寄稿「石木ダム」を幻へ

現住民家強制代執行の暴挙を止めよう(上)

(K・K)

 長崎県東彼杵郡川棚町にある石木川にダム建設を強行しようという行政側と、水没予定地の川原(こうばる)地区の住民が対峙して60年になる。住民の粘り強い反対の意思の前に、国土交通省・長崎県・佐世保市はダムの目的を猫の目のように変えながら今、強行突破を目論んでいる。今、県道付け替え工事に乗り出した行政側に対し、住民は重機の前に立ちはだかり、工事を阻止している。「絶対反対同盟」を結成して闘う川原(こうばる)地区13世帯の住民の決意は「絶対に動かない」だ。座り込み直接行動から裁判など様々な行動を起こしている。川原(こうばる)に注目を!石木ダム建設反対の闘いに支援を!行政代執行を許すな!
             座り込み

 ダム建設工事現場の町道では、住民らが支援者とともにテントを張り、座り込んでいる。県道付け替え工事を阻止するためだ。幅3メートルほどの町道に付け替え道路が覆いかぶさるような格好になっている。側には県が設置した監視カメラが住民らを睨んでいる。周辺には建設会社が立てた「無断入場者は退場させます」「関係者以外の立ち入り禁止」の立札が立つ一方で、対抗して住民側が立てた「力で奪った土地を返せ」「長崎県 恥を知れ」といった手書きのプラカードも並ぶ。
 4月初め、住民らが座り込む中、付け替え道路と町道を区切るフェンス直前までダンプカーが迫り、土砂を落とす。パワーショベルがうなり、土砂を固めていく。町道部分に住民や支援者が座り込んで抗議の声を上げる。「ここは死守したい」と住民は口々に言う。県は「話し合いに応じてください」と住民に言いながら一方的に工事を強行している。住民側は「話し合い」の条件として付け替え道路工事の中断を求めているが、「県はその気はないようだ」(住民)。県の河川課長が「知事の代理で来た」と言って座り込んでいる住民に「話し合い」を要請するアリバイ工作をした直後にそれまでよりも工事は強行させる。
 座り込みは、2010年3月の付け替え工事から女性陣を中心に始まり、工事に合わせ断続的に行われており、既に今年1月12日1000回目となった。その日「長崎県は、いい加減にせんかい」と横断幕を掲げて座り込んだ。「県の投光器による嫌がらせにめげず徹夜でやったこともある」(住民の話)。
 
 小川にダム

 大村湾に面した全国的に有名なレジャー施設ハウステンボス(佐世保市)から南へ7キロほどのJR川棚駅。そばにある川棚川河口から2キロほど遡ると支流である石木川との合流点だ。そこから東へわずか2キロの上流地点がダム建設予定地。駅から車で10分もかからない近場で、大村湾海岸線まで直線でわずか3キロである。
 春の今は菜の花が一面に咲いている。初夏にはホタルが乱舞し、少し上流には百選に選ばれている棚田が美しく並び、その先には石木川の源流をなす九州のマッターホルンと呼ばれる虚空蔵山がそびえている。
 石木川は合流点の川幅こそ10㍍ほどあるが、上流に向えばすぐ幅数メートルに狭まり、地元の人や現地を訪れた人が口をそろえて言う通り「小川」だ。夏には蛍が飛び交うという。「春の小川の歌詩とおんなじ。ここにダムがあったら大きな鍋の底に水がチョロチョロって感じだね」と支援の男性は言う。
 こののどかな地に巨大ダムを建設しようというのである。計画では、堤高55・4㍍、堤長234㍍。湛水面積は約34㌶。川原、岩屋、木場の3地区が水没予定区域に入っている。民家60数世帯とともに水田32・1㌶、畑10・5㌶、山林11・8㌶が水没することになっていて、民家は川原の13世帯を除き移転させられている。

 三猿の櫓

 県がダムの堰堤を予定している地点の石木川沿いには反対派住民が建てた団結小屋、山肌には「ダム建設絶対反対」の大きな立て看板が点在する。県の「注意 この土地は、石木ダム建設事務所が管理する土地です。無断での使用を禁止します。長崎県石木ダム建設事務所長」という看板があちこちに立っている。工事事務所長が最近交代して立てられたという。さらに川に沿って遡ると、川原地区の集落だ。高さ8㍍ほどの櫓が立つ。「見ざる、言わざる、聞かざる」のサルが描かれている。住民は「県を『うてあうな(相手にするな)』ということ」と説明する。集落の民家の玄関には「面会拒否」の張り紙がしてある。「以前は県の職員が来よったばってん、今は月一回『出ていく(退去する)ように』という書類が来るだけ」と言う。

