投稿 膨大な「政府債務」と労働者階級の立場
国債の償還と利払いを停止せよ
西島志朗
日本の国債発行残高は1000兆円を超え、GDPの2年分に相当する。それは税収のおよそ14年分になる。2023年度予算では歳出の22%が、満期の到来した国債費(償還と利払い)に充てられている。しかし、元本を償還しているのはごく一部で、借換債を発行して新たに市場から資金を集めることを、毎年繰り返している。新規国債の発行は、36兆円弱だが、借換債も含めた国債発行総額は190兆円に上る。
資本に抗する労働運動と社会運動は、この膨大な政府債務にどう向き合うべきだろうか。
デフォルトはあり得ない?
MMT派(※)は、主権国家が通貨の発行権を持つ限り、その政府の自国通貨建て債務がどんなに大きくなってもデフォルト(債務不履行)はありえないという。なぜなら、家計とは違って、中央銀行が発行する通貨で政府債務を返済できるからだ。MMT派の貨幣論によれば、自国通貨の信用は、それがその国民にとって唯一の納税手段であるかぎり失われない。国債の償還と利払いに税収を充当できないのであれば、貨幣を印刷すればよいということである。実際、政府債務が返済不能となったギリシャはユーロ、アルゼンチンはドル建て債務だった。
(※)緊縮財政に反対する経済学者のグループ。MMTは現代貨幣理論
Modern Money Theoryの略。
「主権を有する政府が、自らの通貨について支払不能となることはあり得ない。自らの通貨による支払期限が到来したら、政府は常にすべての支払いをおこなうことができる」(①P39)。
MMT派ではないが、金融市場の現場にいる専門家も、これは「常識」だという。
「国際金融市場における1つの常識として、独自通貨を発行する独立国において財政破綻は対外債務デフォルト以外にはなく、しかもそれが主要先進国である場合にはデフォルトの過去事例すらないという基本的な事実を最初に確認しておく必要がある」(②P25)。
1990~2000年代に、大蔵省(2001年から財務省)と緊縮財政派の経済学者が財政危機を煽り、明日にでもデフォルトが発生するかのようなキャンペーンが行われて、社会福祉関連予算の削減に利用されたが、2023年の現在もそれは発生していない。反対に、安倍政権と黒田日銀の下で、2014年以来、「異次元緩和」と称してさらなる国債の大量発行と日銀の市場での大量買入れが行われ、それはほとんど「MMT派の実験」だと言われた。
MMT派は、「政府債務を減らすために財政支出を削減する緊縮財政派の政策は、経済の減速につながった。それは、税収を減らし、財政支出をさらに減らさざるを得ない。緊縮財政派の政策は悪循環だ。だから、景気を回復させ経済成長を実現するためには、国債の大量発行を継続し、インフレを警戒しつつも、より大きな財政支出を行うべきだ」と主張するのである。
支持しているのは左派
興味深いことは、MMT派の主張を支持しているのは、アメリカ民主党の左派やイギリス労働党の左派であるということだ。バーニー・サンダースの経済政策顧問はMMT派であり、ジェレミー・コービンの公約は「人民の量的緩和」だった。アメリカ民主社会主義(民主党の最左派)の下院議員アレクサンドリア・オカシオ・コルテスもMMT派を支持しているという。彼女らの政策の中心は「グリーンニューディール」であり、さらに莫大な政府の財政支出を必要とする。
このような財政政策は持続可能だろうか。MMT派はこう答える。
「政府債務は民間資産であり、民間資産がとめどなく増加すれば、やがて民間部門は貯蓄よりも支出を増やし、その結果税収が増えるので政府赤字は減る。加えて民間部門の所得には政府の支払利息が含まれるので、政府の支払利息の増加は消費を誘発し得る」「債務比率の爆発的な上昇を避けるために政府がなすべきことは、自身が支払う金利を経済成長率より低くすることだけである。要はそれだけで、持続可能性は達成される」「債務比率がどこまでも高くなったとして、政府は利息が払えなくなることがあるのだろうか? 答えは、まぎれもなく「ノー」だ」(①P148-149)。
