個人情報監視=戦争国家

寄稿
福岡の田園地帯の中に巨大なドーム型アンテナ群
ネット・データ通信が大量に傍受されている
 (S・T)

はじめに

 個人情報の国家集中管理、監視社会を目指す「デジタル法案」はほとんど国会審議なきまま5月12日成立し、9月にはデジタル庁が創設される。「デジタル法案」が国民の思想、動向をチェック・コントロールし国家体制を防衛していくという本質には触れないで、野党の指摘もプライバシーの保護の技術的不可能性にとどまった感がする。法案に賛成した国民民主党など論外であり、立憲民主党も6法案中3法案に賛成した。
 しかし野党を批判するだけなら簡単である。先進国の中で日本はデジタル化が遅れているという指摘やコロナ禍でのオンライン利用の拡大の利便性の中で国民総体がデジタル化促進ムードに流され、個人情報などが大量に傍受され検索され利用されるなどという実態を実感できないばかりでなく想像することもできていない。
 元アメリカ国家安全保障局(NSA)契約職員のエドワード・スノーデンが2013年6月にNSAが世界中に監視装置を張り巡らせて通信データを無差別、大量に傍受していることをNSA内部文書で告発した。この文書の日本に関する20点が2017、2018年に公開された。この文書を元朝日新聞記者、在カナダのオタワ大学研究員の小笠原みどりさんが読み込み分析して、日本政府がアメリカの指導の下で行っているネットの大量監視を明らかにした。
 その無差別、大量監視は福岡市の中心から25キロほど離れた自衛隊の太刀洗(たちあらい)通信所(福岡県朝倉郡筑前町)で行われているのである。


麦畑の中に巨大なゴルフボール状の球形が6個。
布地で覆われた球形の中には巨大なパラボラアンテナが(左写真)。
 
 福岡市中心部から南東に25キロメートル。そこは筑後平野の北辺部にあたる。水田二毛作地帯で5月末に麦畑が一面に広がっていた。ところどころに旧集落と新興住宅地が点在している。その田園地帯に「巨人のゴルフボール」とでも呼べるような布で覆われた大きなドームが6個と小さな5個が並んでいる。
 近くに住んでいる住民はそれが自衛隊通信基地のアンテナであることを知っているが、通りかかったものにはそれが布で覆われた巨大なアンテナであることを想像すらできないであろう。それは近くにもある球形のガスタンクのように、ほとんどの人には見えるかもしれない。
 この布地で覆われたゴルフボールのような球形の中に隠された巨大なパラボラアンテナが、四六時中通信衛星から大量の情報を傍受しているのである。そのことは「付近の住民でさえ全く知らなかった」と近くに住む筆者の友人は語っていた。
 
陸軍太刀洗飛行場跡地に戦後自衛隊通信所が。
1990年代からドーム型アンテナが作られる。
 
 筑前町の南部には大刀洗町にまたがって戦前陸軍飛行場があった。1945年3月には米軍の空襲により壊滅し兵士、住民が多数犠牲になった。
 戦後その飛行場跡地に自衛隊通信所は設置されたが1961年現在の下高場地区に移転してきた。1990年代に入って通信衛星を傍受するためのドーム型パラボラアンテナが作られ、2000年代に入って管理棟地区と県道を挟んだ向かい側のB地区に次々と作られた。2008年には6基目が完成し、さらに2012年から13年にかけて小形のドーム型アンテナ5基が作られた。管理棟地区からB地区へは地下道が作られた。
 元情報本部自衛官のY氏は自己のプログで「私が初めて配属されたのが太刀洗通信所なのです。……B地区と呼ばれるエリアに勤務している人たちは、何をしているのか一切教えてくれないのです」と述べている。
 このドーム型アンテナの出現に周辺住民の不安は増大した。B地区に隣接した住宅に住んでいる住民の一人は筆者の問いに答えて「電磁波による健康被害に住民の不安がつのったが、回答は問題はないの一辺倒。基地の警備は近くの小郡(おごおり)駐屯地から銃を携えた完全武装の部隊が定期的に出動して来て、住民に断りなく基地に覆いかぶさっていると植木などを勝手に切ったりして恐ろしい」と言っていた。
 防衛省の指定する情報本部太刀洗通信所の「対象防衛関係施設に係る対象施設周辺地域」内には、通信所の西側は田畑の中に鉄工所や運輸関係の施設、養鶏場が。北側西側には分譲住宅、集落が。南側には集落と牛の飼料用トウモロコシ畑を挟んで福岡地区の学校給食用の牛乳を産出している永利牛乳の牧場がある。
 近くで住み、働く人たちは軍用通信所という戦時の標的になることの恐怖や電磁波被害に日々晒されている。

