劣悪な労働環境で働く介護現場労働者に聞く
史上最悪の介護保険改訂を許すな
制度の空洞化と利用の抑制とケアの質の劣化だ
2024年度に向けた7回目の介護保険改定が目論まれている。「史上最悪の介護保険改定?!」上野千鶴子、樋口恵子編、岩波ブックレット、2023年6月6日発行の岩波ブックレットは、2022年11月に行われた「史上最悪の介護保険改定を許さない!!」連続アクションと院内集会の記録などを編集したものだ。上野さんが「はじめに」で、現在問題になっている点について、簡潔にまとめているのでそれを紹介した上で、有料老人ホームで働くAさんに介護現場がどうなっているのか聞いた。さまざまなタイプの介護施設があり、このインタビューで全体が分かるわけではない。そして、在宅介護やホームヘルパーさんのひどい待遇問題、介護を受ける側の問題など多方面にわたるものはあるが今回は限定的に取り上げた。(編集部)
上野千鶴子さんのまとめから
2022年秋から政府の社会保障審議会介護保険部会に次のような改定案が出された。
・利用者負担1割を標準2割に、さらに所得に応じて3割に
・要介護1・2の通所介護と訪問介護を介護保険からはずして総合事業に
・ケアプランの有料化
・福祉用具の一部をレンタルから買い取りに
そのうえ、利用者3人に対して常勤職員換算で1人という施設の職員配置を、ロボットの導入で4対1に「基準緩和」するという案も検討も始まっている。
今度の「改悪」は介護保険が「危ない!」どころか、「使えなくなる!!」である。
見えてきた政府の「改悪」のシナリオ
介護保険の対象者を要介護3以上の重度者に限定し、身体介護に限定して生活援助をはずし、ケアプランを有料化して、利用者負担を2割、3割に上げ、施設でも室料や食費を徴収する……つまり「給付と負担のバランス」の名において、給付の抑制と負担の増加をはかる、というもの。
制度があっても使えなくしていく制度の空洞化。その効果は利用の抑制とケアの質の劣化。
介護保険は、「介護の社会化」の第一歩だった。「改悪」はそれを「脱家族化」から「再家族化」と「市場化」だ。「介護離職や虐待」が起きる可能性がある。さらに、介護保険で足りない分は自費サービスを使えという「混合利用」のススメ。小金をためこんだ年寄りにカネを放出させ内需拡大に貢献させる。
政府はカネがないというが、介護保険財政はスタート以来一貫して黒字だ。軍拡のために5年間で43兆円の防衛予算をひきだす。
2020年から、NPO法人高齢社会をよくする女性の会と認定NPO法人ウィメンズアクションネットワークなどが「介護保険の後退を絶対に許さない」院内集会などの行動を積み上げてきた。その結果、上記の「改悪」案のほとんどすべてが「先送り」になった。しかし、「先送り」はそのうちまた出てくるということである。
こう記した上野さんは、最後に次ぎのように言っている。
介護保険23年の歴史は14兆円規模の準市場を生み出し、人材と事業を育てた。介護保険のない時代には可能でなかった「在宅ひとり死」も可能になった。日本の高齢者介護のケアの質は、世界に誇るレベルに達している。現場を担うひとたちが、誇りを持って働きつづけることができるように、そして高齢者が安心して老後を過ごせるように、この宝を守ってほしい。
9月16日のニュースで、重度在宅介護でヘルパーさんの派遣を要請しても、ヘルパーさん不足で四割しか応えられない現状があり、在宅介護が出来なくなり、施設に入所するしかない危機的現状が報告された。その解決策として、訪問ヘルパーさんの交通費を払うこと、ヘルパーさんのその日の予約が解約された場合は、その分を保証することが必要だと訴えていた。
介護保険は貧乏人でも富裕者でもすべての人から強制徴収しているが、富裕層ほど負担率が低くなる逆進性がひどい設計になっている。富裕者への負担の上限を撤廃し増やすべきだ。そして、「介護」はだれもがいずれ必要となるものであり、全面的に「公的」なものとして、税金の投入を増やすべきだ。消費税を廃止し、累進課税の強化によって財源を確保すべきだ。こうした論議を基本として、政府の介護保険の改悪をやめさせよう。
(M)
介護現場労働者に聞く
都内で有料老人ホームに働くAさんに介護労働現場の現状をインタビューした。
――今働いている施設はどのような施設ですか。
有料老人ホームです。入居者さんが月に最低限で30万円近く払っている。自分で持ち込むことを含むと40~50万円になる。負担を利用者さんの家族に強いてしまっている。
――入居人数は。
入居者は50人ほど。
――職員は。
介護士、看護師、生活援助者(部屋とか洗面台の掃除、シーツの取り換えなど)。ようやく最低限の職員がいる。まだ少ない。
――介護職に入ったのはいつ頃ですか。その理由は。
