国民の健康を犠牲にした議定書の対立

数字の対立をやめて公共医療を語ろう

アン・ジョンホ

 韓国政府の2000人規模の医学部定員拡大の発表、そしてこれに反発した専攻医の集団辞職で始まった医療騒動は、すでに1カ月目に突入している。政府と医師による強者対強者の対立はチキンゲームの様相を呈しており、その被害はそのまま労働者民衆に転嫁されている。診療や治療が間に合わないのはもちろん、予定されていた手術すら延期されている。事態が長引けば、重症または救急疾患の患者にいつ深刻な状況が起こるか分からない。また、時間内に治療されなかったことが原因による患者の後遺症がどのような波及効果をもたらすかも分からない。議定書の対立が破局に陥れば、医療システム自体が崩壊する可能性すら排除できない。
 医師たちは、医師の数は不足していないという。しかし、韓国において医師一人が診療する患者数が他の国に比べて圧倒的に多いこと、医師の長時間労働と著しく高い労働強度、また医療従事者に対する過酷な搾取に依存している医療機関の現実などを見ても、医師数が不足していることは明らかである。韓国が誇る高度な医療へのアクセスや短い診療待ち時間などという主張についても検討の必要がある。自己負担医療費の割合が高く、地方の救急および必須医療の能力はかなり脆弱であるという現実から私たちは目を逸らしてはならない。
 医師たちは、必須医療の崩壊や地方の医療空白は医師の数ではなく、医療人員の配分の問題だと主張する。しかし、市場競争秩序の維持という前提において医療人材の配分が問題だとする主張は、結局「健康保険医療報酬を引き上げよう」というものに過ぎない。例えば、必需医療分野にもっと多くの診療報酬を支給することで、その医師数を増やすことができるというのだ。
 しかし、診療報酬の引き上げによる誘引策はすでに失敗している。胸部外科の診療報酬を2倍に増やしても、胸部外科の志願率は上がるどころか、むしろ減少した。収益性と競争が支配する市場秩序において、医療人材が収益性の高いところに集まるのは必然である。さらに、どれだけ医療報酬を上げれば必需医療と地域医療が正常化するかも分からない。診療報酬を引き上げても、必需医療の破綻と地域医療の崩壊の問題は解決しない。むしろそれは、巨大医療資本の利益だけを増大させ、健康保険財政を危うくするであろう。
まともな解決策を出せない医師たちによるやみくもな反対は、大多数の労働者民衆の目には自分たちの食卓を守る集団利己主義に基づく行為に映るだけである。公立大学設立反対など、韓国社会で医師たちが間違った特権意識を示してきたのは厳然たる事実である。

医学部定員拡大というポピュリズム

 もちろん、この事態の一次的な責任は政府にある。政府は現在の医学部定員を3000人増やすと言いながら、拡大規模に対する科学的根拠も、拡大された医療人員の配置に関する具体的なロードマップも提示しなかった。政府は韓国の医療問題の核心は医師数不足であり、医師数を増やせばすべての問題が解決するかのように振る舞っている。どのような医師が「どこに」「どのように」存在するかを隠蔽し、「どれだけ」存在するかのみを主張しているのである。
 国民の大多数が賛成しているという理由で、具体的なロードマップもなく、ただ「医師数の拡大」に突き進む政策はポピュリズムに過ぎない。増員を発表する前に出した「必須医療パッケージ」も予算や具体的な計画もなく、希望事項だけを書き出したものに過ぎず、既存の失敗した政策や実現可能性のない政策を並べただけである。

 突然の大規模な医学部増員発表がもたらす波紋を政府が知らなかったはずがない。誰もが推測するように、これは選挙用の企画である。まるで医師たちの集団行動を誘導したかのような政府の一方的な発表と強引なやり方がそれを物語っている。2022年の貨物連帯のストライキを弾圧した政府が、今回も「利権カルテル」として医師を悪者にし、支持率上昇という利益を得ているのである。
 一部の人々は、この事態が結局、一種の政治的ショーで終わるのではないかという見方をしている。到底実現不可能な政策を打ち出し、緊張が極大化した時点で妥協案を提示する英雄を作り出すことで、政治的効果を最大化するのではないかという推測である。もし政府が本当に政治的なショーとしてこの事態を企画したのであれば、それは民衆の健康を犠牲にした選挙戦略であり、そのような卑劣なふるまいは到底容認できない。

医療産業化のための医師数増員?

