寄稿 リニア新幹線はいらない(10月4日発行)
カネもうけのために生活・健康・自然をこわすな
芳賀 直哉(静岡県リニア工事差止訴訟の会)
東京―大阪間を約1時間で結ぶとされているリニア新幹線は、自然と人間生活を破壊する交通体系であることは明らかだ。先日亡くなった桜井建男同志と共に活動し静岡でリニア工事差し止めを求めて訴訟を行っている芳賀直哉さんから寄稿していただいた。(編集部)
1 そもそも必要ない
1)需要がない
東京・大阪間完成予定とされている2045年は、総務省予測で生産労働人口が現在の約8000万人から約5300万人へと減少する。乗客の大半を占める出張ビジネス客は東海道新幹線からの移動なので、現在でも60%余の東海道新幹線乗車率が激減し経営を圧迫する。
JR東海は航空機からの移動に望みをかけるしかないが、新型コロナ感染拡大により大企業中心にテレワークが拡大した新状況が立ち塞がる。今後、新たな感染症に備えて情報通信技術の進展が中小企業にも及び、インターネット回線を利用した会議形態が一層増大することは確実である。従って、JR東海が想定する需要予測は「絵に描いた餅」となる。
2)電気はどこから
リニアは極低温超電導方式であり、出発前に車両に搭載するヘリウムをマイナス265度に急速冷却して液体化して冷媒とする必要がある。また、山梨実験線で使用している車両には、空調設備や照明器具のために先頭車にガスタービン発電機(燃料は灯油)を設置している。発電機搭載は可燃性の点で問題があり、推進コイルと浮上・案内コイルがあるガイドウエイから非接触で車両に電気を流すことが検討されているそうだが、うまくいくのかどうか。
因みにガイドウエイには(品川―名古屋間で10カ所ある)変電所から運行中は始終電気を流し、周波数の変動によって速度を調整するという。その消費電気量は「走行時平均で東海道新幹線の3倍」(JR東海予測)から4・5倍(元産総研・武蔵野大学教授阿部修治氏)さらに原発3基分(元山梨県立大学長伊藤洋氏や元国鉄技術研究所川端俊夫氏)との意見がある。
下図のとおり山梨実験線には柏崎刈羽原発から高圧送電線が引かれているし、浜岡原発からも最近大鹿村まで送電網が完成した。このことから、リニアは原発由来のみではないが、原発の電気も使用することは明らかである。
3) クエンチや車両火災の恐れ
超電導状態が、電磁気的または機械的な要因により急激的かつ制御不能な常電導状態に転移するクエンチに陥り、ガイドウエイに激突する危険性が指摘されている。また車両搭載燃料やヘリウム漏れに起因する車両火災やガイドウエイへの通電不具合で電磁コイルが燃える(宮崎実験線でのほとんどの火災)といった難題は解消されたとは言えない。
事実、2019年10月7日、山梨実験線車両基地に停車中のリニア試験車両で、作業員が試験データを取得するために「断路器」と呼ばれるスイッチを切り、作業後に再びスイッチを入れたところ断路器から発火するという大事故があり、3名が重軽傷を負った。
「火花」と説明しているが、状況からある程度の強い火(3000℃という情報も)だったとみられる。スイッチを入れた電源は車内照明や空調のためのものだとJR東海は言う。それが事実ならガスタービン発電機に係る火災事故となるが、詳細な原因を公表していない。
ほかにも、電磁波による健康被害、地震等非常時の避難方法(特に山岳トンネル)などの難問があるが、紙幅の制約から省略する。
2 トンネル掘削で地下水位大幅低下
JR東海は、2020年7月16日開催の国交省有識者会議において、トンネル掘削工事着手から完成20年後までの間、主に本坑周辺の地下水の水位が350m以上低下することを初めて明らかにした。
図は破砕帯に帯水する被圧地下水がトンネル内に流れ出る概念図であるが、破砕帯が山の表面下にある自由地下水とつながっている場合には、高山植物群落の消失や斜面崩落の危険性もある。
3 地下水利用者にとって死活問題
局所的であれ上流域での大幅な水位低下が、やがては下流域沖積平野に広がる地下水脈に影響を及ぼすことは否定できない。そうなれば、下流域で井戸水を生活用水として使っている住民はもとより、大井川の豊富な伏流水を使って操業している各種工場、焼津市や藤枝市にある全国的に名の知れた日本酒醸造所、吉田町や旧大井川町(現焼津市)のブランド鰻を養殖する業者にとっては死活問題となる。
4 南アルプスエコパークの存立危機
トンネル周辺の地下水位の大幅低下はまた、エコパーク「緩衝地域」に属する沢の生態系を破壊するだけでなく、駒鳥池や池ノ沢池など神秘的な池や沼の枯渇を招きかねない。また、南アルプス国立公園区域とも重なる「核心地域」の悪沢岳お花畑をも消滅させる危険性がある。