マスコミへの露出も多いお茶の間で人気? の経済学者は、「日銀が国債を買って、それを満期が来るたびに借り換えて、永久に日銀が保有し続けたら、何が起こるだろうか」と設問し、こう答える。
「永久に借り換えるのだから、元本を返済する必要はない。・・・(政府が)日銀に払った国債の利息は・・・国庫納付金としてほぼ全額が政府に戻ってくる。つまり、国債を日銀に買ってもらった段階で借金は消えるのだ。もちろん、日銀が保有する国債の量を減らせば、借金が復活するのだが、基本的には日銀が保有する国債はトレンドとして増え続けるので、そのことを心配する必要はない」(③P67)。
10年国債の利回りは、1990年には6・41%だったが、2000年には1・64%に低下、2020年には0・02%に低下した。政府はこの間、大量の国債を発行し、1990年に166兆円であった普通国債の残高は、2020年には1000兆円を超えた。日銀は市場で国債を買い支え、現在では、国債残高の50%以上を日銀が保有している。日銀は国債を買うことで金利を低下させ、通貨を供給し続けている。資産として国債を保有しているのだから、通貨の信用は維持されるはずだ。「日本銀行券は単なる紙切れではない。資産の裏付けがあるのだ」(③P66)。確かに、この政策(大量の国債発行による財政出動と低金利)そのものの継続性を疑う余地はないかに見える。しかし、この30年間、政策の「効果」が出ているとはいいがたい。
「失われた30年」
まさにこの30年は「失われた30年間」であり、政府と日銀が期待した景気回復と経済成長は実現しなかった。企業の営業利益率は、短期間の上昇と下落を繰り返しながら1975年以来の長期低下傾向から抜け出すことができていない。
「日経ビジネス」より
「この間(2013年4月~2019年5月時点)、日本銀行はマネタリーベースを実に3倍以上増加させた(149・5兆円→510・8兆円)。これは歴史上経験がない規模である。にもかかわらず物価目標に到達しないのは、根本的には実体経済における持続的な利潤拡大に必要な現実的諸条件が存在せず、・・・借入需要が低迷しているからである」「かつて強烈な存在感を放ち、消費と設備投資を主導した自動車や電機、建設などのリーディング部門はいまなお基幹産業ではあるものの、これらの国内市場はすでに浸食されている。・・・生活必需品と結びつき一国経済を牽引する市場は存在せず、・・・それほどまでに生産力は発展をとげ資本構成も高度化している」(④P182-183)。
「生産年齢人口減少に伴う就業者数の減少」こそ、「平成不況」とそれに続いた「実感なき景気回復」の正体です。戦後一貫して日本を祝福してくれていた「人口ボーナス」が95年に尽き(新規学卒者﹀定年退職者という状況が終わり)、以降は「人口オーナス」の時代が始まった」(⑤P134-135)。
「生産性の上昇がある程度低下した成熟した先進工業国においては、人口増加率と経済成長率はかなりパラレルに近い関係にある」(②P320)。
MMT派であるか否かにかかわらず多くの経済学者は、景気変動に関して、金利の影響を過大評価している。財政支出で需要を作り、金利を引き下げて企業が借りやすくしても、それを投資して期待する利潤を確保できる見通しがなければ、企業は投資しない。「一国経済を牽引する市場」が存在しない状況は、利潤の量の確保も困難にしている。スマートフォンも電気自動車も景気をけん引する力を持たない。景気の回復局面でまず必要なのは、企業の投資意欲であり、金利の低下ではない。そして、長期不況の根底には、人口減少がある。
政府債務が膨張した原因
結局、景気対策としては効果の薄い国債の大量発行と日銀による大量の買い入れは、なぜ必要だったのだろうか。一般的には、「人口の高齢化が進み社会福祉関連の歳出が急増したが、景気が低迷して、消費税を導入したにもかかわらず税収が伸びなかった」と理解されている。しかし、問題はそれほど単純ではない。
確かに、歳出の増加は社会保障費の増加によるものである。
