寄稿 ストップ・リニア訴訟

静岡県リニア工事差止訴訟の現状について

芳賀 直哉 (ストップ・リニア訴訟静岡訴訟団事務局長・静岡県リニア工事差止訴訟の会事務局長)

1 リニア工事実施計画認可取消訴訟の近況

 2023年11月28日、リニア工事実施計画認可取消訴訟控訴審の判決申し渡しが東京高裁であった。判決は、2020年12月1日の原審「中間判決」において原告適格なしとされた者で控訴した166名のうち36名について原告適格を認め、それ以外の者については請求を棄却した。36名の内訳は、下記「原告類型」②に属する神奈川県相模原市の34名と愛知県春日井市の2名である。うち、相模原市の34名は「中間判決」で「原告適格あり」と認定された条件に適合しながら、原告側の記載漏れによって適格性なしと判断された事情があった。また、市の2名については道路からの距離(原告適格は200m以内居住者にあり)の測定誤りという細かな事実認定に係わるものである。
 したがって、「一部勝訴」といっても、原告主張全体の「一部」ではなくいわば事務的な内容であるので、喜べるものではないと言うべきである。
 行政訴訟においては、常に「原告適格」の有無が問題とされる。「原告適格」とは、「争う法的利益を有する者」が原告として当該処分を争う資格要件であり、法的利益を有する者しか行政行為を争えないとされ、争う主体を極力制限することとなる(行政事件訴訟法9条)。

1)最終弁論における控訴人芳賀の陳述

 8月30日に同控訴審の最終弁論があり、そのときに芳賀が中間判決における原告適格解釈の硬直性および国交大臣による工事認可の違法性について「控訴人意見陳述」を行った。以下に原告適格解釈に対する反論部分を紹介する。
 南アルプスの自然を守りこれを享受する環境権などは「抽象的な公益で、保護すべき個人的利益ではない」という2020年12月の「中間判決」の判断に反論します。
 中間判決は、行政事件訴訟法第9条1項に言う、取消し訴訟を提起できるのは「法律上の利益を有する者」という文言を、硬直した狭い解釈に立ってなされたものであるとわたしは考えます。
 日本国憲法が施行されるまでは、行政訴訟の原告適格が極めて狭く制限されていました。大日本帝国憲法第61条には「行政官庁ノ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟」は「行政裁判所ノ裁判ニ属ス」とされ、しかも司法裁判所と異なり、行政裁判所は一審のみでありました。この特別裁判所制度は、開設が決まっていた帝国議会や一般臣民が行政に口出しすることを嫌う内閣超然主義を背景にしたものでした。
 しかし、現行憲法のもとでは、行政庁は時に間違うことを想定して、旧憲法の「違法処分による明確な権利侵害」という条件なしに、「行政処分の取消し」請求をすることができるようになりました。このような歴史的観点に立てば、裁判所の最終的判断はともかく、原告適格性を柔軟に解釈するべきであったとわたしは考えます。

2)控訴審判決の疑問点

 原審に引き続き本控訴審においても、控訴人らは「法的利益」を有するとして以下の3つの類型について原告適格の主張を行ってきた。
 ① 全原告について共通な適格=「a 乗車した場合に安全な運行を確保できる利益」「b 南アルプスの美しい自然景観を享受する利益」
 ② リニアルート上の一都六県居住者の多くが有する適格=「居住地域の関係で、工事及び運行に際して騒音、振動、大気汚染、水利、微気圧波、低周波などの環境被害を受ける高度の蓋然性、建設後の日照被害、景観侵害などの被害を受ける高度の蓋然性」
 ③確実に被害を受ける者=「ルート上ないし近辺に物権的権利(土地、借地、借家、立木トラスト等)を有する者」
 中間判決は、原告らに対し、上記の①、③の類型については原告適格を認めなかった。
 上記①を原告適格と認めないことは、2014年6月にユネスコエコパークにも登録された貴重な自然を有する南アルプスに巨大なトンネルを掘削することで自然環境への深刻な影響を与えることを軽視したJR東海の環境影響評価を鵜呑みにして行われた認可処分を肯定することになる。また、世界初の極低温超電導磁気浮上式は、約43㎞での実験運転を行ってきているものの、東京―名古屋間286㎞を最高時速500㎞超で営業運行を行うには、システム上の安全性や地震・火災等からの安全性の面で「乗客の安全」が担保される科学的・客観的資料が提示されていないと言わざるを得ず、この点を原告適格から排除して議論を封じ込めた。
 また、上記③について適格性を否定することは、工事が進行し物件の収用に係る金額の争いしか取り上げられず、そもそも計画自体を問題にすることが不可能になる。JR東海の工事認可申請及び国の工事認可がこれほどいい加減であることを訴えて司法判断を求めたにもかかわらず、内容について判断することなく入り口である訴訟要件で請求を排除するなど、司法による行政への追随以外のなにものでもない。
 
