ローズの呪縛、ケープタウンの山火事で思わず考えてしまったこと
投書
福島康真(南アフリカ・ケープタウン)
4月18日日曜日に発生したケープタウンの山火事はテーブルマウンテンの斜面に広がり、ケープタウン大学の建物の一部が焼けたほか、政府所有の閣僚の住宅などが焼失したという。とりわけ歴史的な文書や資料などを所蔵しているケープタウン大学のアフリカ研究所(African Studies)の図書館が焼けてしまったのは、アフリカ研究における大きな損失と言えるだろう。
誤解を恐れずに言えば、ケープタウンでの山火事はそんなに珍しいものではない。ケープタウン周辺の夏(12月から3月にかけて)は空一面に青空が広がり、気温が上がり、南東の強い風が吹き荒れ、しかも空気が乾燥している。だから毎年夏になると、必ず山火事が発生する。近年は人間の失火が原因のものが多いが、歴史的に自然発火による山火事が発生してきた。この火事によって、ケープ周辺の珍しい植物が種を保存することが可能になり、その結果この植物分布域は世界自然遺産に指定されているほどだ。だからケープタウンの人々は長い間、夏に発生する山火事と共存してきた。
今回の火事の原因は人間によるもののようだ。火事の原因を作ったと思われる人物の一人がすでに拘束されており、これから事実関係が明らかにされていくようだ。
火事が発生したのはローズ・メモリアルと呼ばれるテーブルマウンテンの中腹にある場所周辺だと言われている。別々の人物たちによる二つの失火がほぼ同時に起き、すでに秋になっているにもかかわらず久しぶりに吹き始めた夏特有の南東の強風にあおられて、テーブルマウンテン一体に広がっていった。
このローズ・メモリアルは、セシル・ジョン・ローズの胸像が設置されている場所だ。ローズは19世紀中期にイギリスで生まれた後、南アフリカに移り住み、19世紀後半に南アフリカ中央部のキンバリーで「発見」されたダイヤモンドで財を成しダイアモンド会社のデビアスを作った人物である。その後、銅鉱山開発などを経てケープ植民地で植民地政府の首相となり、ケープ周辺で農場経営を行い果物類のヨーロッパへの輸出で、ここでも財を成した。彼の農場はケープ周辺に広範囲に及び、その一部はテーブルマウンテンの斜面にも広がっていた。
ローズの「夢」は、ケープタウンからカイロまでアフリカ大陸を縦断する鉄道を建設し、その後背地をイギリスのビクトリア女王に捧げるというものだった。彼は晩年、テーブルマウンテンの東側斜面の中腹に広がる彼自身の農園で、毎日のように遠く眺めながら想いにふけっていたという。その場所が今回の火事が発生したローズ・メモリアルだ。
そのすぐ麓にはケープタウン大学のキャンパスが広がっている。ケープタウン大学は南アフリカの大学でトップに位置すると言われており、アフリカを代表する大学でもある。中でもアフリカ研究所は世界のアフリカ研究の重要な場所の一つで、世界中からアフリカ研究者がやってくる。その図書館には歴史的な資料だけでなく、とりわけ20世紀以降の近代の歴史的社会的資料が多く所蔵されている。アパルトヘイト時代に広がったアパルトヘイト反対運動に関連する様々な資料、新聞や雑誌などだけでなく、映像資料、音源資料、ビラ、パンフレットなどが収蔵されている。そのアフリカ研究所の図書館が今回の火事で焼けてしまった。
この大学のキャンパスの中心部、今回消失した図書館のすぐそばに、かつてセシル・ジョン・ローズの像が設置されていた。というのも大学のキャンパスは、かつてローズが所有していた農場の一部だったからだ。2014年、学生たちはこのローズ像を撤去する運動を開始した。19世紀から20世紀にかけてイギリスのケープ植民地を作り上げたローズの像は、1994年にアパルトヘイトを廃絶して新しい民主的な政府を作り上げた南アフリカを代表する大学のキャンパスには相応しくない、というのがその理由だった。
学生たち教員たち職員たちによる反対運動の結果、2015年に大学はローズ像を撤去することを決定し、長い間ローズが座り続けていた台座からローズの姿が消えた。そしてほぼ同じ時期にローズ・メモリアルにあるローズの胸像には赤いペンキがかけられ、彼の石の鼻は何者かによって削り取られた。そのローズの像は長い間そのままの状態に置かれていた。
ケープタウンでは山火事が多いために、山の斜面のある一定の高度以上に建物を建てることが禁止されている。その山の斜面の高度ギリギリの場所に住んでいるのは中産階級、富裕層が多い。彼らはまるでローズのように、山の中腹から遠くに広がる海や大地を見下ろしながら生活している。そしてここは山火事の度に炎が迫ってくる場所にもなっている。今回もそんな住宅のいくつかが焼けた。
今回の火事はローズ・メモリアルから始まり、ケープタウン大学の歴史的な建物を焼き、周辺にある高級住宅地の一部を焼き、街中に灰を降らせながらケープタウンの街に迫っていった。もしかしたらケープタウンは今なおローズの呪縛から逃れられてないのかもしれない…。このような無理矢理のこじつけが良くないことは分かってはいるつもりだが、思わずこのようなことを考えてしまった。
ちなみに4月20日午後現在、まだ完全に山火事は収束していないようだ。報道によれば、鎮火するのにまだ一週間ほどかかるという。これまでも多くの避難者が出ており、これからまだ増える可能性もある。多くの人たちが安全に安心して過ごせるよう、私たち個人個人だけでなく政府や行政が一体となって支えることが大切だと思う。
(2021年4月20日)
週刊かけはし
《開封》1部:3ヶ月5,064円、6ヶ月 10,128円 ※3部以上は送料当社負担
《密封》1部:3ヶ月6,088円
《手渡》1部:1ヶ月 1,520円、3ヶ月 4,560円
《購読料・新時代社直送》
振替口座 00860-4-156009 新時代社