キューバ 苦難の中、社会主義的民主主義への模索続く

社会主義への移行の50年間―成功への鍵は国際主義の伝統

ジェームズ・コッククロフト

 民衆から「ラウル」と呼ばれているキューバのラウル・カストロ大統領は、キューバ革命勝利五十周年を記念する二〇〇九年一月の演説の中で、しばしば引用されているフィデル・カストロのハバナ大学学生を前にした二〇〇五年の演説を引用した。「この国は自分を滅ぼすことができる。彼ら(アメリカ帝国主義者)はこの国を滅ぼすことはできない。そうだ、この国を滅ぼすことができるのはわれわれであり、滅びるとすればわれわれの責任である」。
 ラウルは「明日の指導者たち」に、「この革命が、おとしめられた者たちのための、おとしめられた者たちによるおとしめられた者たちの革命である」こと、そして指導者の戦闘性が「党の破壊を妨げる」ことを思い起こさせた。彼はアメリカ帝国主義がもたらす危険について警告し、将来の指導者たちは「敵のサイレンの歌に酔わされて」はならない、そして、本質的に(敵は)攻撃的、傲慢、不誠実であることを決して止めることはないことを意識し続け」なければならない、と語った(原注1)。
 それにもかかわらず、ラウルは、キューバの国家主権が尊重される限り、オバマ政権との対話の扉を開いている。彼は、すべての投獄されている(米国の資金援助を受けた)反体制派キューバ人と「五人のキューバ人」(1997年にイタリア人旅行者の命を奪ったハバナ・ホテルの爆破のようなテロリスト攻撃からキューバを守るためにフロリダを本拠とするテロリスト・グループに潜入したとして、1998年に不当に投獄された5人のキューバ人愛国者)の交換を申し出ている。CIAの訓練を受けたテロリストで自ら告白しているルイス・ポサダ・カリレスは、ホテル爆破と七十三人の乗員・乗客の全員が死亡した一九七六年のキューバからベネズエラに向かうキューバ民間航空機爆破の首謀者であるが、マイアミを自由に歩き回っている。一方、五人のキューバ人は獄中にとらわれたままである。彼らの投獄から十五年たっても、彼らの妻のうちの二人は面会のための渡航ビザを依然として拒否されている。
 「民主的改革を強制するため」と称する四十七年間も続く米国の通商禁止のオバマによる擁護は、キューバと残りのラテンアメリカにとって受け入れられないものである。この通商禁止と生物兵器を含む米国が支援するテロ行為は、キューバに一千億ドルの損害と三千四百七十八人の死者をもたらし、二千九十九人の障害者をもたらした。それだけでなく、オバマは、キューバ政府の転覆を求めた二〇〇四年と二〇〇六年の「自由キューバ委員会」報告書を放棄していない。二〇〇八年には、米国政府は革命の破壊のために四千七百万ドルの予算を計上した。
 キューバ人にとって、五十年にわたる移行過程の二十一世紀初頭における革命的社会主義の新しい形態と実践の主要目標には、以下のような公然と宣言された目標が含まれる。
憲法に規定された社会主義(原注2)と整合するような内閣の合理化と、過剰な非効率的な官僚の削減。
旧ソビエト・ブロックとの貿易が崩壊した一九九〇年代に高まった階級的格差から派生した経済的・社会的問題の克服。
一九九〇年代に導入された兌換ペソ(ユーロとほぼ等価)とその二十四分の一の価値のキューバ国民用キューバ・ペソの「二重通貨制度」と、その結果もたらされたブラック・マーケットや賃金および価格体系のひずみ(原注3)の撤廃および除去。
主権の防衛、国民統一の強化、キューバ人の国際連帯活動の拡大強化。
米国からの家族訪問とキューバ人の海外旅行の促進。
二〇〇九年後期の第六回大会によるPCC(キューバ共産党)の改革。そこではあらかじめ確立された社会主義のモデルは存在しない(1991年および1997年の第4回および第5回党大会でも改革が導入された)とされている。

