新自由主義経済下のラテンアメリカ〔4〕
強権的寡頭支配の政治構造
山本三郎
1 強権的政治支配の背景
ラテンアメリカの政治を特徴づけているのは、きわめて暴力的で、強権的な支配の構造、政治の構造である。それは1960年代から70年代にかけて数多く登場した軍事政権に限定された特徴ではない。外見上はブルジョア民主主義的な憲法を持ち、三権分立的な国家構造を持っていたとしても多くの場合その例外ではない。
また同じ抑圧的政権でも、アルゼンチンの大統領だったペロンに見られるように、カリスマ性を持った指導者が議会等をバイパスして直接民衆と結びついた政権、メキシコのPRI(制度的革命党)にみられるように農民組合、労働組合をもその政権構造に取り込んだ政治システムも、ラテンアメリカの歴史の中ではよくみられる政治的特徴である。
ラテンアメリカ社会はきわめて貧富の差が激しい社会である。極少数者による富=土地の独占と、一方における圧倒的多数の貧困層=農民の存在という構図である。そのことに加えて、コロンブス以前の古代ラテンアメリカ社会に起源を持つ階級社会の伝統と、イベリア半島から持ち込まれた中世カトリックの政治支配の構造は、ラテンアメリカ社会を流動性の少ない、強固な階級社会として形成してきた。
例えば20世紀初頭のメキシコにおける階層分化を例にとると、大土地所有者等の富裕な上層階級の者が1%、中間層はわずか8%、後の91%は下層階級としての農民労働者であったという。1980年代初頭においてさえ、ラテンアメリカ全体で土地を持っていない農民の割合は約40%、零細農民を加えると72%に上り、一方、1%の大土地所有者が全農地の50~60%を所有していたと推定されている。
またブラジルの社会学者ローズマリー・ムラロはブラジル社会を次の4つの階級に分け、1980年におけるその割合をつぎのように記している。
(1)ブルジョアジー、3・2%―大農場主、大・中の企業家、政治家、高級軍人、テクノクラート、外国人の多国籍企業経営者。
(2)プチ・ブルジョアジー、24・2%―医者、弁護士等の自由業者の大部分(一部は一に入る)、教師、小企業主、商店主、公務員、ホワイトカラー。
(3)労働者階級、34・0%―零細農、小作人、工場労働者、サービス産業労働者、職人、運転手、小店舗主、メイドの一部。
(4)アンダークラス、38・6%―農村の季節労働者、都市のインフォーマルセクターの人々(街頭の物売り、靴磨き、物運びの手伝い等々)、メイドのかなりの部分、売春婦、乞食、スリ、窃盗等の犯罪者など定期的な収入がない者、仕事を求めているがほとんど働く機会がない者。
大土地所有者、軍事的地方ボスと手を組んだ国際資本は、この構造を利用してアグリビジネスを展開し、工業化を図っていったのである。その結果として、新興工業ブルジョアジー、都市中間層、労働者階級が誕生していったわけだが、そのことは従来あった階級構造を解体するというよりも、再編強化することになっていった。そしてそのことによって生み出される矛盾の増大は、ラテンアメリカの社会と政治を常に不安定なものにしてきたのである。
その社会不安、政治不安を抑えるための、またある時は国家統合をはかるためのラテンアメリカ特有の強権的な政治システム、政治支配の構造が生み出されてきた。カウディリスモ、寡頭支配体制(オルガルキーア)、コーポラティズム(団体統合主義)、ペルソナリスモ(個性主義)、パトロン・クライアント関係等々である。
60年代から70年代にかけての軍事政権もまた、現代におけるその類型であり、そうした政権のアンチテーゼとして登場したポプリスモ(民衆主義)も、その多くは、最終的には独裁的な政権になることによってこの範疇に入っていくのである。そして、社会民主主義者も含めて、ラテンアメリカ左翼の基盤もまた、この構造への反対勢力ということにあったわけである。
これらの政治構造は現在のラテンアメリカの政治にストレートに登場することはほとんどなくなっている。しかし、現代的に姿を変えることで、あるいはラテンアメリカの政治的土壌や、人々の政治意識の中に根強く残ることによって、いまでも多大な負の影響をラテンアメリカの政治に及ぼしている。しばしばラテンアメリカ政治の特徴として語られる政党内部における親分子分の関係、兄弟・縁故者の優遇、汚職、収賄、公金横領の日常化等もみなこの構造の中から生み出されてきたのである。
2 寡頭制国家の成立と国際資本
ラテンアメリカの政治を特徴づけているもう一つの構造は、政治と経済との非常に密接で直接的な関係であり、また国際資本の意志がストレートに反映していくその構造である。
独立後、ラテンアメリカ諸国の多くは民主主義的憲法を制定して、共和国的体裁をとって出発した。しかし、内部においては中央集権制を主張する保守派と、連邦制を主張する自由派が激しく争い、政治は混乱の極みにたっしていた。この混乱に乗じて政権をさん奪したのが、私的な軍事力を背景にした政治ボスであるカウディーリョであった。彼らは配下と個人的な忠誠関係で結ばれ、その強烈なカリスマ性で民衆の支持を獲得し、家父長的な独裁者として国家に君臨したのである。彼らの出身階層は色々だったのだが、彼らが代表した利益は等しく大土地所有者の利益であり、商業資本家の利益であった。
