命を守る酪農業を支えよう

安心・安全な食にアクセスする権利の実現を

酪農家の減少が深刻化

 中央酪農会議は、生乳販売を受託する全国の酪農家の戸数が2022年12月時点で前年同月比6・5%減の1万1202戸だったと発表した。これまでも高齢化や後継者不足を背景に減少傾向が続き、1年前の減少率は4・2%だった。さらに飼料高が経営を圧迫し、新型コロナウイルス禍などによる生乳の需要低迷も響き、酪農家の減少率が増加した。

やめる酪農家、道内で200戸超す見通し
 道によると、離脱戸数(大規模化による減少は除く)は16年から22年にかけて100戸台が続いていたが、23年は200戸を超す勢いという。
 飼料代はこの1年で4割上がり、電気代は10年前の2倍超、経営努力で乗り切るには、厳しすぎる状況。
 乳価は昨年11月から飲用向けで1キロ当たり10円上がり、4月からは加工向けも同額の上昇が決定済みだが、生乳の生産抑制で搾りたくても搾れず、赤字の酪農家が増えている。
 また、副収入となる雄子牛の売値も低迷している。そんななか国は3月から牛を早期に処分すると、1頭当たり15万円を助成し、4万頭分を用意している。しかし飼育する牛の数を減らせば経営規模そのものが小さくなり、状況が変わった時に牛を増やそうとしても簡単に買えず、元の規模に戻せないだろう。
 政府は物価高に見合った補助金を給付し、将来の酪農経営に対する明確なビジョンを示すべきだ。

生産者を苦しめる「カレント・アクセス」

 北海道新聞・Dセレクト(1月20日)によると「カレント・アクセス」とは、国が設けている乳製品の低関税輸入枠のこと。この枠は農産物の自由貿易を推進する「関税貿易一般協定」(GATT)ウルグアイ・ラウンド農業交渉の1993年の合意を基に設けられ、貿易自由化を進めるために、生乳換算で13万7千トンの輸入枠が設定された。
 それにより毎年、国内での生乳の過不足にかかわらず、全国の生産量の約2%、北海道の約3%に相当する全量を輸入している。
 2022年度は乳製品の需給ギャップが、生乳換算で40万トンに上る見通しになった。そこで、北海道の農協系組織は22年度の生乳生産目標を当初より5万トン減らし、酪農家は減産を強いられている。
 あくまで「輸入機会」を提供するために設けられた「カレント・アクセス」にもかかわらず、なぜ政府は枠の全量輸入を続けているのか。
 その答えは、ガット・ウルグアイ・ラウンド農業合意で政府が約束した「77万トンのコメ」ミニマム・アクセス米=「最低輸入割当量」にあるようだ。
 国産米を保護したい政府は、コメの関税化開始を2000年まで猶予してもらう代償として、ミニマム・アクセス米の輸入を受け入れた。輸入量は徐々に量が増え、2000年度からは、ほぼ毎年約77万トンのコメを、主に米国やタイ、中国などから輸入している。そのうち約半分は米国のコメが占めている。
 コメ余りが深刻化し、コメ作りから麦や大豆などへの転換を政府が推進しているにもかかわらず、多額の税金を払って輸入している。その米の多くは、膨大な補助金が投じられている「飼料用米」や、せんべいなどの加工用原料として使われている。
 農水省の見解では、国内の生乳生産に余剰があるという理由で全量を輸入しなければ、米国などからWTOに提訴されるかもしれない。したがってミニマム・アクセス米の輸入に倣って、乳製品でも枠の全量を輸入し続けなければならないという。つまり生産者を犠牲にして自由貿易を守っていることになる。
 農業経済学者の鈴木宣弘によると、米国のコメは国際競争力が弱く、ミニマム・アクセス米の枠で毎年36万トンのコメをなかば強制的に日本に輸入させているという。米国からの批判を恐れて、コメと同様に乳製品を全量輸入するのは過剰な反応であると、政府の対応を批判している。

下がり続ける食料自給率
 日本の食料自給率は先進国で一番低く、2020年度が37%、21年度が38%と過去最低の水準である。
 国内の野菜の自給率は80%とされているが、種取りをしているのがそのうちの1割、つまり種子が入らなくなれば自給率が8%になる。
 また化学肥料の原料のほぼ全量を輸入していて、ロシアとベラルーシが売らなくなり価格が2、3倍に跳ね上がっている。このように物流を止められれば、兵糧攻めに遭い国民の食べるものがなくなるということを意味する。これまでのように国内の農業を犠牲にし、関税の撤廃や貿易自由化を進め、調達先を分散させることによって自給率が上がることはない。
 新型コロナウイルス禍とウクライナ危機に加え、異常気象によって食料供給が不安定になり、世界全体で需給が逼迫しているにもかかわらず、国は防衛力強化のためといい23年度から5年間の防衛予算を43兆円に大幅増額し、反撃能力(敵基地攻撃能力)のため米国製巡航ミサイル「トマホーク」400発の取得費として、23年度予算案に2113億円を計上している。
 首相は現状を「戦後最大の危機」と捉え、危機を錦の御旗に、アジアの安定のための外交努力ではなく、緊張を高める軍拡競争を推し進めている。軍備拡張ではなく、まさに「危機的な」国内食料自給率を向上させるためにこそ税金を投入すべきだ。