「政府支出のうちの社会保障費は、1990年度の11・5兆円から2019年度の34・1兆円へと約30年間で実に22・6兆円も増加した。・・・社会保障費のうち年金、医療、介護の3つの支出合計で2019年度には27・1兆円に達しているが、これは社会保障費全体の約8割を占める」(②P251-252)。
しかし、税収については、景気低迷だけが問題なのではない。現在の法人税率は23%程度だが、2013年には30%、1985年のそれは43%だった。住民税も含めた個人所得税の現在の最高税率は55%(4000万以上)だが、1998年は76%、1974年のそれは93%(8000万以上)だった。「高齢社会」が迫りくる中で、政府は、法人と富裕層に対して大幅減税を実施し、その代わりに消費税を導入して、税率を10%まで段階的に引き上げたのである。
森田長太郎は、「法人税、続いて個人所得税の大幅な税率低下がもたらした税収の減少が消費増税の増税効果を差し引いても膨大な金額に達したことが、過去30年間における政府債務急増の大きな要因であった」(②P274)として、実際に累計でどのくらい税収が減少したかを計算している。2019年度までの累計でそれは305兆円に達し、同じ期間に政府債務残高を300兆円以上増加させた。
しかも、国債を保有することで受け取る利息や国債の売却益は、当然、金融機関の利益の一部になっている。
「1990年代後半以降の日本のケースでは、デフレによって政府債務が実質的に増価した反対側で、日本国債を大量に保有していた銀行をはじめとする金融機関は、この時期にOne-off(一時的な)の利益を享受していたことになる。これは主に国債の売却益という形で実際の数字上も金融機関の利益になっている。そして、この利益は、バブル崩壊によって発生した膨大な不良債権の処理原資として使用された」(②P34)。
税金を払わない巨大企業
富岡幸雄は、資本金100億円超の超巨大企業の実行税負担率は16・25%(2017年)で、グローバルに展開する企業とメガバンクはほとんど税金を払っていないという。下表は⑥(P116)から抜粋したものだが、怒りを禁じ得ない状況だ。
(2017年3月期)
なぜ、巨大企業の実行税負担率は、法定の法人税率を大幅に下回るのか。富岡は、「研究開発減税」などの「租税特別措置」、「受取配当金益金不算入制度」「タックスヘイブン(ケイマン諸島やパナマ、香港など)を利用した租税回避」などをその理由にあげる。
「現在の法人税制では、株式の100%を保有する完全子会社や、持株比率が3分の1を超える関係会社からの株式配当金は、その全額を益金に算入しなくてもよい・・・また、持株比率が3分の1以下で5%超の企業からの配当金は、その半額だけ益金に算入・・・持株比率が5%以下の場合は、配当金の20%は益金に算入する必要はありません」(⑥P147)。
「じつは保有株式の比率が25%以上など、一定の要件を満たした外国子会社からの配当金の95%は課税されません」(⑥P156)。
「受取配当金益金不算入制度」だけを見ても、グローバルに展開する巨大企業とたくさんの関連子会社を抱える持ち株会社、そして膨大に膨れ上がった内部留保(利益剰余金)―上場企業のそれは500兆円を超えるーを株式投資等に投入している大企業の利益がいかに「見逃されて」いるかがわかる。自動車や製薬、総合商社をはじめとして、海外で事業展開するグローバル企業の子会社は、利益の大半を配当金という形で日本の親会社に送金し、租税を回避している。アマゾンは世界中で事業展開しながら、現地国に(親会社のある本国にも)法人税をほとんど払っていない。アップルやマイクロソフト、ファイザーなども同様である。
富岡は、「日本の大手企業でタックスヘイブンに関連会社を持っていないところは、ほとんどないでしょう」(⑥P171)という。ソフトバンクの「0・003%(500万!)」やみずほFGの「0・878%」に象徴される大企業の「税金逃れ」を放置したまま、政府債務は空前の規模に膨れ上がった。
危機が迫っているのか?
