「8・6ヒロシマ平和へのつどい2023」(下)
「米中対立を超えて、非覇権・非軍事・連帯の東アジアへ」
白川真澄さん(ピープルズプラン研究所)
米中覇権争いと「台湾有事」論
米国のグローバル化戦略は、まず、中国をグローバル化の波の中に巻き込んで、経済成長と所得向上を通じる中間層創出によって民主化し(2001年中国のWTO加盟)、リーマン・ショック(2008年)の危機を乗り越えるために、中国を招き入れてG20の国際協調体制を構築というものであった。ところが、2016年、脱グローバル化の流れの登場で「米国第一」のトランプ政権の登場、イギリスのEU離脱決定、フランスなど欧州諸国で右翼ポピュリズムが台頭、グローバル化による格差拡大と社会の分断。米国は、弱
体化する覇権を守るために中国に矛先を向けはじめ、大幅な貿易赤字を口実にして、対中貿易戦争を開始する(2018年)。その後に米中対立の展開。ペンスの「新冷戦」演説(2018年)、「中国への関与」政策の撤回。一方、習近平による「一帯一路」構想の推進(2013年)、「中国製造2025」発表(2015年)、アフリカの資源独占、軍事的な海洋進出の活発化。これに対しての米国の対中国包囲網の形成へ。米中間のイデオロギー的対立の前面化、バイデンの「民主主義VS専制主義」論。対する習近平の「中国の特色ある社会主義」は「人類の現代化の新たな選択肢」論。
ウクライナ戦争をきっかけに「台湾有事」不可避論が噴出する。デービットソン証言「2027年までに中国が台湾に侵攻する可能性がある」(2021年3月)。一方冷静なミリー統合参謀議長は「中国は武力統一の意図や動機や理由も持たない」(同年6月)。2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻。岸田の「ウクライナ侵攻が東アジアで再現される可能性がある」(22年5月)、バイデンの「台湾有事への軍事的関与はYES」(同)。
この軍事的緊張の高まりで日本がそのお先棒を担ぐ。岸田政権、安保関連3文書を改定し、中国を標的にした「反撃能力」の保有を宣言(同年12月)、防衛費43兆円(23~27年度)の大軍拡を決定。米国・フィリピン両政府、米軍がフィリピンで使用できる軍事拠点を4から9に増やすことに合意(23年2月)。
このような中で、コロナ・パンデミックとウクライナ戦争によるサプライチェーンの寸断や混乱の経験を経て「経済安全保障」路線が台頭する。軍事と経済の一体化。これまでのサプライチェーン構築の論理(最も安いコストで生産・調達する経済合理性を優先。中国が「世界の工場」として結び目に位置する)から国益や政治的・軍事的対立の論理を重視する(中国から同盟国・友好国に生産拠点を移す「フレンドショアリング」へ)。脱中国依存=中国排除のサプライチェーン再構築。「経済安全保障」路線は、一国的な経済ナショナリズムではなく、米国主導の中国包囲網を経済面から強化する企てであり、世界経済のデカップリング(分断)である。
対中包囲網/デップリングの限界
しかしながら、政治的・軍事的対立の激化にもかかわらず、経済的相互依存関係は継続(脱中国依存のサプライチェーン構築は、いちじるしいコスト高を招き、インフレ圧力をもたらすゆえ、限定的なものにならざるをえない)し、グローバルサウスは、対中包囲網に加わらない。EUも、人権問題(ウィグル自治区)での批判や対中経済関係の規制(包括投資協定の凍結)を強めているとはいえ、中国が米国を抜いて最大の貿易相手国になっている。シュルツ独首相(22年11月)、マクロン仏大統領(23年4月)が企業団を率いて訪中。フォンデアライエン欧州委員長は、対中関係について「デカップリング(分断)」ではなくリスクを軽減しつつ経済関係を維持する「デリスキング」を提唱(23年3月)。このような中、G7広島サミットでは、デカップリングではなくデリスキングで合意した。米国と日本は、G7を対中包囲網強化・デカップリング推進の場にすることを企てたが、EU諸国やインドなどグローバルサウスの国々は、デカップリングに加わることを拒否し、デリスキングで合意。対中包囲網の構築の困難さと限界を露呈したと言える。NATO首脳会談(7月)は、フランスの反対で東京事務所設置で合意できず。米中関係にも微妙だが重要な変化(ブリンケン国務長官(6月)、イエレン財務長官(7月)が相次いで訪中=対立は解消しないが、対話を継続。秋の米中首脳会談開催への動き。米国経済界のトップが相次ぎ訪中=アップル、テスラ、JPモルガン、ビルゲイツ。中国も、深刻な経済不況や輸出不振からの脱却のための関係改善を望む。米中とも、全面的な軍事衝突回避を望んでいるが、日本だけが、対中関係改善に動かず無為無策に終始している。
「台湾有事」を起こさせないために「台湾有事」が不可避という言説を批判しよう!
