直接的抗議行動を展開するという闘いが拡大した。その上に二〇〇一年にブラジルのポルトアレグレで第一回世界社会フォーラム(WSF)が開催され、世界的・地域的あるいは各国ごとに「TINA(There Is No Alternative)」に「Another World is Possible (もう一つの世界は可能だ)」を対置する運動のダイナミズムが始まった。このプロセスは、多くの分岐・対立をふくみながら今日も基本的に継続しており、第四インターナショナルの同志たちは、その内部できわめて重要な役割を果たしている。
新自由主義的グローバリズムに対抗するこの運動の中から、未だきわめて不安定で萌芽的なものではあるが、「社会主義をめざす階級闘争」の歴史的サイクルの消滅に代わる「反資本主義的オルタナティブ」の主体的萌芽が登場した。
そしてこのダイナミズムは新自由主義的グローバル化と表裏一体のものである「対テロ」グローバル戦争に反対する運動と重なり合っている。二〇〇一年の「9・11」が解き放ったブッシュ政権の「対テロ」戦争は、イラク侵略の前夜に全世界で千五百万人もが参加する空前の反対デモに見舞われた。メディアはそれを「もう一つのスーパーパワー」と評価した。今日、その運動ダイナミズムは後退しており、それは国際的な主体状況の弱点でもあるが、反グローバリゼーション運動と反戦運動が重なり合って発展したという事実そのものは、今後の可能性として意識的に掘り起こされるべきであろう。
「もう一つのグローバル化」運動は、各国の国内政治における大きな流動と左翼の政治再編に結びついている。ラテンアメリカにおける相次ぐ左翼政権の誕生がその典型であり、二〇〇五年のフランス・オランダにおける新自由主義的EU憲法の拒否、そして二〇〇六年三~四月のフランス反CPE闘争の勝利は、この闘いが明らかに政権問題もふくんだ左翼の再編・統合の土台になっていることを示している。この勝利は「社会自由主義」の枠組みを突破する新しい大衆的な反資本主義左翼の登場の可能性を内包しているのであり、そこでの攻防が最大の焦点になろうとしている。
しかし帝国主義と労働者・民衆運動との国際的力関係は、いまだ労働者、民衆にとって圧倒的に不利である。ブラジルにおけるルラ政権とPTの新自由主義政策への傾斜、イタリアにおける共産主義再建党の「中道左派」政権への参加など、反グローバリゼーション運動の一定の前進が作りだした新たな左翼潮流への萌芽は、いまだきわめて不安定なものであり、新自由主義の枠組みを突破する新たな労働者階級の攻勢をいまだ作りだしているわけではないことの反映である。今日のグローバルな力関係の中で作りだされた左翼勢力の新たな分岐と再編に第四インターナショナルもまた直面している。その中で反資本主義左派の確固たるオルタナティブ勢力をどう登場させていくのかという課題について、われわれもその課題を共有していかなければならない。
(5)日本での新たな左翼再編の必然性
(a)
一九九九年八月に開催されたJRCL18回大会は、旧第四インター日本支部の分裂とベルリンの壁の崩壊から十年間の経験を総括しつつ、われわれの闘いの位置と役割を再整理した上で、「今日、世界的にスターリニズムの崩壊を通じて、従来のイデオロギー的対立を超えた左翼グループの新たな再編成が進んでいる。……われわれが将来における日本の左翼グループの再編成を構想する時、こうした反資本主義左翼の組織的結集の展望を射程に入れる必要がある。しかしそれは労働組合運動や社会運動の抵抗勢力としての再建と相関関係にある。当面、われわれはそうした反資本主義政治勢力形成のための左翼の政治的・組織的再結集のイニシアティブを発揮する状況にはない。今日の日本の状況においては、労働運動や社会運動の中での共同と討論関係の蓄積を通じて、信頼関係を作りだしていくためのきわめて初歩的な段階にしかないことを確認し、われわれは反資本主義的オルタナティブを担う政治勢力を形成する条件を作りだしていくために闘わなければならない」と述べた。
二〇〇二年八月の第19回大会は、「グローバルな平和・人権・公正・民主主義」の実現を軸に新しい社会主義的オルタナティブを追求するとともに、この左翼の組織的統合(regroupment )の課題について「『反資本主義的左翼』のための具体的挑戦を彼岸化するのではなく、それを今日的にどのように意識的に推し進めるのかとして課題を設定しなおさなければならない」と、より積極的にイニシアティブをとろうとする努力の必要性を強調した。
この変化は、明らかにわれわれの転換への踏み出しを意識するものであった。そこには二つの背景があった。
