「ヨーロッパ=ドイツから見たニッポン」
私たちが変える 社会は 世界は
木戸衛一講演会
【大阪】3・24集会実行委員会主催の木戸衛一講演会が大阪PLP会館で開かれ、100人の市民が参加した。司会のあいさつの後、早速講演が始まった。木戸衛一さん(大阪大学招へい教授、ドイツ現代政治・平和研究)は「ヨーロッパ=ドイツから見たニッポン」と題して講演をした。
ハマスがイスラエルを越境攻撃してから、ヨーロッパ特にドイツは、イスラエル支持・支援の立場を鮮明に打ち出し、日本の少なくない市民を驚かせている。イスラエルによるガザでのジェノサイドをドイツは認めるのか。イスラエルのやっていることは、かつてのナチスと同じではないのか。それを支持するということには、どのような論理や利害関係があるのか。そのような疑問を抱いて参加した人もいただろう。日本でほとんど語られることがないドイツの状況を理解する上で参考になる講演だったので、不十分な理解を顧みず報告したい。質疑応答は省略する。 (T・T)
木戸衛一さんの講演から
(大阪大学招へい教授、ドイツ現代政治・平和研究)
戦後ドイツの道義性・倫理性
木戸さんは、戦後ドイツ政治に通底すると思われた道義性・倫理性に惹かれてドイツ政治の研究に入っていったという。ドイツの基本法(憲法)第1条は、「人間の尊厳は不可侵である。これを尊重し、保護することは、全ての国家権力の義務である」と、国家権力の拘束を謳っている。第2次大戦での枢軸国であった日本とドイツは、戦後よく比較された。前文や第9条など日本国憲法には素晴らしい理念があるが、でも日本国憲法が適用されるのが日本国民であるのに対し、ドイツ基本法が適用されるのはドイツ人だけではないということだ。また日本国憲法では第1章が天皇条項だ。これを見ただけで、どちらが優れているのかよく分かる。
今までのドイツでは、道徳観があらゆる社会領域・政治領域を覆い、道徳的なリーダーシップを求める国民的な言説が強く存在し、外国から見るドイツは、道徳的な使徒と見なされていた。ヒトラー後にドイツ人であることは、徹底した非ナチ化した新しい正常な生き方を探求することであった。
蛇足だが、今ヨーロッパ・ドイツで最も話題になっているのは、米国のトランプが勝ったらどうしよう?ということだという。トランプが勝てば、米国に見捨てられるかもしれない。ロシアの核に対抗するのに、英国は逃げるから信用できない。フランスと核共有をすべきだという話が語られている。
ところで、いま木戸さんは、「自分は今まで何を研究してきたのか」と自問し、自身の学問的なアイデンティティ・クライシスを感じているという。その契機は、とりもなおさず10・7ハマスの越境攻撃である。
イスラエルへの無制限の連帯
越境攻撃後、ショルツ首相は(2023年)10月12日の所信表明で、「イスラエルの安全はドイツの国是だ」と述べ、イスラエルは自衛可能でなければならないと語った。10・7後に外国首脳として最初にイスラエルを訪問したのはショルツ首相である。昨年の10・27、12・12、停戦を求めた国連総会決議にドイツはいずれも棄権している(日本は12月の決議には賛成)。ザクセン・アンハルト州では、イスラエル人の市民権獲得のために、23年12月20日「イスラエル生存権」を承認した。24年1月19日、ドイツ連邦議会は新しい国籍法を可決した。南アフリカが24年1月11日ガザでのイスラエルの軍事作戦の停止を国際司法裁判所に要請したとき、ドイツ政府はイスラエルを全面的に擁護する声明を出し、さらに、国連パレスチナ難民救済事業機関への資金提供を停止した(これについては日本も同調している)。イスラエルへの軍事支援は3億300万ユーロになった(前年の3200万ユーロと比べると10倍)。この支援は、武器輸出である。ドイツは、全世界の武器輸出の5・2%を占め世界第5位、イスラエルへの供給第3位である。アムネスティインターナショナルやオックスファムなど16の国際団体は、イスラエルとハマスの紛争終結を目的に、世界各国に双方への武器弾薬の供与を停止するよう声明を出した。ニカラグアは国際司法裁判所にドイツを提訴した。このようなわけで、今やドイツは中東での信用を完全に失墜させている。
