少数民族抹殺としてのウクライナ戦争から微かな光
世界を震撼させる新たな動き
12・15アジア連帯講座:公開講座
講師:林克明さん(ジャーナリスト)
【東京】12月15日午後6時半から、東京・全水道会館で「プーチンの少数民族政策から見たウクライナ戦争」の講演会がアジア連帯講座の主催で行われた。講師は林克明さん(ジャーナリスト)。
最初に司会者が本講座の案内を行った。
「ロシアのプーチンは、2014年にクリミヤ半島のロシアへの併合とウクライナの東部・ドネツク・ルハンスクの実質的な分離・独立を無理やり行った。そして2022年2月24日、プーチンがウクライナ侵略戦争を始めた。このことはロシアによる1994年から始まった第一次チェチェンの独立を認めない戦争そしてその後の1999年の第二次チェチェン戦争や2008年ジョージアのアブハジ・南カフカスへの侵略と併合を行った延長線上にある。ウクライナ戦争はこうしたプーチンの侵略戦争の延長であり、国際法違反の侵略戦争である。いま行われているシオニスト政権ネタニヤフのガザでのパレスナチ人大虐殺と同じことをプーチンはウクライナで行っている。断じて許すことはできない。われわれはウクライナ人民の抵抗戦争を支持し、支援しなければならない」。
「このウクライナ侵略戦争に、ロシア内少数民族が多数動員されていて最前線に送られている。そして、死者数では、民族構成比に比べ『非ロシア人』が非常に多い。少数民族抹殺を計っている」。
「こうした中でも少数民族解放運動が芽吹いている。ウクライナでロシア少数民族の独自部隊が形成されている。そして、この少数民族たちが『コーカサス人民連邦』を目指して連携を作り出している。こうした動きは、いずれはプーチン体制を揺るがす一要因になるだろう。それはウクライナ戦争で、ロシアの侵略を停止させることにも通じるものだ」。
「今回お招きしたジャーナリストの林さんは第一次チェチェン戦争以来、現地チェチェンで、チェチェン民族に寄り添う取材を行い、プーチン政権よる少数民族弾圧の実態を暴いてきた。ロシア少数民族の運動の実態、展望を今回明らかにしてもらうことによって、プーチン体制の今後、ウクライナ戦争の行く末を考えていきたい」。 (M)
林克明さんの講演から
「東部戦線異常あり」
今日はウクライナに関係して、ウクライナの抵抗の反転攻勢とロシア国内の少数民族の運動が連携し始めていることがテーマだ。後半に話をする部分はおそらく、歴史的な大事件に発展する可能性がある。もちろん、歴史は分からないし、明日のことは分からないので断定的なことは言えないが、状況によってはものすごく大きなインパクトをもたらすことになりかかっている。そのことを話したい。
改めて基本的なことを確認したい。ロシア連邦はいまだに世界一の大きな領土を持つ、現存する植民地大帝国である。植民地帝国と言ったら、人類史上一番すごかったのは大英帝国だ。それに次ぐくらいの広い地域を自分の支配下に治めている。現に地図を見れば分かるが広大な土地のほとんどは武力によって、あるいはそこに住んでいる住民との争いにロシアが勝って征服して併合して、帝国を築きあげてきた。
そういう成り立ちなので、ロシアはどんどん拡大していって、いろんな民族を併合していった。だから、現在のロシアの行政区は83に分かれているが、自治共和国が国内にある。民族はだいたい180くらい登録されている多民族国家である。
少数民族抹殺としてのウクライナ戦争
2年前から、ウクライナに全面戦争を起こして、いまも激しい戦闘が続けられている。ウクライナの発表によれば、ロシア軍に30万人の犠牲者が出ている。その中で、非常に問題なのはロシア軍といっても、100以上の民族がいるのだから、死者・犠牲者のうちかなりの部分をロシア人ではなく違う少数民族が負っている。ロシア連邦ではだいたいロシア人が80%ぐらいを占めている。ウクライナ戦争で最前線に少数民族を投入していくと、どんどん少数民族が死んでいく。ある意味で形を変えた民族浄化だ。