第一は、客観的情勢の変化である。国際的にはブッシュの「対テロ」グローバル戦争への踏み出しと新しい世代を結集した反グローバリゼーション運動の大衆的サイクルの始まりであり、国内的には小泉内閣による新自由主義的「構造改革」政策の本格的な開始による政治・社会・経済の抜本的作り替えとブッシュ戦略と一体化した「戦争国家」体制作り・憲法改悪への踏み出しである。現在の「米軍再編」という米世界戦略への自衛隊の実戦的動員は、それを端的に示すものである。政党関係では、自民・民主のブルジョア政党二極化構造が作りだされ、旧来の「護憲左派」=共産党と社民党は、国政選挙での得票率約一三%・議席占有率五%以下という極小勢力へと落ち込んだ。
第二は、それに伴った左翼の側の主体的政治再編が運動的にも組織的にも具体的に要請され、さまざまな動きが開始されているという状況が現に存在していることである。そのことは二〇〇三年のイラク反戦運動においてベトナム反戦運動以来、約三十年ぶりの数万人単位のデモが行われ、一種の「社会的現象」ともなったこと(現在マスメディアでは、欧米では大規模なイラク反戦デモがあったが日本ではなかった、という評価が通用しているが、それは事実に反する)や、反グローバリゼーション運動への一定の関心の広がり、あるいは地域的な不均等性はあるものの憲法改悪への危機感の深まりと「九条の会」などへの共感の増大も見られる。
もちろんこの第二の側面について、われわれは過大評価すべきではないし、左翼の危機と大衆運動の側の後退局面は基本的に継続したままである。そして新自由主義的「市場原理」のもたらした矛盾が二極的「格差社会」という形で多くの人びとに理解されはじめているにもかかわらず、それは大衆的抵抗という形をとって現れてはいない。また自衛隊の海外派兵の恒常化、「米軍再編」に表現される「対米追随」の深まり、「嫌中・嫌韓」という排外主義的ナショナリズムが、社会的閉塞状況の中で新自由主義政策の打撃を最もこうむっている若年層の中に広がっているという現象がある。
しかしそうであればこそ、左翼の側の意識的な挑戦と現状打開が切実に求められていると言わなければならない。そしてそれは言うまでもなく第四インター勢力としてのわれわれの「単独」での闘いではなく、「トロツキスト」というイデオロギー的潮流の枠組みを超えた共同の「左翼オルタナティブ」政治勢力を目指す踏み込みを要請している。
(b)
第四インターナショナル15回世界大会は「広範な反資本主義的プロレタリア党の建設」決議の中で、われわれの目標について以下のように述べている。
「われわれの目標はプロレタリア党の建設である。それはすなわち、
反資本主義的で、国際主義的、エコロジスト的、フェミニスト的であり、
広範で、複数主義的で、人びとの意思を真に代表するものであり、
社会問題に深く結びつき、労働者の世界の当面する要求と社会的希望を確固として押し出し、
労働者の戦闘性、女性の解放への願い、青年の反乱と国際的連帯を表現し、あらゆる形態の不正に対する闘いを取り上げ、
自らの戦略を議会の枠を超えたプロレタリアートと抑圧された人びとの自主的活動と自主的組織に基礎づけ、
資本の収奪と社会主義(民主主義的で自主管理的な)に向けた鮮明な立場を取る、
そうした党である」(FI15大会決議「第四インターナショナルの役割と任務・広範な 反資本主義的プロレタリア党の建設」 『15回世界大会報告集』p108)
こうした「プロレタリア党の建設」とわれわれの現実との距離ははるかにへだたっている。しかしそのことは「情勢の成熟」、「大衆運動の攻勢局面への移行」への待機主義をもたらすものであってはならず、流動化のきわめて初歩的な段階からの闘いが求められているのである。
「新しい左翼政治勢力の統合」への討論を呼びかけた二〇〇五年二月の19期9中委決議は、「われわれがこれから呼びかけ、ともに作りだそうとする政治組織は、いますぐには大衆的基盤を持った新たな左翼イニシアティブとはなりえないだろう。それは当面、過渡的な性格を持った将来に向けた『先行投資』であ」ると主張した。
われわれが挑戦しようとする新しい左翼政治組織の建設とは、過去の時代に規定されたイデオロギー的アイデンティティー(繰り返し主張してきたが、われわれはこのアイデンティティーを放棄するわけではない。むしろそれを新たな時代に向けて継承・発展させようとする)の相違や経験の相違を超えて、複数の潮流が共同して行う新しい時代の「綱領」を作る出発点なのである。
われわれは、新しい時代の反資本主義的左翼のオルタナティブが、われわれの「単独」の力では実現しないことを理解しなければならない。「社会主義に向けた階級闘争の歴史的サイクルの終焉」という時代の混迷の中から、地球と人類の未来を閉ざす資本主義の限界を突破する闘いの可能性を現実の流れとして登場させるという課題は、長期かつ困難で粘り強い「試行錯誤」を必然とするだろう。われわれはあらゆる独善的セクト主義を排して、その課題を共有するすべての政治グループとともに共同の挑戦を開始していかなければならないのである。
