世界自然遺産の森に広がる奄美大島の軍事基地

投稿

尾形 淳
南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会会員

「第1日=瀬戸内分屯地の見学」

 奄美大島はサンゴ礁に囲まれた島なのだが、亜熱帯常緑広葉樹に覆われた山の島でもある。その森に生息する動植物群が生み出す多様な生態系故に、2021年7月には島全体が世界自然遺産に指定された。
 4月27日、島の東端に位置する奄美空港に着いた私たちは、小雨の降る中を、国道58号線を通って島の最西端の瀬戸内町を目指す。瀬戸内町には陸上自衛隊瀬戸内分屯地があり、警備隊と対艦ミサイル部隊が配備されている。
 奄美大島を東西に貫くこの国道は、海にほとんど触れることのない山の中の道である。トンネルを抜けると緑の山に囲まれた山道が続き、そしてまたトンネル、そのトンネルを抜けると、またトンネルになる。雨に洗われて鮮やかさを増した多様な緑が密集する山の中を車は進んでいく。何とはなしに、車窓からはサンゴ礁の海が見えるのだろうと思っていた私にとって、この風景は新鮮な驚きだった。
 そんな地形ゆえ、昔は小さな入江、入江に集落ができ、その集落の行き来は舟に頼っていたそうである。ハブの生息する山を越えての移動は難しかったのだろう。そのため各集落で使われていた言葉も少しずつ違っていた。そうした緑豊かな山の稜線を崩して、奄美大島の自衛隊の基地はアメーバのように広がっている。しかし、山襞(ひだ)に隠されて幹線道路からも、集落からも見えることはない。

自動小銃手に
する自衛隊員
 基地を案内するために名瀬から同乗してくださったSさんの指示で、瀬戸内町に入ってすぐの長いトンネルを抜けると車はわき道にそれる。彼女はそのわき道を旧道と呼び、この先に自衛隊の基地があると言う。旧道を通る車はほとんどない。
 基地建設と合わせるように58号線に4キロメートルのトンネルが開通し、基地の側を通っていた道路は旧道になった。今では基地に関係する車しか通らない自衛隊の専用道路のようになっているそうだ。トンネルの計画は基地建設の以前からあったので、基地建設との直接の関連はわからないそうだが、工事にあわせて58号線の整備計画の実施が早められたということは大いにありそうなことではある。
 58号線は瀬戸内町と島の中心地を結ぶ唯一の幹線道路であり、瀬戸内町の住民が便利になったことは疑いない。ここには原発立地地と住民との関係と同じ構図が透けて見える。
 分屯地の手前で、瀬戸内町在住のHさんら3人と合流し、瀬戸内分屯地B地区に向かう。驚いたことに、基地の正門前の2人の衛兵は自動小銃を手にしていた。米軍基地はともかく、自衛隊の基地で衛兵が自動小銃を手にしているのを見たのは初めてである(今年の4月から全国の基地で銃の携行が定められたようである)。
 ここには弾薬庫も設置されているのだが、残念ながら、明確には確認できなかった。しかし、対艦ミサイルを収める筒を搭載した重装備回収車と思われる車両を2台確認することができた。
 ついで、A地区に回る。ここには整備工場、運動施設、隊庁舎、厚生施設があり、管理地区になっている。しかし、この地区は旧道からもほとんど見ることはできない。緑の谷越しに隊庁舎とおぼしき建物のほんの一部を遠望できただけであった。
 SさんやHさんたちの話を聞き基地を見て感じたのは、基地が人の目に触れないことの恐ろしさだった。基地建設の工事車両さえトンネルを抜けるとすぐ旧道に入るので、住民の目に触れることはないという。住民は意識しないかぎり小銃を持った衛兵も、ミサイルの発射装置を搭載した車両も目にすることはない。自衛隊を無視し、無いものとして暮らすことができるのだ。Hさんの「基地があるのを知らない人もいるのではないかと思うようだ」という言葉が印象的だった。当然のことだが、島外から来た観光客に見えるはずもない。

