寄稿 静岡県知事選、野党勝利は政権交代の1歩の始まりか

森 大司

 4月1日、静岡県庁での川勝知事の新人職員向け訓示は、「職業差別だ!」と大騒ぎするほどのものであったのか? 訓示の一部だけを切り出し、マスコミが騒ぎだしたことが発端だった。川勝知事はこれまで何回か失言を繰り返して、マスコミは狙っていた。去年7月の県議会で、失言をめぐる不信任決議が1票差で否決された後には「今後、不適切な言動があったら辞める」と公言していた。だが、リニアでは強引に工事を進めるJR東海に対し、水問題を提起し、話題の人となって、県民への大きな影響力を示してきた。
 失言内容は新採用者向け「リップサービス」とも言えるもので「県庁はシンクタンクです。野菜を売ったり、牛の世話やモノを作ったりとかと違って、皆様は知性の高い方たち……」などと口を滑らせた。取材で聞き付けた記者が「職業差別だ!」と噛みつき騒ぎが広がった。
 折しも3月末には2027年リニア開業予定が大幅に遅れるとのJR東海の発表直後。マスコミは「リニア開業の遅れは静岡県知事のせい」とキャンペーンを張っていたため怒りの矛先が川勝知事に集中した。一方、政治資金パーティー裏金問題ですっかり息を潜めていた自民党関係者やリニア問題で知事を苦々しく思っていたJR東海は、この時とばかりにいきり立った。追い詰められた川勝氏は、4月3日にあっさり辞意を表明した。

「自民党隠し」の大村候補

 川勝前知事の突然の辞意表明の後、4月8日、いち早く出馬表明したのは、川勝知事1期目に副知事を務めた大村慎一氏だった。大村氏は静岡県出身で東大経済学部卒業後、1987年に自治省(現総務省)に入り、2009年に県総務部長。10年から2年間、副知事に就いた。23年7月に総務省を退職後、静岡産業大学総合研究所で客員研究員を務めていた。
 最終的に自民党推薦候補となったが、金権腐敗で叩かれた自民党は表に出ることができず、「オール静岡」体制との触れ込みで影に回った。
 大村氏がどのような経過で候補者に上って来たか詳しくは分からないが、元県知事石川嘉延氏の影がちらつく。同じ自治省出身で、川勝知事1期目に副知事に就いたのも石川氏の働き掛けではなかったか? 石川氏と元自民党代議士杉山憲夫氏は昵懇の間柄、長泉癌センター誘致で二人は共同して動いた。杉山憲夫氏は2012年に既に亡くなってはいるが、その息子で、県議の杉山盛雄氏も、大村氏とは前からの知り合いのようだ。大村出馬表明のテレビニュースでは、大村候補を『君』呼ばわりして、いかにも親しげに振る舞い「毎日あいさつの電話がある」と自慢話が流れた。しかし、そんな話は陣営の「自民党隠し」で「ご法度」となったのか? その後は消えた。一方、これまで自民党と一心同体だった公明党は何故か自主投票に回った。
 大村氏の立候補から1週間遅れで、元浜松市長の鈴木康友氏が出馬表明した。鈴木康友氏は松下政経塾一期生で「松下政経塾上がりにはロクな奴がいない」と言われるように、立憲・野田元首相と昵懇の間柄だ。浜松市長時代から県西部方面に根強い支持基盤を持ち、スズキ自動車の鈴木修会長とも太いパイプがある。立憲民主党は当初、渡辺周氏擁立を模索していたが、鈴木康友推薦で、国民民主や連合とも足並みを揃えた。
 当初、二人には政策や主張の違いは殆んど無く、川勝時代から大きな問題になっていた「リニアや浜岡原発」については、二人とも賛成の姿勢で、これでは投票先が無いという有権者も多く、市民団体の間で第3の候補者模索が続いた。しかし、最終的に共産党が第3の候補者として共産党県委員長の森大介氏を擁立した。また、最終盤では、更に無名の3候補者が突然立候補し、県知事選としては最多の6人で争われることになった。
 これらの県知事選の動向を見て、マスコミは上げて「与・野党対決選挙」とはやしてた。
 自民党は金券腐敗を叩かれ、そこから這い上がる切っ掛けを掴む選挙であり「必勝」体制が求められた。しかし「自民党隠し」が基本姿勢の為、大物政治家を投入する場面は無かった。唯一、終盤に入り、静岡県出身の外務大臣上川陽子氏を投入したものの「とんだ失言で」大失敗に終わった。
 さらに、リニア工事の影響で、岐阜県内で水枯れ問題が浮上、「リニア問題は1年で決着をつける」とぶち上げていた大村陣営は慌てて主張がトーンダウンした。リニア問題を軽く考え、本質を理解していない実態が露わとなり、大村候補は威信を大きく失墜し、選挙戦では相当打撃となったと思われる。
 「自民対野党」の対決色が高まるにつれ、鈴木陣営のリニアに対する姿勢は微妙に変わった。川勝前知事の評価を高めた発言は、「リニア」を急ぐ必要はないともとれるニュアンスで、リニア反対派の支持を取り込む効果があった。出口調査では、川勝失言問題で、あれほど大騒ぎをして川勝叩きに大騒ぎしたマスコミ報道とは裏腹に、7割近い県民が「川勝を評価する」との結果が出た。

