資料 ウクライナ侵攻問題から問い直す日本の「平和主義」
2022年12月16日執筆
チェチェン連絡会 青山 正
前号にこの文章の前半の一部を掲載しました。全文掲載の予定でしたが、一部しか掲載しませんでした。技術的なミスでした。おわびして、前回掲載しなかったつづきの部分を全文掲載します。(「かけはし」編集部)
NATOの東方拡大が、大量の核兵器を保有する核大国ロシアの安全を脅かす現実的な脅威とは言えないはずです。むしろロシアによる西方拡大に対し、脅威を感じていたのはNATOに新たに参加した東欧諸国や、参加を模索していたウクライナの側です。現にプーチン大統領は、2014年のマイダン革命の後にクリミヤ半島にロシア軍を送り込み、名ばかりの「住民投票」を経て強制的に併合しました。そしてウクライナのドンバス地域でも親ロシア派の武装組織とロシア軍の工作員により、ウクライナ側に攻撃をしかけ、内戦状態にしてウクライナ東部の支配を広げました。
その過程でウクライナ防衛のために立ち上がった愛国主義者などが作った民兵組織がアゾフ大隊です。その後正式にウクライナ国家警備隊に組み込まれており、「ネオナチの私兵」というのはまさにプーチン大統領の一方的なレッテル貼りです。むしろ占領地での残虐非道な暴力を繰り返したロシア軍の方こそが、「ネオナチの私兵」と呼ぶにふさわしいと私は思います。
また、ロシア語を禁止したという事実もありません。以前より公用語はウクライナ語であり、2017年に原則としてウクライナ語を教育言語とすることが規定されて、国民の一体性を図っただけです。「抵抗する住民に対して弾圧した」というのも根拠がありません。現にロシア軍に占領されていた東部や南部などのロシア語地域が、ウクライナ軍により解放された後、住民はこぞってウクライナ軍を歓迎しています。住民がウクライナ政府に弾圧されていたとすれば、ロシア軍の占領を歓迎したはずですが、その事実はほとんどありませんでした。ロシア語を話す住民への弾圧というのは、事実を大きく歪曲したデマです。
ミンスク合意については、そもそもウクライナ側に不利な条件があり、その後合意の反故に動きました。一方でロシア側も合意で定められた「外国の武装組織の撤退」や「違法なグループの武装解除」を守らず、その後も紛争がやむことはありませんでした。ミンスク合意破綻の責任はウクライナ側だけが負うものではないはずです。
ウクライナ問題を巡っては、他にも一部の政治・平和学者やリベラルあるいは反戦平和を掲げてきた人びとからも、おかしな意見・主張が出されてきました。私はそれらに大きな違和感を抱くとともに、それは日本の「平和主義」というものの根本に関わる問題をはらんでいるのではないかと思うようになりました。
私はこれまでチェチェン戦争の問題に長い間関わってきました。チェチェン戦争は1994年から始まった第1次と、1999年に始まった第2次に分かれますが、この二つの戦争を通して人口100万人ほどのチェチェン共和国において、実に20万から25万人もの市民が侵攻したロシア軍により殺されています。これはすさまじい規模の殺戮ですが、残念ながら国際社会からはほとんど無視されてきました。その中でロシア軍はチェチェン人への拷問・虐殺・略奪・女性への性暴力などやりたい放題の暴力の限りを尽くしてきました。これはまさに今ウクライナで起こっているロシア軍の戦争犯罪と同じです。ロシア軍の暴力性は昔からまったく変わっていないのです。
そしてチェチェン戦争、とりわけ第2次チェチェン戦争の進行とともに、プーチン大統領の強権的な政治がロシアで進み、その中で多くのジャーナリスト・人権活動家野党政治家などが暗殺されたり、拘束されたりして言論の自由や民主的な政治が奪われていきました。プーチン大統領は今回のウクライナ侵攻を経て、完全に非民主的な独裁体制を完成させたと言えると思います。
このような現実にもかかわらず、この間日本の中で「平和」サイドにいたはずの人々の間から、プーチン大統領やロシアではなく、ウクライナやゼレンスキー大統領への批判が出されています。これは実に信じがたいことです。国際法を無視して一方的に侵略し、数々の戦争犯罪を繰り返しているロシア側ではなく、侵略の被害を受けて苦悩しているウクライナ側をどうして批判するのでしょうか。それが本当の「平和主義」と言えるでしょうか。
例えば、ゼレンスキー大統領の出した18歳から60歳までの成人男性の出国を禁止する総動員令を批判する意見がありますが、ウクライナでは全員を無理やり戦場に送り込んでいるわけでは決してありません。ウクライナ軍に入隊しているのは成人男性の3パーセントに過ぎません。出国禁止に反発するウクライナ人がいるのは当然かと思いますが、一方でそれ以上に多くの海外に住んでいたウクライナ人が自主的に帰国して、自国の防衛に参加している事実も無視できません。
