【修正・再掲載】5・28 ウクライナ連帯ネットワーク講演会
「侵略」に「抵抗」するウクライナ民衆から考える
講演 加藤直樹(ジャーナリスト)
【おわび】前号の「ウクライナ連帯ネットワーク」加藤直樹さんの講演の記事について、何カ所か誤りがありました。加藤さんからご指摘を受け、訂正と加筆を加藤さん自身が行ってくださいました。加藤さんならびに読者の皆さんにご迷惑をおかけしたことを謝罪いたします。今号に訂正したものを全文掲載します。(「かけはし」編集部)
【東京】5月28日午後1時半から、東京・神保町区民館で「『侵略』に『抵抗』するウクライナ民衆―加藤直樹講演会が「ウクライナ連帯ネットワーク」の呼びかけで行われた。
加藤さんは、「ウクライナ民衆連帯募金」の3人の呼びかけ人の一人として、「侵略に抵抗し、人間的な社会を目指す ウクライナの社会運動に連帯の募金を送ろう」と呼びかけた(5月24日で集約終了)。その運動の報告も兼ねて講演を行った。その要旨を報告する。
加藤直樹さんの講演から
「社会運動」はウクライナの民主的社会主義者のグループ。労働者の権利擁護や資本主義批判を行っているが、勢力としては小さい。権威主義的ではない社会主義を掲げ、労働運動の他、環境問題やLGBT運動などにも取り組んでいる。
募金活動は、自治体が使い捨てカイロや救急車を送っているのと同様の民衆支援として、また戦時下でも戦後の人間的な復興を準備する活動を続ける現地の左翼や進歩的活動への支援として行った。戦時下でも労働運動があり、社会矛盾・階級矛盾がある。IMFはウクライナに新自由主義的改革を求め、ゼレンスキー政権はこれに応じている。
日本の左翼は、ロシアとアメリカについての議論が多すぎて、主体としてのウクライナ人に興味がないようだ。
「西側」の左翼全体にそうした傾向があり、ウクライナの左翼の人びとはツイッターでこうした傾向を批判している。ロシアに抵抗している人々はネオナチではない。抵抗している主体を見るべきだ。そういう思いから出発し、募金を通して支援をしようと考えた。最初は10万円集まればよいと思った。30万円行けば大成功だと。そして5月24日時点で60人、60万円を超えた。予想外だった(後注:最終的に約100人から、約84万円が集まった)。
ウクライナ侵攻開始当時、私はアジア主義批判の本の企画を準備していた。侵攻を知った時、これはとんでもない話だから多くの人が抗議の声を上げるだろう、私が何か言うまでもないと思った。ところが実際は、左翼や平和運動の人たちの間から、「ウクライナも悪い」という意見が出てきた。
民族自決が重要だ。「悪い国」だから侵略してもよいわけがないと考えた。また、ザポリージャ原発へのロシア軍の進撃に対して民衆が道をふさいだ映像を見て、実際は民衆が自発的に抵抗しているのだと感じた。
そして、「週刊かけはし」のタラス・ビロウスの「西側左翼へのキエフからの手紙―西側左翼は過ちの直視が必要だ」(22年3月2日号)を読んだことから、ウクライナのことを学び、考えるようになった。そこにはウクライナの歴史的苦しみを背負ったビロウスの家族の歴史がつづられている。これがウクライナ民衆のリアリティだと思った。
その後、ウクライナについて、まずはアカデミズムの研究者の本を読んだ。分からない分野については、動画やネットの書き込みではなく、まずはしっかりした研究者の本を読むのが最善だ。しかしウクライナについての一般書は少なく、国会図書館にも通って論文をあさった。
そうやって調べてみると、ドンバス戦争などについても、おかしな話がネット上で横行していることが見えて来た。
侵略された国
の主権が大事
私の立場は「反侵略」。そういう立場からイラク戦争にも反対した。ソ連のアフガン侵略にも反対した。これは侵略される国の政治体制以前の問題だ。侵略された国の主権が大事。第一次世界大戦の時、レーニンは祖国敗北主義を主張したが、それは帝国主義間の戦争についてであって、民族的な自決を守る戦争をそれと混同してはいけないと書いている。戦争一般と侵略戦争は違う。たとえば、抵抗する中国と侵略した日本とは違う。