3)一部勝訴・原審への差し戻しの欺瞞性

 勝訴した36名は原審差し戻しとなるが、原審は既に7月18日に、「中間判決」によって原告適格を認められた全員(上記②の原告)に対し「工事認可取消請求は棄却」の判決がなされていて、可能性としては新しい裁判長のもとで別の判断があり得るとはいえ、同じ東京地裁が取消請求を認める公算はなきに等しいと思われる。
 やはり、異例ともいえる「中間判決」という訴訟指揮に問題があった。

2 静岡県リニア工事差止訴訟の近況

 12月8日に、静岡県リニア工事差止訴訟の第12回口頭弁論があった。原告側から、前々回弁論で提出された被告準備書面(減水問題)の内容に包括的に反論する準備書面(10)を提出し、その要旨を柳川弁護士が陳述した。また、藤枝市に住む85歳の原告が主に藤枝市の水事情を語り、藤枝市を含む流域市町(特に、地下水が飲料用には適さない小笠・掛川地区)の生活用水によって、毎秒2トンの減水はまさに死活問題だと訴えた。
 弁論後に進行協議があり、原告弁護団から年初に21名の原告による第三次の提訴を行う旨、事前通告をおこなった。提訴は年初の予定。 
 次回期日は2024年3月8日(金)14:30~静岡地裁

3 静岡県におけるリニア工事に関わる現況


1)静岡県内山梨工区先進杭掘削にかかる湧水全量戻し問題について

 11月29日、県は「田代ダム取水抑制案」スキームについて正式に了承するとの文書をJR東海に通知した。知事は記者会見で「中下流域への影響を回避する保全策となり得る」と評価する一方で、「具体化に際し未決定な事項があるとして県専門部会での対話を」要請した。また、「湧水による水質、水温や生態系への影響の懸念は残されている」とも述べた。

2)燕沢残土置き場について
3)

 難波静岡市長は、12月4日の会見で、燕沢残土置き場案に関し、上千枚沢などの深層崩壊(JR東海は85万トンときわめて少なめに見積もっているが、静岡市の予測では最大9千万トン)が発生しても、「残土によって災害危険度は高まるとは言えない」と解説した。
 
4)南アルプスエコパークに生育する希少植物に関する静岡市調査の結果について

 代償措置としてJR東海が行っている実態調査を続けている市は、2017~2018年度に移植ないし種を蒔いた希少種が2022年度時点でどの程度根付いているかの結果を公表した。市によると「場所や種にもよるが、70~100%根付いているカサゴケモドキ等もあるが、アオキラン等のラン科は生育確認ゼロ」という結果であった。また、「15種のうち10種は確認できたが、多くの種の生残確認立が過去3年の調査より低下していたことから、長期的な根付かせは難易度が高い」と結論付けている。

4 外堀は埋められ、内堀も危うい情勢


 リニア促進の他都県とは異なり、静岡県は環境影響評価準備書(2014年)の段階から、大井川の「命の水」確保と南アルプスの生態系保全の観点で、川勝知事を先頭に県環境保全連絡会議においてリニア工事に対する実質的な環境影響評価を独自に行ってきた。しかし、昨年あたりから工事容認とも受け取れる意見を表明する者が大井川流域市町の首長のなかから出てきたし、ネットでの「川勝知事バッシング」や県議会での自民党会派による「川勝降ろし」も激しくなってきた。県下のマスコミ(特にテレビ)によるリニア問題の伝え方も、知事批判の色合いが増してきたように思う。
 3で紹介したように、知事の孤軍奮闘が力弱くなりつつある情勢のもとで、県下のリニア反対活動してきた市民団体が「川勝がんばれキャンペーン」の街頭宣伝や知事あて激励書提出などを行っているが、多勢に無勢は否めない。中部電力もそうだが、CMに巨額をつぎ込むことができるJR東海の反転攻勢は侮れないと思う。        
 (12・10)

 

JR東海を相手取り「リニア工事差止」を求める訴訟を静岡地裁に提訴(22年10月30日)

リニア中央新幹線静岡県内工事差止請求事件第10回口頭弁論報告会(23年6月9日)

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