ガザ人道危機とパレスチナ問題の本質とは

長沢栄治さん(政治学者)が講演

12.3東京・荒川で恒例の反戦集会

 2023年12月3日午後、東京・荒川区の区立さつき会館で「反戦反差別荒川集会」が開催された。主催は荒川区で活動する個人と団体による実行委員会。
 1941年12月8日は日米開戦の日。二度と戦争を起こさせぬ決意を込めて、毎年12月上旬に本集会は設定される。地域の仲間が広く運動の発展と、一年間の総括的な交流をめざす場として1980年代から続けてきた。
 今年の講演テーマはパレスチナ問題。昨年10月のハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃を契機に、イスラエルは報復として非人道的な大虐殺を繰り返している。空爆と地上侵攻の「民族浄化」とも呼べる無差別殺りくの犠牲者は増え続け、世界各国でイスラエルを非難する行動が起きている。
 予断を許さないこの情勢を受けて今年は、政治学者で東大名誉教授の長沢栄治さん、パレスチナを長く取材してきたジャーナリストの小田切拓(ひろむ)さんを講師に招いた。
 司会は実行委の三井峰雄さん。「ハマスの攻撃に対するイスラエルの報復がひどい。一方的な軍事力で『ここまでやるか』という激しさだ」。「長沢さんは『安保法案に反対する中東研究者のアピール』の一人。講演をお願いしたのは今日で二回目。残念ながら資料映像を流す時間はありませんが、質疑応答の枠は設けてあります」と紹介した。
最初に長沢さんが講演した。長沢さんと共に登壇したジャーナリストの小田切拓(オダギリ ヒロム)さんは、長くパレスチナを取材してきた。小田切さんも長沢さんと基本的に立場を同じくしながら、現地の厳しい状況を報告した。
 「大学での講演で、学生たちは素朴な疑問を持つ。ハマスは国家か、戦争という言葉は欺瞞なのか、と」。「ユダヤ人は、自分たちを差別した欧米と闘うべきだ。現在のイスラエルとパレスチナは仲良くできるわけがない。過去、労働を通じて協働してきた両者は今、イスラエル側がパレスチナ人の雇用を支配している。仕事に行かせずに経済的に抑圧している。道路はイスラエルが人民管理に都合よく作り統制している」。二人の講演者は相互に補完し合いながら報告を展開した。
 (佐藤 隆)

長沢栄治さんの講演から

ガザ人道危機とパレスチナ問題


 長沢さんの講演。以下はその要旨である。2023年12月3日時点での地域情勢を前提としている。

 昨年(2022年)から始まったロシアの侵攻による「ウクライナ戦争」では、動員的な世論が形成されてきた。人々の関心が強いのは、それが二国間の、「国家間」の紛争だからだ。一方で「パレスチナ」は国家ではない。ヨルダン川西岸やガザは、イスラエルの管理下にある。そして1万人ものパレスチナ人がイスラエルに拉致されている。11月にはイスラエルの閣僚が「核兵器を使う」などと発言した。ハマス側がアクションを起こした10月7日に考えた最悪の事態、それは核兵器を使うことだ。砂漠が多いせいで人口が都市部に集中。核兵器の威力が数倍し効率的に被害をもたらす。
 
「反ユダヤ主義」の再燃か

 ヨーロッパの反ユダヤ主義がイスラエル建国につながる。虐殺を止めないイスラエルを批判することが「反ユダヤ主義の再燃だ」という報道、つまり世論操作が行なわれている。ドイツでは、街頭でのパレスチナ国旗掲揚や頭巾の禁止など、歪んだ贖罪意識が頭をもたげている。
 イスラエルとパレスチナ双方に憎しみをもたらすものは何か。悲劇の原因は「絶望と不信」である。パレスチナ人の「絶望」が、ハマスの軍事行動の背景にある。ハマスの軍事力では、イスラエルを打倒することなどできるはずがない。
 他方でイスラエルもハマスを絶滅させることはできない。若い活動家が育ってくるからだ。ユダヤ人もまた建国以前から国際社会への不信がある。欧米社会によるユダヤ人排斥と抑圧だ。「世界が私たちを信じないのだから、私たちも世界を信じない」という感覚だ。
 
