チリ:大統領選「新左翼」が極右に逆転勝利

新自由主義の天国は左へ順調に進めるか

フランク・ガウディショー

 35歳の元学生活動家が、この3月国家の首座を引き継ぐ時、ラテンアメリカ史上でもっとも若い大統領になる。しかし早くも逃避しつつある資本とこの大陸中で台頭基調にある右翼の下で、彼の前にあるものは楽な舵取りではない。

若い「新左翼」が極右に逆転勝利

 多くのチリ人は12月19日夜、かつての独裁(1973―1989年)に郷愁を示した反動的な極右の選挙における敗北というニュースで、安堵のため息をついた――チリ左翼の本部の中だけではなく、各人の家やソーシャルメディアの中でも――。ホセ・アントニオ・カストは、ガブリエル・ボリッチが率いる左翼連合のアプルエボ・ディグニダード(AD、尊厳の承認)に大統領選の敗北を喫した。同連合は、共産党(PC)、フレンテ・アムプリオ(FA、幅広戦線)、および緑の諸政党からなる連合だ。群集は、サンチャゴの街頭で、また全国で喜びの声を上げた。自動車のクラクションや歌声が夜遅くまで続いた。新自由主義の前実験室は左へと向きを変えた。
 この結果はしかしながら、高い数になっていた投票態度未定者を前提とした時、最初から分かり切っていた結論ではなかった。有権者の53%は第1回投票で投票せず、1990年の民主主義に向けたチリの移行以来観察された、また特に2012年の義務投票取り止め以来明らかになった傾向を確証した。つまり、非常に高い棄権率、および途切れることのなかった新自由主義と独裁からの遺産が数多く生き残ったこと、を特徴とした民主化プロセスに対する幻滅の高まりだ。
 ボリッチのキャンペーンチームは、2回の投票の間で、彼の中核的支持層であるサンチャゴの中間階級を超えて、地方や貧しい住民地区を含んで、国のより遠くの部分まで訴えを届けようと挑んだ。彼らの目的は、棄権者を決起させ、カストが強力な支持を受けた地域で差を縮めることだった。それは機能した。つまり、第2回投票で投票率は56%まで跳ね上がり、初めてチリ人の800万人以上が投票した。ボリッチは10ポイント以上の差でカストを打ち負かした。
 ボリッチ・キャンペーンの指揮者になった35歳のイツキア・シチェスが、この勝利につながる戦略、上々の首尾になったキャンペーンの再活性化で決定的な役割を果たした。パンデミック期間中チリ医師会のコルメドで会長だったシチェスは、現大統領のセバスチャン・ピニェラの公衆衛生政策に反対の姿勢をとったことで知られている。とりあえずの選挙データは、女性、労働者階級、そして若者が、2候補者間の票数におけるほぼ100万の違いに相当な寄与を行って、この勝利の背後にある要素として鍵だった、と示唆している。左翼は特に、サンチャゴの貧しい西部地区で成功し、そのいくつかでは70%以上を獲得した(注1)。
 第1回目の結果は驚きだった。55歳になる超保守派のカトリック弁護士、また9人の父親であるカストが、25・8%のボリッチより上の、28%で第1位に来たのだ。しかしながら、この10年にわたる彼の例外的な軌跡を条件とすれば、決選投票でのボリッチ勝利という希望は残っていた。彼は、2000年代の自律的な左翼の中で活動を開始し、次に2011年に、「自由、公立、平等」の教育を求めた若者たちの大決起の中で、チリ大学学生連合(FECH)を率いたのだ。