被害当事者のウクライナ人から考えるべきだ。日本では知識人のなかから停戦を求める声明が出たが、無条件で停戦すればウクライナの領土の一部を割譲することになる。占領下にはしかし、ウクライナ国民としてのアイデンティティをもった人々がいる。ヘルソンではデモでロシア軍に抗議した。ロシア軍は占領地で拷問を行い、ふるさとを奪い、主権を奪った。停戦も継戦も、いずれも犠牲を伴う選択であり、何かを切り捨てることになる。外から簡単に「こうしろ」とは言えない。主体はウクライナ人だ。
ブチャ虐殺否定論が左翼の中で広がったことがある。それはウクライナ軍が使っていた「フレシェット弾」が虐殺死体から出てきたというものだ。少し経つと縛られて殺されたとの証言や連行・銃殺される映像も出てきた。これはフラシェット弾で説明できない。アゾフ大隊が人々を殺したなどという主張もあったが、ブチャはキーウの郊外で開けた街だ。そんなことがあるわけがないし、あればすぐに分かるだろう。これはロシア・プロパガンダの問題ではなく、それを受け取る側の判断力のなさの問題だ。根底にはウクライナ人への蔑視がある。
「ウクライナは破綻国家だ」といった認識も広くあるが、「脆弱国家ランキング」でウクライナは92位でロシアは75位。このランキングは破綻度が高い順なので、ロシアの方が酷いということになる。そして92位より下には、タイ、メキシコ、モロッコ、インド、ネパールといった国々がある。ウクライナを「破綻国家」と呼ぶのはこれらの国を「破綻国家」と呼ぶことだ。だがこれらはごく普通の国であり、それを破綻国家と呼ぶとき、そこには先進国市民の傲慢さがある。これがウクライナ蔑視の本質だ。
被支配への抵抗
の長く続く歴史
ウクライナの歴史を振り返ると、ロシアやポーランドとの間に支配民族と被支配民族という関係がある。14世紀から民族形成が始まるがウクライナ人とは農民だった。農奴制が広がると、無主の土地であったウクライナ地域に逃れてきた。やがてコサック集団として武装集団化した。コサックには誰でも入れる。リーダーは選挙で決めた。ポーランドと対立する。その後、ロシアの支配下で19世紀にナショナリズムが生まれた。ウクライナ語・ウクライナ文化はロシアによって徹底的に弾圧された。
1917年ロシア革命で独立宣言をするが、レーニンの政府によって鎮圧された。ソ連邦の枠組みの下で一定の民族性が認められるが、スターリン時代には否定される。1986年、チェルノブイリ原発事故。1991年に独立し、ソ連邦が解体する。21世紀に入るとオレンジ革命、マイダン革命があった。
マイダン革命のきっかけはヤヌコヴィッチ大統領がEUに入るための一歩としての連合協定の署名をやめたこと。それに民衆が抗議した。内務省の特殊部隊が直接弾圧した。マイダンはネオナチがやったと言われるが、あの運動はネオナチの運動でもアメリカが仕掛けたクーデターでもない。半年間にわたり極寒の中で数十万の市民が街頭に出続けた民衆運動だった。
そしてドンバス紛争。分離派の「ドネツク人民共和国」では初代首相も国防相もロシアからきたロシア人右翼だった。
民衆の自発性
高さが際立つ
全面侵攻下では、ロシアへの抵抗への民衆の自発性が目立つ。バイクメーカーが自社製バイクを軍用に改造したり、自分と縁がある人たちが所属する部隊に防弾チョッキを送ったりする。郷土防衛隊に参加する。アナーキストの部隊も作られた。
こうした民衆の自発性はマイダン革命以降のもの。ドンバス紛争のときは、ボランティアが捕虜交換まで実現した。民衆の「自己組織化」だ。イギリスでは最近、現代ウクライナのこうした民衆の動向を扱った「Without State」という本も出た。
ウクライナの困難の一つはその民族的・言語的多様性。多様性を包摂するネーションの形成の必要を唱える声も多い。ゼレンスキー政権はその方向だ。