例えば、報道でよく指摘されているのがブリヤート共和国があるが、モンゴルと接している地域だ。ここはもともとはシャーマニズムが基礎になっている。仏教も普及した。この人たちが時期によって違うが、人口比でいうとブリヤートの人口が例えば100万人で、モスクワの人口も100万人とすると、戦死率がものすごく高い。私がチェックした時点だけでも、多い時にモスクワ出身者の68倍くらい。今年の夏ではたまたま48倍だった。少数民族の人たちがとんでもなく多く戦場に送られ戦死させられている。
少数民族ですからそもそもが人数も少ないし、ロシア帝国時代からロシアに併合されているから、文化的にもロシア化が進んでいる。本来なら民族の言葉があるけれども、だんだん廃れてきてしまう。宗教とか風習、文化とか言葉とかだんだんロシア化されている。人数も少なくなってきている。さらにこの戦争で、これ以上死んでしまうと民族消滅に近いような状況になっていく民族だっていっぱいいる。
一方ではロシアの政府とすれば、モスクワであるとかペテルブルクであるとか、そういう大都市の人たちがこれだけ死んでしまえば、すごい反戦的気運になって大変ことになる。例えばモスクワ出身者がブリヤート並みに死んだとしたら、今の死者の40倍から60倍に増えてしまったらどうなるか。おそらく大変なことになる。そういうことを避けるために、声を上げにくい少数民族あるいはロシア人でもすごく田舎に住んでいる貧乏でほとんど職もないような人たちを前線に送って死なせる。こういうことで、ロシアの侵略戦争は成り立っている。チェチェン共和国、ダゲスタン共和国など死者数のトップの方に軒並みあがっている。
もうひとつ忘れてはいけないと思うのはロシアの権力は国内の少数民族を戦地に送っている以外に、外国からリクルートしている。ネパール人200人ぐらいが傭兵としてロシア軍に入れられて、大変なことになっている。たまたま6人くらいが戦死して、それをきっかけにしてネパール政府が調査をし問題化した。ウズベキスタン、そういう所でも貧しい生活に困った人たちをリクルートしてロシア軍に入れて、危険な所に送り込んでいる。ロシア軍を守るため、ロシア軍に入って戦う代わりに、半年とか軍で働いたらロシア国籍を取らせてやりますよ。その本人だけでなくて、奥さんとか子どもとかそういう家族もロシア国籍を取りやすいように、そういうことの法律を今年の9月末に一部改正した。
これだけ見てもいかに無理な戦争をしているか分かる。ロシア帝国に併合されてロシアの国民とされ支配されている少数民族の人たちは、とにかくモスクワの権力とかロシア人に対する恨みつらみがすごく激しくて、ロシア人が好きだという人はほとんどいない。いま、ウクライナ戦争でそういう目に合っているだけじゃなくて、過去からずっと延々と続いてきた。そういう負の歴史があることをいまさらながら感じている。
少数民族たちが動き始めた
2年前にウクライナにロシア軍が全面侵攻したがそれ以前では考えられなかったような少数民族の動きが起きてきた。私が把握している限り、この潮流はふたつある。ひとつの潮流はfree nations post Russia が去年春ぐらいにできた。「ロシアなき後の自由な民族フォーラム」というような意味だ。ブリヤート人や中央アジア系の人とか北コーカサス、ずっと独立戦争が続いていたチェチェン周辺の少数民族とかそういう人たちが集まった。とにかくロシアのくびきから離れようと、共通しているのは自分たちの自由な国を作って、ロシアから独立しようと意識を持った人たちだ。
