ミャンマーのクーデターから1年1カ月(下)

クーデターと抵抗運動
対国軍標的制裁の実行・強化を

根本敬さんの講演から

4 市民が目指す未来―不服従(CDM)の広がりと長期化〈1〉

(1)ミャンマーにおける市民不服従の「おおもと」。民主化運動指導者アウンサンスーチー氏の1989年の発言「不当な命令と不当な権力には義務として従うな」。
(2)中心は都市部中間層のZ世代(全体を率いるリーダーはいない)。2011年から10年間続いた民政移管期において比較的高い水準の教育を受け、SNSやネットを通じて国外から自由に情報を入手し、経済成長の恩恵を受けてきた20代中心、職業的には医師・看護師と公務員が多い(目立つ女性)。1988年民主化世代(X世代)の「遺産」を相続(民主派メディアの貢献、人権活動家による運動など)。ミャンマー全土ではZ世代が総人口の25%以上を占めていることにも注意。

4 市民が目指す未来―不服従(CDM)の広がりと長期化〈2〉

 「国軍は手を出してはいけない世代に手を出し、怒らせた」(Z世代女性の発言)。SNSを使いこなし、情報の受け取りと発信に長け、横のつながりをつくることが上手で、自分で主体的に物事を考えることができる(暗記教育の弊害から比較的自由)、自分の人生設計を立てている、何よりも(不十分とはいえ)民主主義を経験している。クーデターでそれが全否定され、政治と国家の問題が「自分の問題である」ことに気づき、国家の作り替えが大切であることを自覚。もともと政治的な世代ではなかった(=政治のことは「アウンサンスーチーにお任せ」)。様々なアイディアに基づいて多角的な不服従運動を展開。ジーン・シャープの「独裁を倒すための198の非暴力行動」も影響(デモに加え、出勤拒否、道路渋滞戦術、納税拒否、不買・不売運動、騒音闘争ほか)。

4 市民が目指す未来―不服従(CDM)の広がりと長期化〈3〉

 (3)2021年2月下旬以降、武装警察・国軍による封じ込めの激化が火に油を注ぐ。徹底抗戦の流れが強まり、それを追い風に連邦議会代表者委員会(CRPH)の動きが活発化。中心はクーデターで倒されたNLDと親NLD系少数民族政党。4月16日にはクーデター政権への対抗政府として国民統一政府(NUG)を発足させる。4月後半に実施された日系企業に勤めるミャンマー人従業員対象の意識調査では、アウンサンスーチー、NLD、CRPH、NUGの支持率は、それぞれ90%以上。軍系野党SDP支持は0.00%(回答150人余、Z世代と女性が7割)。

5 市民が未来を託す国民統一政府(NUG)と「フェデラル民主制」〈1〉
 (1)ミャンマーで従来から対立してきた「連邦制」をめぐる概念。独立以降の中央政府・国軍はTHE UNIONとしての連邦制を推進。強い中央政府のもとに政治的権利を制限された少数民族州が存在。中央政府と国軍によって監視される州政府。少数民族政治組織はTHE FEDERALとしての連邦制を要求。アメリカ合衆国のように「州を基本とし、それが集まって連邦国家を構成」。各州・各少数民族に公平な権限を認める。

5 市民が未来を託す国民統一政府(NUG)と「フェデラル民主制」〈2〉

 (2)NUGの思想的基盤はTHE FEDERALとしての連邦制。これを基に、NUGは少数民族を含む閣僚を任命(30人のうち11人)。フェデラル精神を生かした新憲法の基本案を提示。
(3)国軍の解体と連邦軍の結成を目指す(「一線」を越えた壮大な決意)。クーデターに対する怒りが国軍に対する絶望を決定的なものにし、国軍の解体と作り直しを主張。各民族の公正な参加によって成り立つ連邦軍をつくるという考え方。

