投稿 新型コロナ関係の知的財産権の免除を
医薬品特許をめぐる対立
日本は反対をやめろ
たじま よしお
新型コロナワクチン等の特許権一時停止についてバイ デンの決断
米国バイデン政権は5月5日、新型コロナワクチン等について特許権(知的財産権)の停止に「賛成する」声明を発表しました。それが実現しますと、ワクチン等を製造することのできる多くの国々で特許権料を支払うことなくワクチン等を製造することができ、コロナ禍は世界規模で一旦収束に向かうことが考えられます。このままの状態でいきますと世界77億人の9割の人々はワクチン摂取がなかなか進まないまま時が過ぎていき、多くの命が奪われることになります。製薬企業を含む産業界や欧州勢の根強い反対を振り切って、バイデン政権が決断したその背景について考えて見たいと思います。
米国は、1985年のレーガン政権から今日まで知的財産権を保護する政策で、製薬企業などの利益を守ってきました。貿易に関する国際的な取り決めを司る世界貿易機関(WTO)に米国の政権の政策を反映させて実効支配をしてきたのです。ですから、どのような国際的世論がバイデン政権に36年ぶりの大転換を促したかを見ることは、この際とても大切であると思います。
米国&先進国と途上国の綱引き 1990年代後半にアフリカを中心にエイズ(HIV/AIDS)が蔓延したとき、治療に有効な3種混合薬が開発されましたが、それによって治療できたのは先進国の患者と発展途上国の一部のお金持ちだけでした。1年間に百万円以上もの薬代を支払うことなど、最貧困層の人々にできるはずもなく、多くの人々が命を失っていったのです。こうした大変な事態を前にして、HIV/AIDSの患者や支援団体、医療団体、途上国政府、国際的な市民運動などの大きな盛り上がりを受けて最終的には「途上国側には、緊急事態の際に『強制実施権』(commpulsory license )が担保されることになった。製薬企業の利潤追求の流れを、途上国の人々の医薬品アクセスの側に押し戻した画期的な出来事だった」。
しかし、医薬品特許をめぐる途上国と先進国の対立は、それで決着がついたわけではありません。「米国など先進国(日本を含む)は二国間貿易協定や環太平洋パートナーシップ協定(TPP)などのメガFTA(自由貿易協定)へとルール形成をシフトして行った。それらの協定には必ず『知的財産権』の保護を強化するような条項が次々と提案された」。
「製薬企業にとって、バイオ医薬品製造にあたっての各種データを独占的に保護できる期間は当然長ければ長いほど望ましい。一方、途上国・新興国にとっては、安価なジェネリック医薬品を早く手に入れるため特許期間は短いほうが良い。TPPでは『12年』を提案する米国と、『5年』を主張するベトナム、マレーシア、オーストラリアなどが激しく対立し、交渉妥結直前の最難航分野となった。交渉は紛糾し続け、何度も延期・再設定された後、『8年』という結果になった」。
そして、2017年に米国でトランプ政権が発足すると、米国はTPPから離脱することになります。これは日本はじめ他のTPP参加国にとっては想定外の大事件でした。このことを受けて、医薬品特許のことに関しては「米国がTPPに復帰するまでは凍結」となったのです。 PCEP協定での特許問題、昨年の11月に妥結された地域的な包括的経済連携協定(RECP)の交渉の中でも、医薬品特許をめぐっては深刻な対立が続いてきました。RECPは、ASEAN10カ国に中国、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インドの6カ国の合計16カ国によるメガ自由貿易協定で、2012年から交渉が始まったのです。日本ではTPPばかり注目されてきたが、中国・インドを含むRCEPは人口規模も大きく、またカンボジア、ラオス、ミャンマーなど後発開発途上国(LDC)を始めアジアの途上国・新興国が含まれるという意味で、経済格差も大きく相互に利益が相反し反目し合う光景も見られました。
南アフリカとインドによるCOVID―19関連医薬品の特許停止の提案 「こうした歴史の延長上に、今回WTOにおいて南アフリカとインドが提起した知的財産権の免除の問題がある」。
日本はこの提案に、明確に反対し続けている。米国など他の先進国に歩調を合わせ、貿易協定の中で知的財産権の強化を推進してきた日本の方針は変わってないわけだが、それで本当にいいのだろうか。今回の提案はコロナ禍という未曾有の出来事の中で出てきたものであり、これまでとは次元の異なる対策が各国に求められている。南アフリカ・インド提案への賛同の声が広がっているのもその証左である」。