諸外国ほどではないものの、日本もインフレの局面に入った。物価上昇の要因のひとつは円安である。日銀の低金利政策が円安を誘発し、物価の上昇を招いている。日銀は、この間の政策を維持するのか、利上げに踏み切るのか、判断を迫られている。デフォルトの可能性はないにしても、日銀はインフレを抑制する政策に二の足を踏んでいる。物価の安定は、中央銀行の使命であるにもかかわらず。
インフレを抑制するためには「利上げ」が必要だが、日銀にそれができないのは、日銀自身が「債務超過」に陥る可能性が大きいからだと、河村小百合は指摘する。
「かつて中央銀行は、負債サイドにある銀行券にも当座預金にも金利はつかなかったため、資産サイドにある国債等についている利回りがまるまる、中央銀行の収益になりました。これが通貨発行益です・・・ところが、量的緩和の時代においては、中央銀行も当座預金に利息を支払わなければならなくなったのです。しかも悩ましいのは、資産サイドの国債についている金利と、負債サイドの当座預金への付利水準との間で、果たして利ザヤが稼げるか、という点です・・・要するに、日銀が今後、短期金利をわずか0・2%に引き上げるだけで、日銀自身が逆ザヤ状態に陥る・・・」(⑦P44-45)。
日銀は、都市銀行や地方銀行が日銀に預けている当座預金に利息を付けたり、その一部にマイナス金利を付けることで、短期金利を操作してきたが、このままでは金利を引き上げるための当座預金への付利が、国債の金利収入を上回ってしまうというのだ。日銀は国債を500兆円以上保有しているが、当座預金も500兆円を超える。付利水準を1%に引き上げれば、年間5兆円の赤字となり、2年間で自己資本(約11兆円)を食いつぶしてしまう。日銀の債務超過となれば、「円」の信用は低下し、さらに円安が進行する。日銀は思うように国債を買い入れることができなくなり、インフレが亢進する。河村の指摘するこのシナリオはありうるだろう。
日銀による国債の買い入れが困難になれば、長期金利が上昇する。それはやがて、政府の利払い費を増やし、歳出の中の国債費(償還と利払い)がさらに優先度を増すことで、福祉関連予算等の一層の削減につながらざるを得ないだろう。
河村は、わが国には2000兆円を超える家計金融資産があり、追加的な税負担の余力があるのにその合意形成ができていない、と政府を批判する。いわゆる「1億円の壁」があり、高額所得者の税負担が小さくなっている状況について、「富裕層の甘えや無責任が放置され、国全体の運営を支える負担の仕組み、社会の仕組みが、高齢の富裕層中心の、利己的な仕組みになっている」という。ここまでは首肯できるとしても、河村の次のような主張には、あきれ返るしかない。
「私たちの負担は増えるでしょう。でも過去に発行した国債は、私たちがすでに使ってしまったお金なのです。その返済から逃れたい、などというのは甘えと無責任以外の何物でもない」(⑦P282)。
日銀の社員であった経歴も持つ金融と財務の専門家が、その辺の坊さんのような月並みな説教しかできない。「私たち」とは誰なのか、それが問題なのである。
公的債務をどうやって減らすか?
トマ・ピケティは、巨大な公的債務を大幅に減らす方法には、資本税、インフレ、緊縮財政の3つがあり、累進性の強い資本税(債務削減のための特別目的税)が、最も公正で効率的な解決策であるが、歴史的には、ほとんどの巨大公的債務はインフレで解決されてきた。そして、最悪の解決策は、緊縮財政を長引かせることだという。
「たとえば民間財産に対して15パーセントの固定税率で課税したら、1年分の国民所得に近い額が得られ(*)、公的債務残高を即座に全額返済できる・・・この解決策は公的債務の完全な踏み倒しに等しいが、2つの根本的な違いがある」「ヨーロッパ全体で踏み倒しをすれば、銀行パニックを引き起こし、倒産の連鎖反応がおこる・・・どんなことになるかは事前に正確にわかりようがない」「例外的な資本課税は・・・それがまさにもっと文明的な形で物事を動かすという点だ。万人が貢献しなければならず・・・銀行破綻は避けられる」「1945年にフランスが公的債務の大幅削減のために行った例外的な資本税は、0から25パーセントまでの累進税率を持っていた」(⑧P569-571)。
(*)ピケティによれば、富裕国の国富はほぼ国民所得の6年分になる。
確かに、緊縮財政や消費税の増税は、労働者人民の犠牲によって公的債務を返済することであり、最悪の選択である。インフレは税であり、消費増税と同義だ。だからと言ってなぜ「万人が貢献」しなければならないのか。そもそも累進的な資本(資産)課税で得た歳入を国債の償還と利払いに使ったのでは、法人税をほとんど払っていないグローバル企業や都市銀行から徴税し、その財源で国債を償還するわけだから「元に戻す」だけになるではないか。
国債の償還と利払いをやめて踏み倒せば、銀行が破綻し、経済が大混乱し、倒産の連鎖反応がおこる? おそらくその通りだろう。国債を保有しているのは、日銀(50・3%)を除けば、銀行と生損保で33・1%、公的年金と年金基金で7・2%、海外が7・1%で、家計は1・2%にすぎない。家計の保有は少ないが、銀行預金は国民の資産であり、生命保険で貯蓄をしている家計も多い。銀行の破綻は結局家計の破綻に直結するのだろうか? だから「万人が貢献」しなければならないのだろうか?