岸田政権は、「台湾有事」回避のための外交努力を放棄して、日本の「反撃能力」保有(南西諸島への長射程ミサイル配備)と防衛費倍増は、「台湾有事」不可避の想定を大前提にしている。中国の台湾への武力侵攻のリスクは巨大ゆえ、中国は米国との全面戦争の回避を望んでいる。中国にとって最も望ましいのは、親中派の政権の誕生と「統一」交渉の開始。そのために、サイバー攻撃と偽情報の発信と軍事的威嚇によって台湾社会を揺さぶる。2024年1月の総統選が最大の焦点。台湾の人びとの主体的選択は? 仮に国民党政権が成立しても、この政権が急速に中国に接近し傀儡政権化することは難しい。大多数の人びとの「台湾人」としてのアイデンティティがそれを許さない。自分が何者であるかに対して、「台湾人である」と思うは「67%(2020年)←18%(1992年)」。
国家選択として、「現状維持」52%。習近平の政治選択のジレンマ。台湾への武力侵攻を批判する明確な論理を。中国が台湾に武力侵攻した場合、これに対して“国家主権や領土保全の原則を破る”という伝統的な論理では有効に批判できない。
ウクライナ侵略とは違って、「1つの中国」という同じ主権国家や同じ領土の内部での武力侵攻だから、「1つの中国」論の前に批判が弱まる危険性がある。中国の“国家主権が至高”という思想を根本的に批判する必要がある。住民の自治と自己決定権は、国家主権に優越する。現代では、“地域住民の自治と自己決定権が国家主権よりも優先される”。新しい国際関係を構築する民衆側の論理と思想を明確にする。台湾の独立は望ましくなく支持できない。しかし、台湾は民主化闘争を通じて生まれ変わった自治的社会である。
台湾の自治を国際的に保障する新しい仕組みの構築が必要。戦争準備こそが「台湾有事」を招く。「台湾有事」を起こさせない国際環境を対話と外交を通じて創出する。軍事的緊張を緩和するために、日本は、米中両大国のいずれにも与しない非覇権・非同盟・非軍事の立場に立って働きかける責務がある。中国が台湾に武力侵攻しないことを、米国が軍事介入しないことを宣言させる。米中両国による軍事的威嚇・挑発行動、軍事演習の中止。日本は南西諸島への長射程ミサイルの配備をやめ、在日米軍基地からの出撃にノーを宣言し、軍事費をばっさり削減する。日中間の外交と対話を回復する。ASEAN諸国や韓国との協力・連携を進める。
東アジアに非覇権・非軍事・連帯の新たなうねりを
東アジアにおける非核・非軍事地帯の設立
核兵器の使用・持ち込み・実験を禁止する。軍事基地を縮小・撤去し、軍事演習や軍事的威嚇行動を行わない。米中両大国と北朝鮮をこの構想に引き入れることは至難に見えるが、 日本が憲法9条の原理に立ち還り非武装・非軍事・非同盟を率先実行する。ASEAN諸国や韓国と協力して対話と外交による紛争解決に取り組む。
沖縄を結び目に地域間の外交・交流のネットワークの形成
玉城沖縄県知事は23年7月、日本国際貿易促進会の訪中団に同行して中国福建省を訪問し、沖縄と福建省の経済・文化交流の促進を確認した。玉城知事が尖閣諸島の領有権を明言しなかったことに対して、中国を利する行為と言う批判が起こった(産経新聞7月9日)。国家間の政治的・軍事的な対立を超えて、地域間で自由に交流し協力するネットワークを張りめぐらす自治体外交は、軍事的緊張の緩和にとって決定的に重要だ。
東アジアにおける連帯と協力の経済システムの創出
「東アジア共同体」構想を振り返る。1997年、アジア通貨危機、国際的な短期資本の投機的な動きによってタイなどの通貨暴落、外貨準備が枯渇。しかし、IMFは緊急融資に際して「構造改革」(緊縮財政など)を要求し、実体経済が打撃を受ける。ドル支配からの脱却をめざし、AMF(アジア通貨基金)の構想が浮上したが、米国の反対で挫折。ASEANプラス3(中・韓・日)のサミット開催(1997年)、「東アジア共同体構想」を提唱(2001年)。