19世紀後半に入ると、欧米諸国の産業構造の大転換は、ラテンアメリカ諸国に第一次産品の輸出による空前の好景気をもたらした。しかし、そのことはラテンアメリカ諸国を国際分業体制の下での第一次産品輸出基地としただけではなく、政治的にも国際資本の支配下に置いていくことになった。とりわけイギリス資本と関係が深かったアルゼンチンやブラジルは、ほとんど大英帝国の一部に等しくなっていったのである。
こうした情勢を背景に国内の政治権力を握っていったのが、大土地所有者、鉱山所有者、流通を支配する大商人であった。彼らは国際資本を背景に、国内的にはカウディーリョと手を結んで寡頭勢力(オルガルキーア)を形成し、国内政治を支配したのである。
自由主義を標榜する彼らは、そのイデオロギーにのっとって自由貿易を推進し、外資を導入して第一次産品の開発を推進した。その結果大量に流入する欧米諸国の商品によって、独立前後から芽生えていた工業の芽は摘み取られてしまったのだが、農村の状況はもっと悲惨だった。カウディーリョと組んだ大土地所有者によって、農村共同体は次々接収され、商品作物のための大農園に変貌させられてしまったのである。そして土地を奪われた農民は、土地なき農民として大農園に組み込まれ、負債を負った小作人にさせられていった。
自由主義とは本来、産業革命後に登場した市民社会における政治的自由、経済的自由を意味している。しかし、ラテンアメリカにおいては非常に限定された自由であり、民主主義であった。なぜならラテンアメリカにおいてはいわゆる中間層としての市民層は非常に少なかったし、圧倒的多数者たる貧困層、農民層はそのらち外に置かれたからである。
従って、寡頭制の政治とは極めて少数の支配者による、貴族的で、エリート主義的な少数支配の政治であった。そして、圧倒的多数者たる民衆はその政治から排除され、強権的に支配されたのである。
この構造をより強固にしたのが、アメリカ合衆国のラテンアメリカへの進出と、その支配者としての地位の確立であった。彼らは軍事力を背景に、この寡頭勢力と結びつき、温存し、支配下に置くことで、米国資本の拡大を図るとともに、その権益を守っていったのである。
こうして、ラテンアメリカではモノカルチャー化が一層深化させられ、それを支える政治構造が生み出されていったのである。もちろん現在ラテンアメリカの政治体制は、寡頭支配体制にあるわけではない。しかし、現在でも国際資本が、すなわちアメリカ合衆国がラテンアメリカの政治へ、軍事介入をも含めて直接介入する事例は、73年のチリの軍事クーデターへのCIAの関与、83年のグレナダへの派兵、ニカラグアのサンディニスタ政権へのコントラを使った干渉、89年のパナマのノリエガ将軍追い落としのための武力干渉、94年のハイチへの軍事侵攻等枚挙にいとまがない。
3 ポピュリズム政権の基盤
第一次産品輸出経済が寡頭政治を生み出したとするならば、ポピュリズム政権を登場させたのは、輸入代替工業化政策である。この政権構造はラテンアメリカに固有のものであり、ラテンアメリカ諸国で数多く成立した。しかし、各国での成立基盤、成立過程にそれぞれ違いがあり、一律に規定することは難しい。
後藤政子さんは、その著『現代のラテンアメリカ』の中でポピュリズムを、「ごく図式的には地主・輸出ブルジョアジーに対する工業ブルジョアジーとプロレタリアートの同盟の政権という概念でとらえていいのではないかと思う」と簡潔に規定し、「ただこの同盟の関係をどう見るか、ブルジョアジーと労働者を対立するものとみなすか否か、ヘゲモニーを握っているのはいかなる勢力なのかで意見が分かれ」て、さまざまな概念規定が出てくるが、「基本的には、この同盟が階級協調を基盤にしているところにポピュリスト体制の特徴があると考えてよいと思う」と述べている。
1929年に始まる世界大恐慌は、第一次産品輸出に基礎をおいたラテンアメリカ経済に大打撃を与えるとともに、その経済構造に支えられた寡頭支配体制を土台から揺すぶるこになる。
19世紀後半以降に始まる第一次産品輸出経済の発展は、都市の商工業を発展させ、巨大都市を生み出していた。1895年から1909年のあいだにメキシコシティーの人口は約三倍になり、100万人を越えた。また1850年当時6万人程度だったブエノス・アイレスの人口は1918年には約70万人になった。
こうした事実は都市中間層、労働者階級の登場を意味しており、彼らは寡頭支配体制との矛盾を深め、労働運動、政治運動が既に開始されていた。また農民の間でも、大土地所有者に反対して、農地解放、生活向上を求める運動が芽生えつつあった。
