アイルランド 住宅危機そして税
成長誇る経済戦略に脅威接近
ジョーン・マックアナルティ
バイデン政権登場と共に、法人税率に世界的下限を設定しようとの動きが俄然現実味を帯びだした。G7ではこの税率を15%にすることでまとまりそうだ、とも報じられている。15%は問題外と言える低率だが、それでも世界には、低率法人税を呼び物にし、したがってこの動きで重大な危機を迎える可能性のある国がいくつかある。アイルランドはその代表格と言える国だ。以下は、アイルランド現地からその問題を論じている。(「かけはし」編集部)
モデルの正常な
結果が住宅危機
アイルランドにおける住宅危機が前面に来るのは初めてではない。公衆の怒りは住宅不足や法外な抵当付き住宅ローンや家賃を超えて広がり、アイルランドの住宅市場に対する国際的なハゲタカファンドの投資の役割に、特に地元民を締め出している住宅団地の大量買い付けに抗議している。
それほどはっきりと理解されていないことは、国際資本との協力というアイルランドのモデルが正常に機能し続けている時に、この住宅危機が発生しているということだ。低い税率は、脅威的な成長という主張を生み出している資本の流入量で埋め合わされている。しかし同じ過程は、公衆衛生や住宅サービスを提供する十分な歳入を生み出してはいない。それらのサービスは私有化と資本流入に依存しているのだ。
そこで悪いニュースは、エリートは富ませるが労働者にはまさに役に立っていないこの恐るべき搾取のシステムが、説得力のある代案を欠いたダブリン政府と一体的に、ほぼ確実に衰退の中にある、ということだ。
この危機の直接的な原因は、米大統領としてのバイデンの選出だ。彼による米財務省長官へのジャネット・イエレンの指名は、彼女が法人税に関する世界的な下限設定に突進するだろう、と告げ知らせた。
ほとんどのエコノミストは、彼女がその目標を満たす可能性はないだろうと一致しているが、同時に、無定見を取り除くかなりのさらなる圧力は今後現実化し、同様な進展がEU内でも転がり出すことになる、とも一致している。
このすべてはアイルランド資本主義にとっては悪いニュースだ。彼らはどんなことがあっても、法人税率12・3%に固執し、低率法人税(実際にはそれは、公式税率よりもはるかに低くなり得る)という聖杯に、職や公共部門の社会的支給や住宅を犠牲として捧げてきた。
あらゆる社会は資本投下を必要としている。帝国主義諸大国はこれを、彼らがそれまでに侵略した植民地によって達成してきた。他の諸社会の場合、投資は原始蓄積と呼ばれるものを必要とする。そこでは、労働者の剰余価値が工業的強さを築き上げるために利用される。しかしながらこれは、まったく緩やかかつ苦痛に満ちた歩みであり、社会主義政権であっても、多国籍企業との取引を期待する可能性がある。
アイルランドはずっと前に自立した資本主義経済という夢を放棄した。そして政府の主要目標は、国内への投資を引きつけるための無分別な寄せ集めとなった。政府は、この投資を引きつける中心が低率法人税体制、と主張している。
資本主義経済の
自立化投げ捨て
諸企業のCEOたちは、税はダブリンが信じているような吸引器にはならない、と語っている。彼らは、何よりも他に必要なものは安定性だ、つまり、彼らが向き合うことになるコストがどうなるかを前もって知ること、と語る。彼らが同時に語っていることは、彼らのあらゆるむら気を満たそうとするアイルランド政府の卑屈な意志がひとつの巨大な吸引器になっている、ということだ。
しかしそうした隷属のレベルは必要条件なのだろうか? 多国籍企業は戦略的な熟考に基づいて配置決定を行う。アイルランドの取り柄のいくつかは同じ程度に、EUへの入り口、英語の使用、そして相対的に高いレベルの熟練労働者だ。
人は多国籍企業に対する代わりとなる向き合い方の計画を精密に立てることができる。しかし大きな絵柄は、以前から現在のようなものだった、ということだ。多国籍金融ブーム以前に原油ブームがあった。そしてアイルランドの対応はその後の参考になった、ということだ。