国家機構のリストラと合理化

 ラウル・カストロは、新しく選出された人民権力全国議会に対する二〇〇八年二月二十四日の演説の中で、これまでも頻繁に行われてきた労働組合、学生連合、女性グループ、地方評議会やその他の組織の会議を呼びかけ、「中央政府行政機関の省庁を減らし、より機能的な構造とより良い任務の分担」の創出に役立つ民衆の要求のリストを作成するように求めた。これまでにも、二〇〇七年九~十月に、典型的なキューバ的方法で、キューバの千百五十万人の人民のうちの五百万以上の人々がこのような会議に出席し、百万件以上の具体的な提案を提出した。
 大衆集会(これまでにない経済的損害を住宅や穀物に与えた三つのハリケーンのために2008年後半に中断された)の一年後の二〇〇九年三月三日に、国家評議会は国家のリストラを発表した。「幹部の異動」があり、二つ減った省庁(外国貿易省と外国投資省、食料省と漁業省が統合)に九人の新しい大臣が就任した。この変更は、官僚の数の削減と経済計画に関与する省庁の合理化に取り組み始めたことを意味するものであった。
 新しい大臣はほぼ全員が行政機関内部からの昇進で、多くは一九九〇年代以降に指導部の地位に就いた比較的若い世代である。三人が女性で、そのうちの一人は農民出身である。新しい大臣の一人と重要な幹部の一人は軍部からの抜擢である。サルバドル・パルド・クルス准将が鉄鋼・重機械工業相に就任したが、これはFAR(革命武装勢力=キューバ軍)から強力な支援を受けている多くの経済領域のなかの一つである。ホセ・アマド・リカルド・ゲラ少将が、閣僚評議会書記カルロス・ラヘ・ダビラと交代した。
 降格に同意した二人の著名な革命家は、ラヘとフェリペ・ペレス・ロケ外相である。二人とも長期にわたってこれらの職務にあり、「誤り」を犯したことが確認されている。ラヘは医師で、市場改革、外国資本との合弁企業、小規模資本主義企業の導入によって一九九〇年代初期のマイナス成長からキューバを抜け出させることを助けた功績を認められていた。ペレス・ロケは、外相に就任する前はフィデル・カストロの顧問を務めていた。二人とも、キューバ経済とラテンアメリカとの統合に務めてきた。
 外国新聞の多くは、彼らの解任を、ラウルとフィデルの間の一種の対立と解釈した。このことが、フィデルに強い言葉で「感想」を書かせることになった。彼はこの中で、「しばらく前に権力の特権を放棄して以来」相談を受ける必要がなくなってからも、彼は相談を受けていた、と語った。そして、「権力の甘い密の味が……彼らの中に野心を目覚めさせ、恥ずかしい役割を演じるように彼らを導いた。外部の敵は、彼らに希望をかけた」と書いた。
 後にフィデルは、高名なアルゼンチンの社会主義者アチリオ・ボロンとのインタビューの中で、これらの言葉を書いたのは「フィデル派とラウル派の対立に関するゴシップの根を断つためだ。私が黙っていれば、このような愚かな考えに真実味を与える可能性があるからだ」と説明した(原注4)。三月中旬現在、ラヘとペレス・ロケが犯した誤りとは何か、そしてそれが経済と外交関係に関する将来の決定にどのような影響を与える可能性があるかについて詳しいことは公式には何も発表されていない。このことが、依然として答えられていない多くの疑問を残すことになっている。

