群島中が新たな抗議の波に巻き込まれた

インドネシア コロナ下でのショックドクトリン?
軍とイスラム極右派にすり寄り
労働者の権利と環境規制を攻撃

アレックス・デヨング

反改良強行と民衆の全国的抵抗

  インドネシアの新たな包括法が一〇月はじめに通過させられ、労働者の権利や環境に対する大幅な一連の反改良に公的な承認を与えた。これらに対する抗議として、何万人という労働者がストライキを決行し、数十の都市では学生が街頭に繰り出した。
 インドネシアはこの数週間、政府の新たないわゆる包括法――現行法に対する諸修正をまとめたものであり、それらは、労働者から諸々の権利をはぎ取り、環境基準を掘り崩すものとして定められている――への抗議として、大規模な抗議と労働者のストライキの波を経験してきた。九〇〇ページを超えるこの法令は、草案が公表されることさえなく一〇月五日に法として通過させられた。労働規制、鉱業、また環境保護を含む数十という現行法が影響を受ける。
 三二の労組を代表する主要な労組連合は、この法に反対して三日間の全国ストライキを呼びかけた。何万人という労働者が特に工業地帯でストライキに決起した。さらに多くの者が、この群島中の数十の都市で諸々の抗議行動に加わった。数十という都市では、警察が公衆衛生上の警戒を口実に集会を禁止しようとしたために衝突が起きた。
 この法令は、政府の対処の誤りにより悪化させられた進行中の健康危機に人々の心が奪われている中で、大急ぎで通過させられた。二月半ば、この地域での感染が高まり続けている中で、インドネシアの保健相は、国は依然としてウイルスから完全に免れている――礼拝のおかげで――と言明した。公式の死者数は一万三〇〇〇人を超え(非現実的な程少ない、と広く見られて)、この国をこの地域では最悪の被害を受けた国の一つにしている。四月には、諸労組が議会を強制して、この法令に関する論争を棚上げさせた。それにも関わらす法令は通過させられたのだ。民衆よりも利潤が大事

 包括法は政府により、国を「発展させ」、「職をつくり出し」、「赤いテープを取り外す」(環境保護を弱めるという暗号)ための一歩として提案されてきた。エコノミスト誌の自由市場礼賛者は一つの評論の中で、インドネシア労働者に対する「気前の良い義務的な諸手当」を「職をつくり出す企業の気をそぐ」ものとし、その大幅な削減を理由にこの法令を褒め称えた(注一)。
同様に、インドネシアの英国商工会は、インドネシアの労働力は費用がかかりすぎ、この新法は安い労働力の搾取を期待している国際的企業に向けて、「中国に対する本物で現実的なオルタナティブとして」、インドネシアをもっとよい立場に置くだろう、と言明した。
そこに含まれた諸条項は、労働時間を増大させ、有給の産休(およびインドネシアの先駆的な月経時休暇)を廃止し、整理解雇手当を切り下げ、解雇に対する保護を弱めると思われる。それはまた、最低賃金確定に向けたインフレ修正や生計費基準をも廃止している。ちなみに最低賃金は、インドネシア群島全体ではかなりの違いがある。
環境の課題に関してこの新法は、企業がその活動による環境的影響に関する報告を回避することをより容易にしている。たとえばインドネシアの社会主義者のアリ・プラセトヨがすでに指摘したように、法の農業条項は「地価以下しか弁済せずに、いくつかの場合にはまったく補償もなく、個々の土地所有者から取り上げた土地に政府が工業施設や有料道路やダムを造ることを可能にしている」。
これらの方策に反対して決起している運動は今、法令それ自身と同じ程広い範囲にまたがっている。進歩的諸労組、諸々の左翼グループ、さらに学生諸団体が抗議の決起を続けてきた。労働者、高校生、大学生の参加は心にとどめる価値があるものだった。
法が通過させられるや否や、国中の労働者がストライキに立ち上がり、抗議行動に加わり、「この包括法はわれわれの孫の未来を殺す」「植民地化は終わったが労働者に対する植民地化が始まっている」というようなメッセージを付した看板を掲げた。ソーシャルメディア上では、ハッシュタグ、
#DPRRI Khianati Rakyat
(#議会は人民を裏切っている)、
#Batal kan OmnibusLaw
(#包括法を取り消せ)
#Mosi Tidak Percaya
(#不信任投票)が激増した。