ユダヤ教施設、ユダヤ系市民の住宅やユダヤ学校への嫌がらせなどが起きているが、この動きは以前からありそれほど多くはない。パレスチナ連帯デモに警察が介入し、参加者を逮捕している。一方、ムスリム・コーディネィョン評議会は、イスラエル民間人に対するハマスのテロを非難し、暴力の停止と人質の解放を求める声明を出した。「中東における公正な平和のためのユダヤの声明」が出た。平和と言論の自由を求める在独ユダヤ人系知識人の公開書簡が出された。このように、さまざまの動きでドイツ社会内部は緊張している。
米国のユダヤ人は、第2次大戦期も戦後もホロコーストを気にかけなかったが、ホロコースト追悼で自らを肥やし、中東紛争で常にイスラエル支持を強要するためにホロコースト産業が作られた。ホロコーストを組織的に売り出すために、その「1回性」(あの事件は1回だけのもの)の主張が作られ、ユダヤ人犠牲者の数が誇大化された。被害者向けに予定された補償金の多くは、対独ユダヤ物的請求権会議によって使われ、在米ユダヤ人団体はそれで潤ったと言われる。
反ユダヤ主義
筆者の感想を先に述べると、10・7の事件は確かに大きな事件であったことは間違いないが、ドイツの対イスラエル政策の転換は10・7によって引き起こされたとは言えない。それより前から、ドイツ社会ではそのための土壌がつくられていったと思われる。
国際ホロコースト記憶連盟(IHRA)は2016年5月「反ユダヤ主義」の公式概念を発表し、何が反ユダヤ主義に当たるのかの具体例を11項目示した。そのうち7項目がイスラエル国家についてのものだ。「ナチスドイツによるユダヤ人への民族殺戮の事実・規模・メカニズム(ガス室)・計画性の否定」が反ユダヤ主義に当たるのは理解できるが、11項目の中には、例えば「イスラエルの現実の政策をナチの政策と比較すること」などもある。2017年9月、ドイツ政府はこれらの項目に支持を表明した。
反BDS決議
2019年5月17日ドイツ連邦議会で、ドイツのキリスト教民主/社会同盟、社会民主党、自由民主党、90年連合、緑の党の共同動議「BDSに断固立ち向かう-反ユダヤ主義と闘う」が、圧倒的多数で採択された。BDS運動は、ユダヤ教を信じるイスラエル市民全体のレッテル貼りにつながるので受け容れられない。BDS運動の議論のパターンと方法は反ユダヤ主義である、という論理である。イスラエルの存立権を疑問視する団体やプロジェクトには資金援助しないとなった。参考までにこの動議に対して、ドイツ左翼党は「BDS運動を拒否する︱中東における平和的解決を促す」の立場、右派政党「ドイツのための選択」は、「BDS運動を断罪する︱イスラエル国家の存立を守る」だった。
IHRAの「反ユダヤ主義」に対する異議の表明
カメルーン出身のポストコロニアリズム理論家アキューブ・ンベンジは、パレスチナの占領は現代最大の道徳的スキャンダルで過去半世紀の卑劣さの最大行為だと断罪した。これを契機に、2020年ノルトライン・ウエストファーレン州の議員がBDS運動を支持したり、イスラエルの政策をアパルトヘイト体制と比較し、さらにホロコーストと比較した。ユダヤ系学者37名が、ンベンジ連帯声明を発表したり、アフリカの知識人700名がメルケル首相やシュタインマイヤー大統領に書簡を送った。
