ボリビア 新大統領アルセの1年目

最新現況

ブレト・グスタフソン

 2019年の10月と11月、ボリビアにおける大統領選の有効性をめぐる衝突が、諸々の抗議行動とその後の左翼先住民大統領、エボ・モラレスの打倒に導いた。そこでは、ほとんどの評論家たちはそれをクーデターと性格付けた。次の1年、ヘアニネ・アニェスが率いた臨時政権が深く抑圧的な体制を指揮し、軍による大規模な殺害を伴ったふたつのできごとに対する抗議行動と衝突した。この事実上の支配の年月は、コヴィッド、および盗みと買収の広がりを伴った腐敗によって一層ひどくされた。
 最終的に2020年10月に新たな選挙が行われた時、打倒された政党が新大統領のルイス・アルセと共に権力の座に戻った。エボ・モラレスは亡命先のアルゼンチンから戻り、再起したMAS――社会主義への運動――は国家を取り戻した。
 1年後の今、ルイス・アルセ大統領は、極右反政府派への対処に、またポストクーデターのシナリオとして、進行中のパンデミックの真ん中で統治するという挑戦に取り組み続けている。この国の頑強な農民と労働者の社会運動は、その大きな部分は地方と先住民だが、新大統領を不安定化するための右翼による引き続く努力と対決して、彼らの変わらぬ支持を与えようと――アルセ、および彼が選挙で勝ち取った権力委任の双方に対し――街頭に繰り出し続けている。

重なる困難下で
まずまずの成功
 しかし選挙での勝利の先にあるボリビアの情勢は複雑だ。ルイス・アルセは、パンデミック、経済後退、さらに右翼の策謀を何とかうまく操作できてきた。そのようなものとして、手元の情勢を背景としてみれば、彼の1年目は一応の成功だ。ボリビアは、取り混ぜたワクチンを――ロシア、中国、米国、アルゼンチンから――受け取ることができ、それらを人々の腕に届けようと全身全霊で挑み続けてきた。
 さらに政府は、2019年のクーデターに参加したことで告発された者たちを念入りにすくい上げ、その者たちを刑務所に収容し続けてきた。これは、軍の暴力の犠牲者に対する正義を求める民衆的な抗議の叫びに、また「独立専門家集団」(GIEI)による仮借のない報告にしたがったものだった。GIEIはOAS(米州機構)(部分的に米国から資金を受けている)の支援を受け、徹底的な調査をやり切り、数え切れない人権侵害を詳細に記録し、2019年遅くにクーデター政権が行った2件の虐殺を確証した報告を作成した。

クーデター巡り
国際世論も変化
 モラレス打倒後の国際的な見解の流れは、モラレスは不正選挙の余波の中で打倒された、という主張を受け入れ続けていたように見えた――少なからずとはまったく言えない形で、OASと米国自身の努力のおかげで――。しかし、一定数の学究的な研究者の調査が、反乱を正当化するOASの「証拠」の正体を暴き出すことになった。そしてGIEI報告は、多くが予想したこととは逆に、クーデター政権の虐待総体を文書化することになった。国際世論――そして事実――は今や別の方向に傾きつつある。

基盤限られても
頑強さ保つ右翼
 そうであっても、この数ヵ月右翼反政府派は、東部の都市であるサンタクルスというその地理的基盤を拠点に、アルセ政権をその背後に従わせ続けようとの努力の中で、ある戦術から別のものへと動き続けてきた。建前上の動機はいろいろ変わっている。
 2020年10月のアルセ勝利直後には、右翼の小部分が再び不正の主張を焚きつけようと試みた。アルセは自由かつ公正な選挙で勝利した、との国際的な認知が条件となって、その努力は立ち消えになった。2、3週間後、政府がクーデターに責任のある者たちを刑務所送りにし始めると、政治的魔女狩りが進行中だと主張して、反政府派は再び全国的な業務放棄を訴えた。
 その努力はボリビアで進行中の分断――2019年のできごとはクーデターと確信する者たちと、動乱は選挙不正というモラレスのもくろみによって意図せずに引き起こされたと信じる者たち間の――を頼りに決定された。クーデター対不正の溝は今も底の知れない深さのままだ。MASの地方と都会の多数的支持基盤が一方にあり(それはクーデターだった)、ほとんどが都市の反政府派上・中流階級が他方にいる(それは不正だった)。この後者部分がメディアの発出を支配しているという事実は、不正(そして政治的迫害という物語り)のメッセージが変わることのない毎日の弾幕になっている、ということを意味している。
 そうであっても、全国的な業務放棄もまた立ち消えになった。こうして反政府派はもうひとつの戦術――マネーロンダリングの広がりを止めることを目標にした新法への反対――に挑んだ。ここで彼らは、法のいくつかの条項は国家の監視権力と召喚権力を高め、市民の権利に対する侵害と主張することで、より大きな牽引力を得た。数日間の道路封鎖、行進、衝突を経て、政府は撤退を迫られ、右翼に一定の象徴的な勝利を与えた。
 そして、一定数の軍将校と前(事実上の)大統領のヘアニネ・アニェツまでが裁判を待って刑務所内にいる中で、政府は主要なクーデター主唱者のひとりを追いかけ回す意志を示さず、あるいはそれができずにきた。その人物とはルイス・カマチョであり、彼は、2019年にモラレスを倒すもくろみの前面にいた――そして彼の父親が暴動を起こすよう警察に金銭を与えたと自慢までした――後、州知事候補者として地方選に参加するために彼の地域拠点であるサンタクルスに戻った。
 彼は2021年3月知事として選出された。彼の人気はその東部地域に限られているとはいえ、全国政府はクーデターにおける彼の役割を理由として彼を拘留する動きには出ずにきた。これは、そうした動きが引き起こす可能性がある反動に耐える力をアルセの行政が完全には保持していないということを自覚した、政府の弱さに対する暗黙の自認だ。
 したがって、MASとアルセが、その多くが地方での支持として、民衆的多数の支持を受けているとはいえ、都市とメディア内の情勢は、もっと分極化した袋小路のように見える。ボリビアの評論家であるフェルナンド・モリナが先頃書いたように、政府が刑務所に送った者たちを今後上首尾に起訴できるかどうかは、完全に明確というわけではない。
 クーデター政権の腐敗に関するさまざまな容疑の場合、事件は少しばかり容易だ。事実、クーデター政府の前閣僚のアルトゥロ・モリナは今、彼自身が現職期間中に行ったマネーロンダリングの件で、米国当局から起訴されマイアミの獄中にいる。
 それでもクーデター参加で起訴された者たちの場合、ものごとはもっと複雑だ。前大統領のヘアニネ・アニェツを起訴するためには、政府には議会の3分の2という多数が必要だ。そしてそれは政府が保持していない票なのだ。今やGIEI報告によって記録に残されたクーデター政権による虐待の詳細をもってしても、この報告は、クーデターか不正か、の論争に力を貸すことはなく、諸々の物語を分裂した民衆の手中に残した。

