8.12「平和の灯を!ヤスクニの闇へ第18回キャンドル行動」に参加して

投書 

 8月12日・土曜日、全水道会館 大会議室で「2023平和の灯を!ヤスクニの闇へ 第18回キャンドル行動」としてシンポジウム「東アジアを戦場にさせない!市民の戦争への駆り立てに抗する」がおこなわれた。主催は「平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動実行委員会」だ。シンポジウムは、会場参加とオンライン参加のハイブリッド開催でおこなわれた。
 主催者あいさつは今村 嗣夫さん(キャンドル行動実行委員会共同代表)だ。「91歳をこえてしまったが、がんばる」。今村さんは、そう言っていた。
 司会者の矢野 秀喜さんは〈インドネシアには400万人のロームシャがいた。「慰安婦」もいた。天皇はインドネシアに行ったが、ロームシャの遺族には面会もしなかった〉と言っていた。天皇制は廃止するべきだ。私はそう思う。
 パネリストは、高橋 哲哉さん(東京大学大学院教授)・与那覇 恵子さん(沖縄・名桜大学名誉教授)・王 智明(ワン・ヂーミン)さん(台湾・中央研究院歐美所副研究員)・李 美賢(い・みひょん)さん(韓国・参与連帯政策企画局長)だ。

ウクライナ
戦争の意味
 高橋 哲哉さんは、「東アジアで二度と戦争を起こしてはならない」として、「ウクライナ戦争は、見方を変えれば、ウクライナを戦場としたNATOとロシアの戦争、実質的にはアメリカとロシアの戦争ではないか。アメリカは2014年のウクライナ『マイダン革命』の時から、大きな戦争になることを見越して、戦場のウクライナにその『舞台』を作ってきた。『台湾有事』は、台湾、琉球諸島、日本を『舞台』すなわち戦場として、台湾と日本が中国と戦うアメリカの『代理戦争』になりかねない。日本の平和主義は、『9条改正反対』を言うことでいわば自足してしまうのではなく、根本から構築し直さなければならない。日本でいま『台湾有事』が議論される際、日中共同声明がまったく言及されなくなっていることは問題だ。私たちは日本政府に対して、中国とともにこの戦後日中関係の原点に立ち返ることを強く要求していくべきだ」と語った。
 また、「防衛力は持っているだけではダメで、いざとなったら戦う覚悟が必要だ」という麻生の発言を批判。
 「かつてのバケツリレーや竹やり訓練から日本は何も変わっていない」。そう言って与那覇さんは現代沖縄におけるミサイル訓練を批判した。「1969年、ニクソン大統領のマッドマン計画を挫折させたのは、2つの反戦集会だった」とも言っていた。
 王智明さんは「反戦思想と両岸平和の道を開くために」と題して、台湾における「反戦と反反戦の論争」「反戦思想とその意義」「両岸平和への道」について語った。
 李美賢さんは「朝鮮戦争の終戦を!韓米日軍事同盟では平和を作ることはできない」として、「新たな核戦争が始まる危険性を取り除くためには、まずはまだ終わっていない戦争から終わらせなければならない。70年間続いている戦争、20世紀以来最も長く続いている朝鮮戦争を先に終わらせてこそ朝鮮半島の非核化も可能であり、迫り来る核戦争の危険も取り除くことができる」と語っていた。

軍事力と戦争
抑止の関係は
 ほそくコメントがおこなわれた。
 髙橋哲哉さんは、「自衛隊の幕僚長だった人が、自衛官を国家の慰霊顕彰施設にまつられるように靖国神社を改革するべきだと日本会議の機関誌8月号で主張している(注1)。問題だ」という発言もあった。
 【注1】 日本会議の機関誌『日本の息吹』8月号で、元陸上幕僚長の火箱 芳文(ひばこ・よしふみ)は「国家の慰霊追悼施設としての靖國神社の復活を願う」とのべているという。
 与那覇 恵子さんは、「軍事力による戦争抑止論は日本で根強いが、銃社会のアメリカで銃犯罪が多いことや軍事大国のアメリカで戦争が多いことで反論できる」と発言した。
 王 智明さんは、「台湾では反戦の声をあげるのは勇気が必要だ。韓国日本沖縄にくらべて台湾では反戦の声が弱い。台湾と中国は積極的に対話するべきだ」と発言した。
 李美賢さんは「韓国は武器の販売をおこなおうとしている。尹 錫悦(ユン・ソギョル)政権は朝鮮戦争の終結に反対している。政府を支えている極右の人たちは北の占領をやるということをためらわずに言うようになっている」と発言した。