2021年3月26日が「反ユダヤ主義」の公式概念に批判的な見解として、「反ユダヤ主義に関するエルサレム声明(宣言)」が発表された。宣言は、IHRA定義は重要な点で不明確であり、異なる解釈が広く存在するため、混乱や論争を引き起こし、反ユダヤ主義との戦いを弱体化させていると見なした。この宣言は世界の学者350名が署名し、そこには反ユダヤ主義研究およびユダヤ人、ホロコースト、イスラエル、パレスチナ、中東研究を含む関連分野で活動する国際的な学者が含まれている。反ユダヤ主義とは何で、どのように表面化するのかを定義することで、反ユダヤ主義との闘いを強化すること、イスラエル・パレスチナ問題に関する率直な議論空間を確保する目的で発せられた。その内容は、A全般・Bイスラエル・パレスチナ反ユダヤ主義の事例、Cイスラエル・パレスチナそれ自体反ユダヤ主義でない事例に分かれている。これに続いて、「反ユダヤ主義を定義する」研究プロジェクトが立ち上げられている。
ホロコーストをめぐって
講演では、上のような動きとは別にカテヒズム論争が話されたが、筆者には理解できなかったので割愛する。また1980年代の西ドイツでは歴史家論争があり、それに続く現在の第2次歴史家論争ではドイツの想起の文化におけるホロコーストの重要性や植民地主義との関係について論議がある。E・ノルテは、「ナチズムを扱ってきた文献の顕著な欠陥は、ナチスが犯すことになるほとんど全ての事柄が、1920年代初頭からの文献に現れていたことを認めようとしない点だ」と指摘し、またY・ハーバーマスは伝統的な国民の歴史を修復するときの修正主義的な歴史記述を批判した。
2023年10月17日ネタニヤフ首相は、「ナチスのホロコースト犯罪からしか思い出せない残虐性だ。ハマスこそ新しいナチスだ」といったが、同年11月20日欧米のホロコースト研究者16名が公開書簡を発表し、政治家や著名人が、ガザとイスラエルにおける現下の危機を説明するためにホロコーストの記憶を引き合いに出すことを警告した。
欧州議会は2022年3月17日「ホロコーストの記憶の継承と人道に対する罪の防止に関する閣僚委員会勧告を行い、議員会議は同年6、近年欧州でユダヤ人への憎悪と暴力が増大していることを深く懸念し、「奥州における反ユダヤ主義を予防し闘う決議」を採択し、加盟各国に呼びかけた。
また10・7直前に出版された著作では、ホロコーストの1回性は多のジェノサイドの歴史的取り組みを阻害するのではないか、との主張がある。パレスチナ人と非シオニストユダヤ人に「新しいナチスを見出す」という言説やドイツ連邦議会が行ったBDS決議を批判している(モーゼス)。ホロコーストゆえのイスラエルに対するドイツの遠慮を批判している(メロン・メンデル)。想起の文化で問題なのは、それがイスラエル右翼政権に加担していることだとの指摘もある(オメル・バルトフ)。
また、ユダヤ教徒・ムスリム・キリスト教徒の融和を模索する動きもある。具体的には、2023年10月18日、イスラエルとガザのための多宗教平和アピールやFAZコラム「ムスリム・ユダヤの夕食」などだ。
最近のドイツ世論
以下に見るように、ドイツ市民の反応には、ドイツ政府とはかなり温度差がある。
第1テレビの世論調査(24年3月7日)では、ハマスのテロ攻撃に対するイスラエルの軍事的対応について、過剰だ(50%)、適度だ(28%)。ガザの民間人の犠牲を伴うイスラエルの軍事行動に対して、正当化できない(61%)、正当化できる(23%)。ガザの人道状況に対する責任が、ハマスにある(70%)、イスラエルにある(62%)。
FAZ(フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥンク、中道右派の日刊紙)の世論調査(23年11月23日)では、イスラエルにはガザ侵攻の権利がある(35%)、パレスチナ住民の犠牲とハマスへの支持拡大を避けるためイスラエルは自重すべきだ(西37%、東45%、全体38%)。イスラエルは、パレスチナ人の状況改善に努力しなさ過ぎる(44%)。イスラエル支援の在り方として、医療面(67%)、紛争当事者の仲介(57%)、イスラエルへの連帯の声明(41%)、パレスチナへの援助停止(24%)、弾薬供給(9%)、武器供与(8%)、連邦軍派遣(3%)何もしない(10%)となっている。