ドームはネット情報を大量に収集している。
スノーデンの告発をきっかけに明らかに。

 田園の中の不思議なドームの秘密が暴かれたのは2017年に入ってからである。
 2013年6月、アメリカ国家安全保障局(NSA)の契約社員であるエドガー・スノーデンが、NSAの世界中に張り巡らされたインターネット監視の実態を香港で告発し世界に衝撃を与えた。ドイツのメルケル首相の携帯電話通信がアメリカに傍受されていたとドイツ政府が10月に抗議の声明を出した。アメリカ政府は否定したがそれをまともに受け入れる人はもう世界中どこにもいなかった。
 しかし日本ではスノーデンが米軍横田基地のNSAで勤務していたにもかかわらず、それは米軍基地のことであり日本が関係していることだとは一般的には思われなかった。事態を当然にも認識していたはずの当時官房長官であった菅首相はしらばっくれて「米国内の問題なので米国内で処理されることだ」と述べている。
 日本国内で事態が明らかになり始めたのは2017年日本でオリバー・ストーン監督の映画「スノーデン」が公開されたころからである。2017年、2018年日本に関係する文書20点が公開された。
 共産党の宮本衆議院議員は2017年5月、公表された文書にはインターネット利用者が使うほぼすべての情報を監視・収集することができるスパイ装置「Xキースコア」をNSAが日本側に提供したという記述があるが「国内外のネット上のさまざまな情報を収集しているのか」と質問した。
 これに対する政府の答弁は「内閣情報調査室におきましては、……他国との信頼関係を害することにもなりかねず…お答えはさしひかえたい」。防衛省の答弁は「情報活動は、我が国の防衛に必要な情報を得るために行っているのでありまして、インターネット上のメールの傍受を含め、一般の市民の監視を行っているものでは全くありません。」(衆院外務委員会議事録による)
 アメリカメディアとともにNSA機密文書を公開したNHKは2017年4月、クローズアップ現代で「アメリカに監視される日本 スノーデン未公開ファイルの衝撃」をテレビ放映し、さらに自衛隊情報本部電波部と太刀洗通信所における通信データ大量収集を報じた2018年5月の「NHKスペシャル」の「日本の諜報 スクープ 最高機密ファイル」と題したテレビ放映は不十分な内容といえども大きな反響を呼び起こした。
 福岡市の経営コンサルタントのI氏はブログでその衝撃を語っている。
 「以前から近くを通ったときにこんな田舎にガスタンク? と思っていた巨大な物体が実は通信アンテナだったと思い出したように知りました。というのも、筑前町や地元の人に尋ねても、お茶を濁すような言葉しか返ってこず、よほど某・基地交付金で町が潤ってることに後ろめたさを感じているのか(内緒?)逆に、コレが存在することで、某国から狙われる羽目になったことを危惧(もっと内緒?)」と。


2019年夏小笠原さん福岡で報告。
自分たちの足元に個人ネット情報収集基地があった。
 
 太刀洗通信所の実態が具体的によりはっきりさせられたのは2019年のことである。
 2019年9月に毎日新聞出版から小笠原みどりさんの本『スノーデン・ファイル徹底検証』が出版された。その記述された解明内容が前もって明らかにされたのはその夏である。彼女はカナダに在住して研究活動を進めていたが、夏に日本に一時帰国して、秋に出版される本に書いた日本関連文書の読み込み・分析結果を東京や横浜の盗聴法や秘密保護法に反対する市民たちが開いた集会で報告した。
 福岡では「特定秘密保護法」を廃止する会・福岡の脇義重さんを中心に8月4日「太刀洗通信所の巨大アンテナ群は、どこを向く?」と題された小笠原みどりさんの報告会が行われた。それは大きな反響を呼んだ。
 アメリカとタイアップした通信データ大量傍受が福岡市の近くで日本の自衛隊の手で行われているなんて。集会参加者は驚きを隠せなかった。筆者もその一人である。なまじっかマイナンバー制度、盗聴法、秘密保護法、共謀罪法を知ったつもりで反対運動の末尾についてきたつもりなのに、度々通る福岡日田線の目と鼻の先の太刀洗通信所のあのボールが個人ネット情報の大量収集装置だったとは。
 小笠原さんは福岡集会にあらかじめ寄せたメッセージで書いている。「その現場は、なんと太刀洗通信所! これを知った瞬間、私は“しまった”と思いました。というのも、カナダに出発する前、福岡市で暮らしていたわたくしに、太刀洗通信所で増え続ける異様なアンテナの写真を送ってくれた方がいらしたからです。私は現地に足を運べませんでしたが、あの時筑前町で進行していたのはまさに政府によるネット大量監視プログラムだったのです」。
 9月24日付の西日本新聞には論説副委員長の久保田正広氏の社説・コラムが載った。「その中身がネットの側から“のぞかれている”とすれば、どうだろうか。しかもそれが政府機関の仕業だとしたら。私がこんな懸念を感じるのは先月、ジャーナリストの小笠原みどりさんの話を聞く機会があったからだ。……その舞台は意外と近くにあった。福岡県筑前町の防衛省情報本部・太刀洗通信所。“巨人のゴルフボール”と呼ばれる、大型アンテナを覆う白い球状の構造物がいくつも並んでいる。1時間に50万件の衛星通信を“のぞける”」。
 9月29日には福岡の市民たちによって「太刀洗巨大アンテナ群を見に行こう」行動が行われた。日曜日とあって通信所の敷地内には人っ子一人も見えない(実は要員は地下で従事しているのだから)その静かさの中で軍事通信も個人のネット通信もいっしょくたにして巨大なゴルフボールの中に隠された器機が吸い取っているさまは一層不気味に思えた。