これもウクライナ戦争がなせる技で、このグループを作った立役者は3人いる。ウクライナ人のオレグ・マガレツキー(創設者)。彼はロシアは41の民族・地域に別に分かれるべきだと言っている。イリヤ・ポノマリョフ(元ロシア国会議員でウクライナに亡命)。ロシア人がウクライナに行ってロシア軍と戦うロシア自由軍幹部。もう一つロシア義勇軍があって、ロシアの極右の人たちが集まって現在のロシア軍と戦っている。チェチェンの亡命政府首相のアフメド・ザカーエフ。ただチェチェンで実務的なことをやっているはチェチェン亡命政府のイナル・シェリプ外相。
これだけいろんな場所から集まってロシアから独立求めて会議をする。主に亡命者とか大昔からロシア・ソ連から追い出されて欧米で暮らしている人たちが中心だ。これもウクライナ戦争の前には考えられなかった。しかも、去年だけでも頻繁に会合をやっている。今年の8月1日には、東京で会議が行われた。私はびっくりした。つい先日まで出来なかったし、日本政府も許さなかった。ましてや国会の議員会館の大会議室でやった。国会議員たちもそこに関わっている。ここまで広がってやるというのは本当に時代が推移した。ある意味で感銘を受けた。ここにも様々な民族が集まり、ロシアから離れて、反帝国主義を掲げて自由になろうと宣言を出した。
ただ、ロシア帝国・ソビエト連邦・ロシア連邦、政体は変わっているが少数民族はずっと冷や飯を食ってきた。差別され続けてきた。だから、自由になりたいし、独立をしたいという気持ちは分かるけれども、正直言って現実は厳しい。巨大な国家のロシアが構えているから。そういう中で、独立運動をするということは非常に難しい。ただ、以前よりもウクライナ戦争が始まってから、少数民族の人たちが声を上げ始めたということは事実だ。
北コーカサス連邦独立の動き
これがひとつの大きなグループです。「ロシア語の自由な民族フォーラム」に集まった人たち。彼らはお互いに連携して、世論運動も含めてやっていくだろう。大きく分けてふたつの少数民族がらみの連携がある。もうひとつは北コーカサス地方の少数民族の人たちが結集して、ウクライナと連携して、この北コーカサスの地域の独立を目指すことを決定した。11月8日、ベルギーのブリュッセルの欧州議会の庁舎の中でその会合が行われた。ロシア連邦の南側の少数民族たちが集まって、独立の志向を明確にして、独立委員会を作った。具体的に現地で独立の動きが勃発したということではない。少し前にはチェチェンが独立で徹底的に潰された。パレスチナのような感じで人口の2割が大虐殺されるということがつい最近あった。
北コーカサス地方を独立させようという動きはアイデアとして斬新だ。つい最近までこの地域であるいはロシアの全体の中で、クレムリン権力に反抗して自由にやる、独立するんだといって実行したのはチェチェンだけだ。その結果が1994年から2009年まで続いた第一次チェチェン戦争、第二次チェチェン戦争だ。悲惨な結果をもたらした。人心や町や村は荒廃し、ウクライナのマリウポリの街のようにどこに行っても無事の建物がないような、原爆ドームが千個ぐらいつらなっているような街にチェチェンはなっていた。
チェチェン人たちが正しく民族解放で自由を求める戦いだと言っても、まずテリトリーが小さい。チェチェンは岩手県と同じくらいだ。人口百万の地。世界も注目もなく、ロシアの「山岳民」と言われている。ロシアはこれはロシアの国内問題だ主張していた。ヨーロッパもチェチェン問題はロシアの国内問題だと認識して見逃した。それが今のウクライナ戦争につながったと私は確信している。もしその時に、ロシアのやっている大虐殺をやめさせて制裁したり厳しい処置を世界中がとれば、たぶん今のようなウクライナ戦争はなかった。
今回の北コーカサス連邦という枠組みの独立を掲げたというのは意義がある。チェチェンだけだとひとつの民族で小さくイスラムだ。そうすると戦争が進むにつれて、虐殺されたりして、ひどい目にあわされればされるほど、どんどん過激な人も出てくる。イスラム色が強まってくる。