2020年10月、TRIPS理事会で特許免除が提案されて以降、特許免除を求める途上国・新興国と、「免除によってイノベーションが阻害される」と主張する先進国側の隔たりは大きく、2021年になっても合意に達していない。「知的財産権は手放さない」という先進国側の態度はあまりに頑迷で、未曾有の危機を協力して乗り切ろうという姿勢は残念ながら感じられない。
上記の文章の括弧内は、アフリカ日本協議会のニュース「アフリカNOW/No116」の内田聖子さんの文章からの抜粋です。本文は、おそらく2月初めか1月頃に書かれたものと思われます。「アフリカNOW」の発行日が2月28日となっているからです。
内田さんの所属する「アジア太平洋資料センター」と「国境なき医師団」そして「アフリカ日本協議会」の三者の代表者は2月17日 外務省に対して「新型コロナに関わる知的財産権保護免除の要望書」を提出しています。
その数カ月後、5月5日にバイデン政権が「知的財産権の一時停止に賛成」しているのです。
南の世界に「自らの課題を自ら解決する」という尊厳を認めよ
「新型コロナに関わる知的財産権保護免除」を求める闘いの震源地は、実は米国の消費者運動の中にもあったのです。消費者団体のパブリック・シチズンは“COVID-19-Access”というメーリングリストを設置して、南アフリカの活動家・リアズタヨブさんはそこにアクセスして積極的に発言しているのです。次に紹介する括弧内の文章は、アフリカNOWがリアズタヨブさんに取材しまとめたものからの抜粋です。
「リアズさんは、南アフリカを始め、アフリカでは医薬品やワクチンをアクセス可能な形で十分に製造・供 給する能力が不十分であり、今こそ強化が必要だ、と主張する。COVID-19 に関わる知的財産権の免除は、これに貢献する。また、南アフリカの周辺諸国を含めた『地域レベルでの取り組み』も必要だ。医薬品の製造能力の強化という視点から見れば、国単位でなく、地域単位で取り組んだ方が、経済規模も拡大し、国同士で破壊的な競争をする必要もなくなる。実際、南アフリカ以外でもモザンビークとジンバブウェは HIV/AIDS 治療薬を 製 造 して い る 。 今 回 の 南 ア フ リ カ の WTO 提案は、モザンビーク、ジンバブウェ、エスワティニが共同提案国となっているが、提案のみならず、共同で生産能力を増やし、地域レベルでニーズを満たすような連携が必要だ、とリアズさんは言う。
リアズさんは日本の市民社会へのメッセージとし て、『まず、北の世界が南の世界を害することを止めるべき』とする。そして、特に公衆衛生の分野において、不公正な貿易ルールを変革することで、南の世界 に『自らの問題を自ら解決する』という尊厳を得る自由を保障すべき、と言う」。
ア フ リ カ で 誕 生 し た 人類 が 日 本 人 に な る ま で アフリカ日本協議会共同代表の津山直子さんは「アフリカNOW」で、次のように述べています。
「在住アフリカ人と共に生きる勉強会・交流会」で「『ブラック企業』や『ブラックバイト』、『ブラック校則』という言い方にも、異議が出ました。労働者を搾取する企業などが『ブラック企業』と呼ばれていますが、『ブラック』を『悪いこと』を指し示す言葉として安易に使い、反対に『良いこと』は『ホワイト』という。ブラックであることに誇りを持って生きようとする人々が使う『ブラック』とは正反対になります」。
さて、少し話は変わりますが、教科書「中学生の歴史/帝国書院」を読んでいたら、人類は約700万年前中央アフリカで誕生した旨の記述が目にとまり本当にびっくりしました。私のそれまでの認識は「175万年前のジンジャントロプスで、東アフリカのタンガニイカ地方で、1959年にその頭骨が発見された」というものです。500万年以上もの開きがあったのではそのままにしておくわけにはいきません。それで、「アフリカで誕生した人類が日本人になるまで/溝口優司著」を入手して読んでいましたので、津山直子さんの「ブラック問題」に触れて今一度本棚の本書に手を伸ばしました。
私たち日本人の遥か遠い祖先であり、最初の人類である猿人は、1000万~700万年前中央アフリカで誕生したサヘラントロプスであるとされています。
では彼らがアフリカ大陸から出たのはいつ頃だったのかを見て見たいと思います。中央アフリカから2000キロも離れた、ユーラシア大陸の黒海とカスピ海の間にあるグルシヤ共和国のドマニシで、180万~170万年前頃の人骨の化石が2000年頃に発見されています。そして180万~90万年前頃の人骨がジャワで発見されています。そして「2003年9月、インドネシアのフローレンス島で、のちに“謎のホビット”と呼ばれ、世界の注目を集めることになる化石が発見されました」。「発見された化石の年代を測定すると、彼らが生息していたのは、約6万8000~1万7000年前だったのです。日本では1万6000年前頃から縄文時代が始まったとされていますから、1万7000年前というのは、まさに縄文時代の直前です」。