1958年、米国の投機家たちの組合であるマドンナ・オイルが、総額500ポンドと引き換えに、商工相のシーン・レマスにより独占的掘削権を与えられた。その後ウィッディ島が同じ年額で賃貸された。しかしその引き換えは、国家が大規模火災という環境的犠牲に遭遇することでしかなかった。もっと近いところでは、シェルが西海岸に向かう大規模な高圧ガスパイプラインへの認可を与えられた。しかしそこには、地元の抗議活動家たちに対する大規模な国家の抑圧が伴われていた。
ひとりのデンマーク政府原油顧問が絶望感を漂わせて、1975年における閣僚のジャスティン・キーティングとの会話を語った。キーティングは、原油企業からもっと高い税額の取り入れを得ようと求めたことで急進派とみなされた。しかし彼はデンマークが示唆した高率に難色を示し、原油経営者と平行して国家の公職者が働く平行的経営組織の提案を無視した。しかしその組織は、国家を産業に対して全体的統制を及ぼす位置に置いたと思われるのだ。
原油ブームは大々的に到来し、全体としての住民にはいかなる実質的な成果もないまま過ぎ去った。われわれは今、大規模な資本投下の終わりにいる。インテルはチップ製造への大きな額の投資を約束してきた。しかしこの生産の技術レベルでは、僅かな職しか生み出されない。
プランBあるが
真剣さ不在明白
現在の投資の過半は純粋に金融であり、それはアイルランド経済と法制における形の崩れを伴っている。国際金融サービスセンター(IFSC)は大いに全面的な秘密厳守の形でダブリン中心で操業し、何千という海外企業のために税に関わる詐欺を働いている。マネーはダブリンを通過して流れ、資本のごく薄い量が政府に対し所得を生み出しているが、他方アイルランド経済という見地では、全面的に非生産的だ。
アイルランド経済全体は、一方の歳入の流れと、他方の国家債務および欧州中央銀行(ECB)による諸制約を軸に構築されている。政府と労組指導部はこれらの狭い範囲の中で、公衆衛生、住宅、公共サービス、さらに賃金率の制限に合意している。米国とEUからの強制的な税制変更はこのシステムを破壊する可能性があると思われる。
ダブリンにはプランBがある。提案されているオルタナティブは、教育、科学、そして国家投資だ。問題は、一定の程度でそれがほとんどの資本主義社会にある計画、ということだ。何一つとして十分に投資されていない。何十年にもわたってそれらすべてが、幅広い「開け放された」探求に代えて、地球温暖化などの課題を包み隠す目的で、教育や科学に敵対的な組織活動を行い、宗教的偏見に補助金を出している多くの部門と共に、産業と軍事の利益に対する狭量な支持でその探求を置き換えたからだ。
アイルランド国家それ自身は弱く歪んだ経済を抱えている。もっとも基本的な問題は次の事実によって描き出される。すなわち、IFSCがダブリンで開業し、超低率法人税が利用可能になると言明した時に、ドアをくぐった最初の企業がアイルランド企業だった、という事実だ。専門用語的に言えば、アイルランド政府は、買弁資本家階級を代表し、多国籍企業の利益の観点で経済を運営し、こうして国民経済再起の代理人にはなりそうにないのだ。確かに小企業家からなる階級はいるが、彼らが大企業からの外注を受けているというよりも自立した勢力である言える程度は、大いに疑わしい。
ひとつの見通しは、グリーンニューディールに向けた諸提案によって概括される。これまでのところその提案諸々はまったく穏健なものであり、現存経済の修正は非常な漸進主義、かつECBに基づく資金手当に頼っている。
科学への投資とグリーン革命に向けた提案は大きな部分で空想的だ。現実は、アイルランドの度を超した低率法人税は終わりに近づこうとしており、即効的解決は、ほぼゼロという金利によって中央銀行を通して供給される低コストマネーの迅速な提供、ということなのだ。ポスト新型コロナウイルスの時代は、返済の時代となるだろう。そして勘定を払うよう求められることになるのは労働者階級なのだ。
