チリ・パンデミックのもとでの階級闘争
独裁への郷愁押し返す決起へ
アレックス・グエリン、フランク・ゴーディショー
最近、経済学者のピエール・サラマは、ラテンアメリカ亜大陸における新型コロナウイルスのパンデミックの到来が、きわめて不平等な社会においては大きな危険をふくみつつ、いかに社会的・政治的な亀裂を明らかにしているのかを強調した。医療システムが崩壊に瀕している中での医療危機および大陸全体に影響を及ぼしている経済危機という「二重の罰」を受けさせられているのは、明らかに「はしごの一番下」にいるラテンアメリカの家族なのである。
チリは昨年一〇月以降、巨大な社会的・大衆的反乱を経験してきた。大衆的デモがチリを蝕む政治体制、新自由主義、激しい社会的格差に挑戦してきたのだ。
この集団的反乱のプロセスは、結果として、金持ちのための政権であるセバスティアン・ピニェラによる部分的譲歩、そして同時に現政権が状況のコントロールを取り戻すための方法としてみなされうるもの、つまり憲法(それがピノチェト独裁政権のものを引き継いでいることを想起しなければならない)に代わる新たな憲法制定の是非を問う四月二六日の国民投票実施をもたらした。
パンデミックの拡大によって、その国民投票は一〇月末まで延期された。そして、世界の他の地域と同じように、隔離措置や感染の危険は、デモやそれ以外の抵抗行動を大きく麻痺させた。
エピデミックと
民衆の抵抗運動
コロナウイルスがサンチアゴに到達したのは、もっとも富裕な人々がまずヨーロッパ諸国、中国、クルーズ旅行で感染して帰国したためだった(五月三日現在で)。公式感染者数は一万八千人以上にのぼり、二五〇人の死者が出ているが、チリはラテンアメリカにおけるパンデミックによってもっとも感染が広がっている国ではない。(相対的に言ってラテンアメリカでもっとも深刻な感染に見舞われている国である)エクアドルよりも致死率はかなり低い。
しかし、感染の拡大は四月末以降、危険な上昇カーブを描いてきた。そして、過去数週間にわたって、隔離に従わないさまざまな事例が、とりわけ自宅と別荘を行ったり来たりする裕福な家庭の一部で見られた。このことはバリケードを用いたさまざまな種類の抵抗と直接行動を引き起こしさえした。海岸地域の村々の住民は、そのようにして首都に住むブルジョアや中産階級が休日を過ごそうと別荘に来るのを阻止しようとしたのだ。感謝祭の週末には、首都に住む大企業経営者の何人かが海岸にある別荘へ行くことで、監禁状態の忌避を強行しさえした。しかも、警察の検問を避けるためにヘリコプターに乗ってである。
昨年一〇月以降、反乱の間に結成された多くの地域協議会は、それにもかかわらず、現在の医療危機に直面して大衆的反応を組織し、ピニェラと彼の世界に反対する闘いを続けることを可能にした。こうした自己組織化された空間は、反乱の間に鍵となる実践的な役割、たとえば商店が閉まっている間の必需品の保証、警察による人権抑圧に直面して治安と警戒の保証、抵抗運動組織の強化といった役割を果たした。こうした協議会はそれゆえに議論と「下からの」政治討論の空間へと変わっていった。
三月八日フェミニスト調整のメンバーであるカリーナ・ロハレスは、「パンデミックが始まると、近隣地域の協議会は、援助を可能とするために、経済的必要のある高齢者や弱い立場にある人々、孤立していた人々の名簿を作成した。しかしながら、われわれは、この段階で、国家と並行して、大きな社会影響力を持つ単一組織を作ることを可能にする近隣地区のネットワークがあると想像してはいけない」と述べている。
恐怖の舞い戻り
対処に困難さも
政府にとっては、数カ月間にわたる麻痺と論争を経て、医療危機は政治情勢の支配権を相対的に取り戻すチャンスとなっている。これは、サンチアゴ市の中心にあり、一〇月以来デモや警察との衝突の中心地であった「ディグニダード広場」において、セバスティアン・ピニェラが散歩したり、傲慢な態度でポーズをとったりする光景によって象徴的に要約されている。
「数カ月の反乱の期間中は、政府が言ったことは何もかもが、火に油を注ぎ、動員された民衆を怒らせるものだった」とカリーナ・ロハレスは思い起こす。