北コーカサスはかなり広い範囲だ。ひとつの民族ではない。これ全体でやることは民族問題だけに集中しないということだ。民族の枠を超えて新しい共同体を独立させようという新しい概念。地図を見ても、右からダゲスタン、チェチェン、イングーシ、北オセチア、カバルジノ・バルカル・カラチャイ・チェルケスというふうにいっぱいある。民族のるつぼで何十も民族がいる。ムスリムの人が多い。スラブ系のロシアの正教会の人もいる。民族を超える、宗教的な要素を弱めよういう共同体の建設。
独立委員会(山岳共和国の復活)
何をコンセプトに集まるのか。共通しているのは「山岳民」。山岳民と言っても平地に住んでいる人もいっぱいいる。ロシアから見ると北コーカサスに住む人を「山岳民」と言っている。もうひとつは反ロシアだ。みんなロシアに戦争で征服されて併合された所だ。ダゲスタンやチェチェンはロシア帝国の領土にされた時に、抵抗もすごくて人口の半分ぐらいを殺された。さらに地図の西側にカラチャイ・チェルケスという所がある。こっちもしっかりした独立国家があって、社会機構や文化があった。そこも殺されてしまって、チェチェンに対する虐殺はある程度知られているがカラチャイ・チェルケス人たちも相当やられて、直接に虐殺された人と追放された人、一説によると9割ぐらいだ。今のここから逃れた人たちがヨルダンとかトルコとかに700万人の子孫がいると言われている。チェチェン人も同じだ。ヨルダンの職業軍人の半分以上がチェチェン人とチェルケス人だと言われるぐらいだ。世界中にちりじりになっている。今もチェチェン人は50万人ぐらいが難民化している。ヨーロッパには30万人。
この間爆発していたチェチェンだけががんばって一人でやるのではなくて、北コーカサス人という連帯のネットワークの中で、独立しようという構想がある。この構想はロシア革命期の1917年に、ロシア帝国から独立して、山岳共和国という共和国を作った。翌年には周辺諸国が独立共和国として承認した。やがてはソビエト権力によってつぶされ、ソ連の中に組み込まれた。106年前に出来た共和国が同じコンセプトで出来た。もちろん、いろんな人がいてもっと宗教的にイスラム的な独立共和国にしたいという人もいたみたいだ。そういうのはやめて、宗教色を薄めたり民族同士ではお互いに連携し連邦にし、あまり民族主義的なことは出さない。ほぼ同じコンセプトでもう一回、独立を目指そうというのが先月決定された北コーカサス人民連邦なんです。
ロシアに革命が起き、内戦があり大混乱に陥った。その時に、実際に出来た独立国と共通する目的で復興を図ることを決めた。歴史的なことだ。
地図を見てもらいたい。西側に点線で書いて国境線があるが、東側からダゲスタンからカラチャイ・チェルケスとなっているが後になって敷かれた行政区だ。一番西側のかつてのチェルケスという国の領域だった所だ。1750年時点の国境線だ。そこの場も含めて独立しようというのだ。失ったチェルケスを入れるのがなぜ重要なのか。西側はケルチ海峡がある。その隣はウクライナのクリミヤ半島だ。ここが独立運動を起こしたらウクライナと繋がる。もし、ウクライナが戦争に勝つ、全面的に勝たないまでもクリミアにおいて主導権を取るとなると、ウクライナ・クリミヤ半島と北コーカサス連邦が繋がる。そうするとどうなるか。ロシアの黒海進出を阻むことになる。
例えば、点線で囲んである所の海沿いの街・ノヴォロシースクがあるがここにロシア海軍の大きな基地があって、ここから黒海艦隊を指揮したりしている。いま、黒海の艦隊の方からウクライナ本土にに向けてミサイル発射しているがもし、この北コーカサスの独立の動きが激しくなると、ノヴォロシースクの海軍基地も北コーカサス連邦の中に入ってしまうのだから、ウクライナを攻撃できなくなる。黒海の覇権をロシアが失うことになる。現実には巨大な軍事国家のロシアがすぐにそうなるということはもちろんないが。しかし、あるかもしれないし、現実にこういうことを構想してやろうという人たちが相当の数の人たちを結集して宣言し、様々な軍事評議会とか政治委員会を作り、責任者を作りというところまできている。無視できないことであると私は思う。