小泉首相も提唱(2002年)。2009年民主党政権の鳩山首相が「東アジア共同体構想の推進」を表明したが、沖縄米軍基地問題とも絡んで、米国は日本の対米自立志向と強く警戒した。
東アジア共同体の構成をめぐって、“ASEANプラス3”(中国案)と“ASEANプラス3プラス豪州・NZ・インド・米国(パートナー)”(日本案)が対立した。
中国が経済・軍事大国としての台頭するなかで、米国は、中国包囲網として広域FTA(自由貿易協定)であるTPPを先行的に発足させた(2016年調印)。韓国・インドネシア・タイは不参加。
2017年、トランプ政権は突如TPPから離脱。TPPは11カ国で発効したが、影響力は縮小。米中対立の激化のなかで「東アジア共同体」構想は宙に浮く。ASEAN経済共同体(AEC)が先行的に発足(2015年)。東アジア全域を包摂するFTAとして、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)が発足(2020年調印、2022年発効)。ASEAN10か国、中・韓・日、豪州・NZの15か国、インドが離脱。例外の多い関税引き下げ。
日本にとっては中国・韓国との初めての経済連携協定。現実の経済連携協定(TPPなど)は、経済効率性とコストの論理に立って貿易と投資の自由化を推進する装置になっていて、社会的公正や環境保全のための規制が後回しになっている。
農業の独自性を無視し、農産物の輸入自由化(関税撤廃、非関税障壁の撤廃)を促進することで、小規模な自営農家の倒産・地域コミュニティの崩壊、農業の多面的な機能(洪水防止など)の喪失、食の安全性への脅威(残留農薬や食品添加物、GM作物の規制緩和)。
海外からの投資促進のために労働コストの切り下げ競争(「底辺への競争」)を招き、非正規雇用の拡大、長時間労働、無権利なプラットフォーム労働の利用が拡大。
海外からの労働者の移住を自由化するが、高技能労働者の優遇や国籍取得の制限など差別が存続。
税の優遇措置による多国籍企業の進出を促進するだけでなく、金融・資本取引の自由化によって国際的な短期資本の投機的な動きを加速。
EUも、資本と企業の自由な活動の促進を先行させ域内の格差拡大を生んできた。
公正な労働条件・福祉・環境規制に関する共通の基準を設定し加盟国に守らせる試み。
人の移動の自由化に伴う労働市場の統合のために公正な労働条件の確立/労働時間の規制、パートタイマー・派遣労働者とフルタイム・常用労働者の均等待遇、ワークアンドライフバランス、男女均等(いずれも指令で最低基準を設定)。適切な最低賃金の設定・更新、男女間の同一労働同一賃金確保、プラットフォーム労働における労働条件の改善(指令案)。
経済成長主義を超える新しい経済モデルが求められている/日本はもはや経済成長を望めない
労働力人口の急減、労働投入量(就業者数×労働時間)は、2040年まで年0・6~1・1%減少する。2040年には就業者が1100万人不足し、30年代以降にマイナス成長が続くと予測される。外国人労働者への依存も、中国や韓国との人材獲得競争の激化のなかで困難になる。
2%経済成長のためには、労働投入量の減少分を補って労働生産性が年2・6~3・1%上昇する必要があるが、2000~2020年度の上昇率0・4%からすれば絶望的。
脱炭素化を本格的な実行のためには、過剰消費を抑え経済成長をダウンさせる必要がある。
政府と政党だけが経済成長の夢を見つづけている?