しかし、銀行に1000万以上の預金を持つ世帯(2人以上)の割合は、30代で17・3%、40代で23・9%、50代で33・2%、60代で44・1%だ(「all aboutマネー」のサイトより)。大和総研の調査によれば、1970~80年代には5%程度だった「金融資産を持っていない世帯」(2人以上)は、2013年に30%を超えた。
つまり2人以上の世帯では、ほぼ6割か7割の世帯が、金融資産ゼロを含めて1000万以下である。そもそも「持たざる者」にとって、金融機関の破綻や株価の暴落は直接的な被害を意味しない。
誰が犠牲になるべきか
国債の償還と利払いをやめて踏み倒せば、銀行が破綻し、経済が大混乱し、倒産の連鎖反応がおこる・・・その時政府がやるべきことは、法的に義務付けられている1000万以下の預金保護(預金保険制度)を継続し、企業にたいして、正規、非正規を問わず解雇の禁止を命じ、中小企業を支援して生産とサービスを継続させることだ。その財源に、法人の利益と富裕層の所得と資産への大増税(没収)によって得た歳入を充てる。大資本と富裕層の全面的な犠牲によって、つまり「富の公平な再分配」によって、公的債務の「踏み倒し」による混乱に対処することこそ、当然の、そして唯一の「解決策」なのである。「文明的な形で物事を動かす」必要など全くない。
新たな下層階級
「格差」が拡大している。トマ・ピケティらが運営する「世界不平等研究所」の報告書(2021年)によれば、日本は、総収入の44・9%、総資産の57・8%を、上位10%の富裕層が占有する格差社会となった。
橋本健二は、非正規雇用の増加によって形成されつつある「新たな下層階級」を「アンダークラス」とよび、「労働力の再生産さえ困難となった」という意味で、従来からある労働者階級とは「異質」な、ひとつの下層階級を構成し始めているという。
「2030年には、フリーター第一世代が65歳を迎える。多くの定年退職者、そして定年後の継続雇用が期限切れとなる高齢者が、フリーター第一世代に合流する。・・・20歳前後から高齢者まで続くひとつの流れを形成するようになる。こうして日本には、新たな下層階級が全貌を現すことになるのである」(⑨P21)
「アンダークラス(非正規労働者)は、個人年収が203万円・・・正規労働者の 5割強 ・・・とくに女性は179万円にすぎない。世帯年収もわずか 321万円で、正規労働者の半分・・・半数近くの世帯には金融資産がない。そして貧困率は41・3%、女性に限れば50・0%にも上っている」(⑨P152)。
青年層の「非婚化」と「少子化」の根本原因はここにある。「労働力を再生産」するためには、賃金は最低限、普通に生活し、労働の疲れを癒やし、さらには家族を形成して子どもを産み育てるのに不足がないものでなければならない。アンダークラスの賃金はこの水準に満たないという意味で「異質」なのである。
最貧困層は、非正規職場を
「掛け持ち」(例えば、17時まで工場で非正規として働き、18時からコンビニでバイト)している。青年層から高齢層まで、夫婦2人で働いてかろうじて2人が生活できる賃金水準が定着化した。相対的貧困率(※)は15・7%に達している。日本の人口の6人に1人、約2000万人が貧困ライン以下での生活を余儀なくされている。「10%」の富裕層の対極に、「15・7%」、2000万人の「アンダークラス」がいる。「10%」は「15・7%」の原因であり結果である。
(※)世帯の所得が中央値の半分(貧困線)に満たない状態。厚生労働省によると、相対的貧困世帯の年収は127万円。
「アンダークラス」にとって必要なことは、「人間らしく生きられる賃金」(生活賃金)であり、政府債務の返済に「貢献」することなど全く論外だ。
「分配の正義」の実現を
緊縮財政派は、財政破綻の危機を煽って、福祉諸政策関連予算の削減を正当化し、積極財政派は、MMT理論で国債の大量発行を正当化する。真逆の主張のようであるが、両派とも、国債の利払いと償還を継続することでは共通している。景気を回復させ、経済成長を実現して税収を増やし、公的債務を削減していく、ということでも両派は一致する。しかしそれは、資本主義の延命のための2つの方法であるにすぎない。