(6)再編はどこから始まるか
(a)憲法改悪・米軍再編をめぐる政治的流動化の始まり
日本における政治情勢の流動化は、小泉政治の五年間がもたらした結果をベースにして始まろうとしている。
「9・11」以後のブッシュの「対テロ」戦争と小泉政権の無条件的追随を背景にした、「日米同盟」関係の急速な再編成とグローバルな軍事一体化。それに対応した「戦争国家」化と憲法改悪への最終的な政治プロセスの開始――「戦後憲法」の明文的改悪は、新自由主義「構造改革」の貫徹による旧来のブルジョア政治体制の変動を基礎にしている。そして小泉内閣が強行した二〇〇五年の「郵政解散」と九月総選挙は、小泉自民党の圧勝を通じて、派閥支配を基礎にした旧来の利益配分型の「日本型福祉国家」システムの終焉と、新自由主義的「競争万能主義」のイニシアテイブが支配体制の中で優位を確立したことを劇的に確認するものとなった。それはまた、排外主義的国家主義の機運が大衆の支持を集め、「靖国」問題を焦点に東アジア外交関係の危機と新たな政治的分岐を作りだすことになった。また「格差社会」―二極分化的階級社会の矛盾がクローズアップされ、小泉「構造改革」への批判が本格的に始まる契機ともなった。
しかし、この流動化は、新自由主義への労働者・市民からの社会的抵抗闘争の弱さに規定されて、ブルジョアジー内部からの「伝統的共同体主義的」な新自由主義への批判、あるいは新自由主義が主導する「東アジア共同体」的観点からの対中・対韓関係改善の要求の流れと未分化である。それは欧州などで進行する左翼の側からの「社会自由主義」批判の結晶化を伴ったものではない。
こうした局面の中で、新しい左翼の再編・統合のための展望は、「改憲・米軍再編」に反対する運動の中から出発せざるをえない。中心的にはここ数年の「改憲」政治過程の煮詰まりの中で、すでにさまざまな「再編」の動きが討論の俎上にのせられつつある。
その流れは共産党や社民党などの既成政党から新左翼政治潮流もふくんですでに始まっており、紆余曲折はありながらも具体化していく必然性を持っている。
共産党内部からの「9条の会」や選挙問題を軸にした「共同戦線」方針をめぐる流動の可能性(「平和共同候補」など)。
社民党――党における協会派のイニシアティブの確立をめぐって
新左翼系――「第三極」論と左翼統合問題へのそれぞれの動き。「緑」派の流れ。
こうした中で、共産党や社民党との「反改憲」統一戦線を射程に入れつつ、非共産党左翼の側での統合をどう具体化していくかをめぐって、われわれの実践的・組織的方針を立てていかなければならない。
すでに述べたように、今日の日本における労働運動、社会運動の状況は、こうした「改憲」・「戦争国家体制」づくりへの情勢の切迫にもかかわらず、新自由主義的グローバリゼーションにもとづく二極分化的「格差社会」への批判を自らの階級的闘いとして貫く流れはいまだきわめて分散的・個別的な水準にある。それは政治的レベルでは米国的な「市場原理主義」に対して、共産党もふくめ欧州社民の「社会的資本主義」的あり方を対置する傾向に集約されている。こうした現状に規定されて、新自由主義的グローバル化が要請する憲法改悪に対する闘いは、全体として「9条護憲主義」の枠組みの中で展開されている。
われわれは、今日の反改憲=「9条護憲」の運動が全体として「国民的共同戦線」という枠組みで行われることに対して、冷やかな態度を取るべきではない。むしろ「国民的」に改憲問題が焦点となり、「米軍再編」=日米軍事一体化と自衛隊の海外派兵が恒常化されていく現実の中で、「9条改悪」に反対する全国的・地域的な共同戦線(「9条の会」など)の一翼を主体的・積極的に担い、それを発展させていくことの重要性を確認すべきである。
それと同時にわれわれは、「二極分化」の中で拡大する非正規労働者、外国人労働者の闘いへの取り組み、民営化・規制緩和など「優勝劣敗・自助努力」の構造改革路線の貫徹がもたらす失業、医療・福祉切り捨て、権利の解体などに抵抗する労働者・市民の闘いを意識的に担い、「反グローバリゼーション運動」の意識的な担い手として、始まったばかりの「格差社会」批判の意識を、国際的な反資本主義的意識と結合するための努力を強化していこうとする。
われわれが提起してきた「リベラルの壁」を突破するための闘いは、現実の反改憲・反戦闘争への主体的な取り組みと共に、新自由主義的な「構造改革」路線への批判をラディカルかつ国際主義的に組織していくことの中に貫かれるのである。
こうした闘いの中で、われわれは昨年二月の中央委員会で決議した「新たな左翼統合に向けた討論の呼びかけ」を現実化していくための努力を継続していかなければならない。それはまさに将来に向けてわが同盟が労働者・市民運動に対して果たさなければならない責任なのである。
(以下略) (平井純一)