第2テレビの世論調査(24年1月12日)では、ガザ地区でのイスラエルの軍事行動を、支持(25%)、正当化できない(61%)、分からない(14%)だ。
グローバルサウスの主張・「私たちが全員ではない」
ロシアのウクライナ侵略戦争はグローバルサウスにとって決定的でない。コロナパンデミックや負債危機の時、西側から何の連帯もなかった。欧米はマスクやワクチンを供与してくれず、中国やインドは品質が劣っていてもとにかく供与してくれた。「欧州は、自分たちの問題は世界の問題だが、世界の問題は欧州の問題ではないという考えから脱却する必要がある」(ジャイシャンカル・インド外相)。法やモラルについて欧米には2重基準がある。
グローバルサウスには、植民地、IMF・世界銀行への不信がある。西側は1961年ルムンバ殺害・アパルトヘイトの南アフリカを支持し、2003年イラク戦争を引き起こし、気候変動の大きな原因をつくってきた。西側は、グローバルサウスに対する無知や傲慢がある。ドイツは植民地主義的意識についての自覚があるのかと、批判されている。
ちなみに、これら西側の問題は、ほとんど全て日本にも当てはまる。
ドイツの軍事化の進行
ロシアのウクライナ侵攻を契機に政治が転換し、軍事予算が拡大した。2023年6月14日、初の国家安全保障戦略が策定され、米国の「統合安全保障」を受け容れた。12月18日には、リトアニアにドイツ軍約4800人を常駐させる協定に調印した。2024年2月23日、紅海への航路を確保するEUの軍事作戦へのドイツ連邦軍の派遣を、賛成538、反対31、棄権4で決定した。武器輸出は2023年122億ユーロで、前年より4割増で過去最高である。2024年2月12日、ラインメタルの鍬入れ式にショルツ首相が出席した。
福島原発事故後にドイツは倫理委員会を立ち上げ、脱原発に舵を切った(この点は日本と大きな違い)。その対応の早さと的確さは日本の市民運動の羨望の的であったが、あのときの論議はどこへ行ったのか。
2024年3月5日、ボリス・ピストリウス国防省は、徴兵制についてスエーデンモデルを推奨した。ドイツは2010年徴兵制論議を中断したが、2017年再開し、毎年徴兵制当局のアンケートに答える11万人の18歳男女のうち、約2万8000人が徴兵検査を受け、そのうち約8000人が実際に兵役(5~10%、9~15カ月)についている。今年3月12日付け週刊誌「シュテルン」の世論調査では、兵役に賛成(52%、60歳以上59%)、兵役に反対(43%、18~29歳59%)、不明5%だった。
2024年3月16日、ベッティーナ・シュタルク教育相は、学校での民間防衛訓練に言及した。2024年1月29日、日独両政府は自衛隊とドイツ軍が物品や役務を融通し合う「物品役務総合提供協定に署名し、日本はこれまで米・豪など6カ国とACSA協定を結んでいたが、さらに拡大し、アジア版NATOをつくろうとしている。
そこで、この軍事化強化の流れに抗してどこから始めるか。グローバルサウス台頭を直視し、西側の二重基準を自覚しながら、「武力で平和和つくれない・軍拡は戦争がなくても人を殺す」という考えを基に、G7の広島ビジョンを批判し、核兵器禁止条約への日本の加盟を求めつつ、主導国各国市民社会と連携しよう。核の問題については、戦争における唯一の核被害国として、日本から発信することが極めて大きい意味を持つ。軍拡・国外派兵・武器輸出は社会を退廃させる。NGO新外交イニシアティブや平和構想提言会議などとつながり、9条を攻勢的に打ち出すことが重要だ。(講演要旨、文責編集部)
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