日本は酸性の土壌が多く骨が残りにくく、古い化石人骨が見つからないので、いつ頃からこの日本列島に人が住むようになったかは謎のままですが、沖縄の山下町第一洞穴人は4万~3万6000年前頃と推定されています。「本州最古の化石人骨は、静岡県浜北市の石灰岩採石場の下層から発見された脛骨の断片で、今から約2万3000~2万年前(約1万8000年BP)と推定されています」。日本列島へ、南方から縄文人がやってきて、その後北方から弥生人がやってきたというのはほぼ定説になっていますが、それ以降のことについてはいろんな仮説を立てて研究の途上にあるようです。
しかしここに興味深いお話があります。それは「一重瞼」のことです。 「私たち日本人を含む東アジア人と、北アジア人は、瞼が一重だという特徴があります。実は、瞼が一重なのは、現代人の中では北アジア人と東アジア人だけなのです。ついでに言えば、霊長類全般、チンパンジーもゴリラもニホンザルも、みんな二重瞼です。なぜ、北アジア人と東アジア人は一重瞼かというと、瞼に脂肪がついているからで、これは眼球が凍ってしまうのを防ぐためだと考えられています。暖かな地域では、瞼に脂肪がある必要がないわけです。ちなみに、瞼に脂肪が付き襞のようになって目に被さった状態を、モンゴリアン・フィールド(蒙古襞)と呼びます。このような寒冷地適応した瞼がモンゴル人に典型的だからで、モンゴル出身力士などの顔を思い浮かべていただくと、北アジア人の顔の特徴がよくわかると思います」。
ここで一重瞼族を親戚筋としますと「南方からの渡来説」との間に矛盾が生じます。そのあたりに「人類学」の面白さを私は感じているのです。
「国境を取り払っての共同開発を」
昨年4月30日放映のNHKBSI国際報道2020「南アフリカ 学校まで略奪~新型コロナで社会崩壊寸前」は、誤解を招く情報であると各方面から抗議の声が上がったということです。切り取った情報の断面は事実であっても、番組製作者の主観で南アフリカの実情とはかけ離れたものとなっていたことが、アフリカ日本協議会のニュース「アフリカNOW」誌上で指摘されています。
私は数年前から「食い尽くされるアフリカ/トム・バージェス著」を読んでいますが「欧米vs中国の熾烈な資源略奪競争に日本のつけ入るすきはない」という主題を詳細に事実確認をしながら編集したもので、あくまでも一つのものの見方であると思います。しかしNHKの番組には嘘があるから問題なのです。
前に紹介しました南アフリカの活動家・リアズタヨブさんは、南アフリカ、モザンビーク、ジンバブエではすでにエイズ治療薬を製造していることを指摘し、「国単位でなく、地域単位で取り組んだ方が、経済規模も拡大し、国同士で破壊的な競争をする必要もなくなる」と述べています。そして、「かつてのエイズが蔓延したとき米大統領令によって(最後の最後になって/筆者による加筆)エイズ陽性者に治療薬が無料で供給されたが、それでは医薬品を自分たちで生産・供給する力は育たない」旨のことも述べています。私は「私的特許制度」に関する文章をいくつか目にしていますが製薬企業の国有化を主張するものはありますが、国境を取り払っての共同開発を主張するものは見ておりません。リアズタヨブさんの経歴を見ますと「南アフリカ・リンポポ州の州都ボロクワネで、南北格差と貿易・経済に関する調査や提言を行う南部・東部アフリカ貿易情報・交渉研究所(SEATINI)の事務局を担う。
前職は貿易や開発の課題に調査とアドボカシーで切り込むNGO、第三世界ネットワークのアフリカ代表で、ジュネーブに駐在して貿易・投資や開発の問題に取り組んできた」とあります。そのメッセージには現実を直視しながら自身の体験から紡ぎ出されたリアリティが感じられます。理想を見失うことなく「国境を取り払っての共同開発」などという、700万年前に人類が誕生したアフリカ大陸から世界革命のマグマの噴出を予兆させる発言です。そのようなエネルギーがインドをはじめとする世界100カ国以上から「新型コロナ関係の知的財産権の免除」を求める声となって、米バイデン政権に決断を促したのだと思います。私も自分の住む向こう三軒両隣のみなさんと情報を共有することをとおして、アフリカを生きるすべてのみなさんに連帯したいと思います。
(2012・6・7)
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