フランス総選挙―LCRの成果得票数が前進、この闘いを継続することが必要

ギローム・リエガール

 総選挙では、LCRの得票結果は二〇〇二年に比べて大幅に増大した。今回の場合、独善的な自信過剰の総括はふさわしくないのであり、この結果はささやかな前進でしかないのだが、続いているその発展力学はとりわけ興味深いものであって、今後数年間に向けた展望を指し示している。

02年総選挙より
66%も票を延ばす

 総選挙が大統領選挙の第二回投票を確認する役割しか果たさないという情勢のもとでは、すべての左翼勢力と同じく、LCRにとっての総選挙の結果も、困難なものになることが予想されていた。右翼陣営の青い稲妻のような躍進と左翼有権者の意気沮喪は、五月六日の大統領選挙第二回投票でのサルコジの勝利の時点からすでに予想されていたものであった。
 われわれにとっては、選挙戦全般の低調さに加えて、メディアがわれわれの選挙戦をほとんど取り上げないこと、さらには、われわれの当選を妨げる選挙制度という要素が重なって作用していた。われわれは、棄権した有権者の内訳をまだ十分に調査していないが、あらゆる点から見て、勤労者層と最も若い層の間で、棄権の割合が大きかったように思われる。ところが、オリビエ・ブザンスノーが大統領選挙第一回投票日の四月二十二日に最良の得票率を獲得したのがまさにこれらの有権者の層だったのである
 LCRの四百九十二人(注)の候補者は、五十二万九千票弱の票を集めた。思い起こすならば、二〇〇二年の前回の総選挙では、LCRは四百四十一の選挙区に立候補し、その時には全部で三十二万票を獲得した。したがって、われわれは五年間で、二十万九千票、すなわち、六六%だけ票を伸ばし、前進したことになる。二〇〇七年の総投票者数が二〇〇二年のそれとほとんど同じであった(正確に言うと、02年に比べて5万票少ない)ということからすると、この選挙結果はそれだけによりいっそう興味深い。
 この得票数の前進は、得票率の前進としてもまた表現された。たとえ、二〇〇二年と同様に、われわれはたったひとつの選挙区でしか五%を突破できなかったとしても(これはクルーズ県第二選挙区であり、共産党との選挙協定にもとづく候補者であった)、六つの選挙区では四%から五%の間であった(02年の選挙区では1選挙区だけ)。七十一選挙区で三%から四%までの間であった(02年にはたった4選挙区だけ)。多くの選挙区が(253選挙区)二%から三%の間であり(02年には85選挙区)、一%から二%の間の得票率であった選挙区は百五十九であった(02年には306選挙区)。最後に、われわれが一%の得票率にまで達することができなかった選挙区は五つであった(02年には38選挙区)。
 前回の二〇〇二年に候補者を立てた選挙区について、今回の結果と比べてみると、われわれが後退したのは、十選挙区での〇・五%以上の下落を含めて、三十九の選挙区であった。反対に、前進したのは三百七十一の選挙区であった。これらの増大のうちで、十の選挙区では二%以上も得票率が伸び、一・五%から二%までの票の伸びを示したのが、三十三選挙区であり、一%から一・五%までの伸びのところは八十二選挙区であった。
 全体的には、たとえ一方におけるオリビエ・ブザンスノーへの支持層やその人気と他方におけるLCRの支持層との間の隔たりがいぜんとして存続しているとしても、それでもやはり、今回の選挙結果はこの差が縮小していることを示している。総選挙と大統領選の間の得票率の比は、二〇〇二年で一対四であったのに対して、今回は一対三となった。この問題をめぐる全体的な条件は、大統領選挙への投票率の上昇(プラス11%)、総選挙への投票率の減少(マイナス4・5%)という事実によってさらに強められることになった。

各地で地域に
根をおろす

 この五年間のLCRの基盤の強化がこの前進を可能にした。LCRの活動家の地域における実際の浸透なしには、この大きな成果はあり得なかった。この点は、全般的に、LCRが最も大きな勢力になっている、オート・ガロンヌ、ジロンド、イゼール、セーヌ・サン・ドニなどの地域に当てはまる。このことは、同時に、オリビエ・ブザンスノーの大統領選挙時の得票率を上回ったパリのいくつかの選挙区にも当てはまる。
 パリ地域では、有効投票という圧力がないか、より弱いということが主要な理由であったことは確かである。最後に、LCRが二〇〇二年以来、純然たる発展を遂げて来た、ブッシュ・デュ・ローヌ県のようなケースもある。この県では、共産党が長年、大きな存在であったが、今回の選挙結果は、とりわけマルセイユで、革命派の歴史においてかつてないものとなった。
 それに対して、フランスの伝統的な工業地域であった北部地域と東部地域で大統領選挙においてオリビエ・ブザンスノーが実現した躍進は、総選挙では再現されなかった。これらの選挙区では、とりわけ北部のパ・ド・カレーやモゼルでは、得票結果は全体として増えてはいるものの、同時に、大統領選挙を下回っている。
 もちろん、勤労者層の動員が少なかったことやLCRの地域基盤が不十分であるという点を考慮に入れて慎重な評価を下さなければならないだろう。二〇〇二年以降試みられてきた活動が展開されたために、総選挙でのこのような前進を可能にした介入をさらに強化し、築き上げることができたのである。二〇〇七年でのオリビエ・ブザンスノーの得票がわれわれに来るべき時期の優先課題を示唆している。すなわち、われわれが再び挑戦すべきである、と。

「100%左翼」を
旗じるしに闘う

 今回の選挙で、LCRは約四百七十五の選挙区で、「LCR 100%左翼」という旗じるしのもとに立候補した。そのうちの約二十人の候補者はそれよりも広い枠組みのもとで立候補した。過去の選挙協定の多様性のために、これらの選挙区の投票結果の全般的な分析は困難である。
 しかしながら、いくつかの例外を除けば、厳密な選挙結果の観点からすると、その結果はかなり控え目なものであって、量的な観点からすると、LCRの候補者とほとんど変わりはなかった。要するに、率直に言うと、その結果は期待はずれだった。最後に、LCRは、約十五の選挙区で、統一候補への投票を支持するか、呼びかけるかした。ここでもやはり、選挙結果は非常に不均等であり、LCRと共産党との間の協定がなされたケースのうちのいくつかでは、その得票は両組織の支持者の合計に達しなかった。
 社会党よりも左に位置する他の左翼勢力の選挙結果を詳しく分析するには、時間が必要であろうが、総選挙結果が大統領選挙の結果を確認するものであったように思われる。これはとりわけ「労働者の闘争派」について言える。大統領選挙におけるアルレット・ラギエの少ない得票は、総選挙での「労働者の闘争派」の候補者の選挙結果によって確認されることとなった。このことは、ジョゼ・ボベを支持した「二〇〇七左翼オールターナティブ」の数十人の候補者についても当てはまる。
(「ルージュ」2210号、2007年6月14日)
*(注記) この候補者数は、LCRが支持したすべての候補者を含んではいないのであって、この数字はむしろLCRに属する候補者数(495人)にほぼ対応している。

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