党がこのようにおとなしくしていてはだめだ(上)

かけはし 第2657号 2021年3月15日

もっと自信をもって踏み出す時

キム・テヨン変革党代表

 10年前、編集者がキム・テヨン同志に最初に会ったとき、彼はいわゆる「状況室長の専門家」であった。竜山惨事の汎対策委、双竜車の汎対策委、そしてその後にはユソン汎対策委に至るまで、闘争が起こればしばしば共同闘争機構の状況室長あるいは執行委員長として闘いの一線に出るキム・テヨン同志を見ることができた。そんな彼は2018年変革党代表を務めながら、「社会主義の大衆化」という重たい計画を出して党を導いてきた。そして2021年1月30日の変革党6回総会を最後にキム・テヨン同志は3年間の代表職を降りることになった。今、韓国で社会主義政党運動の切実な必要性と現在の党の状況に対する率直な問題意識に加え、これ以上、代表の役割を引き受けないとした理由についても話をした。変革党5期の代表であったキム・テヨン同志に6回総会の直前に「変革政治」がインタビューした。

――キム・テヨン同志は変革党の以前から長い間、政治組織活動を始め、全労協―民主労総など民主労組運動にも携わってきた。自らの運動の軌跡を振り返ってみて、社会主義運動に飛び込んだきっかけや過程は何だったのか?

 私は光州抗争が起きた年に入学した。自然に学生運動に接するようになり、4年生の時に学内デモを主導した理由で拘束された。釈放後、労働運動をしなければと思っていたので、パノォル工業団地で開始した。それと合わせて全労協、民主労総でも活動していて、そんななか2005年に民主労総を出た。当時、民主労総カン・スンギュ首席副委員長の不正事態が起こったのに、執行部が総辞職を拒否した。それで私を含む民主労総事務総局の活動家15人ほどが執行部総辞職を要求して、集団辞職した。そこまでが、労働組合運動をするようになった過程であった。

 当時、私は「労働者の力」(以下「労力」)という政治組織のメンバーだった。労力は、労働者階級政党建設を目標にする政治組織であった。私は労働者階級政党建設のために現場土台の構築が重要であると考えた。2005年の民主労総活動をやめてみると、労力だけでは階級的土台の構築が難しいと考えた。それで労働組合の戦闘的活動家の全国組織建設を提案し、2006年から作業に着手した。1年余りの期間に、全国を7周くらい回って活動家たちに会った。そのように準備して、2007年「労働戦線」という全国活動家組織を打ち立てて、700人ほどが集まった。

 私の問題意識はこうだった。変革的労働運動が党建設につながらなければならないし、そのためにはまず第1に労働組合活動家の思想が変革的に強化されなければならないし、それにふさわしい現場闘争と実践が必要である。これを経て、その力量が政党運動に向わなければならないという考えであった。その中間段階が労働戦線だった。そういう意味で、私は即時的党建設論者というよりも土台構築論者であった。

 そうするうちに2010年の「社労委(社会主義労働者政党建設共同実践委員会)」が建設されるなど、社会主義政党建設運動が本格化した。私も「時が来た」と思ったので、労働戦線内で「政党運動の主体として行動を始めよう」と議論を提起した。しかし、それに対する賛否の論争が信じられないほど開きができて、結局この提案は採択されなかった。私をはじめ、この提案に賛成した同志たちは、労働戦線の活動を中断して、党の運動に転換した。当初、私が念頭に置いた目標は、党建設であり、活動家組織は、その土台構築のための経路であった。それで、党建設運動が本格化するときに実践の中心を党に移したのだ。

――過去2018年から3年間、変革党代表を務めた。それまでは、竜山惨事や双竜車ストライキなど、複数の闘争で共同対策委状況室長のような現場第1線の役割を引き受けたが、党代表として初めての役割に転換するようになり、目標や決意、悩みがあったとすれば?

 私は社会主義運動の成否は、(どのような運動でも同様だが)大衆的同意を受けるかどうかにかかっていると思う。ここで、「大衆」はべらぼうなものではなく、民主労総に組織された闘争する労働者を第1に目標とするのだ。ところで、もちろん路線的同意も得なければ、現在の韓国社会主義運動のような、少数派として行われている運動は闘争で信頼を得なくては答がない。このような実践的信頼を積み重ねなければ、結局砂上の楼閣というのが最も強い信念である。それでそのような闘争と役割が要求されれば避けられないので、一度始めると左右間の終わりが見えるという考えになった。

 2018年党代表を任せられる前も20131~4年頃、「労働者階級政党推進委員会」(変革党の前身)の時から執行委員長を務め、主な活動を党運動に転換した。なぜなら、土台の構築は、引き続き必要だが、党建設には時期と情勢がある。当時進歩政党運動の分裂などの状況で今社会主義党を発足させる時になったことが明らかになった。土台強化だけしている時ではなかった。

 任期を終えた今、代表としての活動を振り返ってみると甘くはなかった。党外での闘争は、いくつかの勢力を集めての共同闘争なので、私たちの力が弱くても連帯の力で突破することができ、その中で、私たちを表わすことができる。ところが、党を作って、独自的な運動を展開するには、私たちの力で突破しなければならない。私は欲がとても多い人間だ。例えば、私は党の事業を視覚化する時、現在の私たちの党員規模を基準にするのではなく、資本とぶつかり合う韓国社会全体を変えるには、どのような事業が必要かを念頭に置く。そのように見ると、現在、私たちの規模の組織では、十分になすことが難しい構想と計画を続けてきたようだ。ところが、そのことをわからなくてそうしてきたのではない。党の旗を上げた以上そのような構想と計画を立てなければならない。そのような点で本当に難しかった。