防衛的軍隊、国民内部に根

 キューバに関する外国人分析者のなかには、ラウル・カストロの下にあるFAR(革命武装勢力=キューバ軍)の影響力が強すぎると考える者がいる。一九九〇年代初めの経済危機の中で国家支出が削減されたとき、FARは全般的に効率的な軍所有企業を通じて自己資金力を高めた。
 キューバ軍は、防衛的軍隊であって、攻撃的軍隊ではない。洗練された兵器類を使用する費用のかかる防衛システムや「数千キロメートル」におよぶトンネルを持っており、これは「戦争を避けることは戦争に勝つことと同じである」という理論に基づいている (原注5) 。さらに、FARは市民社会と深く統合されている。
 過去五十年以上にわたって何百万もの男女が、ラウルの言葉を借りれば、「労働者であり、学生であり、兵士であり、あるいは同時にこの三つであった。状況がしばしばこのことを要求した」(原注6) 。最近の軍事演習では、百万人以上の民兵と予備役のうちの四十三万人の戦闘員が訓練に参加した。この数には、無数の革命防衛委員会や抵抗ネットワークは含まれていない。これらは、「武装した人民を全滅させることなしにキューバを攻撃することを不可能にしている」ものである (原注7) 。
 一九五九年にフィデル・カストロは、「われわれの軍とは、人民である」と宣言した。実際、五十年後にも、キューバ軍は依然として人民の軍隊であり、人民とは別の職業的軍隊ではない。主として若い世代で構成されている。適性のあるすべての男性は十六歳から十九歳まで軍務につき、多くの場合女性も同様に軍隊に入る。
 三百万人のキューバ人が二十歳以下である。いぜんとしてほとんどすべての(その数は次第に減ってはいるとしても)キューバ人家族は、何らかの形でFARに関与している。キューバ人は、南アフリカのアパルトヘイト体制を終わらせるのを支援するためにアンゴラで闘った親戚を誇りにしている。同様に、部隊や地域共同体のためにFARが行っている教育活動、植林や砂糖収穫の支援、山間部共同体の支援、軍隊のためだけでなく住民のための食糧生産についても評価している (原注8) 。

