寄稿 静岡県リニア工事をめぐる直近の議論

煮詰まっていない課題が山積

芳賀 直哉(静岡県リニア工事差止訴訟の会)

2021年9月に「リニア新幹線はいらない」と題した一文を寄稿した際に、問題点として記した「静岡県内山梨工区1・1kmの漏水量」のその後の状況を紹介したい。

1 不都合な真実

 リニア南アルプストンネル全25㎞のうち、静岡県内10・7kmのトンネルは静岡工区8・9km、山梨工区約1・1km、長野工区約0・7kmと3工区に分かれていて、静岡と山梨工区は大成建設、長野工区は鹿島建設が請け負っている(工区の設定や施設の受注に関して談合があった事実が裁判で明らかとなっており、大手ゼネコンがほぼ平等な受注額になるよう調整された)。このうち工事が行われていないのは静岡工区8・9kmのみであって、静岡県内に東西から入り込んでいる他工区は“順調に”とは言えないものの先進坑トンネル工事が進捗していることが、静岡県内リニア問題を複雑にしている。
 国交省有識者会議「中間報告」を受けて、JR東海は静岡工区のトンネル湧水の約70%を大井川に戻すことで工事中も「下流域での水量は減らないばかりか一時的に増える」と、県内中部地域の駅でPR冊子を大量に配布して宣伝に努めている。
 工事により山体に含まれていた大量の水がトンネル内に流れ出て、その内の70%を川に戻すのだから「一時的に増える」のは当たり前のことだ。水を「先取り」しているだけの話である。本流に戻す椹島地点より上流では表水量は確実に減少するほか、山体の地下水位が低下することにより沢水の枯渇を招き、水生生物の絶滅など生態系に悪影響が出る危険性がかえって増大する。

2「全量戻し」の方法は説得力がない
 2022年4月26日静岡県環境保全連絡会議地質構造・水資源専門部会において、山梨県側に流出する水の「全量戻し方」に関してJR東海は以下の2案を示した。
 A案は「静岡県内約1・1kmの山梨工区の工事により、約800mの断層破砕帯に滞留する大量の地下水が工事中はすべて山梨県側に流出するが、両工区の先進坑がつながった段階でポンプアップにより流出相当分を大井川に戻す」というものである。山梨県早川への流出量と同量を大井川へ戻すために必要な期間を、JR東海資料を基に筆者が作成した表を次に示す。

山梨県内トンネル1キロ当たりの湧水量本坑・先進坑・斜坑合わせて全長16.6キロ300万tの場合(JR東海が委託した調査会社の推定量)500万tの場合 (静岡市が委託した調査会社の推定量))
0.005t/秒0,088t/秒 280万t/年所要期間 1年1ヶ月所要期間 1年9ヶ月

 この表は、JR東海が主張する「10カ月の工事期間」に出る総量を300万トンないし500万トンとしている(当該地質の推定透水係数の差異によって湧水量の違いが生じる)が、「10カ月」は期待値に過ぎない。過去に、黒部第四ダムの工事用トンネル5・4キロのうち僅か80メートルの破砕帯を貫通するため7カ月がかかった。大量の突発湧水で長期間工事がストップし多くの死者も出た。
 もちろん、半世紀を経て機材も工法も進化しているので単純に類推はできないが、800メートルの断層破砕帯を含む1・1キロを10カ月で貫通する想定は無理があると言わざるをえない。JR東海は通常のトンネル工事期間として1カ月100メートルで計算しているから「10カ月」で完了すると主張するが、極めて甘い想定である。仮に工期が2倍になれば、大量の水を含む破砕帯からの湧水量も増大する。このように、上記のシミュレーションは不確実性の推定値である。

 B案は右の「県外流出相当量」を大井川上流部の東京電力田代ダム(大井川から取水して導水路を通じて早川に落とすことにより発電)の取水抑制をすることで担保するというものである。しかし、これにも難題がある。ひとつは渇水期に抑制ができるどうか(東電は施設維持のための最低取水量を現状から下げることは可能だと言っているとJR東海は主張)という点である。
 もうひとつは、過去の「水返せ運動」では僅かしか取水抑制に応じなかったこととJR東海からの要請には満額に近い回答をする東電の対応の違いに下流域の吉田町長などが不信感を持っているという点である。
 さらに、水利権を企業者間でやり取りできるのかという河川法上の問題がある。JR東海は「抵触せずとの政府見解を確認した」と主張するが、国交省のどの部署の誰が明言したか明らかにしていない。
 以上のように、両案とも単なる「数合わせ」で、県知事の言う「全量戻し」にあたらないとわたしは考えるが、流域首長の中には「B案で下流域水量が確保できればそれを進めるべき」と公言する者もいる。

3 県境まで迫った先進坑と
長尺ボーリング実施について

 12月5日に行われた静岡県環境保全連絡会議地質構造・水資源専門部会において、JR東海は、県境から約750mに迫る現時点で断層破砕帯の地質状況を把握するため高速長尺先進ボーリング(約1㎞)をしたいと言っている。これに対し、静岡県の対応は以下の2点に要約できる。
1)県境近くまでトンネルを掘り進むと、静岡県内の断層破砕帯に帯水している地下水が空洞であるトンネルに吸い寄せられ静岡県の水が失われるので、現状で一旦中止を求める。
2)長尺ボーリングは高圧の突発湧水が出て、結果的に「事前水抜き」になり水が失われる。断層破砕帯の地質構造把握のため長尺「コア」ボーリングは静岡工区側から行うべき。
 2022年末の時点での静岡県におけるリニア工事をめぐる問題は、「全量戻し」の方法に焦点があたったまま年を越す。しかし、国交省有識者会議で議論が進んでいる南アルプスの生態系への悪影響や要対策土を含む残土処理と置き場の安全性のなど煮詰まっていない課題が山積している。

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