また工業的発展を目指す新興ブルジョアジーにとっても、寡頭支配体制はその経済政策だけではなく、その土地制度を含めて桎梏になっていた。そして輸入品の激減は彼らにとっては、自らの国内工業を発展させる絶好の機会だったのである。
新興工業ブルジョアジー、都市中間エリート層に基礎を置いたポピュリストたちは、強烈なカリスマ性をもって民衆の前に登場し、社会矛盾の解決を訴え、民族主義を高揚させ、民衆の支持を獲得していった。こうしたポピュリストの政権は第二次世界大戦以降、本格的に輸入代替工業化政策が進展していくとともにその最盛期を迎えることになる。つまり、代替工業化の進展が、都市中間層、労働者階級を著しく増大させた結果であった。
ブラジルのバルガス政権、アルゼンチンのペロン政権、チリの人民戦線政権(1938年)、メキシコのカルデナス政権、ボリビアのパス・エステンソロ政権等を、それぞれ違いはあるものの、その代表的な例として上げることができるだろう。また1950年代までの革新的政権といわれるものは、大なり小なりこの政権の範疇に入れてもいいのではないだろうか。
ただし、中米地域においてはこうした政権は成立しなかった。そのためポピュリスト的な社会的再編成さえ進まないままで、軍事独裁政権が継続していくことになった。そのことが中米地域の内戦の大きな要因となっていったのである。
4 ポピュリズムの政策と階級協調
ではポピュリストたちの政策とはどんなものだったのだろうか。経済政策としてあげられるのは、国家主導による輸入代替工業化政策の推進であり、自由貿易主義から保護貿易主義への転換である。国際政策としては外国資本に反対して、民族主義、反帝国主義=反米が掲げられ、また国内政策としては、社会福祉、労働者保護政策、農地解放などの主張がなされた。
彼らの支持基盤は新興ブルジョアジー、都市中間層、労働者、農民、場合によっては軍人をも含んでおり、多階級間同盟の性格を持っていた。こうした種々の階級、階層を統合する政治的手法として、カリスマ的な指導者が民衆に直接的に働きかけ、組織していくという方法がとられたのである。
輸入代替工業化政策は、第一次産品輸出の停滞による輸入の激減に対処するという現実主義的な政策である。と同時に、工業化をはかることで、新植民地的な従属状態から脱出しようとする極めて民族主義的な、国家の統合を目指す政策でもあった。そして、輸入代替工業化をはかるためには、なによりも国際資本、すなわちアメリカ資本との対決が必要だった。民族主義は必然的に、反米、反帝国主義に結びついていたのである。
強大な力を持つ大土地所有者=寡頭勢力に対して、新興工業ブルジョアジーはいまだか弱い勢力だった。寡頭勢力と対抗するためには、労働者の支持とともに、大土地所有者と対立する農民の支持は不可欠であった。また労働者の賃金の上昇、農地解放による農民の生活水準の向上は、国内市場の拡大という点でも彼らにとっては必要なことであった。労働者にとっても、農民にとっても、こうした社会正義を実現するとしたポピュリストの政策は魅力的な歓迎すべき政策であった。
また同時に、スターリン指導下にあった当時の国際共産主義運動の戦略が、ラテンアメリカ左翼に与えた影響を見ておかなければならない。彼らはラテンアメリカの支配の構造を封建的支配、ないしは前資本主義的段階ととらえ、来るべき革命の課題をブルジョア革命として位置づけていた。また当時の経済的段階から、いまだ労働者階級の形成は不充分であった。こうしたことも、彼らの階級協調政策を正当化させたのである。
普通選挙法の実施、労働者保護政策等は、ラテンアメリカにおける初期的民主主義の実現を意味していた。また民族主義を掲げ、帝国主義諸国の支配からの脱却を目指したその政策は、階級を横断した支持を集めることで、ラテンアメリカ諸国を国民国家として統合していくうえで大きな役割を果たしたのである。
しかし、別な側面からみれば、ポピュリズムとは寡頭支配体制の矛盾の拡大、社会主義の台頭に危機感を持った支配エリート層による、ラテンアメリカの階級構造を温存した形での改革運動であったということができる。それ故、彼らは階級対立という概念を否定し、民族主義を基調にした国民各層の統合を掲げたのである。
彼らは本質的に民主主義者であったわけではないし、社会正義を実現しようとしたわけでもなかった。従って、農地解放等の本質的政策はほとんど実現されず、大衆的支持を得るためのばらまき的な福祉政策、労働者保護政策が実現しただけであった。
またその政治支配のスタイルも極めて強権的で、権威主義的であり、独裁的に国家を運営し、産業を育成していった。そのうえ国家を一つの共同体としてとらえるコーポラティズムの思想がそのことを補強することによって、国家が企業を育成し、計画的に運営していくという、ある種の計画経済、統制経済を生み出していったのである。
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