われわれはどちらにも与するわけにはいかない。問題は「富の分配」であり、労働者人民の労働によって生産された剰余価値の分配構造を変革すること、収奪され蓄積された富を奪い返すことである。
秩父困民党蜂起は明治政府に対する最初の民衆蜂起であった。困民党は、現在の秩父市吉田の椋神社に結集して蜂起し、まず高利貸しのいる小鹿野地区へ向かう。高利貸しの家を襲撃し、借金の帳消しを迫る。困民党蜂起に参加した秩父の養蚕農家は、世界不況の中で蚕糸の価格が暴落したために借金をせざるを得なくなった。農民の困窮に乗じて金利をむさぼった高利貸しに正義はない。踏み倒すことで、高利貸しに集中した富を再分配することにこそ正義があった。なぜならその富は、農民が働くことで蓄積されたものだから。
深刻な「格差」は、困民党の時代と何ら変わらない。我々は「分配の正義」を要求しなければならない。
海外債権を放棄せよ
「分配の正義」は国内だけで実現できるものではない。グローバルサウスの抱える対外債務は増え続けている。「グローバルサウスと呼ばれる南半球を中心とした新興・途上国の過剰な債務が問題になっている。コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻後、食料やエネルギー価格が高騰し、輸入品を買うための外貨が不足する国も相次いでいる。世界銀行によると、低・中所得国に分類される国の対外債務高は、2000年に約2兆ドル(約271兆円)だったのに対し、21年には約9兆ドルまで増え、過去20年間で最大になった」(朝日2023年3月3日)
毎日新聞 2023年2月22日より
1980年代以降、低賃金と資源と市場を求めて、資本は急速にグローバル化した。日本は世界一の対外純資産国であり、海外の資産から利息や配当を稼いでいる。その一方で、外貨不足で食料品を輸入できず、飢餓が深刻化している。日本政府に対外有利子債権を放棄させ、日本企業の海外子会社の利益は、生産現地国で国民の福祉のために利用されるようにしなければならない。児童労働や極端な低賃金、資源の搾取や環境破壊に反対するだけでなく、グローバルサウスに進出した日本企業が法外な利益をむさぼること自体をやめさせねばならない。
トマ・ピケティらが運営する「世界不平等研究所」の報告(2021年)によると、世界の上位1%の超富裕層の資産は、世界全体の個人資産の37・8%を占有する。最上位の2750人だけで3・5%、上位10%では全体の75・6%。しかし、下位50%の資産は全体の2%!しかない。「景気刺激のための財政出動や金融緩和によるマネーが株式市場などに流れ込み、多くの資産を保有する富裕層に恩恵をもたらした」(日経2021年12月27日)。
1980年代以降、債権国であるG7は、世界銀行とIMFの「構造調整プログラム」にもとづいて、債務返済のリスケジュールを求めるグローバルサウスの国に対して、インフレの抑制、貿易と投資の自由化、民営化、福祉水準の切り下げなどの新自由主義的政策の実施を強制してきた。資本のグローバルな展開とそれを支える資本家政府の諸政策が、超富裕層の対極に、8億人の飢餓人口を生み出したのである。
権力を掌握したレーニンのソビエトは、さっそく翌1918年1月、世界最大の債務国であった帝政ロシアの債務(半分は対外債務)を、踏み倒すことを宣言した。これこそが、グローバルサウスの人民の最善の選択であり、債権国の労働者は彼らと連帯して戦わねばならない。
「経済成長」は「解決策」ではない
足元では、物価の上昇が続いている。一部の企業が、深刻な人手不足の圧力を受けて賃上げをしたものの、しかし、物価の上昇はそれを上回っている。ここぞとばかりに便乗値上げをしているケースも多い。エネルギーを輸入する総合商社や東京ガスは、史上最高益を上げている。ガス会社は政府の補助を受け取っているにもかかわらず!