「第2日=陸上自衛隊奄美駐屯地」


 今日は名瀬在住の牧口さんが案内してくださる。彼とは昨晩、民謡酒場で交流済みである。ホテルに迎えに来てくれた彼の軽ワゴン車はミサイル基地反対のスローガンや絵で埋まっていた。
 奄美駐屯地は奄美市の中心地の名瀬にあり、市街地や名瀬新港から小さな湾をへだてた山の中にある。直線距離で5キロほどだろうか。もちろん港からも、市街地からも基地はみえない。牧内さんが運転する車は、私たちが宿泊したホテルのある港の対岸を湾に沿ってしばらく走り、細い山の中の道に入る。
 基地は奄美カントリークラブの跡地を半分ほど買い取って建設された。廃業した山の中のゴルフ場に行く人などいるはずもなく、名瀬の基地と同じように基地関係者の車しか通らない。従ってこの基地も人の目には触れることはない。
 奄美駐屯地には地対空ミサイル部隊と警備隊が配備されている。道路からは基地内を一定程度遠望することはできるのだが、地対空ミサイル発射装置に関係する車両は確認できなかった。驚いたのは射撃訓練場の長大な建物であった。建物の壁に沿って駐車している車両から類推すると2~300メートルもあるだろうか。奄美に配備された部隊は560人程度、こんな長大な設備が必要なのか。
 その疑問は夕方に牧内さんと共に訪ねた「戦争につながる自衛隊配備に反対する奄美ネット」代表の城村典文さんの話と、いただいた奄美ネットのパンフレットを読むことで氷解した。ちなみにこのパンフレットはカラーで、基地の全容、配備されるミサイル装置のみならず、奄美の自然にも触れた優れたものである。 
 奄美に配置された350人の警備隊は、南西地域の防衛体制において初動対応に当たる部隊だという。同等の内容を持つ対馬警備隊は350人の中隊の規模ながら、レンジャー資格を持つ隊員が多く配置され、指揮官も連隊長クラスの一等陸佐が当てられている。
 日常的な訓練では基地のみならず、周辺の森も訓練地にしている。防衛省の広報誌には「対馬では市街地も含め、どこででも実戦のリハーサル(訓練)ができる」と記してあるそうだ。

世界自然遺産
の森が駐屯地
 瀬戸内町在住のHさんはアマミノクロウサギを見ることもそんなに稀なことでもないと語っていた。その世界自然遺産の森で、警備部隊は自由にゲリラ掃討戦の訓練をする。長大な射撃訓練場もそのためなのだ。城村さんと牧口さんはクロウサギが減少し始めたのではないかと心配していた。
 基地の観察を終えた後、城村さんと会う前に瀬戸内町に残る旧陸軍施設の跡地を案内してくださることになる。1時間半近くかけて再度瀬戸内町へ、そこからは58号線とは一転して加計呂麻島との間の大島海峡に沿った、海が見える道を北上する。
 二重のコンクリートで覆われた手安の旧陸軍弾薬庫跡は、その広大さで私たちを驚かせた。そして、西古見の旧陸軍の旧観測所跡に着くころには雨は完全にあがり、薄日さえさしてきていた。コンクリート製の観測所が残る高台は、海を見下ろす展望台として活用されている。狭いリアス式の海峡から広い大洋へと薄日の下で広がっていく海は、この2日間雨の中を車で移動し続けてきた私たちの気持ちを一気に解放してくれた。
 この後、教育会館に前述した奄美ネットの城村さんを訪ねて、3日間の奄美訪問の主要な日程を終えた。

瀬戸内分屯地の衛兵(写真上)奄美駐屯地の射撃訓練場(写真下)

週刊かけはし

購読料
《開封》1部:3ヶ月5,064円、6ヶ月 10,128円 ※3部以上は送料当社負担
《密封》1部:3ヶ月6,088円
《手渡》1部:1ヶ月 1,520円、3ヶ月 4,560円
《購読料・新時代社直送》
振替口座 00860-4-156009  新時代社