社会主義大衆化の核心、
「社会主義を生活の問題と結びつけなければ」


――党代表の1年目だった2018年、「社会主義運動の大衆化」を提起し、様々な社会的な議題を中心に「資本主義STOP!社会主義YES!」運動を展開し、これを基盤として、社会主義大衆政党登録運動と社会主義の大統領候補運動を広げてみようと提案した。2020年の初めに変革党5回総会に提出された「社会主義大衆化」の3カ年計画も突然出てきたのではなく、この問題意識の延長線上にあったのではないだろうか。

 2018年に提出した「資本主義STOP!社会主義YES!」運動で表現されたのが、今、私たちの社会主義大衆化事業での「社会主義議題全面化運動」である。私の考えでは社会主義の大衆化の出発点であるとともに、核心はまさに議題全面化だ。

 その理由を述べてみよう。大衆的信頼を獲得するために10年ほどにわたって闘争の第一線に出る活動家組織の運動もあった。そのように熱心にやったが、時が過ぎてみると「あの仲間たちとは信じて闘争を一緒にすることができる」と考えている現場活動家たちは、多いが、この人たちが政党運動を一緒にしてはいない。社会主義が自分の志向という人もめったに、党の運動を一緒にやらない。なぜだろうか? その仲間のほとんどは、現場に足場をもっている。ところが、いざ現場労働者の生活の問題と社会主義を結びつけようとする意欲が出てこない。現場の仲間たちに社会主義が実現可能な私達の展望だと自信を持って話さない。このような問題を解決できなければ、社会主義の大衆化は不可能である。

 一部の人々は、「まだそのような条件だから、社会主義をちょっと後ろに隠しておこう」とする。ところが、それは答えになっていない。今韓国でも政党が理念的に分化しており、私たちは質問を受けることになる。例えば、「なぜ、あなたがたは正義党のようにしていないのか?」ということだ。社会主義を後ろに後退させると、説明するものがない。今、各路線を大衆に明らかに提示して、同意を得なければならない時だ。

 そのために、社会主義運動が大衆的に勝負をするならば、自分の生活の中で社会主義の必要性を提起することができるようにしなければならない。それが社会主義議題の全面化運動の理由だ。私はここに、私たちの未来がかかっていると見る。私たちの社会主義大衆化事業をみると、政党登録運動と大統領選挙もあるが、政党登録運動は、私たちがしてこなかったのではなくできなかったのだ。私たちは、初めから登録を拒否するという誤解を払拭しなければならない点が一つある。私の立場で社会主義大衆化事業のなかで政党登録運動が優先ではない。社会主義議題の全面化運動を広げるために変革党の力だけでは微弱なので、組織をどのように拡張するのかについての一つの要素が政党登録運動である。大統領選挙も同様に一つの契機的手段である。たとえ私たちが大統領選挙に出て政党登録までする手段としても、結局社会主義議題について大衆的同意を作らなければ目標を達成することはできない。     

――今回の変革党6回総会を前後に「このままではだめだ」という意見に多く接するようになった。社会主義運動の拡散はさらに要求される情勢だが、これを主体的に行う社会主義勢力は微弱であるという現実に対する危機意識はないのではないかと思われる。ただし、その原因とやり方などについてはさまざまな意見が出ているが。

 「このままではいけない」という話は私も多くしてきた。ところが人ごとに「このまま」が意味することがみんな違う。一番の核心は、我々党員が現在の状態ではだめだということだ。ここでの「党員」は指導部から平党員に至るまで、すべてを包括する。

 まず指導部、すなわち、中央執行委員会と全国委員会を見てみよう。韓国で社会主義思想と路線を自己の世界観で選択し、まだ少数に過ぎないこの程度の力で一緒にしてきたのは誰に強制されたものではなく、自分の選択だが、今のレベルの活動では、本当に難しいと思う。指導部は、このような状況を突破するために絶えず悩んで代案を作成し、これを実現するために責任を負わなければならない。ところがそのようなこともあまりに脆弱である。冗談半分だが、私は、各分野で自己の役割に全力を注ぐ活動家5人程度でも運動現場をさらうことができると考えている。ロシア革命のようなものを見ると、ことごとくそのような役割をする人たちがいたじゃないか。大衆闘争を率いる人、理論的に導く人、そのような力量が集まる党の運動を作る。今、私たちはそのように身を投じ役割を遂行する点が本当に脆弱である。執行部を見ると、正直私はすでに60を過ぎたが、私より若い同志たちがむしろ未熟で非活動的で、事業をやりぬく意志や勇気が足りず、重苦しいことが多い。どのみち一生かけてすることだと、あまりにも大ざっぱで慣性的ではないかと思う。もちろんよくやっている同志たちがないわけではないが。

The KAKEHASHI

購読料
《開封》1部:3ヶ月5,064円、6ヶ月 10,128円 ※3部以上は送料当社負担
《密封》1部:3ヶ月6,088円
《手渡》1部:1ヶ月 1,520円、3ヶ月 4,560円
《購読料・新時代社直送》
振替口座 00290=6=64430  新時代社