ウクライナ側を批判する人々の主張は、結局プーチン大統領のプロパガンダに完全にはまっているとしか思えません。事実を無視し、侵略したロシア側の一方的な主張を鵜呑みにすべきではありません。
その原因のひとつは、本来は市民サイドだったはずのいくつかの情報サイトや著名な言論人が、プーチン大統領のでたらめなプロパガンダを垂れ流している現状があるかもしれません。あるいは欧米の高名な学者などのひどい学説に影響されているのかもしれません。
いずれにせよまったく事実に基づかず、侵略の被害者であるウクライナを結果的にバッシングするということは、「平和主義」とは何の縁もないはずです。たとえウクライナ側が自らの信念と違って武装抵抗しているからと言って、事実ではない理由をあげつらって非難するというのは、実におかしなことです。どのような抵抗をするかは、最終的にウクライナの人々が決めることです。
またウクライナ側に早期停戦や、さらには降伏すら呼びかける人々もいます。しかし第2次チェチェン戦争が起きたのは、まさにロシアとの停戦中でした。実際はロシアの情報機関であるFSBが実行したモスクワのアパート爆破事件を、一方的にチェチェン側のテロだと決めつけて、ロシア軍はチェチェンへの無差別攻撃を開始しました。停戦は決して平和を保証するものでありません。しかもウクライナのロシア軍占領地のブチャなどで明らかとなったように、ロシア軍の支配地では無抵抗の住民がむごい拷問の末虐殺されたり、女性たちが性暴力を受けたりする悲惨な事例が相次ぎました。降伏しても悲劇が終わるわけではないのです。
私はウクライナ問題を考えるために、プロパガンダに左右されずにまず事実をきちんと確認し、加害者ではなく被害者の側の声を聴くことが大切だと思っています。戦争犯罪を決して許さず、侵略に苦悩する側に寄り添う「平和主義」であるべきではないでしょうか。
私は侵略の被害者であるウクライナ側がすべて「善」であるとは必ずしも思いませんが、プーチン大統領とロシア軍による重大な戦争犯罪は絶対に許せないことであり、ウクライナ侵攻を止めることは国際社会の責任であると考えています。ましてや国連安全保障理事会の常任理事国であるロシアの今回の蛮行は、国際社会の責任でやめさせるべきです。
それとともに、今回のウクライナ侵攻はロシアの戦争責任ばかりではなく、一方で米国の責任もやはり無視できないと思います。米国はロシアが侵攻を計画していることを昨年から知りながら、それを止める手立てをほとんどやってきませんでした。それは意図的なことかもしれません。米国がその気になれば戦争を止めることができたかもしれません。しかし米国は敢えてその努力をしてこなかったと思います。ロシアに対し、米国は介入しないことをわざわざ事前に表明しました。そしてロシア軍の侵攻が始まり、欧米などはウクライナへの兵器の支援に乗り出しましたが、その結果欧米の軍需産業が潤っている現実もあります。さらに、日本ではウクライナ問題を利用して防衛費の大幅増額の動きが出ています。つまり軍拡に向けて突き進もうとしています。
これらの動きは当然ながら見逃すことができないことです。私は米国の戦争政策や軍需産業の肥大化、そして日本の大軍拡にも反対です。それらは平和とはまったく無縁です。一方で、今ウクライナ側を批判し、ロシア側のプロパガンダを容認している国内の識者の中には、反米思考があるようです。冒頭の知人も自ら「反米」を超えた「嫌米」ですらあると言っています。しかしそれが、「敵の敵は味方」ではないとしても、結果的にプーチン大統領のプロパガンダを支持し、ウクライナを非難することにつながっていることにどうしても納得はできません。米国にも責任はあるとしても、ロシアの戦争責任と戦争犯罪をまずはきちんと断罪すべきです。
このウクライナ侵攻を通して、日本の「平和主義」というものが、実は極めて表面的で形ばかりの薄っぺらなものだったのではないかと思えてなりません。そういう日本の「平和主義」の実態がウクライナ問題からはっきりと見えてきたような気がします。これからは表面的な「平和」ではなく、より人間的で本質的な「平和」が求められているのではないでしょうか。私の考えが絶対正しいとは思いませんが、事実を探り、苦難する人々へ寄り添うものであってほしいものです。
ウクライナ侵攻はロシアの人々にとっても大きな不幸です。この秋には30万人を超えるロシアの男性が強制的に動員され、ほとんど訓練も受けず、大した装備もないまま、ウクライナの戦場の最前線に送り込まれて、盾として無残に殺されています。背後にはロシア軍の督戦隊が控え、逃亡や降伏する動員兵に銃撃を加えるという悲惨なことになっています。ロシアの人々のためにも、ロシア軍は今すぐ戦闘を停止し、ウクライナから撤退すべきです。それこそが平和への道だと私は思います。
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