南アフリカ・女性に集中する貧困

性差別、人種主義、階級支配の相互作用

タマラ・バラーム

南アフリカ・女性に集中する貧困
性差別、人種主義、階級支配の相互作用
タマラ・バラーム

 階級、人種、そして性が相互に作用して構造的不平等を作り出すことが、南アフリカほどはっきり示されているところはほかにない。タマラ・バラームは、南アフリカにおける貧困と性の関係を調べ、性差別による貧困の分析と概念化の種々の方法を検討し、貧困対策プログラムの影響評価の指針を提起する。

差別と階級の内在的一体化

 1990年代に至るまでの南アフリカ社会の最も目立った特徴は、政治的経済的および社会的制度全体の人種主義であった。南アフリカの人々は人種的に(肌や髪の色、鼻の形などの身体的特徴に基づいて)「白人」、「アフリカ人」、「有色人」、および「インド人」に分類された。
 人種差別を法制化したアパルトヘイト体制の残虐性は、南アフリカ人を相対的劣者と優者に社会的に振り分けたことにとどまらず、そのことが直接に物質的社会経済的意味を持ったことにある。簡単に言えば、南アフリカ的な意味での「人種」と「階級」は互いに内在的なものとして産み出されたのであり、それによってブラック・ピープル(アフリカ人、有色人、インド人として分類された人々)は制度的に抑圧され、搾取され、その結果、これらのグループの大部分が収奪と屈辱的な貧困の状態を強いられてきたのである。
 1995年の国連開発計画(UNDP)報告によれば、人間性開発指数(HDI)に関しては南アフリカは世界の国々の中で第95位である。しかし、もしブラックとホワイトを別の「国」とみなせば、ホワイトはポルトガルとならんで第34位となり、ブラックはガーナとならんで第128位となる(UNDP、1995年)。
 南アフリカのブラックの女性は歴史的に多面的な抑圧を受けてきており、子ども、障害者および老人とともに最も貧困と収奪をこうむりやすい状態に置かれてきた。ブラックの女性たちは、アパルトヘイトの移民法の攻撃を受け、つれあいや夫から強制的に引き離され、持続的に生計を維持していく見込みのほとんどない農村地域で生存のための闘いを強いられ、南アフリカの構造的不平等を体現している。
 多くのブラックの女性たちが、移住し続けている。子どもや家族を農村地域に残し、絶望的になって、都市の中間階級や上層階級の家や台所で働いている。以前のアパルトヘイト時代の人種分類がもたらしたブラックの女性たちの貧困は、女性であるという立場と地位のためにまともな生活をおくるチャンスをさらにおびやかされているという点で、性差別によるものである。

世銀の指標と貧困層の構成

 南アフリカの貧困ラインについては、一般に意見が一致しているものはない。貧困人口の見積もりには35%から55%までの幅がある。1995年の世界銀行の「南アフリカの貧困の主要指標」が復興開発計画(RDP)の基礎として使用されているが、この報告書では、40%の世帯を「貧困」、20%の世帯を「極貧」と定義している。
 この報告書によれば、南アフリカは、中所得国の中で社会的指標(健康、教育、上水道、出生率)に関して最悪を記録している国の一つであり、不平等に関しても最悪を記録している。
 南アフリカの貧困層の95%近くが「アフリカ人」であり、5%は「有色人」、「インド人」とホワイトは1%未満である。女性が世帯主である世帯の貧困率は、男性が世帯主である世帯より50%も高い。貧困層および極貧層の大多数の世帯は、電気や上水道や近代的な下水道を利用することができない。
 貧困層の3分の1は掘立小屋や伝統的な住居に住んでいる。約95%は農村地域にすんでいる。ほぼ半数はまったく教育を受けていないか初等教育を完了していない。貧困層の労働年齢人口の中で実際に働いているのは30%に満たない。貧困層の45%以上が16歳未満の子どもである。

