アラブ ジルベール・アシュカルへのインタビュー(下)
永久革命的進展見すえ
確固として反乱する民衆と共に
ムスリム同胞団
と軍の対立は?
――ムスリム同胞団が率いる政権との対立に向かうエジプトの運動は、軍の役割という問題を提起している。未解決の経済的諸問題、政治的諸問題、そして選挙上の支持、および一定の意味で選挙上並びに政治上の正統性を失いつつある政権、これらを前提とした時、力の均衡とありそうな展開の種類双方でもある、先の問題に関する考えは?
モルシが足場と正統性を失いつつあるその速度は真の驚きだ。ムスリム同胞団が何者であるかを知り、具体的なオルタナティブ構想の欠如を隠す「イスラムが解決」のような空虚なスローガンでだまされることをやめるためには、人々は、モルシのような男たちが権力につくという経験を通り抜ける必要がある。私はそのように常々感じていた。そしてそのように考えた人間は私一人ではない。しかしそのことは、現実には予想以上の早さで進みつつある。そしてその理由の一つは、ムスリム同胞団が情勢に対処しているやり方のまったくの下手くそさだ。彼らは、今が神の助けに基づく彼らの時代であり、ものごとをがっちりと手中に収めている、と信じるようなひどい傲慢さを見せつけてきた。そしてそれは早とちりだ。実際彼らがそれよりも賢明だったとしたら、現在の段階で統治を引き受けることはむしろ彼らの利益にはならない、ということを理解したと思われる。彼らがもっている類の綱領、つまり前政権の経済綱領の継続以外ではないようなものでこの国を統治しよう、などと挑むものは誰であれ、悲惨な形で失敗することを宿命づけられている。エジプトで起きたことの一幕をもっともはっきり物語るのは、最近モルシがIMFとの取引に署名した時だ。彼はIMFとのある協定に署名したのだが、そこには、エジプトに対する貸し手となるはずのすべてから決定的だと思われている貸し付け諸条件が含まれている。そしてもちろんモルシたちは、その協定が彼ら自身の新自由主義的思想に一致しているがゆえにそれに署名した。その思想は前政権のそれと変わるものではない。そして、モルシ政権が基本的食料品類価格の引き上げ、最富裕層に影響を与えないやり方での税制改革を決めたのは、最悪のタイミングだった。ムスリム同胞団はその時に、反対派との衝突を始めつつあったのだ。先の決定は、モルシがわずか二、三日後に彼のフェースブックを通じて決定を取り消さざるを得ないような抗議に導いた! 先の決定は冗談になった。このことがあなたに示していることは、この国の深い社会的で経済的な諸問題に対する何らかの真実味のある回答に関し、彼らがどれほどまったく分かっていないかだ。
ここで軍の問題だ。タンタウィ並びに軍事最高評議会、SCAFの首席に席を占めていた副司令官の解任に関し、モルシの「革命的一撃」をめぐって大騒ぎとなったことがある。しかし事実としてこれは、軍の高級将校連との全面的な合意の下で行われたことだった。この将校たちは本当のところは、先の男たちを取り除きたかったのだ。かれらは、ムバラクから押しつけられたという理由だけで地位に就いていた。そしてそれは軍の意志に反していた。まさにタンタウィの年齢を見てみればよい。彼は、どのような軍の地位であれ、それに適した年齢をはるかに超えている。われわれは再度ウィキリークス開示の米国大使館報告から、タンタウィを軍の将校たちが「ムバラクのプードル」と呼ぶのが常だった、と知ることができる。だから彼の解任に署名したという事実は「革命的」などということでは全然ない。解任された彼らは勲章と実入りのいい閑職を与えられ、その上SCAFトップの時代に彼らが行ったあらゆることに対して免責特権まで与えられている。軍の地位が弱められたなどと信じることはまったくの間違いだ。
モルシと反政権派間の対立が頂点に達したように見えたここ最近に起きたことを見てみよう。軍の新首脳部は主導性を発揮し、公然と決定者として登場し、一方に大統領と政府、他方に反政権派が含まれる評議会を要求した。それに先立ち軍は、民衆を抑圧するつもりはないと語りつつ、軍は反ムバラク蜂起の時期に、両者に対し厳密に中立的に行動したとの短いコメントを出した。メッセージは次のようなものだった。つまり「われわれはムバラクによって政治的に使われることを認めなかった。またモルシによって政治的に使われることも受け容れるつもりはない」と。このゲームでは軍はこのように振る舞っている。
