侵略初日のモスクワで
ロシア人は戦争を望んでいるのか?
アレクセイ・サクニン
【ロシア軍のウクライナ国境通過から数時間のうちに、60の都市で数千人のロシア人が抗議行動をおこなった。その日の終わりまでに1800人以上が逮捕された。それは2014年にロシアがクリミアを併合し、その後ドンバスとルハンスクの反マイダン反乱を軍事支援したあとの反戦デモをはるかに上回る規模だった。昨日開催された左派の円卓会議では、左派的・民主的な考えを持つすべてのロシア人に反戦扇動をおこなうよう呼びかけた。アレクセイ・サクニンの昨日のモスクワ世論の素晴らしい抜粋は、そこでの現状が2014年にロシア社会に生まれたクリミアをめぐる合意とはまったく違っていることを示唆している】。
ドネツク、ハリコフ、オデッサの住民とは違って、2月24日、モスクワの人々は自分たちの街で爆発音を聞くことはなかった。ロシア外務省の報道官が「世界大戦を防ぐための努力」と表現した戦争の勃発を、ロシア市民はニュースで知ったのである。
ロシア大統領府のドミトリー・ペスコフ報道官は、「ロシア人は『ドネツク人民共和国』と『ルハンスク人民共和国』の承認を支持したように、ウクライナでの作戦を支持するだろう」と自信ありげに語っていた。しかし、戦争初日の夕方、数千人のモスクワ市民がトヴェルスカヤ通りに集まり、彼とは意見が一致していないと表明した。警察はプーシキン広場を封鎖したが、人々は大通り、トヴェルスカヤ通り、周辺の路地をかなり密集して移動した。若い人が多い。
10年前、2011年から12年にかけての反プーチン・デモの際も、ボロトナヤ広場とサハロフ通りは同じような若い人が大勢いた。しかし、その雰囲気は数年前とは全く違っていた。2012年、「怒れる市民」たちは、何百ものスローガン、横断幕、チャントなど、湧き出る「創造性」を誇っていた。そうしたものの作者はウィットを競っていた。今、人々はほとんど無言で動いている。スローガンはただ一つ、「戦争にノー!」である。この夜、少なくとも955人が拘束された。
近年の最大規模の集会ほどではないが、戦争開始初日の木曜日の夕方、予想していたよりも多くのデモ参加者がいた。そのときには、混乱と不況が至るところで支配的だった。しかし、こうした人々のほとんどは、筋金入りの抗議者ではないとしても、あれやこれやの反対勢力の一部だった。政治化された中産階級は、国の指導部の過激な動きに予想通り不満を持っている。
「もちろん戦争には反対です」。タガンスキー公園で子供と散歩する母親が言う。「戦争を必要とするのは誰なの? 国民がとてもかわいそう。今日は一日中泣いていました。子どもたちが心配です。子どもたちに何が起こるのかしら?」
一方、彼女の6歳と8歳くらいに見える2人の子どもは、楽しそうに私たちの周りを走り回っている。しかし、ある時、男の子が立ち止まり、母親に寄り添って「ママ、スヌープは介助犬になって、僕たちを守ってくれるの?」と尋ねた。
タガンスカヤ広場からアベルマノフスカヤ・ザスタヴァの近くにあるポクロフスキー修道院まで歩いた。若い女の子、花を売るおばあさん、黄色い自治体のベストを着た労働者、モスクワの聖マトローナを拝みに行く巡礼者など、いろいろな人に声をかけた。簡単な質問をした。ほとんど全員が快く答えてくれた。中には自分から近づいてくる人もいた。その多くは、まるで沈黙の誓いをようやく破ったかのように、早口でまくしたてた。
「とてもひどい!」18歳くらいの女の子2人が言った。「とてもひどい!」。
ドミトリー・ペスコフが期待していた熱意と支持はない。30人から40人の回答者のうち、ロシア当局の行動に対する愛国心を口にしたのは、たった一人だけだった。その徴兵年齢の若者は言った。
「これはわれわれの土地だ。守らなければならない。もし、彼らが私を派遣するなら、私は言われたところに行くだろう」。
しかし、彼に「近い将来、何が待っているのか?」と尋ねると、彼は愛国心をあまり感じさせない答えを返した。
「海外のソーシャルネットワークが禁止されると思う。あとは、パンが500ルーブルになったり、1ユーロが500ルーブルになったりとか。政府は多くの間違いをおかしている。しかし、一度始めたことは最後までやり遂げる必要がある」。
他のみんなは、恐怖から憤りにまで至る感情について話していた。前線からの不穏なニュースに対して、心理的な準備ができている人には会わなかった。ロシア軍がウクライナの領土に侵入している理由を説明できない人ばかりだった。誰も説得力のある答えをくれなかった。年配の人たちは、2014年のクリミアの春を思い出していた。
スベルバンクの支店の前で呼び止めた40代の男性は、「あの頃は、何となく気楽だった」と言った。「一体感があった。そして、正義感というか、なんというか。当時、われわれの仲間が攻撃されていて、われわれは彼らのために立ち上がった。そしていまは、私にはわからない。なぜ侵略したのか?」