戦後のウクライナの左翼の歴史。独立後の経済破綻のなかで、共産党が勢力を伸ばした。しかし地域党にドンバスの票田を奪われ、さらにヤヌコヴィッチ政権下で弾圧に賛成するなどして信頼を失い、14年のクリミア併合、ドンバス紛争を経て解党を命じられた。ウクライナの新しい左翼は、彼らを共産主義や左翼の勢力とは見ていない。「社会運動」は現在、侵略に抵抗し、同時に労働規制緩和に反対し、ヨーロッパの労働運動と連帯している。
質疑応答
――武器援助についてどう考えるか。そして、日本の場合はどうか。
「NATOは武器を送るな」とは言わない。ウクライナ人が抵抗を選ぶ限りは、そのために武器が必要で、彼らがそれを要請しているからだ。一方、日本はどうするか。原則的なことを言えば、私は日本が平和憲法を持ちながら軍事大国になってしまったことに批判的だが、それでも、海外に軍隊を送らない、武器を送らないというのは、人類への貢献の一つのあり方だと思う。岸田政権は軍事支援をしたいだろうが、まずは人道的、民生的支援をもっと行うべき。ロシアからの天然ガス輸入もまだやっている。
――運動側に、プーチンも悪いがNATOも悪いという意見があるが。
ロシアかNATOかではなく、ウクライナの視線から見る必要がある。独立後、すぐにウクライナはロシアを警戒し始めた。ロシアの言う「NATOの脅威」とは現実的にロシアの領土が侵犯されるということではなく、勢力圏が侵されるということであり、日本が明治時代に「主権線」「利益線」などと言って朝鮮侵略を正当化したのと同じ。NATOが拡大した背景には、旧東欧諸国のロシアへの不安があった。
しかし、ワルシャワ条約機構が解体した時にNATOも解体し、新しい包摂的な安全保障体制をつくるべきだった。
ウクライナへのアメリカの軍事援助はロシアの侵略が始まった2014年以降のこと。侵略が先にあり、ウクライナは自国防衛のために援助を受けた。
――「すべての戦争に反対」「即時停戦を」「どっちもどっちだ」という意見について。
抽象的にではなく、歴史のなかで具体的に考えるべき。左翼とはそういうものだったのではないか。当事者は無限の選択肢のなかから自由に選べるのではなく、歴史的制約の中でウクライナの左翼は行動を選んでいる。戦争好きのお馬鹿さんではない。安全圏から抽象的に「人殺しはいけないよ」というのはおかしい。日本のかつての侵略に抵抗した人々についても、どれだけ分かっていたのか疑問。
――「社会運動」の実態は?
東南部の鉄鋼のまちクリヴィー・リフが最も大きな拠点のようだ。東部に足場を置いていて、泥臭い労働運動に根差しているということ。鉱山労働者、都市IT労働者、病院関係者、フェミニスト、LGBTなどが参加している。最近、全国大会を開き、「会員が200人に増えた」と報告している。そのような規模。領土防衛隊に従事したり、人道支援を行うなど抵抗の後方支援をやっている。
「社会運動」はゼレンスキー政権の労働規制の改悪に抗議している。戒厳令下でデモが禁止されているが、西部の炭鉱労働者や看護師がストをやっている。
2016年くらいまではLGBTの人たちのプライドパレードが襲撃されるようなことがあったが、その後はそういうことはなくなっていった。LGBT兵士のネットワークもある。彼らは今、登録パートナー制度の導入を求めている。
質疑応答の後、杉原浩司さんが「れいわ新選組の山本太郎代表が、日本は中立に立ってロシアの天然ガスを購入しろと国会で発言している。制裁下でもロシアから天然ガスはすでに購入しているのに、それに輪をかけてこういう要求するのは間違っているのではないか」と発言した。
今後、7月16日午後1時から、渋谷勤労福祉会館で、チェチェン連絡会の青山正さん、加藤直樹さん、杉原浩司さんなどによるシンポジウムを開く予定。侵略を跳ね返すウクライナ人民の戦いを支援する運動を強化していこう。 (M)

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