 一方、政府の医学部増員拡大政策がいわゆる「医療民営化」、つまり医療産業化のための医療人材の拡充を目的としたものだという分析もある。尹錫悦政権発足以降、保健医療部門では「公共」という言葉自体が消えた。新型コロナウイルス感染症の流行期間、感染症専門病院として役割を果たしてきた地方の医療院に対して、政府は6ヶ月の回復期損失補償金以外に何の支援措置も講じなかった。また、経済性がないという理由で蔚山医療院と光州医療院の設立を中止させたりもした。
 一方、健康保険の保障性の弱体化や保険の拡大をもたらす「健康保険改編案」、医療営利プラットフォームを許可する非対面診療の制度化推進、健康管理を産業化する「サービス産業発展基本法」、「非医療健康管理サービス試行事業」、個人の健康情報と保健医療データに民間保険会社が容易にアクセスできるようにする「健康情報高速道路プラットフォーム」、デジタルヘルスケアとバイオヘルス産業育成のための各種規制廃止など、保健医療産業化のための政策は着実に進んでいる。
 このような観点から、医学部増員を医療保健医療産業化政策の一部とも私たちは分析する。首都圏だけで8~9個の大学病院が2027~2028年の開院を目指し、500~1000病床規模の計10個の分院を設立する計画だという。首都圏以外の地域でも大学病院が500~1500病床規模の分院設立を推進している。また、韓国科学技術院(KAIST)、浦項工科大学、蔚山科技大学などでバイオ・ヘルス産業に必要な医学者のための医学部新設を推進しているという。
 このような事実は、医学部増員は政府の主張する「必須医療」、「地域医療」のためではなく、大型病院を中心とした保健医療の市場化、バイオ・ヘルス産業などの利益増大のための人材供給を目的としたものではないかという疑念を抱かせる。

問題の核心は公共医療である

 医学部増員をめぐる議会の対立において、韓国保健医療の真の問題についての議論が医師数のみにすり替えられている。しかし、必須医療と地域医療の崩壊、首都圏の大型病院への患者集中と医療伝達体系の崩壊、過剰診療、低い健康保険保障率など、保健医療が抱える深刻な問題の本質は別のところにある。
 韓国の保健医療体系の特徴は、公的財源で用意された健康保険制度と市場秩序に基づく民間医療資本中心の医療供給体系間の矛盾である。現在、韓国社会で起きている必須医療の崩壊、医療伝達体系の破綻は、「医療市場メカニズム」自体が崩壊した兆候であり、韓国の医療供給体系がもはや持続不可能な臨界点に達したことを意味する。
 そうであれば真の解決策は、保健医療部門における営利追求行為を根絶し、無償の公共医療システムを確立することであり、単に医師数を増やすことではない。市場主義に基づく医療供給体系で医師数を増やすことは、医療資本の利潤を増やすだけである。医師数がいくら増えても、市場競争秩序、医療産業における営利追求行為をそのままにしておいては、医療人員の合理的・計画的な配置は不可能である。
 今こそ、医師数をめぐる政府と医師のチキンゲームに隠された医療制度の真の問題を明らかにしなければならない。全面的な無償公共医療制度に移行しない限り、少子化で地方消滅が現実化した韓国で各種医療空白は絶対に解決できない問題である。
 この問題に労働者は直接立ち向かわなければならない。医療資本を含め、資本の利益増大を自らの使命とする資本家政府や、自分たちの特権を一切手放す気のない医師たちが無償の公共医療制度を導入するはずがない。病気になったとき、お金の心配なく堂々と治療を受ける権利は、すべての民衆の基本的な権利である。労働者が先頭に立って公共医療制度への転換を勝ち取らなければならない。
1977年の医療保険の導入は、朴正煕政権が国民の健康を考えて実施した恩恵的な政策ではない。1970年代の資本主義経済危機と労働者民衆の不満の高まり、全泰壱烈士の焼身自殺から始まった労働者による闘争の増加という背景があった。1989年の全国民医療保険拡大施行には1987年6月の民主抗争と7~9月の労働者大闘争、2000年の国民医療保険の統合には1996~97年のゼネストと1994年から始まった「医療保険統合一元化と保険適用拡大のための汎国民連帯会議」を通じた労働者闘争があった。民間資本中心の医療供給体系を全面的な無償公共医療体系に改編することも、労働者の強力な闘争を通じてのみ可能になるであろう。
(「社会主義に向けた前進」のサイトより)

朝鮮半島通信

▲朝鮮メディアは3月16日、金正恩総書記が15日、江東温室の竣工および操業式に出席したと報道した。
▲朝鮮メディアは3月16日、金正恩総書記が15日、朝鮮人民軍の航空部隊の訓練を視察したと報道した。
▲朝鮮メディアは3月19日、金正恩総書記が18日、西部地区の砲兵部隊の600ミリ超大型放射砲射撃訓練を指導したと報道した。
▲朝鮮メディアは3月20日、金正恩総書記が19日、新型中長距離極超音速ミサイル用の固体燃料発動機地上噴出試験を指導したと報道した。
▲韓国の疾病管理庁は3月22日、劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)患者が日本で増加しているとして注意を呼び掛けた。

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