そして人は次のことを想定できる。つまり、争いの場外に止まること、革命の伝統的な連なりの繰り返しにより、騒乱、次いで不意の一撃という形で情勢が全面的に悪化することがある場合には、「救済者」の役割を演じることができるように仲裁者の立場にとどまること、これはワシントンから強力に助言されている、ということだ。しかしエジプトの民衆は、少なくともこの段階では、短期的に起きそうなことに類似したすべてに関し、軍への批判的姿勢がすこぶる強い。ただ長期的ということでは、それを語ることのできるものは誰もいない。
米帝国主義が最
後にすがる勢力
――シリアについて質問する前に、パレスチナとガザの問題がこの情勢にどのような形で位置をもつことになるのか、という話題を持ち出して少しばかり議論することは可能か。なぜならば、彼が協定交渉を助けたやり方を見れば、それがモルシにとっての大成功と解釈されたからだ。知っての通りタイム誌は、彼を中東における最重要人物と称した。もっとも、翌週彼がはねつけられるという事態を受け容れるしかなかったのだが。しかしイスラエルとパレスチナの問題全体が、この構図の中では大きく浮かび上がってくる。それについてわずかでも言えることは?
今の議論は重要な事実を突いている。私はムスリム同胞団の思い上がりと傲慢さに言及したが、そこでの一つの中心的要素は彼らがワシントンから得ている支持だ。それこそが、彼らが支配する位置にいる、彼らが支配できる、という彼らの信念における中心的要素だ。米国が主導した第一次対イラク戦争の際父ブッシュの下で五〇万の米軍部隊が湾岸に展開した一九九一年の頂点以後、米国がこの地域で最弱となった――そして依然そうである――その時期に、ワシントンは蜂起によって現実に不意を打たれたのだ。当時あった米国のヘゲモニーの頂点は、同時に、イスラエルとアラブ諸国家間のいわゆる和平プロセスの始まりに、次いで一九九三年のオスロ合意に導いた。このすべては過ぎ去っている。
そのすべてを終わらせる点での主な要素はまったくのところ息子ブッシュ政権、ジョージ・W・ブッシュ政権だったのであり、イラクの占領は、それが概して米帝国にとっての、米帝国主義にとっての大きな破局であることを明らかにした。それはある種の惨害に転じた。米軍は、彼らがこの国を占領した時にもっていた中心的目標に関しては、いかなる点でもそのただ一つも得ることなく、イラクを去らざるを得なかった。彼らは、たった一つの基地も維持できずに、何ものもなく、政権に対してもまったく支配力も発揮できずこの国を去らなければならなかった。そしてその政権は、はるかに強くイランの影響力の下に置かれている。米軍部隊が去った後でイラクが行った最初のことは、ロシアとの間で武器取引の交渉を行うことだった。イラクは米国にとって一つの惨事となった。
それゆえ彼らは本当に最弱の地点にいる。米国はこの地域でまったく弱体だと感じている。そして彼らはリビアでのNATOの作戦では、目立たないようにしながら後部座席に座った。それは、コソボやアフガニスタンのようなNATOの作戦であれ、イラクのような非NATOの作戦であれ、これまでわれわれが見てきた他のどの作戦とも異なる。シリアに関して、ワシントンの無能さをあなたも非常にはっきりと見ることができる。このことを前にして、彼らが賭けるものとして見出した唯一の勢力がムスリム同胞団だ。
九〇年代半ば以来のムスリム同胞団に対する主な後援者として、カタールの首長がその取引を整えた。ワシントンは、ムバラクやベンアリのような人々といった、通常の同盟者を失ったがゆえに、結局ムスリム同胞団にかけることに行き着いた。われわれはこの地域の歴史上新しい次元に入った。それゆえワシントンは今、実体のある民衆的基盤を備えた勢力を必要とし、利用可能と彼らが見出した唯一のものがムスリム同胞団となる。