 住民無視の県

 今からほぼ60年前、全国で巨大公共工事が進められていた高度成長期に石木ダムも構想された。1962年、県は地元に何の断りもなく突然、測量を始めた。驚いた住民の猛反発を受け、県は中止したものの湛水線の工事だったといい、ダム堰堤の場所などを決めたようだ。その後、話し合いが持たれ、1972年「建設の必要が生じたときは改めて同意を得る」という覚書を交わした。しかし、県は覚書を無視し1982年に機動隊を導入して強制立ち入り調査を強行。住民は老若男女団結して阻止行動を展開して測量を中止にさせた。
 この間、酒食のもてなし旅行などあらゆる手を使って住民の切り崩しを行った。
 その後、無駄な公共工事に対する批判が全国的に高まり、表面的な動きは止まる。しかし、県は2009年11月、事業認定を申請、翌年に金子原次郎知事から中村法道・現知事に交代したのを契機に県道付け替え工事に着手する。「眠り込んでいた風に見せかけていた」と住民は言う。まず立ち上がったのは女性だった。「絶対に渡さない」「権力の思うようにはさせない」と、仕事で日中現場にいられない男たちに代わって座り込みという実力阻止の手段を取ったのだ。

 土地収用と行政訴訟

 住民は一方で、事業認定取消の訴訟を2015年11月に長崎地裁に起こした。この訴えは18年7月に住民側が敗訴、直ちに福岡高裁に控訴したものの19年11月に住民側が敗れて上告したものの最高裁は不当にも20年10月に棄却。
 16年12月に長崎地裁佐世保支所に工事差し止めの仮処分を申請したが却下されたため17年3月に同支部に本訴を提起した。昨年3月に住民側の訴えが退けられたため20年4月に福岡高裁に控訴、この6月18日に第4回目の口頭弁論が開かれる予定だ。県道付け替え工事の認可期限は、延長に延長を重ね当面は今年6月末までとなっており、口頭弁論が終了となると県が工事を強行してくる可能性もある。
 県道付け替え工事の傍ら、県は反対派の住民の土地家屋を力で奪い取る道を選んだ。14年9月、土地収用法に基づき第1次収用裁決の申請、15年7月には4世帯の土地と家屋を対象に第2次収用裁決を申請し、翌8月に4世帯の農地を法的に収用した。16年5月には残る9世帯の土地と家屋を対象に第3次収用裁決を申請。こうして県は19年9月までに全ての土地を法的には収容した。
 「弁護団の勧めもあって一度だけ収用委員会に出席したが、一般の人もいる前で金額はこうですとか、秘密保持なんかない」「決めた手順に従って収用を決めるだけ。こっちの話なんか聞く耳ない」と住民ははき捨てるように言う。
 去年11月には土地家屋の明け渡し期限がきたが、住民は誰一人出てゆくものはなく闘い続け今に至っている。
 
 供託金に課税

 水没予定の民家は、川原の13戸を除き全て買収されて立ち退いている。その13世帯は現在も住んでいるものの所有権は県に移っていることになっている。闘う姿勢を崩さない住民は、補償金の受け取りを拒否しているため、金は法務局に供託されている。国家権力は無慈悲だ。受け取り拒否の供託金に課税したため、住民は経済的負担を強いられた。翌年の多額の所得税や健康保険料、介護保険料。さらに高齢者医療費は「1割負担が3割負担になったよ。年寄いじめだ」。供託金は受け取らないと10年で国に没収されるが、住民は「没収はさせないよ。10年たったら受け取って預かっておく。使うことはない。(ダム計画が白紙となって)いつでも返せるようにね」と笑い飛ばす。
 行政代執行による強制収容は今まで全国で行われているが、現住人家が行政代執行によって強制収容された例はないと言われている(三里塚の大木よねさんに対する強制収容が行われているが、よねさんの家が法的に住家扱いされなかったのを除いて)。その現住人家に対しての前代未聞の行政代執行による強制収容を口では「話し合い」を言う長崎県は執行を選択肢に入れていることを表明している。 (つづく)

「石木ダム」関連年表(太字は訴訟関係)

1962年    県が川棚町や地元に無断で測量。住民らの抗議を受け中止
  72年 7月 県と川棚町が覚書を交わして予備調査を開始
  74年12月 国が石木ダムへの補助金決定。住民は石木ダム絶対反対同
         盟を結成
  82年 5月 県、機動隊を導入し強制測量
2009年11月 県、事業を申請
  10年 3月 県道の付け替え工事が着工 住民の座り込み始まる
  13年 9月 国が事業認定を告示。住民は弁護団を結成
  14年 9月 第一次収用裁決申請(4世帯の農地)
  15年 7月 第二次収用裁決申請(4世帯の土地と家屋)。住民は収用委
         員会を欠席
      8月 4世帯強制収用
     11月 住民が長崎地裁に事業認定の取消を提訴
  16年 5月 第三次収用裁決申請(9世帯の土地と家屋)
     12月 地裁佐世保支部に工事差し止め仮処分の訴え、却下
  17年 3月 住民が地裁佐世保支部に工事差し止めの提訴
  18年 7月 長崎地裁 事業認定取消の訴え認めず(住民は控訴)
  19年 9月 県、全ての土地を強制収用(所有権は国)
     11月 福岡高裁、事業認定取り消しを認めず(住民は上告)
     11月 強制収用による明け渡し期限が来るが、住民は拒否し住み
         続ける
  20年 3月 工事差し止め訴訟、佐世保支部で住民敗訴(住民は控訴)
     10月 事業認定取り消し最高裁上告棄却。福岡高裁で工事差し止
         めの口頭弁論
  21年 3月 控訴審の第3回口頭弁論
         県道付け替え工事の工期、6月末まで延長

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