「戦争」と「紛争」の欺瞞

 この不信感は、アラブやイスラムに対しても広がった。パレスチナの側は、国際社会が誰も自分たちを助けてくれない状況に不信感を抱いてきた。これまで何度も「見殺し」にされてきたのだ。この「不信と絶望」から抜け出して「希望と信頼」への道が開けるか。緊急に求められているのは「停戦」である。
 「戦争」や「紛争」とは、対等の国力を持つ国が闘うことを指している。イスラエルとパレスチナはとんでもない非対称である。普通の紛争ではない。だから言葉の上での「和平」も「解決」も欺瞞でまやかしとなる。「停戦→休戦→平和」へと展開することは、誰も期待していない。「つかの間の気休め」でしかないこれらの言い方に惑わされてはならない。イスラエルとパレスチナの闘いは「普通の紛争」ではないのだから。「中東和平プロセス」「対テロ戦争」という二つの欺瞞の覆いを暴き、根本的な問題に目を向ける必要がある。
 
「中東和平プロセス」の欺瞞

 「中東和平プロセス」という欺瞞について、次に「対テロ戦争」という欺瞞について話したい。
 「米国主導の中東和平プロセス」=オスロ合意体制=は破たんした。「二国家共存案」は欺瞞である。なぜならパレスチナ国家には主権を与えない。イスラエルの自衛権を認めても、パレスチナの自衛権は認めない。パスポートは発行しても、出入国管理権を持たせない「国」。あたかも「国家が存在する」という宣伝は大きな誤解を生む。実態は見せかけのコスメティック国家だ。
 主権を持った国同士として共存をめざすべきだ。本当の信頼は、対等な関係から生まれる。その前提から初めてこの地域に新しい国家の枠組みができる。
 
「対テロ戦争」という欺瞞

 ISが衰退しても、「対テロ戦争」というロジックが終わっていないことが明らかになった。「テロ」や「テロリスト」を連呼するメディアには要注意だ。「9・11」以降、「テロリストの近くにいる民間人も同罪」とばかりに、一般人の犠牲者が増え続けている。「テロリスト」という言葉によって、従来型の戦争以上に無法化が進んだ。レイシズムが後押しする、相手を対等な人間とも思わない残虐さが横行している。
 今回の人道危機で分かったことは、欧米主導の和平交渉では、パレスチナ問題の解決への展望は見えないということだ。国連の力を強めるために、国際社会の構造変化が必要だ。
 新しいインターナショナリズムへ、グローバルサウスの台頭がある。国連の無力さも批判にさらされている。「国連」という独立した主体があるわけではない。国連は、国際社会の権力関係の反映の産物である。この国連の力を強めるためには、国際社会の構造変化が必要だ。新しい第三世界主義の時代の到来か。国際市民社会の役割が問われている。
 
パレスチナ人の真の代表を

 不信に土台を置いた両国の非対称的な関係を変えていく。相互信頼の対等な関係に近づくために、まず必要なことは、民主的なパレスチナ人の真の代表の確立だ。二つの権威主義体制=現在の自治政府(PA)とハマス=の分割統治。住民支配を乗り越えた新しい体制を求めること。民主的選挙やイスラエルの占領体制による妨害を防ぐための国際的介入が重要だ。
 新しい形の国連信託統治は可能だろうか。将来の独立国家を準備するために、信託統治国が国際法を順守させる統治の枠組みを提供するべきだ。
 
「共生」拒む敵は誰なのか

 「国民国家」という枠組みでしか、問題を解決するしかないのかという疑問もある。イスラエルは「狂気」から覚めるか。建国時に埋め込まれた国家の「本性」を見るべきだ。共存/共生の敵とは何か。
 市民にできることは何か。平和のための下から交流の積み上げも重要だが、スポーツや音楽を媒介にする可能性もある。ただ「欺瞞への加担」という危険性もないとは言えない。共生を拒む「敵」を見定め、取り除くための努力が重要だ。(要旨・文責=編集部)

「反戦反差別荒川集会」開催(12.3)

長沢栄治さんが「パレスチナ問題」について講演(12.3)

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