2011年4月です。福祉関係の仕事につきたいという意識があった。就職活動で感じたのが、利益とか利潤とか市場原理のことなど、人間は二の次になっている。リーマンショック後の就職氷河期だったので、結構強調されていたところがあった。企業に対してへきえきするようになっていた。まったく市場と関係ない、人を大切にすると思っていた介護職にいこうと決めた。
――資格は必要でしたか。
仕事内定してから、当時ヘルパー2級、今でいう初任者研修の資格をがんばって取った。基本的には身体介護の場合、この資格がないと今の会社はダメとなっている。資格は働きながら、介護福祉士に関しては実務期間3年という決まりがあった。
――給料はどんなですか。
だいたい手取りが夜勤抜きで週5日勤務だと18~19万円くらい。夜勤入ると22~23万円くらい。夜勤で生活費を増やしてやっていくという人が多い。
――他業種と比べてどうなんですか。
最近は高くなってきて時給1500円とか1800円とかの所もあったりする。自分の所は時給1100円代。フルタイム正社員は体調的にきついのでパートになった。正社員は残業代抜きでサービス残業で、働かされている。正社員定額働かせ放題と言われている。教職の仕事でも問題になっている。
――職員のうち、正社員とパートの割合は。働く時間は正規とパートで違いますか。
正規の人の場合は、フレックスタイム制を取っている。月に何時間働いてくださいという指定がある。31日の月の日は171時間、30日の場合は163時間。パートの場合は週3日とかいろいろある。ただ1日8時間労働、9時間拘束、休憩は1時間もらえる。みんな同じだ。そうでないとシフトが回らなくなってしまうから。
――仕事の中身は。
入居者さんの身体介助。麻痺だったりして自力で食事ができない人、認知症で食べれない方へのお手伝い。お手洗い、排泄の介助。車椅子からトレイに立ち上がるのが自分ではできないから、おむつしている人の身体を洗ったりする。お風呂の入浴介助もやる。ほぼ寝たきりや車椅子でちょっと重度の方、体格の大きい方、そういう方は機械浴。ストレッチャーで担架みたいなものに入居者に寝てもらい、体洗って、湯船もあるのでそこにスライドで入ってもらい、自動で湯船が上がって浸かる。
――男性は男性職員、女性は女性職員のようになっているのですか。
現状では男性が女性の介助をしている。本人に毎回同意を得ながらやっている。例えばタオルかけたり、極力プライバシーに気をつけながらやっている。ただ医療的な面でも傷があったり、衛生状態を看護師にさんに伝えなければいけない。
――働いている人の男女比は。年齢は。
女性が3で男性が1ぐらい。女性で結婚して家族の養育費とか生活費のために介護のパートに来るという人がいる。年齢は20代から70歳代まで広い層が集まっている。転職が多く、経験がさまざまというところは複雑なところであり、いいところでもある。
他の所で定年になって、今の会社で働いてる人がけっこういる。年金もらうまで働きたい、生活が成り立たないから年齢関係なく働く。労働者全般の問題だと思うが。
介護保険改悪に向けた動き
――岩波ブックレット「史上最悪の介護保険改定?!」で以下のような改悪が考えられていると、書かれていますがどう考えますか。
利用者3人に対して常勤職員換算で1人という施設の職員配置を、ロボットの導入で4対1に「基準緩和」するという案の検討も始まっている。
介護保険では以下のことが求められる。
①昼間8時間の時間帯は1ユニットごとに常時1人以上の介護または看護職員を配置する。②夜間16時間の時間帯は2ユニットごとに1人以上の介護または看護職員を配置する。③ユニットごとに常勤のユニットリーダーを配置する。
実態は10~20人の利用者を1人で介護するという信じられないほど厳しい勤務だ。
昼間は1ユニット一人、夜間は2ユニットで1人という要件を満たし、週2日の公休、年間5日以上の有休を取得する。計算すると1ユニット4人程度の看護・介護職員の配置が必要。
100人定員の介護保険施設では、少なくとも40人程度、2・5対1の職員数が必要。
1・8対1が望ましい。
4対1基準は不可能。
①4対1から2対1へ。介護職員の給与原資である介護報酬が3対1から4対1に改定されることで、介護報酬の引き下げが想定され、4対1の給与原資で2対1の介護職を雇用するため、介護職の給与単価減少につながる。そうすると、介護報酬減となっても給与単価を下げないならば、日勤帯などの限られた時間勤務者(介護職の非常勤職員など)が雇用できなくなり、その結果、掃除、配膳、環境整備、洗濯などの間接介助(生活援助)を雑務とみなし、非常勤介護職よりも単価の低い介護補助員で行うことになる。施設系・在宅系で生活援助の低い評価へとつながっていく。
