ウクライナ債務を無条件で帳消しに
2.17ウクライナひまわり連帯行動 (下)
民衆のための支援を
2月17日午後2時から、千石図書館2Fで「ウクライナひまわり連帯集会」を開いた。前号で加藤直樹さんの「侵略下の社会運動と抵抗」を掲載した。今号は稲垣豊さん(ATTAC首都圏)の「ウクライナ債務の無条件帳消しを」を紹介する。
稲垣豊さん(ATTAC首都圏)
ウクライナ債務の「無条件」帳消しについて
ウクライナ債務の帳消しについては、ロシア侵略後の2022年5月1日にポーランドのワルシャワでのメーデに参加したウクライナ「社会運動」とポーランドの進歩政党「razem」の掲げた横断幕にも書かれていた。債務帳消しについては2014年の尊厳の革命(マイダン革命)のころから左派が掲げてきた要求だ。
「ウクライナは、ウクライナ人の労働者と働く農民の地である」
加藤直樹さんが紹介したウクライナ「社会運動」に結集した流れの一つ「左翼反対派」に引き付けて話をはじめたい。プーチンは全面侵攻3日前の2022年2月21日にテレビでの演説で「現代のウクライナは完全にロシア、正確には共産主義のロシアによってつくられた。レーニンや同志たちがロシアの歴史的領土を切り離すという方法でつくった」と語った。ウクライナが完全に独立を果たしたのは1917年の十月革命の後だった。1917年二月革命によって成立したボリシェビキを除く社会主義勢力とブルジョア民主主義勢力の連合政権である臨時政府はウクライナの独立を認めなかった。その中でほぼ唯一、レーニンらボリシェビキだけが公然とウクライナが共和国として独立することを支持していた。もちろん十月革命後の内戦の過程で、ロシアのボリシェビキ政権やウクライナのボリシェビキ勢力もたくさん間違いを犯したが、ウクライナ人による社会主義政権の樹立という点はベースとしてあった。たとえば、日本語には訳されていないが、1919年11月30日、革命評議会議長・陸海軍人民委員だったトロツキーは、当時キエフやオデッサを武装支配していた旧ロシア帝国軍人のデニーキン軍を打倒する赤軍兵士らに向けて、次のような訓示を語っている。「ウクライナは、ウクライナ人の労働者と働く農民の地である。ウクライナにおいて統治し、指導し、この地で新しい生活を打ち立てる権利を持つのは、これらの人々のみである」。これがついに実現されなかったということも事実としてある。
「ボロチビスト」、左翼反対派、マイダン革命
加藤さんが2014年のマイダン革命の中で、親ロシア派のナショナリストら協力した左翼組織「ボロトバ派」について言及したので、すこし歴史をさかのぼって紹介しておきたい。ウクライナにはブルジョア勢力とともに中央ラーダ政権を樹立した社会革命党(エスエル)など民族主義左翼グループがいくつかあった。中央ラーダ政府は軍事的に依拠したドイツ・オーストリア政府に裏切られ1918年4月に崩壊。旧ラーダ政権の左翼であったウクライナ社会革命党(左派)はドイツ軍への武装抵抗を進めた。彼らが拠点としたのが雑誌「ボロチバ」(ウクライナ語で「闘争」の意味。ロシア語で「ボロトバ」)だったので「ボロチビスト」と呼ばれた。1919年5月にウクライナ共産党(ボロチビスト)を結成、紆余曲折を経て1920年末にボリシェビキに統合する。ボロチビストはその後のウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国が1920年代に進めたウクライナ化政策のなかでも重要な役割を果たした。その後、スターリンらトロイカ体制が確立されていく中で旧ボロチビストの多くが左翼反対派に合流。スターリンの強制集団化やそれに伴う大飢饉(ホロモドール)のスケープゴートとして最初に粛清された。ウクライナにおける粛清がその後のソ連全体のスターリンによる大粛清の予行演習だったともいえる。
ウクライナで左翼反対派になったのはボロチビストのほかにも、根っからのウクライナ・ボリシェビキであるエフゲニア・ボッシュがいる。彼女は1917年12月にハリコフで成立を宣言したウクライナ共和国(人民書記局)で内務委員を務めた。これは、世界の近現代史において最初の女性首班といわれている。彼女に代表されるウクライナ・ボリシェビキの潮流はウクライナ民族主義からではなく、むしろ世界革命の一環として、ウクライナにおける社会主義政権の樹立のためにたたかった。だからスターリンの一国主義に対しては当然にも反発し、1923年の左翼反対派の「46人の宣言」にも署名している。彼女は重い病に苦しんでおり、1925年1月にピストルで自殺した。27年11月に同じくピストルで自殺したアブラモーヴィチ・ヨッフェも左翼反対派でクリミア出身のユダヤ人ボリシェビキだ。