政府は、政府だけでなく野党も連合も、賃金をあげれば消費が拡大し、景気が回復すると言ってきた。しかし、コロナ禍の下での諸制限が緩和されたこともあって、消費は拡大しているかもしれないが、インフレが実質賃金を低下させている。景気が回復しつつあるかにみえるが、企業は原材料価格の上昇を販売価格に転嫁しなければならない。売り上げが伸びても、深刻な人手不足が企業の利益率を押し下げている。
政府は「経済成長なくして、財政再建なし」と繰り返し強調してきた。「高度経済成長よ、もう一度」ということだろう。実際、第2次世界大戦の戦費調達で膨れ上がった帝国主義諸国の政府債務は、戦後のインフレと高度経済成長の過程で解消された。
しかし「成長の長期波動」が到来するとしたら、それは軍備拡大と人類文明を再び野蛮の淵に突き落とす新たな戦争による壊滅的な破壊、賃上げを伴わないインフレ、福祉水準の極限的切り下げ、労働者の既得権の徹底的な剥奪等々による利潤率の大幅な回復によるしかないだろう。
戦後の経済成長の起点には、1930~50年代の労働者階級の歴史的敗北があった。新たな経済成長は、世界的な規模での労働者人民の耐えがたい犠牲においてしか実現する可能性はない。それは、現下の、新自由主義と闘う全世界の労働者人民の闘いの帰趨にかかっているのである。労働者人民にとって、新たな高度経済成長という選択肢はあり得ない。そして、新自由主義の攻撃によって後退を余儀なくされてきた労働者人民の反撃は、世界中で繰り広げられている。
闘わなければ社会は壊れる
景気回復や経済成長が必要なのではない(「トリクルダウン」は大ウソだった!)。持続可能な社会を作るために、財政支出を必要とすることは山ほどあるが、そのために株価が上がったりGDPが増えたりする必要は全くない。株価とGDPをバロメーターにすれば、結局資本の利益を優先することになるだけだ。
この30年間の国債の大量発行と、大企業と富裕層の大減税は、本当に必要な諸政策のための財政支出をほとんど不可能にした。福祉財源であったはずの消費税は、法人減税の穴埋めに使われた。高齢化社会を支えるための財源が足りないのである。持続可能な社会を作るための財源が失われている。だからと言って、MMT派が主張するように永久に国債を発行し、返済と利払いのためにさらに国債を発行し続ければ、仮に景気が回復して税収が増えてもそれは政府債務の返済に追い付かず、やがてインフレが亢進して実質的な増税と賃金切り下げにつながるだろう。必要な財源を確保することは、資本主義の枠内ではもはや不可能になった。政府債務の返済と利払いをやめなければどこまで行っても必要な財源は確保できない。
「失われた30年間」に、かつて「ジャパンアズナンバーワン」と言われた日本の凋落は明確となった。2020年の1人当たりのGDPは、購買力平価に換算すると世界で30位、2000年にはOECD加盟35カ国中トップだった日本の製造業の労働生産性は、2022年には18位となっている。
しかし、「経済大国」である必要などあるだろうか。ユーラシア大陸の東に浮かぶ小さな島国であっても、近隣諸国との友好を尊重し、誰もが長時間労働から解放され、人間らしく働き、生活し、余暇を楽しみ、社会に参加し、子どもを育て、自然に親しみ、余生を送れる社会、高齢者が生活費を稼ぐために死ぬまで働き続ける必要がない社会を築くことはできるはずだ。そのためにはまず「分配構造」に大胆にメスを入れるしかない。「闘わなければ社会は壊れる」のである。
(7月11日)
①「MMT現代貨幣理論入門」L・ランダル・レイ(東洋経済新報社2019)
②「政府債務」森田長太郎(東洋経済新報社2022)
③「ザイム真理教」森永卓郎(三五館シンシャ2023)
④「経済成長システムの停滞と転換」宮田惟史(「闘わなければ社会は壊れる」岩波2019所収)
⑤「デフレの正体」藻谷浩介 (角川書店2010)
⑥「消費税が国を亡ぼす」富岡幸雄(文芸春秋2019)
⑦「日本銀行 我が国に迫る危機」河村小百合(講談社現代新書2023)
⑧「21世紀の資本」トマ・ピケティ(みすず書房2014)
⑨「アンダークラス2030置き去りにされる氷河期世代」橋本健二(毎日新聞出版2020電子版)
週刊かけはし
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