北コーカサス独立委員会
11月に出来た北コーカサス独立委員会。基本的には1960年の植民地国および人民への独立付与に関する国連総会宣言、経済的社会的および文化的権利に関する国際規約、および政治的権利に関する国際規約に明記された自決権など様々な国際法に則って考えて基本的には民主国家で、言論の自由があって、どちらかというと西側を向いている。ヨーロッパ的な政治形態とか文化も取り入れてやっていこうとそういう考えの独立構想だ。
主に三つの委員会が出来ている。◦独立委員会議長(将来の大統領)イヤド・ヨガル(チェルケス人実業家=アメリカ国籍)◦軍事評議会議長(将来の国防相)アフメド・ザカーエフ(チェチェン亡命政府首相)◦政治評議会議長(将来の首相)イナル・シェリブ(チェチェン亡命政府外相)。実務を担っていろんなことをやってきた中心人物。
独立という大きな旗を掲げた。しかも、106年前にあった実際の共和国を復活させるとしているがいろんな問題もある。まず、独立のことを実際にやっているのは海外に出た亡命した人とか昔追い出され逃げた人の子孫。地元の中の人たちが、本当にどれだけの気持ちで独立したい、ロシアから離れたいと思っているのか、政治・軍事・文化的指導者たちとの間が一致しているのかどうかの問題が今後出てくるかもしれない。それと同じ北コーカサスと言ってもいろんな民族がある。特に北コーカサスの東側カスピ海のある方のダゲスタン・チェチェンその隣のイングーシ、この辺りはものすごく独立志向、反ロシア感情が強い。つい最近もチェチェンなどは武装闘争をやっているのだから、そうした素地がある。ただ、その西側にひとつの大きな民族チェルケス人たちがどのくらいそういう思いを持っていて、指導者たちと連携して独立運動をやっていけるのかを見極めなければいけない。
独立の中心になるのはチェチェンとチェルケスになると思う。連携がしっかり出来るかどうか。特に、独立運動の機運が黒海の近い西側でどれだけ強く激しく継続的に組織的に出来るかということにかかっている。現地で組織が出来ているかどうかも問題だ。ほとんど地下組織的にならざるをえない。組織ができつつあるのがチェチェンでしょう。ウクライナ戦争が始まってカドゥイロフという首長がいるがチェチェン人でありながら、自分たちを大虐殺したロシアと連携してプーチンの子分みたいなことをやっている。一番恐怖政治を進めている所で、抵抗組織が作られている。だから、ウクライナが戦争で反転攻勢でもっと前に進むか国内でプーチンが失脚したら、もうすぐ打開すると思う。いまだに厳しい状況が続いている。
ウクライナと北コーカサスが連携するとこの戦争でも大きな影響があるし、ロシアにとってもやっかいなことになる。下手をするとロシア連邦崩壊のきっかけになるかもしれない。
ウクライナと連携する
ウクライナの方に目を向けてみよう。ウクライナではクリミヤ周辺での反撃、東部いちぶ南部での激戦になっている。ここには海外からいろんな国から義勇兵が来ている。日本人もいる。大きなところではポーランドの部隊、ジョージア部隊。北コーカサスの人たちも義勇兵としてウクライナに入ってウクライナのためにロシアと戦っている。その最大のものはチェチェン人部隊だ。チェチェン人は千人ぐらい。いろんな攪乱戦術を含めてロシア軍と戦っている。チェチェン人の分母が少ないことを考えれば、千人というのはものすごい多い数だと思う。2014年のクリミヤとドンバスの併合による軍事行動があった。あの頃からチェチェン人たちはウクライナ側について、義勇兵として戦っている。これからロシアに楔を打つため、場合によっては軍事力の行使もある。そのために、ウクライナで北コーカサス連邦軍が出来たと聞いている。表向きはそんなになっていなくて普通の義勇兵部隊だったり、今は分散してウクライナ軍と連携してやっているから、いろんなロシア少数民族がそれに参加している。チェチェンの義勇軍がコーカサス軍みたいになる。最近の動きとしてはチェチェン人以外の少数民族を集めて統合して軍事組織を作っていいかと、チェチェン側がウクライナに打診したところ、それに合意した。そうやって着々と軍事的にも進められている。