②夜勤業務体制の見直しが必要。③ICTや監視カメラの導入は人員削減の根拠になりえない。④安全配慮義務の問題。1人で10人以上の利用者の介護を続けると、職員が心のバランスを崩してしまうこと。傷んだ心がさらに自分を追い込み、取り返しのつかない虐待を行い、利用者はもちろん、職員の心とからだを傷つけてしまう。(岩波ブックレットより)
家族に対して、3人に対して1人介護士が付きます、リハビリの理学療法士がいますとかとうたい文句で言っているが実際にはその人数がいないとか、そういう場合があるので、実際は問題だ。
――ここで言われているように職員を減らしてやっていこうと国の施策として出されようとしているようだが、直接そうはならない? これが言っているのはどういう施設かわかりますか。
これはおそらく有料老人ホームか特別養護老人ホームなどの人数が多い施設だと思う。制度をそうしようとするのは深刻だと思いつつも、実際に現場がそういう状態になってしまっていて、それを追認してお墨付きを与えるという改悪ではないか。今の名目では現場が回らないから、ということで資本の方に合わせる。政治がそっちの方に動いてしまっている。
介護現場のたいへんさ
――何がたいへんですか。
入居者さんのイレギュラーなことがある。トイレにしても、時間がバラバラですし、転んでしまう。ナースコールで入居者さんが呼んでくれて、対応に行くというのが重なったりすると、そこでバタバタ追われて次のことができなくなる。事故の時の対応とか看護師さんがいない時も対応しなければならない。一番たいへんだ。
――夜勤の時はどうですか。人数は少ないでしょう。
ワンフロワー1人なので20人をみる。二ユニットに1人という感じです。休憩を取るにはワンユニット1人にならない。前の職場だと休憩は随時取ってくれという形だった。完全な勤務からの離脱がない。
――夜勤で何か起こるとたいへんですね。
一つのフロワーで同時にナースコールが鳴ったら、他のフロワーの人が応援に行くとか、どうしても手薄になる。私の働いている所には、夜は看護師さんもいない。電話でオンコールしてアドバイスを受ける。看護師さんも電話番みたいにやらされるので可哀そうだ。
人数が少ないのとナースコール対応と事故時の対応というのが特にたいへん。マニアルになっていないところなので、始めて介護についた人は覚えるのが本当にたいへんだ。
――2011年から12年働いて、この間に政府の方針が変わったりして、介護現場がしんどくなったりしたことがありますか。
政府の方針というのは大きくないのですが会社がひどい。介護保険制度で介護報酬が会社に支給される形になっている。その介護報酬が職員に対して、給料に組み込んだりしないといけないのに、給料に組み込まないでそれをボーナスとして出したり、明らかにおかしいと思うことを会社がやったりする。会社が介護報酬を内部留保金として貯めたり、新しい施設を作ったり、今の職員が手薄になるとか、そういう意味で問題があったりする。こういうことは私の働いている会社に限らず他の会社でもある。社会福祉法人なども含む会社が問題を起こしているのを政府が野放しにしている。あちこちで常に起き続けている。
介護保険制度のうたい文句とか政治が言っている通りになっていることは一度もなく、現場の悪い状況に合わせて、制度も追認して改悪していく。政治が悪いということもあるだろうが、もともとが悪かった。
――会社を変えたことはありますか。
会社を変えたわけではなく、会社のトラブルで人員が少ないので同じ会社で移動したり、5人やめたのでその補充で移動したりと。1人足りないので結構そういうことがある。会社は大きい方に入ると思う。訪問介護が圧倒的に多い。
――介護現場で求人を出しても応募が少ないということがある。給料が安かったり、仕事がきついという現実がある。それで外国人労働者を介護現場に入れるということを政府がやっているが介護現場に外国人労働者が来ていますか。
あります。私が先月まで働いていた所もそういう感じだった。東南アジアの外国人の方を雇っている。だいたい一つの職場に3人ほど働いている。
――日本語はかなりできる。
はい、漢字などはところどころ読めないところもあるが日常会話はみんな出来ている。まじめに現場で働いて、人によっては午前中日本学校に行ってから午後は働いている人。20代の人がきわめて多い。私が会ったことがあるのは全員女性だ。労働条件は日本人とまったく同じ。何かあると幸いなことに、「違うようにするのはおかしい、理不尽だ」と現場の日本人が会社に言ってくれる。聞いた話によると、寮のような所があるわけではないようだ。3人とも同じ部屋にワンルームで住んでいた。かなり厳しい状況で3人で3年間過ごしていた。狭い所にずっと居るんで、仲たがいも起きそうになったりとか精神的にもストレス貯まるところで働かれた。実習期間は3年と決められていて、それが過ぎると一度終わりで帰国せざるをえない。職員さんがみんな口そろえて「3年で終わってしまうのはおしいくらい良い人たちだ」と言っていた。職業、他の場所に変えたり選べないので、今の職場を良くするしかないと感じている。