軍の権力取り戻しが進行中


インドネシアの民主主義は一定の間脅威の下に置かれることになった。そして最新の包括法は、大胆になった右翼の設定課題を映し出している。一九九八年の民衆的抗議がスハルト将軍の独裁(新秩序と自称された)を打倒した後、軍部の政治権力(テンタラ・ナショナル・インドネシア、TNI)は縮小された。それは、将軍たちによっては決して完全に受け入れられたわけではないシナリオだった。そして将軍たちは決して消え去ってはいないのだ(注二)。
インドネシアの現大統領、むしろジョコウィとしてもっとよく知られているジョコ・ウィドドは、二〇一四年に権力に到達し、昨年再選された。彼は自らを改良主義者――「人民の男」、また旧体制のエリートとは結びつきがない者――として押し出しているとはいえ、軍人たちは彼の政権の下で以前の権力を取り戻しつつある。
たとえば三月、全国的なコヴィッド19タスクフォースが設立されたが、そこには全国レベルと地方レベルの双方で軍の将校が大量に含まれている。軍の指導者たちはまた、国の反テロ作戦部分として彼らの権力を高め、いわゆるパンチャシラ(訳注)思想教育局(BPIP)での影響力をもっと得ようとも挑んできた。ちなみにこの機関は、インドネシア国家の公式イデオロギーであるパンチャシラを推し進めるために、二〇一八年はじめジョコウィによって設立された。
東南アジア研究の教授であるフン・ホンナが指摘してきたように、インドネシア軍部はジョコウィ大統領期で、治安問題で失った地歩を再獲得し続け、さらにコヴィッド19危機のおかげで、改革を求める市民社会の圧力を受け流すことができてきた。
「軍部が今回の危機に対する管理という役割の点で民衆的な承認を受けている時に、国家的な法律作成者たちには強力な軍部を敵に回す動機がまったくないからには、これらの展開がポスト・パンデミックのインドネシアにおける新常態を形作る、ということはありそうに見える」、彼はこう書いている。

脅威下に置かれた民主主義

 政権の右翼への移行を示しているものは、ジョコウィの競争相手である元軍副官、プラボオ・スビアントの経歴だ。ジョコウィは二〇一四年と二〇一九年の大統領選でスハルトの義理の息子であるプラボオの対立候補として立候補した。米軍の軍事訓練を受けたプラボオは、体制の鉄拳として機能を果たしたスハルトの特殊部隊、悪名高いコパススの司令官だった。
彼は、東チモール解放闘争中にコパスス部隊によって行われた文民に対する数多くの人権侵害に関わっている(注三)。プラボオ自身、新秩序の最後の日々に起きた進歩的な活動家の「失踪」に幅広い責任を負っている。そして一九九八年の抗議の中で、体制の犯罪を象徴する人物になった。
二〇一四年ジョコウィが最初にプラボオの対立候補として立候補した時、多くの者には、それが自由民主主義者とスハルト期の権威主義的遺物間の競争であるように見えた。プラボオは昨年、「インドネシアを再び偉大にし」たいと言明しつつ、イスラム主義右翼勢力との連携をさらに先までと言える程深めた。
あらためて票で負けたプラボオは、彼は彼の勝利をだまし取られたのだ、と主張するまで進んだ。結果として彼の支持者は、何人かの死者にいたった暴力的な集会を組織した。しかしジョコウィは、彼の競合相手をはねつけるよりもむしろ、彼を国防相に指名することで彼を迎え入れた。極至近では、プラボオもまた、トランプ政権から招待された(注四)。
民衆運動が問題の包括法への抵抗を発展させてくる中で、インドネシア国家は、宣伝、脅迫、暴力的弾圧の組み合わせで対応してきた。一つの公的なチラシは、学生に抗議に加わることを思いとどまらせ、全教職員に法を売り込むよう求めた。
警察官は、この件での話の筋を統制するために、「サイバー・パトロール」および「メディア管理」を組織するよう命じられた(注五)。抗議行動を組織する者たちは、彼らの政治行動を続けることを「思いとどまらせ」ようと試みる警官からの非公式訪問を受けている。学生たちは、ブラックリストに載っていると脅され、労働者たちは、「許可された時間外のストライキ」という理由で逮捕された。
インドネシア政治専門家のエドワルド・アスピナルによれば、特にスハルト体制を偲ばせるものが、「政府の焦点が合わない対応」だった(注六)。多くの政権指導者たちは、抗議に立ち上がった人々の懸念に向き合うというよりもむしろ代わりに、「彼らを操作している陰の勢力の存在という想定」に焦点を絞ってきた。隠れたダラン(操り人形師)に対する告発は、新秩序体制の宣伝戦略における主成分だった。
さらに懸念は、インドネシア警察部隊による激しい暴力の利用だ。一定数の都市から届く報告は、抗議参加者に対する警察の殴打、催涙ガスの使用、メディアやジャーナリストへの攻撃を指摘している。六〇〇〇人以上がすでに逮捕され、逮捕された個々の数百人は、現在その理由を告げられていない。