社会主義進化に向けた論争

 率直な批判と公然たる論争の呼びかけが行われた二〇〇七年以降、公開論争が広く行われるようになった。私が行った複数の党員や指導者とのインタビューに基づけば、PCC(キューバ共産党)には党内に意見の違いがある。テクノクラート部分は中国やベトナムのような経済改革に賛成である。しかし、旧世代や官僚の一部(全部ではない)は改革に抵抗している。しかし、ますます多くの党員が、全体としての市民社会と同じように、「垂直的」でなく、あまり中央集中的でない、参加型のキューバ社会主義を、国の統一や主権を損なうことなく達成する方法を模索するようになっている。
 キューバのメディアや個人的会話から判断すると、さまざまな世代のキューバ人、特に四十五歳以下の世代は、(社会主義のみが革命とその社会的獲得物を維持することができるから)「社会主義の範囲内での」急進的改革を切望している。疎外の問題に取り組み、チェ・ゲバラの思想と先例を強調する者もいる。ほとんどの人々が、貧困を克服し、階級格差を減らし、より直接的な労働者管理または共同体管理による改革と上意下達的でない政治を導入したいと考えている。ひとことで言えば、既存の社会主義に酸素を送り込んで、新しい形態の社会主義的民主主義へ移行することを望んでいる (原注9) 。
 複数の経済改革がすでに進行中である。二つの例が、現在の移行の力学を示している。生産を増加させ労働者の欠勤を減らす努力の一環として、労働者が稼ぐことのできる賃金の限界が撤廃された。農業改革が開始され、個人の農民たちに公共の土地の開発が許可されるようになった。これは、通常は参加を希望する農民の協同組合に対して許可される。食料輸入を削減し土地の国有を維持したまま未利用可耕地を生産的に利用することを目的とする農民に対する穀物価格の支持政策も行われている。しかし、新しい複雑な問題が水平線に姿を現し始めている。たとえば、米国からの訪問家族によるかなりの金額の流入、したがって「ニュー・リッチ」と社会の残りの部分の間の深い割れ目である。
 今日では、キューバは世界で唯一生き残っている社会主義体制であると言ってよいだろうが、カリブ海の小さな島国社会に一般的な問題をともなっている。キューバは近隣諸国を破滅させる悲劇を何とかまぬかれ、かなりな程度の革命的変革を達成してきた。その独特の社会主義は、教育レベルの高い創造的な民衆をつくり出した。彼らは、無料の住宅、学校教育、医療など国際的に知られた多くの獲得物を持っていることを自慢することができる。これは、一九八〇年代のソビエト型スターリン主義の影響に反対する修正や、一九九〇年代のソビエト・ブロックとの貿易の減少後の「特別期間」や、成功を収めた「エネルギー革命」のように、常に進化と自己修正し続ける社会主義である (原注10) 。
 キューバ革命は、キューバ文化に深く根を張った歴史的ルーツを持っている。キューバ革命は米国による侵略のような現実に基づいた、常に複雑な過程であった。それは、キューバ的な実践と価値に基づいて、国際主義的社会主義に向かう移行を続けてきた。キューバ的な実践と価値とは、歴史の初期の奴隷の反乱、民族独立、社会的正義、自由、平等を求める闘争以来、発展してきたものである。その指導理念は、「倫理」と「愛」の思想である。すなわち、人間の連帯と他者に対する愛が刻まれた統一的倫理的基礎を作り出す闘いである。キューバの一家の名前に、アチュエイ、セスペデス、マセオ、マルチ、メラのような歴史的人物の名前が含まれている理由がここにある(原注11)。
 革命の成功の鍵は、その国際主義であった。マルチ、フィデル、ラウル、そしてチェは、レオン・トロツキーのように、革命は一国に閉じこもる限り生き延びることはできないことを常に主張し続けた。キューバの名高い国際主義もまた、民衆文化の中に歴史的に埋め込まれており、マキシモ・ゴメスやチェ・ゲバラのような名前によって刻み込まれている(原注12)。
 一八八〇年代、一八九〇年代の詩人で革命兵士であったホセ・マルチは、帝国主義に対する闘いを宣言し、帝国主義と対決するラテンアメリカの統一を呼びかけた。倫理的原則に基づいたユートピアを思い描くことにより、マルチは「愛国心は人間愛である」、「愛国心は愛以外のなにものでもない」と主張した。マルチは単一の統一政党を鍛え上げたが、革命の目標の達成には、武装勢力とともに単一の統一政党が必要であることをマルチは理解していた。今日のキューバの過渡期を導き続けているのは、この遺産なのである。
 一九九〇年代の経済的に困難な時期に、キューバは内に向かう代わりに、国際主義を拡大し、これまで以上に多くの医師、教師やその他の専門家を困っている国々に派遣した。革命の倫理的基礎とともにこの惜しみない行動が、島国の社会主義を守ることに役立ったのである。
 二〇〇四年に、キューバはベネズエラとともに、人間的連帯による通商モデル、ALBA(ラテンアメリカとカリブ海諸国のためのボリバル主義的オルタナティブ)を創設した。今日、世界の資本主義は半崩壊状態の中であがいているが、ALBAはこの地域全体に精力的に拡大している。

