10・20~24 南京平和友好訪問団(下)

沖縄と南京をむすぶ民間交流の確かな一歩

沖縄報告 2023・11・20

沖縄 沖本裕司

南京利済巷慰安所旧址陳列館

 にぎやかな繁華街の一角にある南京利済巷慰安所旧址陳列館。入口を入ると右手に、日本軍「慰安婦」被害者の女性たちの大きな写真パネルが目に入る。沖縄の裴奉奇(ペ・ポンギ)さんの顔も見える。広場の一角には、この陳列館の象徴ともなっている三人の女性の大きな彫像が建てられている。一人の女性は膝まずいて左手で涙をぬぐい、一人の女性は妊娠中、右手でお腹の胎児を守り、左手は、両手を地面についてうつむくもう一人の女性の背中においている。天皇の軍隊により苦痛と悲しみのどん底に追いやられた日本軍「慰安婦」被害者の姿を表現している。
 はじめに、彫像を前に、陳列館スタッフの李姝璇(リ・シュースアン)さんが施設に関する概観を説明してくれた。
 南京を占領した日本軍は、この場所にあった建造物を接収し、利済巷2号の建物を「東雲慰安所」、利済巷18号の建物を「故郷楼慰安所」に改築した。朝鮮半島の朴永心(パク・ヨンシム)さんは東雲慰安所の19号に3年間にわたり拘束された。2003年11月に南京を訪れた朴さんは、自身が拘束されていた慰安所の現場と建物を確認した。様々な展示品、写真、資料などを収集・整理し、2015年12月1日に開館式が行われ、展示館がオープンしたとのことだ。戴さんによると、1980~90年代に調査に訪れたころ、慰安所の前でタバコ屋を営んでいた女性が、一般の兵隊は昼、将校は夜、車に乗ってきていたなどと、当時のことを詳しく証言していたという。
 地元の人たちに混じって私たちも館内の展示を観覧した。「前書き」には次のように記されている。
 「“慰安婦”とは、強制的に日本軍に性的サービスを提供させられ、性奴隷にされた女性のことを示します。戦時、日本軍国主義は詐欺、略取や脅迫等の手段で、日本本土から遠く離れた数量膨大の日本軍のために、中国、朝鮮半島、フィリピン、インドネシア、タイ、ミャンマー、ベトナム等東南アジア各地及び太平洋諸島、また日本本土から大量の若い女性を性奴隷として強制徴集し、完全な軍隊“慰安婦”制度を確立した」
 
 展示は中国語、英語、日本語、ハングルの四種。南京をはじめ中国各地の慰安所の写真、多くの女性の証言、当時使われていた食器、ざる、スリッパなどの品々、被害者が日本政府を訴えた裁判の記録、河野洋平談話などが分かりやすく簡潔に展示されている。
 2階の一室は、朴永心さんの19号室がそのまま保存・公開されている。

侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館

 その規模と内容に圧倒された。館内外を貸し切り状態でじっくり観覧できたことは幸いだった。紀念館側としては、多数の中国人観覧客が訪れる一般開館日に万が一不慮の事故が起こってはいけないとの配慮もあったようだが、たった14人の沖縄からの訪問客に対する破格の対応であったことは間違いない。たいへん有難く、感謝したい。
 数百・数千の顔写真が並ぶ鎮魂の空間、比較資料・当時の新聞・パノラマ・人物の銅像・遺骨の保存と展示など多彩な屋内展示、犠牲者の実物の足跡・犠牲者をイメージした頭と足の巨大レリーフなどの屋外展示、厳粛なセレモニー空間、献花と音楽の演出スペース、など。今思い返してみても、紀念館の反戦平和ミュージアムとしてのすばらしさに驚嘆するのみだ。沖縄を代表する三か所の平和資料館(摩文仁の平和祈念資料館と平和の礎、ひめゆり平和祈念資料館、佐喜真美術館)を合わせて何倍にもしたような感じを受けた。
 中庭の一角に、自著を手に抱えて立つアイリス・チャンの大きな胸像が建っていた。アイリス・チャンは在米華僑3世のジャーナリストだ。家族と共にアメリカに逃れた両親から南京大虐殺の話を聞いて育った。1997年に英語で出版し大反響を巻き起こした『ザ・レイプ・オブ・南京』(日本語版は同時代社、2007年)で、アイリス・チャンは無比の情熱をもって南京事件の全貌を描き出し日本軍を告発した。日本の右翼言論のすさまじい攻撃を受けたことが原因の一つとなったのか、アイリス・チャンはうつ病をやみ36才の若さで自ら命を絶った。
 彼女は、南京大虐殺を「忘れられたホロコースト」と規定し、「南京大虐殺が、ユダヤ人のホロコーストや広島のような明白さで世界に意識されていないのは、被害者自身が沈黙していたからである」と指摘した。しかし、被害者は沈黙しているのではない。現に、このように大きな発信力を有する紀念館がつくられ新しい世代に伝えられているではないか。南京大虐殺が「忘れられたホロコースト」にとどまっているとすれば、当事者である日本の政府が公式に南京大虐殺を認めず謝罪もしていないからである。
 紀念館の館内展示で目を引き付けられた一つは、国際安全区委員会を組織し日本軍の暴力から南京市民を守るために全力を尽くした外国人たちの活躍をかなりのスペースを取って生き生きと伝えていたことである。デスクに向かい電話するヘルメット姿のジョン・ラーベの像、鼓楼病院の映像とマギー博士の胸像、颯爽としたミニー・ヴォートリンの全身像など、当時の南京国際安全区の攻防を想起させるほどに迫力に満ちている。
 ジョン・ラーベやマギー牧師と同じく、ミニー・ヴォートリンも日記を残した。『南京事件の日々』(大月書店、1999年)には、日本軍の暴力に立ち向かった彼女の苦しい闘いの日々が綴られている。日本軍が南京を制圧し、捕虜の集団虐殺・略奪・放火・市民の殺害・女性に対する暴行を続ける中、12月16日の日記には、「軍事的観点からすれば、南京攻略は日本軍にとっては勝利とみなせるかもしれないが、道徳律に照らして評価すれば、それは日本の敗北であり、国家の不名誉である」と書いた。人間としての行為の根本のところで敗北し永遠の不名誉を背負った日本は、いまだその事実に向き合えず思想的混乱の中から抜け出すことができずにいると言うべきだ。
 ヴォートリンはアメリカに帰国した後もうつ状態が続き、1941年、自宅でガス自殺を図り死亡した。紀念館で国際安全区の活動が次の世代にも広く伝えられていることは、彼女に対して少しでも慰労と追悼になることだろう。

 南京と沖縄は歴史的な結びつきも深い。かつて冊封関係にあった琉球の青年は明の時代、南京の国子監に学んだ。薩摩の支配に最後まで抵抗した謝名親方も、17才から官費留学生として南京で学んだ。琉球と中国・南京との長いつながりは、19世紀の天皇制日本により断ち切られ、沖縄からも多くの兵士が動員され中国侵略・南京攻撃に参加させられた。中国・南京との敵対・対立は沖縄県民の望むところではない。南京と沖縄をむすぶ交流をさらに大きく進めよう。

 【訂正】報告(上)のフィールドワークの9行目、「入場式」ではなく「入城式」に訂正します。

2023.10.22 南京民間抗日戦争博物館。呉先斌館長と南京平和友好訪問団の沖本団長。

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