政権交代に向けた共闘へ

 5月26日の開票は、東部の開票が先行し、大村優勢で始まったが、終盤で大票田の西部の開票が進むと、最終的に鈴木康友候補72万8500票、大村慎一候補65万1013票、森大介候補10万7979票となり、鈴木、大村の票差は実に7万7千票の大差となり、野党系の鈴木康友氏が勝利した。
 結果は浜松を中心に、西部地区で鈴木康友が圧倒的に強く、一方、大村慎一は中・東部地区で票を伸ばした。元自民党県議の話では、選挙戦では票や金の采配を握る県議の力が強く現れ、東部地区の元締めは自民党県議杉山盛雄氏と目されている。全国的にも自民党内県議で、杉山盛雄氏の力は相当なものだという。あの二階氏が來静の折は彼の前では一歩退いていたと言われる。大村氏の立候補表明後、素早く東部各首長や業界の支持を取り付け、首長、業者を締め上げたのは杉山県議の動きだという話しである。
 仮に、この選挙で、僅差で自民党系・大村候補が勝っていたら、溺れる自民党が息を吹き返し、野党陣営で、連合を中心に敗因を共産党に当てこすり「共産党叩き」が激しく吹き荒れ、政権交代を目指す次期衆院選では「野党共闘」どころではなくなる危険性があった。
 実際は、野党側の鈴木候補が勝ち、共産党森候補も健闘し、10万票を超える票を獲得したことは、「野党共闘を妨害する連合中央」を黙らせる最も効果的な勝利となったのではないか。
 そのことは、次の衆院選での強固な「野党共闘」体制の再構築や政権交代へ向かう第1歩を進めた選挙結果であったとも言える。

野党の政権奪取の本気度は?

 振り返れば、4月28日の衆院補欠選挙では立憲民主党が3連勝する画期的な選挙結果となった。東京15区補選では、立憲民主の酒井菜摘が4万9476票で次点を2万票近く引き離す大勝利、しかも、小池百合子の応援もかなわず、自民党推薦のファーストの会副代表乙武洋匡は5位に転落した。更に、島根1区では立憲・亀井亜紀子が8万2691票を獲得し、自民党・錦織功政を2万5千票の大差をつけて勝利した。また、長崎3区でも山田勝彦が5万3381票で維新の井上翔一朗をダブルスコアの差をつけて勝った。
 これらの勝利に続いて全国的にも注目された5月26日の、今回の静岡県知事選の勝利、また、当日行われた静岡清水区県議会補欠選挙でも無所属の山田新候補が自民党候補を1万3千票の差で勝っている。同じ日、都議会目黒区補欠選挙は2議席を5人で争い、ここでも、立憲と無所属候補が自民や維新を蹴落としている。
 しかし、これらの勝利が実力を伴ったものと言えないところに問題がある。連勝を続ける地方選挙の先に政権交代の展望は見えるのだろうか。現状の野党には政権交代に向かう準備は何もない。次期衆院選勝利の前提は「野党共闘」再構築だが、未だに「野党共闘」の実態は出来ていない。野党側に政権奪取に向けた本気度が見えない。
 円安、超インフレ、物価高騰の一方で賃金は目減りするばかり。生活は一向に良くならず、国民生活は破壊されたまま、はびこる統一教会の影、金権腐敗の自民党政治に国民大衆の不満は爆発寸前に達している。これまでの選挙結果はその表れだろう。

「救国国民統一戦線」を呼びかけろ

 その一方で、野党勢力の中核たる立憲民主党の体たらくは続いている。
 英・伊との戦闘機開発での輸出に合意し、米軍指揮下に自衛隊を一層組み込む「統合作戦司令部」を設置する自衛隊法、防衛省設置法改正案に賛成。大川原化工機冤罪事件で明らかとなった重要経済情報秘密保護法案にも賛成した。「憲法を守れ」は上辺だけ、本気度がまるで無い。多くの国民が政権交代を望む中で、そのイニシアチブを握る野党がいない。
 今こそ、学者、著名人は100人、200人単位で檄を飛ばし、マスコミを巻き込み「救国国民統一戦線」でも呼掛け、政権交代に向けたイニシアチブを発揮したらどうか?

週刊かけはし

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