もう一人、一人戦後まで生き残ったウクライナ出身の左翼反対派がいる。ローマン・オシポビッチ・ロズドルスキー(1898年~1967年)。日本では『資本論成立史』(全4冊、法政大学出版)で知られる。東ガリシア共産党中央委員、1925年のトロツキスト非難決議に賛成せずその後除名。ドイツ、オーストリアなどでマルクス・エンゲルス関連の文献収集を経て、ナチスドイツ支配下のガリチアで労働者向けのパンフを配布し1943年にゲシュタポに逮捕される。アウシュビッツなどを生き延び、戦後アメリカへ移住。ウクライナとの関連では1986年執筆の「Engels and the `Nonhistoric’ Peoples: the National Question in the Revolution of 1848」(エンゲルスと「歴史なき民族」:1848年革命における民族問題)が極めて重要。エンゲルスはウクライナ人など1848年革命の際に反革命側についた民族を「歴史なき民族」だと述べたが、それは間違いだとロスドルスキーは指摘。当時のガリシア(西ウクライナ)などの農民はウィーンの革命勢力に代表を送り農地解放を含む革命への支持を訴えたが、革命勢力の一角を担っていたポーランド貴族からの反対に遭ったことから結局、ガリシアのウクライナ人は反革命の側につくことになった。つまり間違った革命路線を採用したことによって、本来は味方になるはずだった諸民族の農民らを反革命の側に追いやってしまったと指摘している(Ernest Mandel〈On Roman Rosdolsky (1898-1967)〉参照)。
2014年のマイダン革命に参加し、その後「社会運動」を結成するのが、そのような伝統的名称である「左翼反対派」を名乗っていた人々だ。その一人であるニーナ・ポタルスカヤらは、マイダン広場で「女性ソトーニャ(分隊)」をつくり、2014年3月8日国際女性デーの日に、ロシアに占領されたクリミアの女性たちに向けて、連帯のアピールを訴える活動をした。マイダン革命でも「女性の活躍」がもてはやされたが、その多くは「最前線でたたかう男性を支援する女性」といったジェンダー役割が強調された。ポタルスカヤらは、そのようなステレオタイプの「女性」ではなく、クララツェトキンら女性社会主義者らが掲げた国境や民族を越えた女性たちの国際連帯というアイデアを復活させようとした。こうした人々が2015年に「社会運動」を結成した。
なぜ「債務」なのか
なぜ債務問題をとりあげるのか。第二次世界戦後に植民地諸国が独立していくが、債務を宗主国に負わされての独立だった。それら旧植民地諸国は実は借りた以上に収奪されているが、その後も何度も債務を借り換えさせられて、債務による支配がいまも続いている。そうしたシステムの中心が国際通貨基金(IMF)や世界銀行だ。これらの国際金融機関は旧植民地諸国の独裁者にカネを貸して独裁体制を支えてきた。その後、人民によって独裁者は打倒され、政権が交代しているが、こんどはIMF・世銀が、独裁体制の犠牲者たちに債務の返済を迫っているという構図だ。ウクライナも位相は異なるが同じようなことだ。
去年の5月11日にウクライナ債務の帳消しをテーマ行われたウェブセミナーで「不当債務帳消し委員会」のエリック・トゥーサンはこう指摘している。「IMFなどウクライナへの金融支援の大部分は債務(借款)という形をとっている。IMFの資金援助は新自由主義的な政策の延長に直結している。債権者たちは、ウクライナがこの負債をすべて返済することが不可能であることを完全に知っている」。ではなぜ融資するのか。「主要債権団は2022年7月、ウクライナ政府が債務返済を一時停止することを許可する決定。さらに戦争が終結すると予想される2027年まで停止を延長することを決定した。ウクライナが本当に債務を返済することが不可能になることを知っている彼らは、債務再編をめぐる交渉でこれをテコにするだろう。おそらく債務軽減と引き換えに、さらなる条件が押し付けられることになる」。
ウクライナの公的債権者グループはカナダ、フランス、ドイツ、日本、イギリス、アメリカという、イタリアを除くG7がIMF融資を最優先させるための「債務救済」(支払い期限の延長)を決めた。IMFを含む国際支援パッケージは4年間、1150億ドルの規模だといわれている。そのパッケージのもとに、日本政府の支援も行われる。じつは東部地域の停戦をうたったミンスク合意の2015年からIMFはウクライナに対して今回と同じスキームで4年間に渡る金融支援を行っている。そこではIMFはウクライナ政府に対し、財政・金融、為替、企業再編・私有化、汚職対策、年金制度改革、公的サービスなど、幅広い分野で構造改革を求めている。いまだ多くの「国有企業」体制が残る経済全般を資本主義的市場に合わせるよう設計されている。「年金改革」によって年金支給額は引き上げられたが、IMFはさらに年金支給開始年齢の引き上げを求めていた。