貧困に対する3つの観点

 貧困は、種々の観点から評価することができる。「所得の観点」から見れば、定義された貧困ラインを所得が下まわっている場合に、しかもその場合にのみ、その人は貧困であるとされる。多くの国が、所得貧困ラインを採用して、貧困層の減少の進展をモニターしている。多くの場合、貧困層を区切るラインは、特定量の食料を得るのに十分な収入があるかどうかで定義されている。
 世界銀行が使用している所得をベースとするアプローチは、人々が生計を維持する手段を持たなければ人間的な発展は保証されないがゆえに所得は重要であるという意味で、限られてはいるが有用である。
 近代資本主義世界では、人々が確実で安定した妥当な所得を得ることができることは不可欠である。しかし、それは人間的な発展に影響を与える唯一の要因ではない。住民全体の中では所得は多様であり、したがって平均所得は国民経済の歪んだ姿しか示しておらず、富裕な個人の所得は貧困層の所得でならされて分からなくなる。
 社会階層/階級レベルでも、所得は同じグループの中でも異なる。例えば、労働者階級の中でも、どんな職業に就いているかによって、所得は高い場合も低い場合もある。一つのグループ・レベルの中で都市と農村の区別や性の区別が存在するが、これらは考慮されない。
 もう一つの観点である「基本的必要性の観点」の場合には、貧困は、食物を含む人間的必要の許容可能な最低限の充足にとっての物質的必要条件の欠如と定義される。この欠如の概念は、個人所得の不足をはるかに超える概念である。これには、基本的な健康、教育、および人々が貧困に陥ることを阻止するために共同体が提供しなければならない不可欠のサービスの必要性が含まれる。また、この観点からは、雇用と参加の必要性も認識される。
 「機能的観点」は、貧困を、ある種の基本的機能の欠如として、すなわちそのような機能の最小限の許容レベルを達成する機会を欠いている人々として理解する。この分析に関連する機能は、衣食住が足りていることや、病気にならないことのような身体的な条件から、共同体の生活に参加することのようなより複雑な社会的条件に至るまで幅がありうる。機能的アプローチは、所得や生活必需品の相対的欠如は最小限の機能の欠如に至り得るので、絶対的貧困と相対的貧困の概念を和解させるものである。
 南アフリカにおける貧困は、通常は「10月世帯調査」を使用して評価される。貧困パターンは、評価の単位としての世帯に基づいて検討される。世帯は一般に複数の男と女で構成されているので、この方法には問題がある。したがって、女や少女が男や少年に比べてカネや学校や食べ物に平等にアクセスできないという不平等と貧困のパターンは、ここでは考慮されていない。

人間的開発の枠組と性差別

 この観点は、3つの観点に基づいているが特に機能的観点に基づいている。焦点は、単に人々が実際に生活している貧困状態だけでなく、人々の選択の拡大にある。
 人間的開発の観点からは、貧困は選択とまともな生活の機会の否定を意味する(UNDP、1997)。貧困の種々の断面、およびグループ/個人が享受している生活の質に与えるそれらの影響の複雑さを考慮すれば、所得指標だけを使用することは不適切である。
 UNDPは、人間的発展を人々の選択肢の拡大の過程と定義した。最も重要なことは、寿命をまっとうし健康な生活を送ること、教育を受けること、まともな生活水準を享受することである。追加の選択肢としては、政治的自由、その他の人権の保証、自尊心の種々の要素がある。
 南アフリカにおける人間的発展の過程は、「貧困層」の生活の質の改善にかかわっており、それは住居、識字教育、適切な保健サービス、雇用機会の増大、上水道、などの無数の挑戦課題を満足させることを意味する。
 人間的な発展の枠組の中での概念としての人間的な貧困とは、まともな生活の機会を選ぶことの否定を意味する(UNDP、1997)。この観点は、貧困とは人々の生活のはく奪であり物質的なことを超えるものであると主張する。人間的発展にとって最も基本的な機会と選択肢、すなわち健康な寿命、尊厳、暴力からの自由、再生産の機会、自尊心、まともな生活水準の享受、の否定を意味する。UNDP(1997)は、貧困に対してはあらゆる側面から対処しなければならないと主張している。性的抑圧や人種的差別は明らかに、個人的および集団的レベルの貧困に影響を与える要因である。
 性の問題は「女性の問題」ではない??それは共同体全体の生活と発展に影響を与える問題である。女性は均質な集団ではなく、女性が性的な抑圧を経験する仕方、したがって性的な抑圧に対応する仕方は、それぞれのバックグラウンドによって異なる。
 「健康に関しては、大部分のホワイトや中産階級の女性はある種の医療を受けることができる。アフリカ人や貧困層の女性は、公共保健制度に依存する度合が高い。交通に関しては、運転免許料や自家用車に関するその他の問題が、大部分のホワイトおよび中産階級の女性に影響を与えるであろう。アフリカ人や貧困層の女性は、公共交通や基本道路の建設および保守、農村地域の道に関心を持つだろう。エネルギーに関しては、大部分のホワイトおよび中産階級の女性は、何も考えずに毎日膨大な量の電気を使用している。多くのアフリカ人や貧困層の女性は、はるかに小さな、多くの場合不十分なエネルギーを手に入れるために多くの時間と金を費やする。」(セカンド・ウーマンズ・ブジェット、1997年)