「社会学者は、今日始まったウクライナでの軍事行動は、ロシア社会にとって驚きであり、集団的衝撃の状況を形成した。アナリストは、人々は軍事的対立に対して何の準備もできていないことが判明したと指摘している」と親クレムリン派のテレグラム・チャンネル「ネチガール」は認めている。
カフェから出てきた2人の男に、戦争、為替レート、結果について質問してみた。彼らも他の誰とも同じように、この戦争を理解していない。しかし、「考えたくないんだ。それについて考えない。だから、わかりやすいことが言えないんだ」と1人が言う。
もう1人は付け加える。「何か神聖なもの…宇宙的な何か。それに対して何ができるのか? 言うまでもないが、とんでもないことだ。ここから出るべきだ。田舎に、森に行って、火をつけるんだ そして、何も考えないことだ」。
このモチーフは、私の社会学的実験の中で非常によく出てきたものである。人々は自分の理解力を超えるもの、つまり戦争、彼らの道徳的座標軸に当てはまらないもの、防衛戦争ではないものに遭遇すると、特別な理由があるわけでもなく、自分たちにはどうすることもできないこのニュースを受け流すのだ。
「私は母にニュースを見ることを禁じました」と中年の女性は言う。「マイ・フェア・ナニーを見なさい」と言ったんです。「いい映画よ。でも、ニュースは読んじゃだめよ。体に悪いから」。
大学1年生のカップルが、最近のクラスメートは政治について議論することを嫌がる、あるいは恐れていると言った。「彼らは気づいていないだけという感じがする。気づかないようにしているんだ」。多くの人が同じような印象を持っている。
「みんな黙っているんですよ、それが当たり前かのように」とエネルギー会社のヒゲを生やした社員は言う。「みんな携帯電話にくぎ付けになっている。それだけですよ」。
しかし、この一般的な無関心さは誤解を招くかもしれない。回答者のほぼ全員が、何らかの形でこの衝撃的なニュースについて話し合ったことがあると答えた。多くの人が「一日中」この話題で盛り上がったことを認めた。しかし、愛する人との熱い会話は、(今のところ)日常生活を続ける街とは対照的だった。そして多くの人が、ここで不安や無力感、孤独感を味わっているのは自分だけだと感じている。しかし、通り過ぎる人々の中には、ほとんど誰もが同じ理由で、こうした感情を抱いているはずだ。
この人々、あるいはこの国の他の人たちがどう考えているのか、誰も尋ねていない。彼らは、ロシアの戦車や飛行機をかつての兄弟国に送り込むべきだと考えているのだろうか? 彼らは「ウクライナの非ナチ化」のために犠牲を払う覚悟があるのだろうか? 国の安全保障のためには極端な手段が必要だと考えているのだろうか? 戦争が始まってまだ1日しか経っていないが、すでに多くの人がこの戦争について語り、意見を述べる必要を感じている。少なくとも、話を聞いてもらうためだけに。
「私が戦争に反対していると、本当に書くの?」と、食料品店の外にいた老婆が素朴な疑問を口にした。
「まるで、『国には』他にやることがないかのようだ」。年配の花屋が低い声で言った。「昨日、近所の息子さんが、道路が崩れて大事故にあったんです。そんなに戦争が必要なんですか? 普通にアスファルトを敷いた方が良いのでは? 私は歳とっていて、こうして行商をしている。年金だけでは足りないから。まあ、なんとか生きてはいるんですけどね。で、今は? ドイツ人が来た時代と同じで、また戦争なの?」
地下鉄「マルキスツカヤ」駅の近くで、50代の女性6人が台座にバッグを載せて、円陣を組んで立っている。
「ええ、もちろん警戒していますよ」と、その中で一番陽気な人が言った。「そして、とても恐れている。私たちの夫のため、子どもたちのため。徴兵されるかもしれない。しかし、私たちは、この事態がすぐに収まることを願っています。私たちの仲間がすぐにそこの秩序を回復してくれることを。しかし、今は21世紀で、戦争中なのです。大規模に始まったら、みんなに影響する」。
「じゃあ、すぐにはエジプトに飛んでいかないの?」最近行った旅行の話をしていた女性に尋ねる。
「もちろんよ、神の思し召しで」彼女は答える。「大丈夫。すべてうまくいくわ。軍隊は強いし、私たち一般市民には何の影響もないでしょう。偉大な大統領もいる。だから、そんなことはどうでもいいんです」。
女性は言いよどむ。楽観的な考え方の出口が見つからない。友人たちは首をかしげる。
「いや、レナ。これは、ひどいことよ。これが今の一番の問題なのよ」。
2022年2月26日
(注)アレクセイ・サクニンは、ロシアの活動家で、左翼戦線のメンバー。2011年から2013年まで反プーチン抗議運動のリーダーの一人であった。その後、スウェーデンに移住し、亡命生活を送った後、ロシアに戻り、左翼反対派の活動家、ジャーナリストとして活動を続けている。プログレッシブ国際評議会のメンバーでもある。
(「attac関西ブログ」
より)
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