「国益優先」のウクライナ支援
今回のIMF支援に対して、ゼレンスキー政権はIMFの新自由主義的要求に応えていくと約束した。こういう枠組みの中に日本がこの2年で表明したウクライナ関連の支援は76億ドルだが、そのうちの62億ドルが融資や国際金融機関への拠出金。たとえば世界銀行グループの一つ、「多数国間投資保証機関」(MIGA)に2500億ドルの拠出を決めたが、このMIGAの長官は三菱UFJ銀行グループの東銀リース常務執行役員だった俣野弘氏が務めている。MIGAは民間企業による新興国進出を支援することが目的。日本の金融支援の多くが実は、日本企業やグローバル企業がウクライナに進出していく際のリスク保証に充てられる。ウクライナ支援というよりも日本企業支援だ。昨年G7広島サミットでは国際効力銀行JBICが主導する国際金融機関の協調融資や民間セクターにおけるウクライナ復興支援に関する情報交換やファイナンス面での協働を行う「ウクライナ投資プラットフォーム」も立ち上げられた。このためのJBIC法改正は「日本企業のサプライチェーンの強靭化」が主目的であり、ウクライナ支援は「国益のため」だと日本政府も公言している。
経済復興支援会議で表明された支援総額は158億円。ウクライナ企業とかわす覚書には住友商事や楽天、クボタなどが並んでいる。ウクライナ側はオリガルヒのアフメトフが「私有化」したエネルギー関連の企業などもある。農業関連の支援もうたうが、農地をグローバルなアグリビジネスに売却できやすくするような法律の改正もあるのではないか。そのような構造の上にクボタやヤンマーなどが「農業支援」に乗り出す。支援というよりもビジネスチャンスと捉えてやっている。ビジネスなので支払いが発生する。それが債務になる。
「生活と労働の復興」に向けて不当債務の民衆監査を
今回の「日本・ウクライナ経済復興推進会議」は名称からして、「人間の生活や労働の復興」ではなく、「経済・ビジネスの復興」いといえる。ウェブセミナーでウクライナ「社会運動」のユリア・ユルチェンコさんはこう述べている。「この大きな復興計画で忘れられている重要なことの一つは、復興の中心には人間が存在しているということ。社会的再生産機能であるケア経済では、女性の肩にかかっている職業がたくさんある。現在の復興計画において、市場ベースの経済復興や民間投資の誘致が優先され、社会支出は削減されていると想定すれば、社会的に建築物や資金を提供しても、女性や子どもたちが戻ってこられるような計画は何もない」
G7諸国の債務救済(繰り延べ)はIMFや世銀からさらに借金を重ね、その新自由主義プログラムを実施することを条件に行われる。私たちが要求する債務帳消しは、そのような新自由主義プログラムのひも付きではなく、無条件で行われなければならない。ユリア・ユルチェンコは、ウェブセミナーの中でこんなエピソードを紹介している。「ゼレンスキーが大統領になるきっかけとなったテレビドラマ『国民のしもべ』で彼はIMFに抵抗する大統領の役を演じた。そのドラマが大人気になった。つまりウクライナ民衆はIMFの支援が飴と鞭であることを理解しているし、西側諸国に経済的野心があり、この国を略奪しようとしているのを理解している」。
ギリシャ危機では、EUによる「金融支援(融資)」の5割がギリシャ国債を保有していたEUの銀行への救済に充てられ、債務だけがギリシャ国民に押し付けられた。ギリシャでは民衆運動に押し上げられたシリザ政権において「不当債務の民衆監査」が実施され、不当債務の返済拒否の要求につながった。ウクライナの債務についても抵抗するウクライナ民衆を主体とした国際的な不当債務の民衆監査を行うべきだ。
(講演スライドと発言要旨を再構成した)
ウクライナ債務帳消しを求めて新宿駅でスタンディング(2.17)
債務帳消しについて話す稲垣豊さん(2.17)
【訂正とおわび】前号(2804号)の紙面案内4~5面、加藤直樹さん発言「侵略下の侵略と抵抗」を「侵略下の社会運動と抵抗」に訂正し、おわびします。
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