「より低い成長しか見込めない」と思う人は62・8%、「現状なみの成長が見込める」34・2%、「より高い成長が見込める」2・0%(日銀の「生活意識に関するアンケート調査」2022年12月)。
企業が予測する今後5年間(22~26年)の実質経済成長率は1・0%、ゼロ成長に近い。
政府と政党(保守から左派まで)だけが経済成長の復活を主張している奇妙さ。人口減少社会の経済・労働・社会保障のビジョンを提示しようとしない。
東アジア諸国も、輸出依存型の高度経済成長からの転換を問われている
東アジア諸国の高い経済成長を可能にしているのは大量の資源や食料(大規模農場で生産される)の輸出、
低賃金を武器にしたクルマ・電化製品・スマホ(多国籍企業の下請け工場で生産される)の輸出。
多くの住民は、都市部のインフォーマル部門や農村のコミュニティで暮らす。
輸出依存型の経済成長のなかでコミュニティの崩壊や格差拡大。
高齢化の進行、安い若年労働力に依存する経済成長は限界に。
グローバル化と「経済安全保障」の双方を超える
東アジアは米中対立の激化の最前線に位置するが、ASEAN諸国やインドは、米国主導の「経済安全保障」には加わわろうとしていない。
では、グローバル化と経済成長の復活をめざして、RCEPを中心に(インドを復帰させて)貿易と投資の自由化を推進するべきか?第3の道として、新しい経済モデルとしての自立した循環型地域経済の形成とそのネットワーク形成に可能性を求めたい。
自立した循環型地域経済の構築が出発点になる
ケア(医療、介護、子育て)、食と農、再生可能エネルギーが中心に位置し、モノ・サービス・お金・仕事が地域内で循環する。助け合いのコミュニティが維持され、住民や労働者の協同組合が主たる経済主体となる。
水・エネルギー・交通・教育・ケアなどは公共財(コモン)として、住民参加の地方自治体が民主的に管理。人の移動、多様な文化と情報の流入はオープンに。
国境を越える連帯と協力のシステム
自由貿易(弱肉強食)ではなく“公正と連帯”の原理に立つ。
生産者の所得や労働者の生活賃金が保障される公正な価格での貿易(フェアトレードの普及)。
貿易によって多様な財やサービスは入手できるが、価格は高くなる。
食料主権を確立し、残留農薬や食品添加物の規制を厳しくし食の安全性を確保する。
緊急の食料・医療支援の仕組みを作る。
直接投資は積極的に受け入れるが、公正な労働条件を遵守させる。短期資本の投機的な移動は厳しく規制する。
人の移動は自由化し、移住労働者の権利(対等な市民権)を保障する。
【編集部】8月5日夕方から広島市内で、「8・6ヒロシマ平和へのつどい2023」が行われ、白川真澄さんが講演を行った。前号に筆者を「久野成彦」としましたが「久野成章」に訂正し、お詫びします。

講演する白川真澄さん(8.5)
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