2013年12月から「マラード」作戦開始。
内閣情報局が主導して進めた。

 日本に関する文書の太刀洗通信所に関連するものについて小笠原みどりさんの分析によって見ていこう。
 防衛省の情報本部の中に電波部(DFS)というものがありこれは防衛省の中で通信傍受を担当している部局である。太刀洗通信所はその配下にある。電波部は歴代の部長が警察庁から派遣され、警察庁の事実上の出先機関としての内閣情報調査室と直結している。
 ロシア、中国、北朝鮮対象の軍事通信傍受のみならずすべての電波収集に広げる諜報の拡大のイニシアチブをとったのは内閣情報室である。内閣情報室は諜報の一般市民まで対象とすることは憲法問題に触れるのではないかと慎重な防衛省の一部を遮って大量監視を推し進めようとした。
 まだ民主党野田内閣の時だったが2012年1月に防衛省防衛政策局長が訪米し、ついで横田基地のNSA日本代表部と勉強会を重ねた。電波部は5月初旬にネット監視プロジェクトを推進することを決定し、情報本部長がNSA長官アレクサンダー将軍と協力の必要を確認した。9月には北村内閣情報官が訪米してNSAを訪問している。NSAは内閣情報官をネット監視の主導者と理解し、米国の16の諜報機関を束ねる国家情報長官と同格に扱っているという。
 この一連のアメリカとの折衝を経て安倍内閣が成立する12月には太刀洗通信所で日米共同通信諜報サイバー作戦を開始した。コード名は「マラード」。
 2013年2月には電波部はNSAむけのスライドを作成している。このスライドは「マラード」の監視プログラムの先に述べた設置経過や性能を解説している。スライドによるとネット大量監視を太刀洗通信所で開始した結果、収集データ件数は1週間20万件から、1時間に50万件へと一挙に拡大したという。
 「Xキースコア」はNSAから内閣情報室経由で防衛省情報本部電波部に提供された。これは「スパイのグーグル」と呼ばれ、キーワードを挿入して検索にかけると収集されたデータの中から必要な情報をぱっと取り出せる装置である。
 しかし「マラード」は開始されたがすぐには順調にいかなかったようである。スノーデン告発の2カ月前の2013年4月4日付でサイバースパイ養成のために日本へ講師の派遣が決定された。22日~26日には太刀洗通信所にNSA本部から技術者が派遣され、「パートナー・トレーニング」が行われている。
 軍事衛星以前のアンテナは撤去され、その跡に大型のドームが2008年までに6基が完成しておりこれらで仮想敵国の電波傍受、軍事衛星の傍受を行われてきたが「マラード作戦」もこれらパラボラアンテナによって行われたのではないか。しかしこの時期にいっきに小型アンテナ5基のドームが作られたのは「マラード」作戦と密接な関係をもって作られたようだ。

太刀洗通信所に全国の「監視」の目を!

 安倍内閣の成立とともに内閣情報室の主導力は増していく。
 北村内閣情報官は19年9月に国家安全保障会議の事務局である国家安全保障局長に就任した。菅内閣の今もそのままである。
 2013年12月、特定秘密保護法が成立する。これはアメリカの諜報機関が日本との既に始まっていた共同の諜報活動をするための条件としてアメリカから要求されたものであろう。そして実質に始まっていた日米共同軍事行動の合憲解釈が閣議決定で行われ、2015年、戦争法=安保関連法成立へと突き進んでいく。
 コロナ禍における災害を利用した専制政治へと突き進む菅政権のデジタル化による個人情報の大量監視政策を突き崩そう。
 太刀洗通信所の大量個人通信データ収集に全国から「監視」の目を! 

太刀洗通信所関連年表

1945年3月、陸軍太刀洗飛行場米軍空襲で壊滅へ。
         兵士、住民多数犠牲に。
1961年、飛行場跡地から現在位置に移転。
1991年、1基目のドーム型アンテナ新設。
1997年1月、自衛隊情報本部設置。
2000年代にB地区に2、3、4、5基のドーム型アンテナ建設。
2002年、B地区への地下道造る。
2008年3月、町民グランド防衛省に売却。
その拡張されたB地区に6基目のドーム型アンテナ完成。
2011年12月、北村氏内閣情報官に就任。
2012年、NSAと大量情報収集について交渉。
2012年~13年、5基の小型ドームアンテナ設置。
2012年12月、大量監視の「マラード」作戦開始。
2013年6月、スノーデンのNSA告発。
2017~18年、NSA日本関連文書公開。

週刊かけはし

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