「今日では、パンデミックに直面して、国全体が多かれ少なかれ政府の命令に従わざるをえない。これは決定が批判もなしに受け入れられているという意味ではなく、明らかにわれわれがデモをする機会を持っていないということを意味している。しかし、政府は冷静さを保ってはいない。このことは、弾圧措置の悪化、一〇月以降すでに存在していた国家非常事態の強化によって表現されている。ピニェラはこの例外的な時期のおかげで支配できているだけだということを知っている」。
実際に、パンデミックはすでに例外的状況であった常態(ノーマリティ)を破壊する瞬間として登場している。さまざまな世論調査によれば、現職大統領の支持率は八%を切っている。これは一九九〇年に軍事独裁が終わって以来、もっとも低い数字である。
隔離措置はきまぐれに、都市ごとに、地区ごとに、通りごとに違っており、結局は経済活動を維持するという至上命令によって支配されているため、パンデミックの管理それ自身が破局的であると言わなければならない。朝夕には、サンチアゴのメトロは貧しく不安定雇用の労働者で混雑し、数ペソを得るために仕事に行く以外に選択肢のないインフォーマル・セクターの労働者が通りでたくさん生活している。
エピデミックが始まったところで、公的医療システムが新型コロナウイルス感染者の殺到をさばき切れないのにもかかわらず、保健相は勝利宣言を何回も出した。より一般的に言えば、医療サービスは極端に分断され、市場と民間保険の論理のもとでほとんど放置されたままである。
その一方では、労働者階級は混雑している上に貧弱な設備しかない病院に甘んじなければならないのだ。
「したがって、エピデミックや過去数週間の膨大な数のレイオフに直面して、消滅していた恐怖が戻ってきている」とカリーナ・ノハレスは語る。「われわれの政治的課題は、それゆえ、過去数カ月にわたって蓄積されてきた抵抗運動とすでに危機の中にあったあらゆるものをパンデミックが冷厳に暴露している方法とを連結させることである。こうした大衆的な政治化は困難である」とそのフェミニスト活動家は説明する。
すべての代価が
労働者の背中に
医療危機と経済危機とが関連しあっていることにより、圧倒的多数のチリ人は破局的状況に陥っている。年金を運営する年金基金機構(AFP)は一九八〇年代以降、すべて(軍人年金を除いて!)民営化されたのだが、すでに基金の二〇%を失ってしまった。そして、これはほんの始まりに過ぎない。
二〇〇八年の経済危機の全期間を通じて、その喪失は四〇%だった。行政機関によって制定された経済政策は、本質的には三つの種類からなっていて、ここで再び、(経済全体を支配する)大企業の要求に応じたのである。
*低金利融資の利用を容易にすることによる企業への支援。
*インフォーマル部門、自営業への支援。しかし、おかしなことに少額で、対象となるのはこうした労働者のうち少数でしかない。
*労働者に対して、労働契約を一時停止する可能性。しかし、賃金を受け取るこなしに!雇用主の唯一の義務は、AFP、国民医療基金、失業保険へ拠出することだけである。しかし、通常の割合の五〇%である。
それゆえ、危機に対価を払っているのは労働者なのである。彼らの唯一の収入は自分が支払ってきた失業保険だけであり、チリの社会生活のすべての側面を支配する資本化と個別化の論理の中で、その受取額は蓄えられてきたものに依存しているからである。
二万三千社の企業がすでにこの政策を利用し、三五万人の労働者に影響を与えている。彼らのうち大多数はそれゆえ、最低賃金の半額しか受け取ることができないのである。
この契約一時停止はすでに、ファーストフードのチェーン(スターバックス、バーガーキング)で実行されている。結局のところ、ホテル、レストラン、小売業を含むいくつかのセクターにおいて、いま大量レイオフの力学が働いている。サンチアゴの富裕者居住地区において隔離措置が実施されたとき、こうした地区のすべての建設工事が停止したため、建設労働者の大量レイオフの波が来ていたのだ。
主要労組の沈黙
と自律的な闘い
他方では、労働組合運動はその課題にはっきりとは反応しなかった。労働組合が中心になって関与したことは、仕事場の数を維持しようとすることだった。しかし、仕事から離れる権利を要求することはなく、何百万人にとって尊厳ある、安全な隔離を確実にする手段について考えることもなかった。
