9.5関東大震災中国人受難者追悼の午後(9月20日発行)

100年経とうが隠せぬ事実
国による明確な謝罪が必要だ
大災害と排外主義の奔流
あらためて歴史から学ぶべきこと
それは「過去の誤ち」ではない

 9月5日午後1時から、東京都江東区東大島文化センターで「関東大震災中国人受難者追悼の午後」が関東大震災中国人受難者を追悼する会」主催で行われた。
 1部「中国人受難者追悼式」、2部「関東大震災中国人虐殺を考える集い」、3部「王希天さん追悼会」を虐殺現場跡の逆井橋たもとで行った。
 用事があり、第3部からの参加になったが、それを報告する。

逆井橋で何が
起きたのか?
 王希天さんが日本軍隊によって虐殺された逆井橋は地下鉄都営新宿線東大島駅から亀戸方向に徒歩10分ほどの旧中川にかかり、江東区と江戸川区をつないでいる。江戸時代は橋がなく、船の渡しがあった。
 集会を終えた参加者が逆井橋のたもとに集まった。日本軍が虐殺をする場面を描いた絵と版画が掲げられ、「悼」のポスターもあった。
 在日中国人活動家の林伯耀さんが「王希天さん追悼会」の最初の発言を行った。
 「日本の入管職員がスリランカ女性に非人道的扱いをして死亡させる事件があった。オリ・パラで差別はないと言うがダブルスタンダードで許せない。関東大震災で、朝鮮人、中国人虐殺があった。人間を人間と思わないで殺した。明治維新・天皇を頂点とする日本政府がアジア侵略を行った。私は胸が痛くてしょうがない。関東大震災での虐殺の責任は日本政府にある。歴史を明らかにし、伝えていく。そう決意しよう。殺された王希天はどんなに無念で悔しかっただろうか。日本政府の責任を追及していこう」。

中国遺族会
のアピール
 全国一般東京南部労組の平賀雄次郎さんが「数年前にこの問題について学習ツアーを組合として取り組んだ。中小企業労働運動は外国人労働者と切り離せない。歴史認識をきちんとしたい。国は反省と謝罪をしいかなければならない」と話した。
 次に今回の行事に来日できなかった中国の遺族会からアピールが届けられ、読み上げられた。在日中国人の女性が自作の哀悼の歌を、時に悲しく、時に激しく歌い上げた。王希天の怒りと悔しさが川面を包むように広がっていくようであった。2年後の百周年には倍する人びとに参加してほしいと語った。最後に記念撮影をした。(M)

王希天事件とは

中国人の権利のために闘い虐殺された!

 1923年9月1日、日本の関東地区にマグニチュード7・9の大地震が発生し、地震は膨大な人的被害、経済的損失をもたらしただけではなく、日本軍国主義暴徒が混乱に乗じて、東京大島町一帯にまとまって居住する温州、青田出身の中国人出稼ぎ労働者を好き勝手に虐殺しました。700名以上の中国人労働者が虐殺され、世界を震撼させる関東大震災虐殺事件、世に言う〝東瀛惨案〟が引き起こされたのです。
この悲劇は、天災ではなく人災です。当時、東京で働く700名以上の温州、青田等から来た中国人労働者は、天災から逃れたけれども、しかし、これら日本軍国主義暴徒による計画的な虐殺に遭いました。その惨状は、人を激怒させるものです。
 この700名を超える中国人労働者の90%は、温州人です。1923年大虐殺の血の雨は、どんより曇る暗闇の中です。98年後、遺族は、告発を続けていますが、今日に至るまで、日本政府は遺族の合法的、合理的、情理に合う訴えに対し、正面から応えようとしていません。
 遺族は呼びかけます。日本政府と社会の中心的な人たちが、歴史を正視し、歴史の真実を取り戻すならば、必ずや歴史を鑑として未来に向かうことができるのです。
 また感謝します。〝関東大震災虐殺事件〟の追悼活動に尽力される各界人士の皆様に感謝します。歴史は、共同の記憶とすることが必要なのです。
 王希天は、震災は幸い生き延びたものの、中国人労働者の救済事業と虐殺事件の真相究明のため、尊い命を捧げました。虐殺されたとき、わずかに27歳です。
 王希天烈士の、民族屈辱の時代における救国思想の探究と、同胞が危険な目に遭っている時に身を挺して発揮した何ごとも恐れぬ精神は、私たちが永遠に学ぶべきものです。それぞれ時代は同じではありません。私たちに与えられた歴史的使命も同じではありません。しかし、いつの時代にも、責任を負う英雄的人物が必要です。
 歴史の真相は、その改ざんが許されるものではなく、また覆い隠すことのできるものではありません。私たちは、このような活動を通して、歴史を振り返り、より多くの人がこの時の歴史の真相を理解し、その歴史の真相を直視し、絶えず後の世代を覚醒し、それによって歴史の悲劇を繰り返すことのないように望みます。 
 同時に、日本の方々が、歴史を直視し、相応の責任を引き受け、殉難者の身の潔白とその公道を取り戻してくれるように希望します。
 最後に、改めて、王希天烈士に深い哀悼の意を表します。

2021年9月5日
1923年関東大震災下で虐殺された中国人受難者遺族連合会(準)

王希天事件とは
 王希天は1922年9月に、僑日共済会を設立。出稼ぎ労働者・行商人の政治的文化的素質を高め、日本各地で生活に適応する能力を高めるために、医療部で無料診療、教育部では留学生とともに日本語教室、慰問部では衛生状態改善、賭博禁止、生活相談。対外的には、退去を迫る警察当局に滞在許可を求めた。賃金不払い、ピンハネ、暴力行為に対して交渉。
 1923年までに、会員3000人を下らなかった。王希天は日本人ブローカーに恨まれ、亀戸警察署の高等係刑事蜂須賀に憎まれていた。
 王希天は9月9日朝、労働者の安否を尋ねるために、早稲田から自転車で大島に着き、亀戸警察に労働者たちの様子を尋ねに行ってから六丁目、八丁目の事件現場に向かう。(当局は4日以後、居住するすべての中国人を習志野に移し、現場を訪ねてくる中国人を片っ端から勾留している)。
1時から4時の間に王希天は野戦重砲兵第7連隊に逮捕され、亀戸憲兵司令部へ。10日午後6時半から亀戸警察署に身柄を拘留された。9月12日午前3時ごろ、金子直旅団長の許可を得て、野重第一連隊第六中隊の中隊長佐々木兵吉大尉らに連れ出され、逆井橋で野重第一連隊の垣内八洲夫中尉に虐殺され、切り刻まれて中川に投棄された。大島町事件、王希天事件とも戒厳司令部参謀長阿部信行少将の同意を得て起こされ、国家的な隠蔽が謀られた。(当日配られた資料より。一部を省略している)

旧中川・逆井橋で関東大震災中国人虐殺被害者を追悼(9.5)DSC_0064

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