5 市民が未来を託す国民統一政府(NUG)と「フェデラル民主制」〈3〉

 (4)ロヒンギャ問題への対応。2021年2月のクーデター前。国民の多数は反ロヒンギャ。「土着民族」ではないという認識+人種的差別意識+反ムスリム感情(このため、アウンサンスーチー国家顧問は苦しい立場に)。
 クーデター後。国民(特にZ世代)の認識に変化(国軍による残虐な弾圧経験を共有)。NUGによるロヒンギャへの公式謝罪、「私たちの兄弟ロヒンギャ」という表現。国籍付与を約束、国際司法裁判所(ICJ)へのガンビア政府の告訴を受け入れる。クーデター政権と逆の対応。

5 市民が未来を託す国民統一政府(NUG)と「フェデラル民主制」〈4〉

 (4)現在の少数民族軍事組織(20以上)とNUGとの連帯。少数民族軍事組織と国軍との戦闘は独立以来73年間続いている。ミャンマーは常に「内戦」を抱えてきた国家。しかし、平野部にまで「内戦」が及ぶことは1960年代以降は稀。それが変化しつつある。
 (5)NUGによる人民防衛隊(PDF)の結成と、9・7D―DAY宣言。
 はじめはデモ隊と住民を国軍の暴力から守るための自衛的組織という位置づけ。しかし、各地で散発的につくられるPDFが専守防衛から国軍への攻撃へ転じる。2021年9月7日のNUG副大統領によるD―DAY宣言により対国軍ゲリラ戦が強まる。国際社会への期待が薄れた結果、自ら武器を持って戦うという姿勢へ転ずる。
 非暴力で戦えという意見があるが、日本のような安全な場所にいて、「やめろ」という権利はない。

6 国民統一政府(NUG)と国際社会
 現在の駐国連ミャンマー大使(チョーモートゥン氏)はNUGを代表している。国連総会において、ミャンマーの代表権が争われている(2021年11月、判断の1年間先送りが決まる)。現大使が代表権を獲得できれば、NUGは国際社会で有利になる。NUGは実効支配をできていないが、正統性ではクーデター政権より断然有利。よって国際社会による承認を求め、働きかけに力を入れている。米国、英国、チェコ、仏、豪州、韓国、日本に駐在事務所を開設(駐在代表を任命)。NUGを承認した政府(行政府)はゼロだが、議会(立法府)はある(EU議会等)。中国は水面下でNUGと接触、チェコは政府承認へ(?)。

7 正統性と実効支配が断絶するなか、機能しない仲裁外交〈1〉
 (1)国連安保理では中国とロシアの反対で十分な非難声明が出せず。とはいえ、両国を含め、現時点でクーデター政権を政府承認している国家は存在せず。
 (2)G7は強い非難声明を出したが、実際の取り組み方をめぐっては一致せず。暴力行為の即時停止、拘束者の解放、民主的体制への即時回復が声明の主旨。米国、英国、EU、オーストラリアはグローバル・マグニツキー人権説明責任法を発動し国軍への標的制裁を実施。日本は「国軍との太いパイプ」があることを主張してきたが、効果的行動はとれず。日本ミャンマー協会(渡邊秀央会長)という「暗闇」。笹川平和財団会長(笹川陽平氏)の「裏切り」的言動。

7 正統性と実効支配が断絶するなか、機能しない仲裁外交〈2〉

 (3)ASEAN(東南アジア諸国連合)は期待されるが効果的に動けない。全会一致主義のため玉虫色の声明しか出せない(国軍はそれを計算済み)。
 2021年3月のASEAN首脳会議にミンアウンフライン総司令官を招き、暴力停止、民主的体制への復帰等、5点の要望を飲ませるが、ひとつも実現せず(ASEANが派遣する特使がNLD関係者と面会することを総司令官が拒絶)。しかし、同年10月以降、総司令官に厳しく対応、首脳会議に招待せず(ASEANとしては異例の対応)。

