投稿 安保関連3文書の閣議決定防衛費2倍化に対処するために(下)
メディアの果たしている決定的役割
国内問題と違って、国際関係における情報は一般大衆においては目で耳で確かめることができないが故、よりマスメディアの報道の仕方いかんで多大な影響を及ぼす。
ここでマスコミという社会過程を権力作用ととらえる「メディア・フレーム」という概念が大きな問題になる。特にテレビの影響が大きい。
日本国内問題ではそれなりに政権批判コメンテーターを配置してきた某局のバラエティー番組において中国報道と言えば、必ずと言っていいほどなぜか顔をしかめざるを得ないような中国民衆の事象が映し出されるのである。
リベラルと言われる「朝日新聞」
知識層の認識に大きな影響を持つ新聞の報道でも、なぜかリベラルと言われる朝日新聞の主張は中国報道になるとほとんど中国政府の政策に対する西欧先進資本主義国の民主主義という普遍的価値に基づいた「責任ある大国」としての政策批判に終始しているように感じる。
さらにウクライナ報道に見られるようにアメリカ、ヨーロッパの権威ある通信社の記事が日本各社の検証なしにそのまま報道されているという実態を見れば、「メディア・フレーム」の社会に対する実態は明らかである。
民衆レベルの交流の促進を。少数民族との直接交流の重要性。中国文化についての西洋近代主義を前提にしない研究の重要性。
リベラルと言われる「毎日新聞」
(1月30日)「風知草」
「テレビの国会中継で驚いた野党質問がある。『総理は絶対に戦争をしないと言う決意と確信がありますか?時と場合によっては戦争もやむなし、と考えていることはないでしょうか?』(26日、参院本会議、立憲民主党)首相が答えた。『戦争やむなしと考えていると言うことはありません』。愚問、虚答というべきか。
国民が知りたいのは不意の敵襲への備えであり、戦闘行為一般の是非善悪ではない。まずは、野党第一党たる立憲民主党に国会戦術の修正を求めたい」。
この文章がメディアの中でリベラルと評価される毎日新聞の元政治部長の山田孝男氏の執筆によるものであるが驚きものである。
彼は憲法で定められている戦争の放棄について行政の長の総理大臣に対してそれを順守するかという質問は愚問であると公然と主張し、質問は敵襲への備え、継戦能力がどう作られているのか、新たに買う武器はどんなものかについて質問しなければならないと立憲民主党に注文を付けているのである。さらに国防予算の増額、子育て予算の増額など天秤にかける問題ではなくと述べているが、つまり防衛予算の増額は検討の余地もなく前提的に必要と決めてのことである。
これは今のメディアの一例に過ぎない。一番肝心な「戦争をしない」ではなく、敵は攻撃してくるからその攻撃にいかに反撃するかが前提になってしまっているのである。
「サンケイ」、「読売」だけでなくマスコミによる挙国一致キャンペーンがはじまっていると見る。
岸田政権の新しい資本主義の投資としての軍事予算拡大
岸田政権は今世論調査によると低空飛行の支持率下にある。にも拘わらず使命を帯びたように軍事増強、国防予算倍増加に走っている。伝統的に軽武装のはずの宏池会出身の岸田首相はこの間作られた旧安倍派の清和会を党運営上の配慮で安倍の軍拡路線を引き継いでいるとかの見方も存在している。
しかしここで日本資本主義がこれまでの政策の立ち遅れによって待ったなしの状態に置かれ、日本アズナンバーワンの崩壊以後、日本統治機構の総力を挙げて「新しい資本主義」が模索されていることの本質を観なければならないだろう。それは単にこれまでの新自由主義経済の立て直しでなく、ましてや配分を見直し格差を解消していこうとする社会的利益も追求する「新しい資本主義」ではない。
戦争と恐慌を克服した資本主義という考え方が世の中を支配しつつあったが。
だが資本主義は必ず戦争を引き起こす。その廃墟の中から新たな利潤を生み出す資本主義の本質論の復活が必要である。
アメリカのニューディール政策がもてはやされるが、アメリカが世界の覇者となったのは第2次世界大戦への参戦により軍産複合体を築いたことにあるのではないか。1929年10月、ニューヨーク株式市場大暴落。33年3月、ニューディール政策。ニューディール政策の進歩的性格は注目されるが、これが資本主義の危機を救ったわけではない。37年中立法改定。40年1月、参戦のための国防予算請求。41年、12月参戦。