これからどうなるかと言うと、ウクライナ戦争の戦況による。北コーカサスの諸民族以外でも「ロシア語の自由なフォーラム」の会議を東京でやったが、この人たちも含めてウクライナが優勢にならないとロシアの中の少数民族運動も実現できない。ウクライナ戦線は膠着しているがこれより一段二段高い反転攻勢があった場合には、おそらくウクライナ国内で形成しているコーカサス軍のようなものがクリミヤを通って北コーカサスに入って行こうという目論みはある。ただ少なくとも世界から集まって北コーカサスの独立を言っている人たちの目標としてそういうことだ。
歴史的大事件への条件
もうひとつはもしも仮にウクライナがクリミヤを奪還して、北コーカサス軍が入って行ったら、問題になるのはそっちにもロシア軍がいる。もうひとつはチェチェンのプーチンの手先になっているカドゥイロフの私兵・軍事組織がある。そこが迎え撃つことになるので、どうなるかという課題がある。カドゥイロフの去年の2月24日の変化だけれど、全面侵攻があるまではチェチェンがある北コーカサス地方からロシアの南にかけて、10万人ぐらいのロシア軍が存在していて、にらみをきかせていた。その目的はチェチェン。プーチン大統領とカドゥイロフはじっこんのなかだ。それは表面的であって、いくらカドゥイロフがプーチンやロシアに忠誠を誓ったところで、ロシア側は絶対監視の目を休めない。いつか何かの拍子でカドゥイロフ部隊が反乱を起こすかもしれないと。そこそこの部隊で監視しておかないといけないということで、北コーカサス周辺、チェチェンの中にもかなりのロシア軍が配置されていた。
それがウクライナ全面戦争が始まってから、がらっと移動させられ手薄になっている。ロシア軍がいくら手薄になったとは言っても、かなり凶暴なカドゥイロフ部隊も存在しているからその問題がある。独立派が主導権をとるにはウクライナの中で、カドゥイロフの部隊を弱体化させないといけない。そういう課題が起きている。カドゥイロフ部隊はウクライナに派遣されている。特に最初の一カ月ぐらいで北の方から入っていた人がいっぱいいる。その目的は早めに首都のキーウを占領してチェチェン部隊は占領軍としてキーウに留まる。間違いなく、大規模な住民の抵抗運動が起きるから、その住民を制圧する・弾圧する。その目的でカドゥイロフ部隊が投入されたと言われている。ただ、実際にはキーウ近郊で激しい戦闘で撃退された。その時にカドゥイロフ部隊にたくさんの犠牲者が出た。それ以降、ほとんど前線に出ていない。これをもう少し引き出して、徹底的に攻撃してロシアのかいらいのカドゥイロフ部隊を弱体化させようという考えがある。もしそれが出来れば、ウクライナ側が優勢になった場合に、北コーカサスの方で独立派が牛耳ることも可能になってくる。そういう構想をもっている。今話したことは2年前だったら、理想に近いことだったがこの2年間でそれまで考えられなかったことが実際に起きている。本当に国際政治の情勢とかウクライナの反転攻勢の戦況によっては私が話した方向にずずずっといく可能性はある。
北コーカサスは歴史的に重要だ。ロシアはコーカサス地方とか中央アジアとかシベリアとかにどんどん侵出していって、軍事力でいろんな民族を征服して拡大してきた。その中で最もロシア側が犠牲を出している所は北コーカサスだ。北コーカサスという狭い地域をロシア帝国に併合するためにものすごい時間と労力、犠牲を出したコーカサス戦争と言われている。半世紀くらい続いた長い戦争でコーカサスの人びとも相当殺された。お互いに因縁の場所だ。そこで再び独立宣言をして、独立の方向に向かうのは本当に歴史的なものを感じる。