「時間の貧困」という概念

 性的抑圧の決定的な柱の一つであり表現でもあるのは、女性が家庭内で行っている目に見えない不払い労働である。
 子どもを産み、養育し、広範な家族の世話をすることは、すべて男よりはるかに女の方が担っている役割である。この働きは、認識されず、支払われず、当然のことと思われており、しかし社会は未だそれなくしては有効に機能し得ない。不払い労働は、時間がかかる、多くの場合骨のおれる、繰り返される仕事であり、一日中女性に要求を出す。貧困は時間に関しても評価することができる。これは性差別による貧困を見る場合には非常に重要な要因である。なぜなら、女性は不均衡に時間的に貧困であるからである。
 従来の経済学は、時間の貧困を概念化することには困難を感じている。特定の金銭的価値がないからである。しかし、「時間の貧困」の概念はフェミニストにとっては特に有用である。なぜなら、労働の性的な分業が女性に大量の不払い労働を割り当て、男性は生産局面でより高い価値を持つ仕事に従事するようにしているのであり、このことが性による抑圧の基礎にあるからである。
 「時間予算は、必要なすべての作業を行い、支払われる義務および支払われない義務を遂行し、仕事を続けるのに必要な休養と自分の面倒を見るのに必要な、時間の量の尺度として、1日24時間を使用する。赤字は、彼または彼女が自分の面倒を見るのに少ない時間しか取れなくなり、彼または彼女が病気になるかまたは他のことを余りできなくなるか、あるいはその両方になることを意味する。または、その人はより少ない時間働き、そのために所得が減少するか(その仕事が支払われる場合)または社会から受ける利益が減少する(不払い労働の場合)ことになるかもしれない」(エルソン、1996年)
 性による抑圧の問題に取り組むために、さらに別のアプローチが開発された。

開発の中の女性(WID)

 このアプローチは、種々の政策手段を通じて女性を主流に統合することが、アフリカ、アジア、および南米の開発途上国における女性の状況を解決する最良の方法であるという仮定に基づいている。
 この基礎にある考え方は、既存の開発介入に統合を追加することである。「女性の統合」の古典的な例として、女性には大量の時間の余裕があるという仮定に基づいて補足的な所得をもたらすために作成された、所得生成プロジェクトがある。
 WIDの中で、種々の政策の枠組が生れ、モーゼルによって公平、反貧困、能率、および権限付与の枠組として表現された。
 WIDに関する問題は、女性を均質な集団とみなし、人種的要因、経済的要因やその他の要因を考慮しないことである。この観点は、女性の発展は経済的な問題に対処することだけで達成できるという神話を作り出す。この観点は、開発途上国に課されている開発の種類を問題にしない。この観点は変化や転換を考慮しておらず、社会の既存の力関係に挑戦しない。