リチウム巡って
国内外の緊張も
 そうであってさえアルセは、ボリビア国内で広範な人気を維持している。そして右翼の回帰が差し迫っているわけではない。それでもなお、不確実性は一定程度存在し、前途に控える試練もある。
 第1は、ワクチン接種の努力にもかかわらず高まる感染率によるパンデミックの再来だ。第2に経済がある。2020年の暗い経済という年の後、ボリビアの成長率は急回復し、2021年には南米の平均である5・1%と予想されている。しかし、天然ガス輸出からの歳入に占める高い水準は、降下している。2006年以後の時期には、ガス歳入がモラレスに、富の再配分と公共支出引き上げの余地をつくり出した。そしてその両者がより幅広い経済に肯定的な効果をもたらした。
 しかし2014年、ガス歳入は急降下し始めた。そのすべてがご祝儀を共にしてきた中央政府、地域政府、さらに自治体政府は今、厳しい切り詰めに直面している。ガスブームが再来する可能性は小さい。多くの評論家とボリビア人は今等しく、その注意をリチウムに転じている。主にポトシ地域に位置しているボリビアの大きなリチウム埋蔵は、確かに何らかの未来の幸運を約束するかもしれない。
 それでも、ポトシ地区は、偶然の一致というわけでもなく、中央政府にはひとつの棘となってきた。その指導者のひとりであるマルコ・プマリは、2019年クーデター期間中、カマチョの相棒だったのだ。カマチョが今も自由である一方、プマリは今獄中にいる。長い間サンタクルスとの関係を特徴づけてきた中央と地域の緊張は、リチウムとポトシをめぐっても、今にも爆発しかかっている。
 アルセ政権は、ボリビアのリチウム埋蔵開発権を求める国際的操作に対処しなければならないだけではなく、それらの埋蔵が生み出す可能性のあるあらゆる富の管理に結びついた、国内の闘争へも対処しなければならない。
 ボリビアにおけるシナリオは、先のような試練すべてをもってしても、それがもしかしたらあったかもしれないものよりもはるかに良好であり、ラテンアメリカのより幅広い軌跡も、同じように有望であるように見える。
 ボリビアでは、右翼はトランプやボルソナロ(ブラジル内でのような)がもつ動員力を持っていない。どのようなできごとがアルセ政権を乱す可能性があるかを言うことは難しいが、情勢は当面、クーデター体制の長期化で、あるいは保守派の新自由主義諸政党の復帰で生まれたと思われるものよりもはるかに良好だ。

国際的好条件が
時間稼ぎに余地
 同じくラテンアメリカでは、ものごとがより良い方向へとつつましい転回を示しつつある。左翼のガブリエル・ボリッチのチリにおける先頃の圧倒的な勝利に並んで、民主的社会主義者であるクシオマラ・カストロが長期にわたる米国の愛玩犬であったホンジュラスで大統領に選出された。ニカラグアとベネズエラの苦難――自身のせいで分かりにくい――を別として、ブラジルのルラ・デ・シルバの再選(軍事クーデターがないとして)もまた2022年におそらく現実になるだろう。
 ボリビアの歴史的な変革過程は、ボリビアの全隣国ですべてが左傾政権である南米の3大経済国――アルゼンチン、ブラジル、チリ――に基づいて、仕上げられていない仕事――より深い社会的かつ経済的脱植民地化、および国家の民主化――に取り組むために、さらに数年を得るという見通しにある。しかしものごとには悪化の可能性も考えられるだろう。(「ニューポリティクス」より)

▼筆者はセントルイスのワシントン大学における人類学教授、最新のものとしては「ガス時代のボリビア」の著者。(「インターナショナルビューポイント」2022年1月号)

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