公正な社会へ
構想明確化を
それではオルタナティブは何か? 当座労働者はそれがあるとは信じていない。それこそが、明らかに山師である政治諸組織の後について彼らがとぼとぼ歩き、現実には賃下げでしかない賃金取引を受け入れ、破滅的な家賃支払と住宅ローン返済に慣れようと必死に闘っている理由だ。社会主義諸グループはこの全体的な後退の一部であり、議会行動、資本主義改良に関する改良主義的な諸提案、さらにシン・フェイン(戦闘的アイルランド民族主義を代表する政治勢力:訳者)が導く「左翼」政権という幻想、に焦点を絞っている。
社会主義者は公正な社会と経済はどのようなものに見えるかの絵を描かなければならない。われわれは、多くの提案に対する無言の障壁として機能する国家債務を不当として拒否する目標を設定しなければならない。IFSCは捜査されなければならず、その影に隠れている不正直な企業、多国籍および地元の企業に対しては、告発や罰金が届けられなければならない。使われていない資産は、全員への住宅を可能にするために収用されるだろう。教育や公衆衛生に対する教会の支配、およびこれらの機関内での女性や労働者階級に対する生来的抑圧、は終わらなければならない。大量の無料公共交通が提供されなければならない。混合農業経済を発展させるために国内の密集畜産は廃止されなければならず(インターネットで検索すると、畜産、特に食肉生産用畜産由来の温室効果ガスが問題になっていると思われる:訳者)、全体としてのわれわれの繁栄は、部分的には地勢――農業、水産、さらに再生可能エネルギー――に、また部分的に教育の爆発的な進展に基礎を置くと思われる。人々の暮らしを管理する一グループ内の集団的労働は、厳しく統制されたアイルランドの教育制度が持ち込んだものとは全面的に異なった熟練を必要とする。
社会主義政権は、「開け放たれた」科学研究センターに資源を投ずるだろう。その政権は、科学は国際的活動であると認め、移民を、特に気候変動と工業汚染によって世界で最大に影響を受けた地域における人類の生き残りを確実にしようと務めている人々を引き寄せようとするだろう。
そのような社会はどのようにして建設されるだろうか? 出発点はすでにあるもの、すなわち、住宅行動グループ、コミュニティ諸組織、急進的報道、労働者の行動グループ、女性の権利の擁護者だ。これらのグループは低いレベルであっても、自身が国家、労組、官僚、NGO、さらに改良主義左翼と衝突していることに直接に気づいている。
近づく衝突に
今から準備も
革命準備で裁判にかけられたロシアの革命家、レオン・トロツキーは、彼が実際に革命を準備し続けていると語ることで回答した。アイルランドの労働者が革命的発酵状態にある、などとは誰もまじめに主張できない。われわれが主張することは、彼らは選択の余地がないことに、しかし彼らの抑圧者と衝突していることに気づくことになるということ、そして革命家は今日その時に向けて準備しなければならない、ということだ。
特徴点が二点ある。アイルランドは小国だ。革命的な波は通常はここで生まれない。しかしわれわれの海岸に達する世界的な傾向を反映する。その波はまだ存在していないが、しかしあらゆる大陸には度合いを高めつつあるさざ波がある。アイルランドにおける帝国主義の破綻は、あらゆる大陸での破綻を反射している。
第二点。われわれは、革命には革命党が必要になる、と信じている。どのような革命の波であろうがそれは、まさに大きな犠牲を払った過去の闘争と教訓を無視することはできない。
▼筆者は、アイルランドにおける第4インターナショナルのシンパサイザー組織である社会主義的民主主義の指導的メンバー。(「インターナショナルビューポイント」2021年6月号)
The KAKEHASHI
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