食の民主主義を取り戻そう
 京都大学、近畿大学などがリージョナルフィッシュ株式会社を設立し「22世紀鯛」や「22世紀ふぐ」と名付けられた魚を商品化し、21年に世界で初めてゲノム編集魚の販売を開始した。
 国際ジャーナリスト・堤未果によると、マダイの筋肉量を調節する遺伝子の機能を抑制して可食部を1・2倍に増やし、トラフグは満腹感に関わる遺伝子を破壊することで成長速度が1・9倍になったという。
 ゲノム編集は生物の遺伝子の一部を効率よく改変する技術。狙った遺伝子を切断し働きを抑えるなどして新たな機能を持たせることを目的にしている。
 筋肉質の魚はもちろん、花粉症の原因となるアレルギー物質を出さない杉の木、変色しにくいマッシュルームやアレルギー成分の少ない卵、血圧降下成分の多いトマトと、マーケットの無限の可能性が広がっている。
 これまでメーカーへの訴訟が相次ぎ、発がん性の有無をめぐる議論など、各国で消費者離れが進んだ「遺伝子組み換え」と違い、食品衛生法に基づく安全性審査や表示が必要なく、多くの場合は国に届け出るだけで販売でき、表示は任意である。
 トランプ大統領は、ゲノム編集食品を推進し、規制を撤廃する大統領令に2019年に署名し、輸出先の国の貿易障壁を外す作戦を支持した。それを受けて日本の厚労省は「ゲノム編集は食品の品種改良と同じ」とみなし、米国に追随して安全審査なしの流通を許可する方針を決定。同年10月より販売・流通の届け出制度が開始された(堤未果『ルポ食が壊れる』より)。 これらの魚を販売する「リージョナルフィッシュ」のホームページには「日本の水産業の再興・世界のタンパク質不足の解決に挑んでいます」「少ない飼料で早く育つ、地球にやさしい高成長トラフグ」などの言葉が踊っている。
 最先端テクノロジーが作り出した未知の魚に対する懸念に対して、販売反対の立場を取る日本消費者連盟は、EUの予防原則という考え方を例に、白か黒か分からないものがあった場合、黒であれば規制するということではなくて、グレーでも、規制すべきだという。そして最優先されるべきは、選ぶ権利を保障し、食べたくなければ食べなくて済むように表示は義務化すべきだと。
 ゲノム編集技術の特許は米国の大学と研究所が押さえており、商業用で使う場合は100億円規模のライセンス料(日本経済新聞)がかかるため、世界各国でこの技術の規制を緩め、膨大な資金を投入し開発に凌ぎを削っている。
 ゲノム編集も遺伝子組み換えも、食べ物=生き物を工業製品と同じモノと見なし、できるだけ大量に、効率良く生産することに重点がある。
 しかし、われわれにはどんなものを口にしているのか知る権利がある。安心・安全な食にアクセスする権利、食の民主主義を取り戻す必要がある。

自然との共生を目指す酪農

 牧畜・酪農は、牛のゲップと共に温室効果ガスを排出し、穀物と水を大量に消費するとして、国連や一部の環境活動家が環境破壊だと批判している。
 しかし、狭い場所に詰め込み、牧草の代わりにトウモロコシと感染予防物質を食べさせる「工場式飼育法」という、コストを最小にし、株主利益を最大化するための飼育法の問題点を指摘する人もいる。
 アメリカの「輪換放牧」という例が前掲の「食が壊れる」に紹介されている。
「管理型放牧」ではなく、牛たちは牧草地から牧草地へと移動し、移動しながら草を食べ、胃の中で発酵させた排泄物を肥料として土の上に落とし土壌の菌根菌に栄養を与える。そして地面に牛の体重がかかり、蹄に踏まれて押し込まれた草のタネは酸素を取り込んで成長していく。こうした牧草地は、生物多様性に富んだ循環型ポンプとなって、炭素を土の中に戻し土を再生させる。「牛と草」の共生サイクルの循環が出来上がるという。 
 同様に道内にも輸入資材頼みの農業ではなく、循環型農業を根付かせようとしている畑作農家と酪農家がいる(北海道新聞・22年10月)。
 土づくりのため農薬、化学肥料は使わず、キノコ栽培に使われた菌床を主原料とし、馬ふん、もみがら、鶏ふんや野菜くずを混ぜ合わせ、増やした種菌で発酵させ堆肥を作る。その堆肥で大豆や小麦を育て、収穫した有機大豆は豆腐や納豆の原料用に、蒸し大豆や豆乳にも加工販売している。
 こうした自給肥料と有機農業は、設備や運搬に費用はかかるが、化学肥料を買うよりコストは安いという。
 また、搾乳牛の飼料すべてを草地からまかなう酪農家もいる。夏場は青草を食べさせ、冬場は乾草と牧草を発酵させたラップサイレージを与える。牛海綿状脳症(BSE)の感染リスクを考え、飼料も肥料も外部からの調達をやめ、採草地での化学肥料の散布もやめ、牛の尿とふんと敷料からつくる堆肥をまくだけの自給飼料100%を達成したという。乳量は2割減るが、飼料代などが大幅に減り、収入に対する飼料や機械の経費を引いた所得の割合は60%と、一般的な水準の2倍以上だそうだ。
 「地球には昔から草食動物が多く生息し、脱炭素なには牛と牧草のタッグが最強」と「輪換放牧」を進める酪農家はいう。土地と生物からの略奪型ではない、マルクスがいう「人間と自然との物質代謝」として、その土地に根ざした循環型の酪農業を、人間の本来の「労働」という行為を取り戻すものとして捉え直さなければならない。(白石実)

週刊かけはし

購読料
《開封》1部:3ヶ月5,064円、6ヶ月 10,128円 ※3部以上は送料当社負担
《密封》1部:3ヶ月6,088円
《手渡》1部:1ヶ月 1,520円、3ヶ月 4,560円
《購読料・新時代社直送》
振替口座 00860-4-156009  新時代社