――政府は4対1にするために、ロボット導入をして労働者を減らすというようなことが出されているようだがどうですか。
監視カメラは後追い的に設置したがロボットの導入などはない。事故が起きたときに原因を検証するために設置した。廊下でどう転倒したかとか分かる。廊下とか食堂にはカメラがついている。さすがに部屋とかにはつけない。
労働組合の重要な役割
――労働組合はありますか。
労使協調の組合がある。組合の専従の数が少ない。コロナ感染の時、2人ぐらいの専従が各地を飛び回りながら労働相談をしていた。労働組合の活動家の人はほとんどいない。会社がコロナのPCR検査をしてくれない。本当は東京都がPCRを1回はただでやらせてくれるというのがあったけど、施設長さんが東京都にそういう制度があるから、週1回やってもらいましょうと会社に言ったがそうしたら、会社の方がそれをうやむやにしてもみ消して、それがないことになってしまった。
コロナの陽性者が出たら、結局人数少なくなって、現場が破綻するのは今のぎりぎりの人数では目に見えているので、検査させるなと言っただろうと。施設長さんが悪いとは誰も思っていない。会社がもみ消してダメにした。じゃあ、組合にこれどうなっているかと。物資がない、防護服がない、マスクがない、いろいろ聞いていった。
――組合があっていいことありましたか。
前は活動実態ないと率直な感想だったけど、私が見れる範囲ではファクスで各事業所に組合の活動報告が月に一度送られてくる。賃上げの交渉をしたりと、業界に介護職員の待遇をあげろと署名活動をして政府に陳情する。労使協調ではあるがそうした活動はしている。専従の人数が少ないのにがんばっているのだろうと思われている。
――組合会議で自分たちの要求を決めるようなことはやっていますか。
現場ではやらないです。集まって要求を決めるようなことはまったくない。労働組合運動が職場に浸透していない。分会の役員のような人もいない。職場で労働者の代表を決めない。集まりがない。社員会はあるが。
給与の明細で組合費が月3000円取られている。これは多いですよという話はあるが、ユニオンショップ協定が結ばれていて、自動的に組合に入ることになっている。より左の労働運動を出させないための役割をしている。現場で労働運動を起こしたら、鎮圧にかかるだろうと思う。会社はそういう意図をもっている。
――他の介護職場で組合ががんばっているのを知っていますか。
個人加盟のユニオンが頑張っている所もある。横のつながりがバラバラで切られてしまっているのではないか。職員もつらかったら辞めて次の所に行くという感じ。介護制度を導入した時から、目論み通りに行ってしまっているのかもしれない。労働組合運動をする介護士はなかなか聞いたことがない。個人としてさまざまな課題に取り組む人はいるだろうが。
――介護現場だけだと見えないこともあるから、いろんな業界のところがどういう風になっていて、闘いがあるか知ることは重要だ。
非正規労働者は給料が低いとか雇いとめになったり、正社員は使い放題にサービス残業で過労になったり、外国人労働者の人の待遇が場合によって非正規よりも悪かったりする。企業による抑圧の仕方が違って、たくみにやっているんだなと思う。介護保険制度も事業者がやりやすくするような制度、フリーハンドと安いような制度設計で成り立っていると思う。現場も厳しいが労使の問題というか労働者対資本ということが本来はあるんだろうと思う。それが顕在化しないような構造に、介護保険制度自体もそれを手伝っていると私は思う。資本に有利なものを制度が作っている。そういう意味では政治というものが介護の現場を悪くしている。
――介護してあげたいという労働者の良心を利用している。
ストライキは打ちにくい。社会的にも地域によっては介護施設に入居させることじたいが悪いとかいう所もある。入居したとしても、聖職者論を押しつける。介護職員自体もそうしたことを内面化していることもある。聖職者論は最終的には害悪でしかない。労働者も入居者も締め上げる考え方ではないか。社会がそういう考えを持っていることがやっかいだ。介護職員に対してストライキ認めないから。労働時間を減らしてくれという交渉はないですね。
ありがとうございました。
週刊かけはし
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