5 生態系を壊す
地下水位の大幅低下により沢の表流水量も70%減少するところが生じる。これは、沢周辺の生態系に回復不能のダメージを与えることになる。JR東海は、南アルプスの植生のうち固有種・希少種は移植により保全を図ると述べるが、たとえ近接した場所でも本来の生息場所と全く同一であることは期しがたく、根付かずに枯れる例が多いのは周知のことである。
6 静岡県内山梨工区1㎞の漏水量
「有識者会議」で議論されている最近のテーマは、県内に入り込んでいる山梨工区に存在する800mの断層破砕帯掘削による漏水量をどう評価し、いかなる方法で全量戻すかという問題である。10カ月の工事期間で出る総量はJR東海モデルで300万トン、静岡市モデルでは500万トン(透水係数の違いに因る)とされ、山梨県の早川水系に流れ出る。
工事期間が延びれば流出量はさらに増えることになるが、工事中にこれを大井川に戻す方法はないとJR東海は言う。工事完成後20年かけて静岡県側に戻すと主張するが、荒唐無稽の計画であり、空約束に終わるにちがいない。300万~500万トン(あるいはそれ以上)の水を早川水系から大井川に戻せる方法などあるのか。2000m級の山脈を越えてポンプアップするしかないが、水利権の壁があるので簡単にはいかない。
7 残土置き場は土石流の危険を免れない
品川―名古屋間のリニア工事で発生する残土総量は実に5676万立米である。これをどこに置くかが当初からの大問題であった。発生土は域内(工事単位の都県内)で「活用する」ことが原則とされた。JR東海の「環境影響評価書(2014年8月)」を基に同年10月に国交大臣が認可した工事計画では、静岡県の残土置き場は明示してあったが、他都県では具体的場所をほとんど示せず、認可後に地元自治体と協議して選定するという杜撰なやり方であった。
事後選定の一例として、長野県駒ケ根市では、JR東海と協議した結果リニア工事で発生する残土を市内の廃棄物置き場跡地に置くこととした。熱海市で起こった土石流の原因とされる産業廃棄物の違法盛り土の総量が約5・5万立米であるのに対し、駒ケ根市の盛り土量は約8400立米と少ないが、跡地の地形によっては、何らかの原因で土石流が発生したとき周辺地に被害が及ぶ。いいかげんな環境影響評価で認可した国交省もひどいものだ。
静岡県内の残土置き場は当初7カ所であり、一番北に位置する「扇沢」(図・写真参照)は環境影響評価準備書の段階で、「崩落の危険性が大きく適地でないから回避すべき」との静岡県知事および静岡市長の意見がついたが、JR東海も国交省も原案どおりここを残土置き場にした。
その後、2015年9月JR東海の事後調査報告に関する静岡市有識者協議会において、扇沢は断念されることとなった。しかし、「燕沢」に残土のほとんど(360万立米)を置くことが、あたかも規定路線のようになってしまったことは、JR東海の「狡猾な戦略」(「扇沢」はダミーで、残土は千石斜坑口に近い「燕沢」に集中する戦略)と私には思える。
JR東海は厚顔にも、“扇沢断念→燕沢集中によって、ベルトコンベヤーで土砂を標高2000mに持ち上げる必要がなくなり二酸化炭素排出量削減となる”と、後付けで正当化した。そもそも、地下のトンネル掘削現場から高低差1kmの崩落地へ残土を持ち上げなければならない候補地を国が認めたこと自体が間違いである。
しかし、燕沢も土石流の危険性がある。上図の置き場対岸の上千枚沢は尾根が「千枚崩れ」と称される崩落地形で、地震や大雨による深層崩壊によって崩落土砂が大井川をせき止め、盛り土を巻き込んで土石流となって下る危険性が上記専門家委員によって指摘されている。大井川上流に人家はないから人的被害はないといっても、大量の土砂は川底を埋め、下手をしたら赤石ダム湖まで流れて、ただでさえ深刻な堆積量を増大させダム機能を著しく低下させる恐れがある。
長野県や岐阜県では谷筋に残土を「仮置き」する計画が進んでおり、住民の反対運動が起こっている。岐阜県ではウラン鉱付近を掘ることで有害土砂置き場の問題が生じていることも付言する。
8 金銭補償は問題外
JR東海は大井川中下流域の表流水量はかえって増えると主張する。万一、地下水も含めて62万人住民の飲料水、農業用水、工業用水が減少すれば、別水源や金銭によって補償すると言うが、山梨県の事例では期間は30年である。そもそも命の水は金銭で補償できない。




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