原注
(1)二〇〇九年一月一日のサンチアゴデキューバにおけるラウル・カストロの革命五十周年記念演説。
(2)二〇〇二年に、人民権力全国会議は憲法を改訂し、社会主義体制を「逆戻りできない」ものとし、資本主義がキューバに戻ってくることはない、とした。八百万人のキューバ人が改訂の請願に署名した。
(3)キューバの指導的なエコノミストのひとりは、二〇〇九年三月に私に次のように語った。二つの通貨の統一は非常に複雑な経済的・社会的問題であり、世界的経済的危機とキューバへのその影響の状況の中では最善でも徐々にしか進まないだろうと。
(4)アチリオ・ボロン、「Una reunion en primera persona con Fidel(第一人者とフィデルのきずな)」、12ページ、訳は筆者による。フィデルの「感想」については、二〇〇九年三月四日づけのフィデル・カストロ・ニュース・サイトhttp://fidel-castro-news.newslib.com/の記事を参照。
(5)キューバのジャーナリストであるテリア・ゴンザレス・ペレスによるラウル・カストロのインタビュー、二〇〇八年十二月三十一日。
http://www.cnctv.cubasi.cu/noticia.php?idn=12659から筆者が翻訳。トンネルには戦車から飛行機に至る主要な軍用機器が格納されているが、舟は格納されていない。
(6)注(1)を参照。
(7)ルイス・ブリト・ガルシア、「革命キューバ」、Tribuna Popular、二〇〇八年十二月二十八日付。http://luisbrittogarcia.blogspot.com/2008/12/cuba-revolucionaria.htmlから筆者が翻訳。
(8)詳細については、スーザン・ウルリヒ、「Three Celebrations(三つの賞賛事)」、Peoples’s Voice, 15:1, 2007, 7 & 10を参照。
(9)ゲイおよび女装者の権利に関する要求が出されている。ラウルの娘であるマリエラ・カストロ・エスピンは、同性愛カップルに異性愛カップルと同じ権利を認める家族法修正の立法を唱えている。カストロ・エスピンによれば、社会は過去よりも同性愛に対して開かれているが、広範な教育的キャンペーンが必要である。PCC(キューバ共産党)には同性愛者の党員がいる。マリエラは、この事実上の受容を明示的なものにし、党規約に含めることをPCC第六回大会に提案することを計画している。
(10)キューバは、バイオテクノロジーとガン研究の分野では世界クラスの先進国である。あらゆる芸術における活力と批判精神は際立っている。世界自然保護基金は、エコロジー的に健全で持続可能な開発における世界で最も進んだ国としてキューバを指名した。「特別期間」における有機農業の前進や、一九九〇年代に始まり二〇〇六年までにさらに発展した「エネルギー革命」のエネルギー保存政策は、この前進に貢献した。しかし、二〇〇八年のハリケーンの被害のために、近年の八%~一一%の経済成長にもかかわらず、「特別期間」は依然として存続している。
(11)これらの理想のために闘った革命家たち。アチュエイは、スペイン人の「征服者」によって火あぶりにされたインデアンの酋長である。カリオス・マヌエル・セスペデスは、キューバのスペインからの独立と奴隷制の廃止を主張し、一八六八年十月十日に「三十年戦争」を始めた。アントニオ・マセオはアフリカ系キューバ人で、この戦争の主なゲリラ司令官であった。ホセ・マルチは、スペインを敗北させるまで続いたこの戦争を闘い、米国の資本主義的利益を「独立キューバ」に結びつけた一八九八年のアメリカの侵略の直前の一八九五年に亡くなった。フリオ・アントニオ・メラは、一九二九年に暗殺された学生連合と共産党の設立者で、「他の人々によって行われた革命の猿真似」を拒否し、「独自の思想に従って、外国思想の論証ではなく独自の理解によって行動する人間」を擁護した。一九五九年のキューバ革命の勝利によって、主権を求める闘いは最終的に完結した。
(12)ゴメスはアフリカ系ドミニカ人で、独立運動の闘士を率いる中心的将軍となった。ゲバラはアルゼンチン生まれで、キューバ革命の重要な指導者かつ思想家となり、アフリカで闘い、一九六七年にボリビアで逮捕された後、米国の命令で殺害された。

この記事をセリア・ハート(二〇〇八年に死亡)に捧げる。この記事は、「流れに抗して」二〇〇九年七月/八月号(第141号)に発表されたものである。

▲ ジェームズ・コッククロフトは、オランダのアムステルダムの国際調査研究所のフェローで、三十五冊に及ぶ著書があり、この中には「Mexico’s Hope(メキシコの希望)」(ニューヨーク州マンスリー・レビュー・プレス社刊、1999年)、「ラテンアメリカ」(カリフォルニア州ベルモント、ワズワース/インターナショナル・トムソン・パブリッシング社刊、第二版、1998年)が含まれている。この二冊は、スペイン語に翻訳され、メキシコシティーのシグロ・ベインチウノ・エディトレス社から二〇〇一年に出版された。
 コッククロフトは頻繁にキューバへの調査旅行を行っている。彼はラテンアメリカ・パースペクティブ誌の名誉編集者である。また、二〇〇五年にメキシコで開催された市民社会法廷ベニト・フワレス・トリビューナルの副代表である。この市民法廷は、米国の対キューバ政策は国連の「ジェノサイド(大量殺戮)」の定義に当てはまると結論付けた。

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