ロシア連邦の解体と民族独立運動の行く末
最後に、ロシアから攻められているウクライナとロシアの少数民族が連携することだから、それは歴史的なものを感じ、感銘を受ける。同じ抑圧される者同士だ。国籍・国境で言うとウクライナがあって、攻める側も少数民族がそこでも戦っている。それと同時並行でロシア軍に組み込まれた少数民族たちが独立のために、ウクライナと連携するというのは非常に歴史的に深いものを持っていると思う。おそらくだんだんとロシア連邦が解体されていくような方向には進んでいくと思う」。(「ロシア連邦の解体と106年前とは形をかえた第三次ロシア革命を引き起こすかもしれない。講演者のレジメから)。
一方で、この巨大国家・ロシアが解体されたら、非常に混乱と危険が伴うのではないかという意見も出てくる。ソ連が解体された時も同じような意見があった。核の管理とか、あっちこっちで独立したら、中には変な独裁者が出てきたり、危ない政治をしたり、核を独裁政権が獲得してしまったらどうなんだ、という懸念がいっぱい出された。
確かにそうなんだけれども、同時にほとんどいろんに所が独立して分散していく中で、起きた混乱なのかそれともロシアが拡大してひとつに無理やりまとめた混乱なのか。ふたつの要素がある。みんながモスクワのある国家権力から出ようとして、いろんな紛争が起きたと言われるが、本当に独立したり分散して起きた混乱ではなくて、その独立で自由にやろうとしているところに、ロシアが反対してむしろ失ったものを取り返す過程で起きた混乱という側面も多い。
ただし核の管理ということがあるので、それは考えていかなければいけない。北コーカサスに核はない。だからそういう直接的な外に向かっての脅威はたぶんない。独立派にとってはプラスの要因になる。
ロシア連邦が解体したら、危ないのではないかということで思い出すのは1990年ブッシュ父親の大統領がソ連の末期にウクライナに行って「ウクライナは独立しない方がいい」と演説した。「今の指導者はちゃんとしているのだから、その枠組みの中で解決すればいいんだ」と言いたかったようだ。
その3週間後くらいに、ウクライナは独立宣言した。その当時のアメリカもソ連が解体することを恐れていたわけだが現実にはそんな大混乱はなかった。あまり解体することを恐れる必要もない。
いろんな民族が独立して自治を獲得してロシアはロシアで、ロシア共和国を作っていただく。ロシアはいい、それこそ美術もすごいしスポーツもすごいし、おもしろい文化もあるし、ロシアアバンギャルドとか、映画も面白いし、音楽も面白い。ロシア共和国として楽しく民主的にいい国を作っていただきたい。いいところはロシアはいっぱいあるのですから。
今はプーチンに代表されるような治安機関が軍事関係者に牛耳られている。そうじゃないもうひとつのロシアがある。だいたいウクライナぐらいでいいと思う。フランスぐらいの領土で十分だろう。現実を無視してそんなことを考えている。
特に歴史的に意義があるというのはいろんな民族が解放されるきっかけになる北コーカサスの独立構想もあるし、ロシアから抑圧されて戦場に送られている少数民族がウクライナと連携して新たな社会の新秩序を生み出していく。そういうようなわずかな光を感じている。(発言要旨、文責編集部、質疑応答は省略した)
林克明さんがロシアの少数民族の歴史と現在を講演する(12.15)
週刊かけはし
《開封》1部:3ヶ月5,064円、6ヶ月 10,128円 ※3部以上は送料当社負担
《密封》1部:3ヶ月6,088円
《手渡》1部:1ヶ月 1,520円、3ヶ月 4,560円
《購読料・新時代社直送》
振替口座 00860-4-156009 新時代社