改良主義とポスト新自由主義


 彼はいかなる政党の支持も受けずに2013年、無所属以上に中道派連合を有利にしているチリの選挙制度ではひとつの偉業だが、無所属として議会に当選した。彼は次いで、共産党のカミラ・ベレホやジオルジオ・ジャクソンのような学生運動出身の人物と並んで再選された。そして後者は彼の右腕になった。
 ボリッチとジャクソンは、2017年にFAを共同で創立し、その位置を戦略的に、歴史的な共産主義的左翼と、かつての中道左翼のコンセルタシオンを構成した伝統的な諸政党の間に定めた。前者の基準的な人物はカストロとボリバールであり、コンセルタシオンは社会党とキリスト教民主派の連合で、1990年から2010年まで政権党となり、その新自由主義の忠実な墨守が理由で嘲りを受けた。
 改良主義でポスト新自由主義であろうとした、この制度志向のフレンテアムプリスタ(幅広戦線)「新左翼」は、世界の報道界が粗雑にそれにあてた「急進左翼」のレッテル、またチリの支配的メディアにおける共産主義との非難といった、その双方とは大きく異なっていた。非常に人気のあった(そしてもっと左翼であった)レコレタの共産党市長のダニエル・ハヂューを相手に予備選で勝利することで、ボリッチとFAは、彼らの戦術がうまくいくと理解した。
 ボリッチの大統領選マニフェストは、社会改良に資金を回すための、富裕層と大企業に対する課税を目的にした新たな財政政策を含んでいた。そしてその改良には、公衆衛生、教育、年金制度(ピノチェト将軍によって私有化された)の国家管理回復、妊娠中絶の合法化、女性と性的マイノリティの権利引き上げ、よりグリーンな経済の探求、そしてマプチェ民衆の新たな基本的な権利に関する交渉、が含まれていた。

極右の危険性が民衆を投票所に


 この政綱は、ADをはるかに超えて成功裏に人々を結集させた。しかし、第2回戦の投票率におけるめざましい上昇――特に都市で、また第1回投票では左翼に敵対的だった地域(たとえば、北部の港湾都市のアントファガスタ)で――は何よりも、極右の浮上に対する反応だった。実際その集会では、親ピノチェトの唱和がしばしば歌われたのだ。
 それゆえ一定のチリ人は、ボリッチ支持と同程度で反カストの票を投じた。たとえばそれは、社会活動やフェミニストの団体と諸組織による数多くの声明で明確に示され、その1例がサンチャゴのラ・グランハ民衆総会であり、それは、ボリッチに白紙委任を与えることなく、「ファシズムに対抗する」ためにその支持を与えた(注2)。
 ボリッチは選出された大統領としての最初の演説で、全チリ人の大統領として仕えるだろう、と強調し、1973年のクーデターで命を落とした社会党大統領のサルバドール・アジェンデにそれとなくふれた。さらに彼は、「世界の自尊心の源」として、進行中の憲法制定プロセスに対する彼の支持をも繰り返した。まさに「われわれの歴史上われわれは初めて民主的で平等なやり方で憲法を起草中だ。……分断の源ではなく合流点となるマグナカルタをもてるように、われわれすべてがこのプロセスを大事にしよう」と。
 チリは、2020年10月の国民投票および昨年5月の普通選挙による憲法制定会議選出を経て、少なくともピノチェトから引き継いだ1980年憲法を置き換える軌道上にある(注3)。伝統的な中道左派と中道右派の諸政党はこの機関では少数派であり、その制憲会議は無所属(部分的には、諸々の社会運動、特にフェミニストと先住民の諸組織を母体とする)およびPCとFAの左翼代表が優勢だ。対照的に、カストは首尾一貫して、この憲法制定構想を破壊する願いを表してきた。
 ボリッチは、「経済を成長させ、多くの消費者にとっては商品であるものを財布とは無関係の社会的権利に転換させる、背後に誰も取り残さない構造改革」の実行を計画する、と語ってきた。しかし彼は同時に、「責任を負う者」になると約束することで彼の敵を安心させようとしてきた。2回の投票を挟んだ時期、彼は彼の綱領を中道へと方向を変え、共産主義者を怒らせた。
 ボリッチは、元コンセルタシオン諸政党にもっと似たもののように見え始め、市場を安心させようと、彼らのもっとも著名なエコノミスト何人か――たとえば、元チリ中央銀行総裁のロベルト・ザーレル、ウルトラ自由主義者のリカルド・フレンチ・デイビス――まで彼のチームに加えた。彼は、元社会自由主義大統領のリカルド・ラゴス(第33代大統領)やミシェル・バチェレ(第34、36代大統領)の支持を求めたことに加えて、エナデ(重要なビジネスイベント)2021年大会で実業界の指導者たちに向け演説した。