7 正統性と実効支配が断絶するなか、機能しない仲裁外交〈3〉

 (4)中国はミャンマーでの経済利権維持が最優先。よって中国は国軍を刺激するような対応はとらない。一方で、中国にとってはNLD(アウンサンスーチー)政権のほうが国軍より与しやすかった。「純国軍色」の現政権の登場に困惑、ミャンマー国民に広がる「反国軍」の動きと「反中国」意識にも警戒、現状は「両にらみ」対応(クーデター政権に接近しすぎない)。
 (5)国際社会の不一致を「活用」し、クーデター政権は国内で着々と封じ込めを強化。しかし、それでも不服従は終わらず、経済も悪化の一途(年成長率マイナス18%)。これに加えてコロナ禍の極端な悪化(事実上の人災)。

8 国民はアウンサンスーチーを支持しつつ、個人崇拝から卒業〈1〉
 (1)アウンサンスーチー国家顧問は2月1日以降、どこにいるか不明。クーデター政権は17件の「罪状」で訴追。無線機の不正輸出罪、電気通信法違反、自然災害管理法違反、収賄罪、汚職罪(9件)、国家機密漏洩罪、恐怖や不安を招く情報の流布罪。すべてえん罪。弁護士による接見内容の公表禁止、法廷の様子も非公表。さみだれ式に「判決」を下し、最終的に「懲役100年以上」に処す見込み。

8 国民はアウンサンスーチーを支持しつつ、個人崇拝から卒業〈2〉

 (2)国民は抵抗を継続、NUGを軸に連邦国家のつくりかえを目指す。国民のNLD支持の実態。クーデター前「アウンサンスーチー個人崇拝」。クーデター後「個人崇拝」から物理的・精神的に「卒業」。リーダーのいない闘争としてのリスクはあるが、国民の政治的自立という意味では進歩。

〈おわりに〉標的制裁の強化に向けて

 ①「国軍の収入源にターゲットを絞った経済制裁」にひとつでも多くの国連加盟国が舵を切る必要がある。
 これによって国軍を弱体化させることができるか否かはやってみないとわからない。しかし、ミャンマー国民がNUGを支持している事実を国際社会は重視すべき。国軍に対する標的制裁の実施と強化はミャンマー国民への「応援メッセージ」になる。
 ②その際、国民統一政府(NUG)と交渉し、彼らが制裁や経済協力の在り方を確認しながら対応することがのぞましい。
 国際社会と市民社会がこの方向で動かなければ現状は既成事実化し、危機は終わりを見ない。正統性と実効支配の断絶は恒久化し、経済は長期停滞、社会混乱はより悪化する。殺される国民、避難民となる国民、海外脱出を試みる国民は増加する。

追伸:私たちにできること

 (1)クラウド・ファンディングなど、各種寄付集めへ積極的に協力する。
 (2)在日ミャンマー人と接触、交流する。例:都内のビルマ料理店に行く。池袋(SPRING REVOLUTION)ほか、高田馬場にも多数。
(3)日本政府へ働きかけを行う。例:NUG日本事務所の公的認知と承認に向けた努力を促す(国会議員を使う)。日本のODA(2019年だけで1900億円)プロジェクトを中断させ、外交の切り札に使わせる。日本ミャンマー協会(渡邊秀央会長)や日本財団(笹川陽平会長)との十分な距離を置かせる。
(4)人を雇用できる立場にある場合は、在日ミャンマー人を優先的に雇う。
(5)ミャンマー人留学生、技能実習生を多面的に支援する。
(6)ビルマの歴史(特に日本との関係史)と多様な文化について学ぶ。
(おわり)

在日ミャンマー人たちがNUGへの支持を訴える。この行動には少数民族の人たちも多数参加(2021.7.18東京渋谷区の国連大学前)
ミャンマー国軍の資金源を断てと日本政府に要求する日本のNGOとミャンマー人(2.1官邸前)

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