ニューディール政策の限界を克服したのはアメリカの全面参戦であり、ヨーロッパの廃墟と引き換えに、アメリカの軍産複合体の確立。アメリカの世界覇権の礎が作られた。
戦後アメリカは朝鮮、キューバ危機、ベトナム、湾岸、アフガン、イラクと国外で一貫して戦争を継続してきた。アメリカの軍産複合体は現在のIT世界経済体制を作り出し、今新たな「覇権」の挑戦に対してウクライナ戦争の継続を媒介にして包囲軍事・経済体制を築こうとしている。
日本後進帝国主義の世界恐慌からの脱出策としての満州侵略31年、37年日華事変、日中戦争の継続、41年真珠湾奇襲。
日本の戦後経済の発展を見ても、朝鮮戦争に始まる高度経済成長の始まり、ベトナム戦争以後のジャパンアズナンバーワンへの登り上がりの過程を観なければならないだろう。そして30年の停滞。
日本資本主義の「新しい資本主義」の取り組み。新自由主義政策の立て直しではない。
それは持続可能な軍需産業(円安を利用した武器輸出)ITの立ち遅れを軍事研究と結合して取り戻す。エネルギーの安定供給、CO2削減を口実としつつ、核武装としての原発開発。新たな日本型軍産複合体型の「戦争経済」構築へと進む道である。
中立の政策を敢然と掲げる
アメリカと中国の対立に対してそれを緩衝し平和を維持するためにはどうしてもアメリカの軍事協力体制からの離脱を目指さなければならない。対する中国の新たな覇権性に同調するのでないのだから日本は中立の対場を明示させなければならない。それは対等の立場ならば軍事協定もありうるというごまかしではない本当の中立政策である。
日本国憲法の解釈では、いわゆる憲法学会では今でも圧倒的多数を占めるという憲法擁護の立場があるが、その内容については様々な解釈があるようである。もともと現行憲法は、日本の戦争の反省の上に立って、戦争をしない世界恒久平和を目指す国の憲法として普通選挙で選ばれた国会で決議されて成立した。それは文面からも疑問の余地がない。アメリカの占領政策がいかなる理由で変わったとしても、ソ連が崩壊したとしても、中国の台頭が起こったとしても憲法が変わったわけではない。
しかし憲法擁護のはずの学者が、「憲法には書かれていない権利」を持ち出してきて解釈したり、情勢が変わったからつじつまの合う解釈をしたり、国際協調法に沿った解釈をしたり、果てには先進資本主義国の普遍的価値観に基づく解釈など「現状維持に寄与する」解釈に至るなど、憲法解釈の堕落でなくて何なのだろうか。
49年4月、NATO発足。9月、ソ連原爆保有宣言。50年1月、マ元帥、日本国憲法は自衛権を否定せずと声明。6月、朝鮮戦争勃発。
その後の「護憲的」憲法解釈の変遷。憲法に規定されていないが、人間の権利として当然だとされる権利を想定した憲法解釈。正当防衛―自衛権。制定時と違う、時代環境との「整合性」を求めるという解釈。冷戦時代、新興台頭国時代。国際法、国際協調主義による解釈。
総じて欧米先進資本主義国の民主主義の「普遍的価値観」のレベルに日本国憲法の解釈をおこなう。国連活動に絡んだ国際法は戦争を否定しているが、先進資本主義国の憲法で戦力・軍隊と「やむを得ない場合」の戦争を否定している憲法はない。
左派の議論を巻き起こせ
日本は戦争しない恒久平和を目指すための中立の立場を明確に掲げるべきである。
立憲民主党の反撃能力保持や防衛予算の拡大に対する肯定的立場の表明によって、これまでの野党共闘は方向が混迷しており、日本が挙党一致体制へ向かう危険性も指摘されている。
また共産党委員長公選要求と重なって自衛隊による国防も「左派」の中から提案されている。これは社会党の歩んだ道をまた共産党にも強要しようという道であろう。いずれにせよこれまでの議論の枠にとどまらず議論を巻き起こす必要がある。戦争のための挙国一致とは「左派」が巻き込まれて成立するのである。(S・T)
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