「新自由主義の天国」の危機

 彼は、議会が採択した2022年向け緊縮予算を尊重すると約束した上で、彼の財政的大望を下方修正した。新たな諸税徴収という彼の計画は、2回の任期にわたるGDPの8%相当というものから、経済成長率に応じた、4年あるいは5年にわたる同5%というもっとはるかに穏健な目標へと次第に変じた。この変化は、彼の財政的「責任感」およびインフレ統制の印として提示された。
 しかし、不平等性(最富裕層1%がチリ人所得の約3分の1をつかみ取っている)、不安定性、そして債務こそが、この「新自由主義の天国」における危機の根源にあるのだ(注4)。ボリッチの演説には、カストによる治安という言葉の効力を表した展開への対応として、犯罪と麻薬取引というテーマもまた現れた。
 ニューヨークタイムスのジャーナリストであるビンヤミン・アップルバウムによれば、ガブリエル・ボリッチが今正しいと主張しているものは単純な「社会民主主義」であり、いかなる意味でも彼の構想を「共産主義」と呼ぶことはできない(注5)。カスト支持者による警告――しばしばフェイクの――にもかかわらず、現在は多国籍企業や輸出業者ブルジョアジーに所有されているこの国の巨大な天然資源の部分的国有化の可能性すら、ボリッチは1度も語ったことがないのだ。
 チリには、リチウムと銅の巨大な埋蔵がある。しかしボリッチは、私企業操業者が払う「採掘権料」の引き上げしか語ったことがない。他方アジェンデは彼が「チリの俸給」と呼んだ銅を国有化したが、それはこの「新左翼」の綱領内で主役を演じてはいず、その共産党の連携者も、それでも国有化問題を掲げる時だ、とは信じていない。
 勝利した連合の用心にもかかわらず、エリートのある者たちは依然それを疑いをもって見ている。株式市場と通貨市場の双方とも、選挙結果のニュースで急落した。投票日翌日、元キリスト教民主派閣僚で「チリ・スタイル」新自由主義の化身であるイグナシオ・ウォーカーは、次のような懸念を表明した。つまり、新たに選出された政府――それを彼は歓迎した――の「社会民主主義」かつ「改良主義」の路線が「共産党と幅広戦線の諸政党を特徴づけてきた国の再創出への熱中」に向かう見せかけであることが分かるかどうか、についての懸念だ(注6)。
 政府への共産党の参加が上層での懸念の根拠であり、それはある者たちに対し、「社会主義へのチリの道」、およびアジェンデを支えた人民連合、への回帰という幽霊を生き返らせている。しかしながらPCは、ミシェル・バチェレの2期目(2014―18年)開始に際して「新多数派」に加わる中で穏健さを示した時のように、ボリッチの諸々の約束を尊重するつもりだ、と力説してきた。

