米国 当地のメーデー

今年の動きは定着するのか?

ダン・ラボッツ

 メーデーは米国で休日ではない。ほとんどの州や都市で、それが祝われることはない。 全国的休日になる米国での公式のレイバーデーは9月の第1月曜日に祝われ、夏の終わりと学校に学生が戻ることを示す。しかしおそらくものごとは今年最終的に変わったのかもしれない。
 国際的なレイバーデーのこの5月1日、数十万人の米国人が、トランプの破滅的な就任百日に抗議するために、全50州でたくさんの集会と行進に加わった。かれらは、トランプが行ってきた政府諸部局の閉鎖、数十万人に上る労働者のレイオフ、子どもや障害者や高齢者向けの食糧プログラムの終了、医療ケアの削減、違法な移民追放、関税と貿易戦争、さらに多くの恐るべきことに抗議した。
 これはトランプに反対する全国的な一連の抗議行動では最新のものだが、今回にはひとつの違った性格があった。私がニューヨークでこの抗議行動に加わった時、そこには多くの労組の姿があった。この市の地下鉄を動かしている運輸労働者組合、小売り・卸売り・百貨店労組、食品・商業労働者組合、通信労組、ニューヨーク市立大学専門職スタッフ評議会、などだ。労組の存在は、この抗議行動に以前の行動よりも多くの黒人とラティーノがいたことを意味した。そしてそれで、この抗議行動にはひとつの違った雰囲気、労働者階級の特色があった。
 メーデーで労組が行進することは米国ではまれなことであり、多くのところでは相対的に新しいことだ。シカゴのヘイマーケットにおけるできごとに先立つ1882年、8時間労働日を求めて闘っていたニューヨークの労組が、9月に労働日の行進を組織した。その後全国労組連合が8時間労働日を勝ち取るために5月にストライキを呼びかけた。
 1886年5月1日、シカゴのドイツ系アナーキストは8時間労働日を支持してより長期のストライキと抵抗行動を組織した。しかし5月3日、警察がデモを攻撃した。翌日、ヘイマーケット広場で抗議集会があり、警察がまたもそれを攻撃した。その時一発の爆弾が警察か労働者かどちらかをめがけ投げ込まれ、8人の急進的活動家が逮捕され、裁判にかけられ、爆弾使用の有罪を宣告され、結局4人が絞首刑にされた。1889年の国際社会主義者会議はシカゴの殉教者に敬意を表し、メーデーを国際的な労働者の休日として採択した。
 したがって米国の労働者には、1894年に全国休日になった9月のレイバーデーか、メーデーか、のふたつの選択肢があった。社会主義者あるいは共産主義者の政党が一定の存在感をもっていたところでは、メーデーの祝いがあったが、ほとんどのところでは9月の休日がまさった。
 そして、反共十字軍とジョセフ・マッカーシー上院議員の共産主義者迫害を伴って第二次世界大戦後冷戦が勃発した時、メーデー祝賀は衰退した。ドワイト・D・アイゼンハワー大統領は5月1日を法の日と宣言した。同時にソ連邦は、この休日をモスクワの赤の広場における戦車とミサイルの行進によるその軍事力の誇示へと変えた。
 1960年代と同70年代、メーデーにかれらのコミュニティ内で労働者の集会と行進を持ち込み始めたのは、ニューヨークシティのプエルトリコ人やサンフランシスコとロスアンジェルスのメキシコ人といったラティーノ移民だった。2006年、移民改革を求める闘いとして、数十万人のラティーノがメーデーにロスアンジェルスとシカゴでデモに決起し、このイベントにある種のゼネストの性格を与えた。しかしそれでも、この休日は住民の残りの中では広がらなかった。
 今年の反トランプの、彼の権威主義反対の、彼の反動的な課題設定にに反対する抗議行動は、米国の労働者が5月1日の街頭で世界のプロレタリアートの残りに加わる中で、この休日を国民的なカレンダーに戻すことになったかもしれない。われわれは来年を確かめるつもりだ。(「インターナショナルビューポイント」2025年5月4日)

THE YOUTH FRONT(青年戦線)

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