チリ 圧力下の新大統領
新しい左翼への希望に暗雲
トリスタン・カッツ
ガブリエル・ボリッチは、新大統領への選出から2ヵ月経って、もはや存在していない世界の大統領であるように見える。制憲過程による政治システム刷新という希望に支えられた彼は、2018年10月の社会的爆発(公共交通運賃値上げを契機とした市民的反乱:訳注)の反響と民主的諸要求の間をつなぐいわば代数的結果なのだ。
今日、インフレがチリ人過半の貧弱な所得をむさぼり食い続け、高まり続ける貧困によって引き起こされた暴力、社会的諸闘争に対する抑圧、運送業者によるストライキを介した極右の回帰が、彼の選挙綱領に内包された諸限界をはっきり示す最大の問題になっている。権力の座についた左翼は、18%(3つのデータ調査機関)と33%(プルソ・シウダダノ〈左翼系報道媒体:訳者〉)の支持率の間で圧力下に置かれている。
手に負えない
社会的現実が
インフレの世界的回帰はチリを見逃していない。政府の物価指標であるCPIは、今年4月の上昇率を10・5%と見積もっている。それは物価上昇を、この30年間経験しなかったレベルにするものだ。植物油は1ヵ月で24・7%(1年で62%)、石油は30%上昇し、ほとんどの必需品もふた桁の値上がりだ。
この物価ショックは労働者階級に厳しい打撃を与え続けている。貧困に対する2021年の公式数字(10・8%)は独立調査機関(たとえばSOL)の評価によって否定されている。その機関は、貧困を39・9%とし、ひとりで家族を養っている女性の55%は貧困ライン以下にあるとしている。
財務相のニコラス・グラウ――われわれには社会主義者と告げられているが、現実には元中央銀行総裁――による諸言明は、約束のように聞こえる予想を行い、間に合っていない、そして賃金引き上げという中心的要求を無にするような、直接的援助について話し回っている。
メーデーの諸々のデモは、高まり続ける政治的かつ社会的緊張を例証した。一方には、CUT(中心的労組連合)と連立諸政党を軸にした政府支持の集会があり、他方には、異論をもつ階級闘争派労組の極と諸々の社会運動を伴った左翼反対派がいた。
そして後者は抑圧の標的になった。ここまでは驚くようなことは何もない。実に高校生と学生の運動は2、3週間前、単に政府に約束を守るよう訴えただけで、左翼の警棒と催涙ガスに値する資格を与えられていたからだ。新しさは、これからの時期の基調を定めるひとつの深刻な事件から現れている。
先の抑圧を受けたメーデー集会では、警察機動部隊が勝手に動員を解除し、その場から消えていた。そして隊列は、小売商防衛という口実で、ゴロツキ形態の極右から攻撃を受けたのだ。この攻撃は前もって計画されていた。そこには、正確な銃撃というビデオ映像の証拠があり、この攻撃は3人の独立ジャーナリスト(犠牲者の中でフランシスカ・サンドバルは頭を撃たれた)を含む4人銃撃という結果を残した。
戦闘的活動家だけではなく労働者階級に深い衝撃を与えたことは、古い世界との実際の断絶を印していると思われている政府の自己満足だ。この問題をめぐって多くの議論が交わされている。政府はこの情勢を膿むに任せたのか、と。いずれにしろ政府は、運輸業者ストライキ(極右との強い結びつきを基にした、そしてマプチェ諸団体の行動に対するさらなる抑圧を求めている)の場合のように、ダブルスタンダードでふるまい続けている。そしてそのストライキは活動中であり、暴力的だが警察によって妨げられてはいない。一方社会的諸要求は抑圧を受けている……以前のように。
制憲過程にも
不確定な要素
社会的約束はチリ左翼の強い目的ではなかった。それはあらゆることを、民主的な刷新に、そしてピノチェト独裁から生まれた憲法を終わりにすることに賭けてきた。
制憲会議の法的仕組み、代議員選任、新憲法の最終確定、を定めている法21ー200には、ボリッチの選出同様曖昧さが含まれていた。新大統領は、有権者の25%という限定された層、およびふたつの連立勢力に依拠していた。後者としては、ひとつは新しい左翼の勢力、他の者は、元コンセルタシオン(キリスト教民主諸派と社会党の連立)の政府をになった左翼だ。
同じことが制憲会議の運命にも当てはまる。制憲過程に扉を開くための仕組み(選挙、議事日程、変革の範囲)と単純多数では機能しない批准の仕組みとの間には、深い矛盾があるからだ。それゆえ、チリの多民族的性格から新しい諸権利(市民の、教育の、ジェンダーの、水の私有化停止の、等々)まで、多くのことが討論されてきた。
しかし保守的な諸部分は、事実上の阻止力をもつ少数派を確保している。社会的不満とプチブルジョアジーの怖れは、この刷新されたと思われている左翼の明白な唯一の約束に終止符を打ち、前例のない政治的危機の幕を開く可能性も考えられる。ちなみに右翼紙は、ここで言及したプチブルジョアジーの怖れを、移民と関係づけて犯罪の爆発(殺人行為は1年で倍化している)を使って劇的に表現している。(2022年5月19日、「ランティカピタリスト」からIVが訳出)(「インターナショナルビューポイント」2022年5月23日)
The KAKEHASHI
《開封》1部:3ヶ月5,064円、6ヶ月 10,128円 ※3部以上は送料当社負担
《密封》1部:3ヶ月6,088円
《手渡》1部:1ヶ月 1,520円、3ヶ月 4,560円
《購読料・新時代社直送》
振替口座 00860-4-156009 新時代社