ムスリム同胞団に対して彼らは、協力の長い歴史をもっている以上なおのこと好意的だった。五〇年代、六〇年代、さらに一九九〇年にいたる八〇年代、ムスリム同胞団は基本的に米国と提携していた。それは、この地域全体でCIAの協力者として見られていた五〇年代と六〇年代の期間について特に言える。それこそが彼らが実際に果たした役割であり、彼らは、CIAとの、米国との、さらにサウジ王国との密接な協力の下、エジプト大統領のナセル、並びにソビエトの影響力に反対して活動した。それは、一九九〇年代に彼らが軸足をカタールに移行させる以前のことだ。
それゆえワシントンは彼らに再度かけようとしている。そしてガザのエピソードの中でモルシが演じた役割は事実として、ムバラク政権が演じるのが常だった役割を、ハマスとはムスリム同胞団のパレスチナ支部であるという事実を基に、より効果的に続けることだった。それゆえ彼らはハマスに対してより影響力があり、したがって彼らはこの取引を交渉し、ワシントンから称賛を得た。
チュニジアであれエジプトであれ、あるいは政権が崩壊する際の未来に対してのシリアであれ、ワシントンはこれらの男たちにかけている。この全地域には、ムスリム同胞団が存在していない、また彼らが重要な役割を演じていない国などない。そしてそれこそが、ワシントンが彼らにかけ、エジプトで起きていることにコメントする際極度に神経質となってきた理由だ。オバマ政権は実際、ムスリム同胞団を批判する際に示してきたよりも、ムバラクを批判する際にはもっと無遠慮だった。
イスラム勢力口
実の中傷は誤り
――シリアについてコメントは? まさに今そこの全過程は信じがたいほどに困難なものであり続け、政府の方では暴力的であり続けた。そして反対派内部には政権と対決する一致がまったくない。左翼のいくつかの部分が政権を支持しているように見える以上、左翼の一致すらない。そこでの展開に関するコメントは?
極めて独裁的な体制がある、この地域ではカダフィのリビアやサウジ王国と並ぶもっとも専制的なそれがあるという意味で、シリアは、蜂起の全体的パターンに対する例外ではまったくない。他方でシリアは、社会的、経済的危機がもっとも厳しい国だ。そこには非常に高い失業、三〇%にのぼる貧困率がある。そして他方に、信じられないほどに富と権力を集中している一つの支配家族がいる。シリア大統領の縁者が経済の六〇%を支配している。彼の個人資産は六〇億ドルと評価されている。このすべてが極めて爆発力をもつカクテルであり、それが爆発したのだ。
左翼について言えば、シリア政権に参加している共産主義者がいる。それはソ連時代からある一つの伝統だ。そしてソ連は常にシリア政権と緊密な関係を保ち、それがプーチンのロシアによって継承された。しかし左翼のほとんどは、言葉の真の意味ですべてが左翼というわけではないとしても、政権に反対している。シリアの主要な左翼政党はシリア国民評議会に代表されている。それは、政権との協力に反対し、七〇年代に分裂した共産主義者の異論派だ。
まったく当惑させる形でチャベスが言うように、シリア政権を左翼に位置していると信じることは、もっと間違っているが、アサドは「社会主義者であり、ヒューマニストであり平和主義者」であると信じることは、最良の場合でも無知だ。左翼の立場に立つものは誰であれ、この残酷で搾取をほしいままにする腐敗した独裁と対決する闘いの渦中にいるシリア民衆の側に完全に立つという点で、一切の躊躇をもってはならない。その先で人は、シリアで、この地域の他の国すべてのように、政権と闘っている勢力の中にイスラム原理主義者を見出す。それは、チュニジアやエジプトでも同様の事例だった。それらは、蜂起全体を中傷するための口実とされてはならない。他のすべてのところと同様シリアでも、左翼は独裁と対決する民衆的運動を躊躇なく支持すべきであり、そうする中で、独裁が倒れるならばなおのこと左翼は、マルクスがかつて「永久革命」と呼んだ革命内部の急進化過程に沿って、運動内部のもっとも進歩的な勢力を支持しなければならない。
▼初出は『インターナショナル・ソーシャリストレビュー』二〇一三年一・二月号。(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年二月号)
The KAKEHASHI
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