7.10伊達判決62周年記念集会
砂川最高裁判決は無効だ!
「日米安保破棄」に向けて
7月10日、東京・王子の「北とぴあ」で「伊達判決62周年記念集会 砂川最高裁判決は無効だ! 田中耕太郎裁判長と米国大使の密約によるイカサマ判決!」が行われた。主催は「伊達判決を生かす会」。
1955年~56年、鳩山内閣の下で、東京都下砂川町(現在は立川市に編入)に米軍立川基地を拡張する計画をめぐって地元住民や支援の労組、学生たちと警察が激突する闘いが繰り広げられた。この闘いは1960年の安保改定をめぐる攻防の前哨戦でもあった。
1957年7月には基地周辺民有地の強制測量に反対する周辺住民、支援の労組・学生が警官隊と激突する第2次砂川事件が発生、7人の労働者・学生が起訴された。そして1959年3月30日、東京地裁伊達裁判長は、米軍の駐留は憲法9条違反として被告全員を無罪とする画期的判決を言い渡したのである。
東京地裁伊達判決は、安保改定を翌年に控えた岸信介自民党内閣にとって、絶対に受け入れられないものだった。そこで岸政権・検察当局は米国政府との合意に基づき、高裁を飛び越えて最高裁に上告するという離れ業を行い、最高裁・田中耕太郎裁判長は、原審破棄・差し戻しの決定を下したのである(1959年12月16日)。
最高裁「差し戻し」判決の論理は「駐留米軍には日本の指揮管理権は及ばない。したがって駐留米軍は憲法9条が禁じた戦力には該当しない。日米安保条約は高度の政治性を有し、違憲か合憲かは条約の締結権を持つ内閣と承認権を持つ国会の判断に従うべき。一見極めて明白に違憲無効と認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外」とするものだった。さらに最高裁「差し戻し判決」の主張は、「米軍の駐留は憲法の前文や9条などに適合こそすれ、一見極めて明白に違憲無効とは認められない」という没論理の暴走としか言いようのないものだった。
東京地裁「伊達判決」の米軍駐留・安保は「違憲」がいかに、政府だけではなく最高裁司法官僚をも脅かすものであったかが明らかである。この日の集会でメインの報告「砂川事件裁判、安保法・密約体系と憲法体系の対決」を行った吉田敏浩さんは「伊達判決」の今日的意義を鮮明に提起した。
今回の「記念集会」は決して60年前の回顧ではない。2008年以後、米国立公文書館で発見された一部の文書にもとづいて、2019年3月19日に提訴された「国家賠償等請求訴訟」(原告:土屋源太郎、椎野徳蔵、坂田和子(故坂田茂の子)について、人びとに周知し、支援を呼びかけようとするものだ。
それは米国立公文書館等にある、本件に関する諸文書の有無についての「調査嘱託」から始まる、重い作業になることは間違いないが、この間、一部の文書が発見され、郵送で遺族が入手できたものもある。
砂川闘争と伊達判決、そしてその後の過程を学ぶことは、日米安保そのものの「これまで」と「これから」を知り、安保のないアジアをつくろうとする上で少なからぬ役割を果すものとなりうることを改めて実感した。「代を継ぐ」人びとの闘いの歴史を刻もう。(K)
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