 次に、遺族等の訴えがおこなわれた。
 韓国の李 熙子(イ・ヒジャ)さん(太平洋戦争被害者補償推進協議会)は「3年ぶりにみなさんに再会できてすごくうれしい。顔も知らない私の父が、日本が起こした戦争で亡くなった。何の連絡もなかった。父の痕跡をさがしてきた。父の名誉回復で闘ってきた。お金がほしいのではない。私の父の名前を削除してほしい。それだけだ。私たちの裁判は証拠があふれている。それにもかかわらず、裁判所、日本政府は責任をとらない。日本の裁判所はどこに属しているのか。私は80歳になる。残りの人生はどのくらいになるか分からないが、残りの人生をかけて戦争のない世界、私のようなものが作りだされない世界をめざして闘っていきたい。未来の世代のため、平和な世界のため闘っていきたい」と発言した。
 ヤマトの菅原 龍憲さんは「靖国神社に合祀されている父の取り下げ要求をやっている。ほとんどの兵隊はジャングルでのたうち回って病死した。9月19日、11回目となるが靖国神社におもむきたい。靖国神社は軍国神社、戦争神社といわれているが、本質は天皇の神社だ。国が憲法違反をおかして民衆が救済されない。これでいいのか」と発言した。台湾のチワス・アリさんは、台風の被災地の救援活動に入っていて、メッセージは今回いただくことは出来なかったそうだ。

河野談話の誓い
はなくなった
 次に、諸団体からのアピールがおこなわれた。
 「日本軍「慰安婦」問題解決全国行動」の梁 澄子(ヤン・チンジャ)さんは「今年は河野談話(注2)から30年だ。だが、河野談話の誓いは跡形もなく消えてしまった。継承しているのは形だけだ。歴史事実は後退している。戦争の危機も高まっている。女性運動への排斥、外国人への排斥も高まっている。32年前(1991年)の8月14日はじめて金 学順(キム・ハクスン)さんが名乗り出た。サバイバーたちを記憶する取り組みをおこなっている。何が出来るか。8月14日に一緒に考えたい。希望のたね基金への参加・支援を。希望のたねで検索してほしい」と発言した。
 【注2】1993年8月4日、河野官房長官談話が発表された。河野談話は、日本軍「慰安婦」問題について「本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり」「官憲が直接これに加担したこともあった」とし、「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」と認めた。さらに「歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していく」とし、「歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」とのべている(日本軍「慰安婦」問題解決全国行動のホームページより。語尾を変更した)。
 「関東大震災朝鮮人・中国人虐殺100年犠牲者追悼大会実行委員会」の川見 一仁さんは、「二度と虐殺を繰り返させない。日本政府は虐殺の責任をとれ。8月31日の集会では韓国から6名、中国から20名を超える参加がある。9月2日は夜7時、国会前。(9月2日の集会は)予約は必要なし。9月3日は17時開場、17時30分開始、予約が必要だ。出来たら3つの会場すべてでお会いしたい」と発言した。
 「強制動員問題と過去清算のための共同行動」の山本 直好さんの発言は、お手洗いにいったため聞けなかった。
 次は、ソン・ビョンフィさんとイ・ジョンヨルさんによるコンサートだ。「20+」「カリガネ」「タバックネ」「南ヌリ 北ヌリ(南の地、北の地)」「1923─2023―私は死んだ―」「友よ」「並んで歩かなくても(ナラニ カジ アナド)」「ウィシャルオーバーカム」「朝露」が歌われ演奏された。ミュージシャンは歌を歌い、ギター、太鼓、ハーモニカで演奏し、会場では立ち上がったりサイリウムライト(光る棒のようなもの)を揺らしたりした。
 関東大震災における朝鮮人虐殺を歌った「1923─2023―私は死んだ―」が私は印象に残ったが、作ったばかりでCDはまだ出ていないとのことだった。
 閉会のあいさつは、「反靖国共同行動・韓国委員会」の徐 勝(ソ・スン)さんがおこなった。徐さんは「韓国の尹 錫悦(ユン・ソギョル)は、日本のいいたいことを言っている。親日ではない。日本そのものだ。ヤスクニを正面突破しない限り、すべての問題は解決しない」と発言した。
 会場前には公安警察と思われる人たちがいて、カマボコ車もとまっていた。警察の政治的中立などウソだということが良く分かる。公安警察は解体するべきだ。後で人に聞いたら、右翼の街宣車も来ていたようだ。だが、私には見えなかった。来年はキャンドル・デモもぜひ復活させてほしい。私はそう思った。
  (2023年8月22日)

週刊かけはし

購読料
《開封》1部:3ヶ月5,064円、6ヶ月 10,128円 ※3部以上は送料当社負担
《密封》1部:3ヶ月6,088円
《手渡》1部:1ヶ月 1,520円、3ヶ月 4,560円
《購読料・新時代社直送》
振替口座 00860-4-156009  新時代社