多くの労働組合は、隔離の要求が雇用を危うくするという論理の中にとどまってきた。…しかしながら、幸運なことに、組合員の基本的権利と当面の健康を守るための法的な行動をとっていた組合組織があった。
労働裁判所は、もし健康・安全条件が満たされないのであれば、賃金を失うことなしに労働者がそれ以上仕事に行かないことを許可するという決定を下した(仕事から離れる権利の形成)。しかし、現在までのところ、多くの労働組合はそうしたとりくみをしてこなかったし、こうした行動は非常に少数派である。中央統一労働組合(CUT)は、チリが数カ月に及ぶ反乱の中にあったときでも批判的な声を聞き取ることができず、何ら具体的な前進を見ていない「三者間」交渉という論理に囚われて、またもや麻痺状態にあるように見える。
この深い沈黙はパンデミックによってさらに強化されている。今年のメーデーは「チリの歴史上もっとも悲惨なものの一つ」だったことになるだろう。
しかし、他のセクターは攻勢的であり、非常に行動的である。これはとりわけフェミニストの闘いにおいて顕著である。
三月八日フェミニスト調整は、それ以外の諸組織と連携して、隔離という状況のもとでの男性優位でジェンダーに基づく暴力に対応したキャンペーンを始めた。昨年三月八日に何百万人の人々を結集させたこの統一フェミニストの空間は、「生命のためのストライキ」、すなわち社会的緊急プランの制定を要求し、パンデミックとそれによる影響に対処させるためのストライキを呼びかけた。
活動家はまた、現在の危機と全般的な生活の不安定さをフェミニストの視点で読み解くことをベースにして、自分たちのスローガンと分析を深めるためにこの五月を利用した。そのスローガンは「奴らの利益のためではなく、命を支えるための労働と医療を!」だった。
支配回復か否か
決定的な数週間
疑いもなく、フランスと同じようにチリでも、隔離の終了にともなって、デモ、ストライキ、社会運動の復活が見られるだろう。チリの支配階級は、一方では弾圧を続けながら、彼らに関する限り、自らの政策を前進させ、存在する深刻な政治危機に力を集中し、消滅させることを可能にする全般的なコントロールの回復を準備するために、パンデミックを利用しようと考えている。
このことの一例は、一〇月の反乱以降いまだに獄中に囚われている何百人もの政治犯(ひょっとすると二千人以上!)の釈放を求める多くの家族や活動家の闘いである。刑務所は差し迫った感染の危険にさらされた状況にあるからである。
結局のところ、政府は「危険が少ない」と考えられる地方の拘留者の一部について、その刑を「健康非常事態」という理由で自宅拘禁に切り替えることを受け入れたが、判決待ちの人々や社会運動への参加を理由とする囚人とみなされている人々には何の回答もなされてこなかった。
そして、この状況を利用して、右翼の国会議員らは政府に働きかけて、独裁政権の下での制度的な人権侵害に責任がある人々を、彼らが拘留されている設備の整った刑務所から釈放させようとしている。……これが引き起こした大騒動に直面して、何人かの裁判官が同意したにもかかわらず、政府は後退せざるを得なかった。
このようにして、次の数週間は、新型コロナウイルスやその影響と―経済と医療の両面で―向き合う緊急プランを断固として要求する一方で、以下の二つの観点で疑いもなく決定的なものとなるだろう。それは、チリにおける大衆的医療という観点および一〇月反乱をもたらした要求を発展させ続け、右翼・極右による独裁への郷愁を押し返すという大衆運動の能力という観点の二つである。
それ以外の課題は、何カ月間にもわたって腐敗した政治体制と専制的な新自由主義経済モデルに反対して街頭で闘ってきた勢力に対して、明確で民主主義的な急進的展望を与えることのできる「下からの」政治的組織化の形態を作り始めるために、いまだに不安定なこの「移行」期を使うことができるようにすることである。(6月16日)
(アレックス・グエリンは、フランスNPAと第四インターナショナルのメンバー。フランク・ゴーディショーは、トゥールーズ大学ジャン・ジョレス校のラテンアメリカ史教授、フランス・ラテンアメリカ協会の共同代表、「レベリオン」サイトおよび『コントレタン』誌の編集委員を務めている。)
(『インターナショナル・ビューポイント』六月二六日)
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