6.22道警ヤジ排除訴訟「半分勝訴」
民主主義社会の土台を
崩す札幌高裁判決
【札幌】6月22日、札幌高等裁判所は、道警ヤジ排除訴訟の第二審判決を言い渡した。
二人の原告のうち、大杉雅栄さんには「一審判決を取り消して、請求棄却」、もう一人の原告である桃井希生さんには、「一審判決を維持して、道警側の控訴を棄却」とするものだった。
19年7月、参議院選挙自民党候補者の応援に駆けつけた安倍晋三に対して、市民が「安倍やめろ」「増税反対」などの発言やプラカードで抗議の意思を示したところ、北海道警察(以下、道警)が不当にも彼ら(少なくとも10人)を強制的に排除・妨害した。
憲法が保障する「表現の自由」を侵害され精神的苦痛を受けたとして同年12月に大杉さん、翌年2月に桃井さんが北海道に対して損害賠償を求め、札幌地裁に国会賠償請求訴訟を提訴した。
提訴から2年3ヵ月続いた訴訟は22年3月、原告二人と弁護団の完全勝訴であった。
ところが判決から7日後、道警側は控訴に踏み切り、今回の札幌高裁による不当な判決となった。
歴史的な一審判決
一審判決は、道警による表現の自由への侵害を正面から認めた歴史的な判決であった。
警職法4条及び5条を理由に警察官らの行為は正当化されるとの被告(道警)の主張を退け、警察官らの排除行為を違法であるとした。
大杉さんたちのヤジを「公共的・政治的事項に関する表現行為であることは論をまたない」とし、表現の自由を警察官らが排除行為によって侵害したと認めた。
また、桃井さんに対する警察官らの執拗な付きまとい行為についても、移動・行動の自由、名誉権、プライバシー権の侵害であることを認めた。
市民が街頭において抗議の声をあげることは、憲法第21条において表現の自由として保障されており、政治家の演説に対して直接抗議や疑問の声をあげることは、民主主義社会において重要な権利である。
不合理な控訴審判決
今回の判決では、大杉さんに対するJR札幌駅前での排除行為について、聴衆から暴行等を受ける具体的かつ現実的な危険性が切迫し、即時の強制的な退避措置を講じなければ危害を避けられない状況にあり、警察官職務執行法(以下、警職法)4条1項の要件を充足すると判断した。
警職法4条1項は「警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼすおそれのある天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等危険な事態がある場合においては、その場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に必要な警告を発し、及び特に急を要する場合においては、危害を受けるおそれのある者に対し、その場の危害を避けしめるために必要な限度でこれを引き留め、若しくは避難させ、又はその場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に対し、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる」と定めている。
したがって、人の生命もしくは身体に危険を及ぼす、具体的な危険が生じている場合が対象とされているが、排除現場ではそのような事態には陥っておらず、警察官の行為のほうが危険な状態を作り出していた。当初、道警の排除行為は「トラブル防止」と説明していたにもかかわらず、後付けで危害が及ぶ状況であったと説明している。
安倍に向かって声を上げる大杉さんに対して、拳で押し、暴力に及ぶ危険な存在(道警の説明による)の自民党関係者(加害者)を排除するのではなく、被害者を排除することを認める不合理な判断である。
また、札幌三越前での排除行為についても、大杉さんが安倍元首相らに対して物を投げるなどの危害を加える危険性が切迫しており、直ちに実力によってこれを阻止しなければ、安倍元首相らに危害が加えられると判断したことは社会通念に照らして客観的合理性を有するとして、警職法5条の要件を充足すると判断した。
警職法5条は「警察官は、犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは、その予防のため関係者に必要な警告を発し、又、もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受けるおそれがあって、急を要する場合においては、その行為を制止することができる」と定めている。
つまり「犯罪がまさに行われようとするのを認めたとき」というのは、刑罰法規に該当する違法行為が行われる可能性が高いことが客観的に明らかな場合であり、「人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける」という事態が必要だ。
17年の東京都議選で安倍晋三が街頭演説をしていた際、多くの聴衆の「安倍やめろ」コールに、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と返し、怒りを隠さなかったことがあったが、安倍の胸の内を推し量った道警は、そのような事態が起きると「安倍の生命若しくは身体に危険が及ぶ」と想定したのだろう。
現場で大杉さんの所持品検査もしなかったということは、道警の主たる目的は排除であるにも関わらず、「警職法5条の要件を充足する」と地裁の決定を覆した理由も示さずに高裁は判断を変更した。
さらに、高裁は証人尋問を実施しておらず、反対尋問を受けていない警察官らの報告書も含めて信用できるとして、恣意的な判断によって結論を変更している。権力者への批判を、警察権力をもって制限することは、民主主義社会の土台を崩す暴挙である。したがってこの判決は警察権力の市民に対する権力行使を容認し、政権に不都合な市民の声の圧殺を許すものである。
警察の権限強化との闘い
暴力団対策法(92年)、組織犯罪処罰法(99年)、特定秘密保護法(13年)、共謀罪を含む改正組織犯罪処罰法(17年)がそれぞれ施行され、次々と警察の権限が強化されてきた。
まだ記憶に新しい22年7月の安倍晋三銃撃事件、そして今年4月の岸田文雄襲撃事件により、社会の中に警察権力の強化容認の雰囲気が醸成され、知らず知らずのうちに市民監視の網の目が構築されている。
警察は治安維持のためであれば、違法行為も容認されると考え、法的根拠のないNシステム(自動車ナンバー自動読み取り装置)、隠しカメラの設置、捜査対象者の車両にGPS端末を取りつける、DNAのデータベース化など、裁判所の令状を求めずにプライバシーの侵害が常態化している。
そんな状況の中でも、ヤジ排除から1ヵ月後には「ヤジも言えないこんな世の中じゃ…」と書かれた横断幕を掲げ、約150人のによる抗議デモが札幌市内で行われた。
また、同年10月にはこの事件の抗議集会を開催し、140人収容できる会場は、席が足りないほど人々が集まった。
そして19年12月の国家賠償訴訟の提訴と、市民の権利への侵害に具体的な抗議と法的措置を求めて闘ってきた市民、原告・弁護団。
そうした粘り強い闘いの甲斐あって、22年の参院選で岸田文雄が札幌駅前で街頭演説した際に、抗議のプラカードを持った人々や抗議の声を上げた大杉さんを、道警は排除できなかった。
大杉さんは「まだ、絶望していないので、みなさん頑張りましょう」と控訴審の不当性を訴えた報告集会を、力強い言葉で締めくくっている。
大杉さんたちは「ヤジポイの会」を結成し、これまでの出来事や、裁判の状況などをツイッターとホームページで発信している。この事件を風化させることなく、自民党政府と闘っている人々への権力による弾圧に対してともに反撃していこう。 (白石実)
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