性と開発(GAD)の問題

 とりわけ第三世界の運動からの考え方が、このGADのアプローチの誕生をもたらした。GADは、女性を一様な集団とは考えない。女性の状況は、社会経済的要因、人種的要因やその他の要因の文脈の中で見なければならない。社会は、女性および男性のアイデンティティの形成の主要な要因とみなされる。女性だけに焦点をしぼるのではなく、女と男の力関係およびそれぞれの役割に与える社会の影響も考慮することが重要である。
 GADに関する問題は、この観点が、広範な分析的方法で性に焦点を当てることにより、女性の発展に深い影響を与える個人的問題を覆い隠し、女性に実際に影響を与えている問題を隠してしまうことである。
 GADのアプローチは、性のアイデンティティ、性の役割、分業、再生産における役割、生産における役割、共同体管理における役割、共同体政策における役割などに関するボキャブラリー(語彙)を導入した。
 特に、現実的性ニーズ(PGN)および戦略的性ニーズ(SGN)の概念を導入した。現実的性ニーズ(PGN)とは、女性が演じている特定の役割から生じる、例えば、育児のニーズである。戦略的性ニーズ(SGN)とは、通常は既存の男と女の力関係への挑戦である。このアプローチは、性の計画立案や転換へ向けての枠組の分析を行う際の「技術的道具」を提供する。
 残念ながら、「性と開発」アプローチは開発部門の新しいもったいぶった専門語になってしまっている。これを採用することは、必ずしも性の力関係への挑戦に向けての変化を意味せず、挑戦への約束を表しているわけではない。
 また、GADアプローチが技術的側面を重視していることが、広範な社会・政治・経済的文脈の理解を発展させ人々の生活へのその影響を理解することから焦点をそらせる傾向をもたらしている。
 ネールは、GADの批判をさらに進めて、次のように主張した(1996)--性を開発と結び付けることは、性の議論を開発の議論にしてしまうことを意味し、それはIMFのような国際機関の利益にそった議論をもたらす。
 アフリカやその他の多くのマルクス主義者およびフェミニストは、「人間的開発の枠組」を使用して貧困を概念化して論じている。この枠組は、性関係の理解と分析を「人々の選択の拡大と達成された福祉レベルの向上」(UNDP、1997)の決定的な要素として統合することもたらす。
 最も重要な指標は、寿命をまっとうし健康な生活をおくること、教育を受けること、まともな生活水準を享受することである。追加の選択肢としては、政治的自由やその他の人権の保証、自尊心の種々の要素がある。

肉体的精神的な健康と女性

 著名な英国の健康理論家レズリー・ドイヤルは、ヨハネスブルグにおける1994年女性健康会議で次のように語った。
 「結局、女性を病気にしたり健康にしたりするのは、医師ではなく、彼女たちの生活の現実である。中心的問題は社会(および男)の彼女たちの扱い方である。病気から出発してその原因を調べるのではなく、女性の日常の活動から出発して、女性の健康をもたらしあるいは破壊している潜在的要因を調べることが必要である。」
 女性は、子どもを産み育てることの主要な責任を担っていると同時に、多くの場合世帯の補助的な所得を得るために働いている。女性は食卓を用意し、老人や病人の世話をし、教会の寄付集めや水汲み共同作業や住宅プロジェクトの実施などで地域社会の機能に貢献している。
 あらゆる要求が女性に対して出されるので、自分自身の健康と発展のためにほとんど時間を割くことができない。女性は、低い社会的地位、政治的抑圧、ボスや家族による搾取を経験し、その結果不十分な肉体的精神的健康がもたらされ、それが無力感と小さな自己評価につながっている。
 国民の健康と生活の質を根本的に改善するための最も重要な要因の一つは、安全で清浄な水、トイレ、衛生的なごみ処理を、だれもが享受することを保証することである。南アフリカでは何百万人もの人々が、安全な水の供給もトイレもなく、ごみ処理を拒否されている。
 多くの地域では、川や小川やダムからの汚染された水しか手に入らず、女性は、なけなしの金を払って高価な燃料を買い、湯をわかすことを強いられている。生活の基本的必要物である水を手に入れるために女性がしなければならない労苦は、女性の時間、エネルギーおよび金の犯罪的な浪費にほかならない。
 水が汚染される仕方の一つは、人間の顔との接触である。そこには多くの危険な微生物が含まれており、チフス、赤痢、コレラなどの病気を伝染させる。インフォーマルな住まいで生活することは、女性にとって特に厳しい生活になる。近代的な衛生設備や水道がない中で、たとえ女性自身は病気でなくても、子どもや老人や弱い人々の世話をすることが女性の責任になるからである。
 適切な、上質の産婦人科医療にアクセスできないことは、女性の生活に破壊的な結果をもたらす。子どもの出産の間隔をあけることができず、生命、生殖機関、体について知った上での決定を下すことができない。
 繰り返し妊娠していることが分かり、既に生まれた子どもたちで手一杯であるので、裏通りの堕胎に頼り、彼女自身の将来の健康、出産能力、および生命を破滅させる結果に至る。危険な堕胎は、母親の死の五大原因の一つであり、毎年2万人が死んでいると見積もられている(世界保健機構、1991)。これらの死の九九%は、開発途上国で発生している。