「社会的平和と新憲法」の行方

 左翼の社会運動のいくつかは、総意の達成にそれらが彼より関心をもっていないがゆえに、ボリッチを批判してきた。結果として、時に彼にはアマリッロ(黄色)のレッテルが貼り付けられてきた。実際彼は、マプチェ問題(特に、彼らの自己決定権と先祖伝来の土地の返還)と労働法の課題には曖昧なままだった。また彼は、社会運動が(2019年10月の)「反乱の政治囚」と呼んでいる者たちへの全体的特赦を求める提案、を支持しないことを選択した。そしてそれらの者たちの何人かは、刑務所内にいるか、裁判もないまま2年間自宅軟禁下にあるのだ。
 これが不可避的に、大統領に選出された人物の2019年10月の抗議行動、ピニェラ大統領を転覆寸前に追い込んだ、そして1990年以後では見られたことのないレベルの国家的抑圧で迎えられた「新自由主義モデル」に対する憤激の爆発、における物議を醸した役割を持ち出している。ボリッチは、2019年11月に「社会的平和と新憲法」に向けた合意の案出を助けた下院議員のひとりなのだ。
 そしてその合意は、右翼と中道派によって署名されたが、PCとFAの何人かによって拒否された。拒否した者たちはその合意を、抗議に決起した者たちの意志を無視した取り繕い、と糾弾した。何人かの活動家は、憲法制定会議の設立を可能にしたこの合意を、ピニェラのための命綱と、また国が非常事態にある中で抗議を諸制度へと導くもくろみとみなしている。
 ひと月後ボリッチは、もっと問題含みですらある「反バリケード法」にも票を投じた。その法は、警察の人権無視が国内外で厳しく批判され続けていた時期に、国家の抑圧に法的な裏付けを与えるものだったのだ。ボリッチとFAの同僚たちは後に、右翼と共に投票したことを謝罪した。最後に、左翼がキューバ革命に無条件の支持を示している地域の中で、ある者たちは、2021年のキューバにおける反政府抗議行動に対するボリッチの支持を裏切りと見た。
 2019年10月反乱の精神はチリ社会の中で極めて多く生きている。それは、12月19日に街頭でまたサンチャゴの改名された尊厳広場で、群集が左翼の勝利を祝った中で彼らが唱和したスローガンに明らかだった。そして、パンデミックと経済危機を受けて、諸々の地域総会がその推進力を失っていたとしても、社会的公正を求める数多くの要求はそのままであり、反乱の火は今もくすぶっている。
 前活動家であり有能なオルガナイザーである新大統領はこのことを分かっている。彼は、「前に控える日々は楽なものにはならないだろう……」と分かっている中で、「もっと公正なチリ」と「社会的諸権利の拡張」を約束してきた。すでにこの国は相当な規模の資本逃避を経験中であり、それは彼の術策の余地を狭めるだろう。彼は、大きく敵対的になる議会に対処しなければならないだろう。かつての諸政党が第1回投票で3位と4位に終わったことを受け大統領選挙の決選投票から排除されたとしても、彼らが自治体や地域レベルで、また議会内でその存在感を維持しているからだ。前途には厳しい交渉がある。
 右翼は11月の議会選で上院の多数を勝ち取った。下院は、左翼/中道左翼と右翼/極右の間で割れている。議会の左翼は、特に共産党(12議席をもつ)とADが37議席(定数155議席中)を保持する形でより強い。一方でそれは同時に、サンチャゴ中央、バルパライソ、ビニャ・デル・マル、バルディビアといった中心都市で自治体基盤を打ち固めた。
 しかし進歩派政治家はあらゆる主要改良に関し、中道派および元コンセルタシオン連合との厳しい交渉に直面する。そしてそれらの勢力をボリッチは長い間軽蔑し、それらは今なおあらゆる意味のある変革に敵対しているのだ。
 そしてカストは、ひとつの戦闘に敗北したとはいえ、打ち負かされたと言うにはほど遠い。彼の台頭は始まりにすぎないかもしれない。ともかくそれが、敗北当夜に彼が彼の支持者に送ったメッセージだった。「チリのボルソナロ」は前進継続を欲している。独裁下の経済閣僚の兄弟として、またドイツ・ナチスの息子として、彼は1980年代の古い権威主義への先祖返りのように見えるかもしれない。
 しかしそれは、ラテンアメリカ中で作動しているひとつの現象を過小評価することだと思われる。つまり、道義的な主張、福音派教会、カトリック強硬派、移民敵視の外国人排撃扇動、フェミニストの成果やLGTBQ運動への怖れ、といったものを動員する急進的右翼の浮上だ。カストは、伝統的右翼が、72から53へと下院議席を減じたとはいえ、保守的な土俵でそのヘゲモニーを保持している時点で、15議席を抱えて大勢で議会に参入できたことを喜んだ。
 チリ民衆は疑いなく、重要な勝利を勝ち取った。それがこの選挙の地域的かつ世界的な衝撃を説明している。しかし今本当の仕事が始まっている。(「ルモンド・ディプロマティーク(英語版)」向け英訳より)

▼筆者は、トゥールーズ・ジャン・ジョレス大学のラテンアメリカ史教授。フランス・ラテンアメリカ協会共同代表であると共に、コントレトン誌(フランス)並びにwww.rebelionn.orgウェブサイトの編集委員会にも参加している。(「インターナショナルビューポイント」2022年1月号)
※(注1~6)では、チリの各紙、その他の雑誌が示されているが、ここでは割愛した。 

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