前途にある闘い


今も明らかにされていない包括法の最終文書は今、その署名を待って大統領の机上に置かれている。抗議参加者は今ジョコウィに法の取り消しを求めている。そしてその要求は主要労組によって反復されている。大統領は大統領で、あらゆる批判を拒絶してきた。そして人々に、街頭の抗議に加わるよりもむしろ彼らの問題を裁判所にもっていくべきだ、と語ってきた。明白だが裁判所では、政府と彼らとつながる者たちが労働者や学生を上回る有利さを確保するだろう。
現在の抗議の波は、広く敬意をもたれた「腐敗根絶委員会」(KPK)の骨抜き、および他のさまざまな退行的な法を導入しようとのもくろみに反対する似たような波の一年後に生じている(注七)。運動は提案されたいくつかの法の延期を強要したとはいえ、ジョコウィはKPKの骨抜きを何とか押し通すことができた。ちなみにKPKの存在が、ジョコウィがますます頼りにしている引き立てや吸収の類を妨げたのだった。昨年の運動によって反対された他の法の多くは今や、包括法の中に含められている。
ジョコウィは、同じく現在の嵐も切り抜けることができると考えているように見える。しかしながらインドネシア人は一層、ジョコウィ政権の真実に、女性、マイノリティ、また市民の自由を犠牲にした反動的なイスラム主義者への迎合に、気付きつつある。西パプアの自決権を求める闘いはプラボオのような民族主義者にとってタブーだ。しかしそれはそうであっても今も続き、インドネシア左翼の支持を受けている(注八)。
組になった諸々の危機、インドネシア民主主義に対する脅威、ポスト一九九八年改革努力の停滞、市民的自由とマイノリティの諸権利を狭めるもくろみが、怒りと反対を生み出している。進歩的な労組活動家とこの国の小さいが活力のある左翼は今、くすぶる不満を決起させようと挑んでいる最中だ。われわれが今見ているのは、この最新の運動の結果がどうあれ、闘争の始まりにすぎない。(「ジャコバン」誌より)

▼筆者は第四インターナショナルオランダ支部機関誌「グレンツェロース」の編集者。(「インターナショナルビューポイント」二〇二〇年一一月号)

(注一)から(注九)はエコノミスト誌やジャコバン誌など、さまざまな雑誌に掲載された記事だが、本紙では割愛する。
(訳注)ウィキペディアによると、国是とされている建国五原則で、スハルト期に国家を正統化する基軸的原則にされた。五原則とは、①唯一神への信仰②公平で文化的な人道主義③インドネシアの統一④協議と代議制において英知によって導かれる民主主義⑤インドネシア全人民に対する社会正義。特に①の重視として、共産主義(共産党)の否認が暗示されている。

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