まん延する性暴力との闘い

 「1994年のインターポール国際犯罪統計報告によると、南アフリカは、強かん率では世界最高、自動車盗は27位、窃盗は13位であった」。
 女性に対する暴力のまん延の程度は、次のような統計に示されている。
 「レイプ・クライシス」は、強かんの80%は、被害者の顔見知りによって行われていると指摘している。
 この分野で活動している著名なNGOは、女性の6人に1人がパートナーによる強かんを受けたことがあると見積もっている(ヒューマン・ライト・ウォッチ、1995年)。
 南アフリカで最初の女性殺しに関する調査では、ヨハネスブルグ行政区で1994年に殺された女性の41%が、パートナーによって殺された(ベッテン、1995年)。
 強かん率はクワズルナタルが最高で、地域の暴力の全体的レベルの高さを反映していると見られる。
 「ヒューマン・ライト・ウォッチ」報告が引用している警察の見積もりによれば、実際にあった強かんのわずか2・8%しか報告されていない。
 報告された強かんの3分の1しか起訴されず、さらにその半分しか有罪になっていない(セカンド・ウーマンズ・ブジェット)。
 女性に対する暴力は、明らかに警察にとって最優先問題であるはずだが、南ア警察はそのようには認識していない。女性は、自身の安全と肉体的な完全性を、自動車やハンドバッグや金や財産より大切に思っているが、政策レベルの決定はこのことを明らかに考慮していない。女性に対する暴力の残忍さは歴史的に暴露されてこなかった。それは家庭内での女性の見えない労働が、私的な家庭の領域によって隠されてきたのと同じである。
 1997年11月22日の女性に対する暴力に抗議する公務員の行進は、メディアの大きな注目を浴び、数週間の準備と宣伝が行われたが、参加の低調さは、南アフリカにおいてこの問題を全国的な優先課題として取り上げるまでの道のりを反映している。しかし、毎日、毎時間、女性の生命は打ち砕かれ破壊され続けており、彼女たちと尊厳、自由、ふさわしい人間的開発の間に立ちはだかる障壁を乗り越える可能性は未だ生まれていない。

公共交通機関と女性の貧困

 南アフリカでは、他の国々と同じように、公共交通機関を利用する人々の多数を女性が占めている。しかし、公共交通機関は女性が果たしている他面的な役割を考慮して作られていない。
 多くの貧困層の女性は、インフォーマル・セクターで働いており、公共交通機関を利用して商品を運ぶ必要がある。多くの場合、女性は赤ん坊や子どもを連れており、混雑した煙でいっぱいの列車を利用することに困難を感じる。多くの女性が超長時間働いており、朝早く出かけて夜遅く帰宅する。このことが彼女たちを不規則交通やセクシュアル・ハラスメントの問題に直面させる。
 アパルトヘイト計画ではブラック・ピープルは都市の外に住まわされた。このことは働くブラックの女性にとって、家と職場の間が遠く、時間がかかることを意味した。例えば、プレトリアの経済的に活発なシングル・マザーたちについての研究によれば、「アフリカ人」女性の職場までの平均距離は23・7キロメートル、「有色人」は12・4キロメートル、白人女性の場合は10・8キロメートルであった(フェアハースト、1982年)。
 農村地域の女性は、炊事のための薪集めや水汲みのために長い距離を歩かなければならない。歩かなければならない長距離と荷物の重さは、農村地域の女性の健康に余分のストレスを加えている。基本的医療施設に行くには非常に長距離を行かなければならない。子どもや家族が病気になると子どもをつれて一日以上歩かなければならず、頼りになる交通手段がない、という例もある。緊急時には多くの場合、彼女は多額の金を払って車を持っている人に頼んで運んでもらわなければならない。

教育サービスからの排除

 前初等教育およびエジュケア・プログラムは教育予算全体の1パーセントに満たない額しか占めていない。このサービスの欠如は、私立保育センターに支払うだけの余裕がない母親や養育者の所得を得る能力を著しく妨げている。
 高率の10代の妊娠は、少女が学校を止める主要な理由になっている。南アフリカにおける公式の10代の妊娠率は、旧ホームランド(黒人自治区)を除いて、19歳未満の女性1000人について330人である。
 1994年には、15歳以上の大人の中で740万人が字が読めず、その半分以上の400万人は女性であった。教育レベルが標準5~8年の職業訓練を必要とする大人は1030万人で、その半分以上が女性であった。
 教育レベルと貧困の度合の間には直接的な関係が存在する。世帯主がまったく教育を受けたことがないか、または標準1年未満の教育しか受けていない世帯の3分の2以上が、貧困レベルである。このことは女性に対して特に大きな影響がある。
 教師は女性が多いが(平教員の60~80%)、校長の58%、副校長の69%、主任の50%は男性である。
 女性の教育レベルの低さは、熟練職したがって高給の職につく道を限定している。1991年には、19歳以上の教育を受けたことのない人の54・5%が女性であった。このことが、女性がまともな生活水準を享受する機会を制限している。

労働市場での女性の位置

 マクゲトラ(1995年)は、労働市場の3つのセグメントを定義した。第1労働市場では、女性は看護婦、教師、衣料産業などのサービス業に集中している。第2労働市場では、女性は主として農業、家内労働、インフォーマル・セクターにおいて、著しく多くの職を占めている。農業および家内労働の非市場労働セグメントを占めているのは、もっぱら女性である。
 女性が行っている仕事は、主としてサービス部門である。すなわち、仕出し、小売、家事、秘書、および事務などである。男性が行う仕事は製造業が多い。女性は低賃金の仕事に集中している。女性は年収1000~2999ランド(200~590ドル)の層の59%を占めているが、10万~29万999ランドの所得層では6・4%を占めるに過ぎない。(ニーマンおよびカーガ、1995年)
 女性の低所得の理由の一つに、女性がフレキシブルで低賃金の仕事に集中していることがある。フレキシブル労働には、臨時労働、パートタイム労働、下請け労働、季節労働、家事労働がある。
 また、女性は労働組合組織率の低い仕事についており、このことも低所得の理由になっている。正式の教育や職業的資格のレベルが低いことも女性の雇用機会を制限しているが、このことが唯一の要因ではない。家庭における女性の(不払い労働の)責任も、多くの場合職場における雇用者による差別の理由に使われている。
 女性は失業者の大きな部分を占めている。世界銀行/SALDRUのある調査によれば、年齢グループ16~24歳の「アフリカ人」女性の71・2%が失業している。労働組合自由化政策は、繊維および衣料作業に特に影響を与えた。ここでは労働力の80%が女性である。南アフリカが世界の他の部分との貿易を開始したとき、工場の多くは競争相手ほど安価な正しい品質の商品を供給することができなかった。その結果、衣料および繊維産業で四万近い職が失われた。
 多数の女性がインフォーマル・セクターに従事している。この部分の重要な特徴は、フォーマルな経済と同じように、女性が不利な地位に置かれていることである。ホーン(1994)は、女性の活動の利益が増えてくると、多くの場合それらは徐々に男性に取って代わられる、と述べている。彼女はこの理由として、女性の法的に弱い地位、クレジットなどの資源へのアクセスの面での男性の優位、および社会的再生産における女性の役割を上げている。

男女の力関係の変革が核心

 以上から、次のことが明らかである。南アフリカにおける貧困は、人種差別によるものであるのと同じように、特にこの国の社会経済的生活のあらゆる側面に織り込まれている性差別的特徴を持っている。
 貧困の性差別的性格は、貧困の分析および問題に取り組む戦略の、基本的な意味で重要な一部でなければならない。
 ある種のWIDアプローチで語られているような意味で重要な問題として追加されるのであれば、それは失敗するだろう。性の問題を技術的な仕方で強調し、女と男の力関係の観点を無視するならば、失敗するだろう。その過程を重視せずに、結果だけを目指すのであれば、それは失敗するだろう。
 種々の指標を監視することでは、この国の最も屈辱的な貧困の体現者であるブラック・ピープル、貧困層、そして貧困層のブラックの女性たちが、性差別による貧困を基本的な仕方で取り扱うプロセス、政治的計画および戦略に参加し、理解し、決定する能力を築き上げることに代わることはできない。
(「インターナショナルビューポイント」98年6月号)

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