米最高裁 中絶の権利を覆す判決を許すな
女性・性的マイノリティーの権利破壊
全社会的反撃に打って出よう
「アゲンスト・ザ・カレント」編集部
6月24日、ATCの今号が印刷に回っている中、「ロー対ウェード」判決の公式逆転が公表された。米国で長い間確立されていた憲法上の権利に巨大な穴を開けるには、ドナルド・トランプのそそのかしで議事堂に侵入した白人民族主義者の暴徒は必要なかった。その正面攻撃が失敗したところで、右翼による側面攻撃が成功――裁判所による見え透いた擬似立憲的クーデターを含んで――で迎えられることになった。
すべての権利の破壊へ
「ロー対ウェード」判決の逆転は、女性の体と諸権利に向けられた戦争というだけではない。法学者たちがすぐさま認めたように、リークされたアリート(サミュエル・アリート、ジョージ・W・ブッシュの指名により最高裁判事に:訳者)のまとめによる最高裁判事多数派見解は、憲法修正14条からの帰結として当然と考えられた基本的なすべての権利と個人的プライバシーの初歩的な原理――同性婚、人種間婚姻、LGBTの権利、信じ難いことだが合法的避妊――に、ひとつの異議を投げつけているのだ。
まさしく、「生命は受精で始まる」との道理に反した教条が、IUDs(子宮内に留置する避妊具:訳者)や事後ピルをはじめとして長い間確立されてきた産児制限の方法を非合法化するよう、宗教的右翼の極度に凝り固まった州議会議員たちに大きく扉を開いている。法的策略として「親の同意」が試されるかもしれず、あるいは事後ピルは、妊娠中絶勧奨剤として犯罪にされるかもしれない。
この深く悪質な判決での一筋の光は、諺にもあるように、暗闇で行われることもいずれ露見する、ということだ。判決草案リークの動機がどのようなものだったかに関わりなく、それを公開した者たちにわれわれは敬意を表する。それは、民衆的な憤激が、最高裁多数派が意図したような11月中間選挙に先立つ夏の政治的休戦期にではなく、この春に爆発することを可能にした、という意味においてだ。
最高裁長官のロバーツ(ジョン・ロバーツ、2005年にジョージ・W・ブッシュが指名、レーガン時代にはホワイトハウス法律顧問:訳者)は当然にも、最高裁草案とその配布に関する長い間固く守られてきた秘密厳守を侵犯したリークに怒りを覚えている。確かに秘密厳守は、長い間で確立された慣例だ。しかし、前例の尊重、特にその後の判決でそれらが確証されてきた場合の尊重を意味する、判例の綿密な検討も確立された慣例だった。あるいは、確立された諸権利の廃止における一定の相当な抑制、およびそうすることに内在する人間的な諸結末に対する配慮、もそうだったのだ。
アリートは悪意のこもった反動的なイデオロギーへの奉仕としてそのすべてをくずかごに捨てた。伝えられるところでは、ロバーツは、「ロー」の破壊の完全化をすべて行いたくはなく、ミシシッピー州の妊娠15週以上の中絶禁止を支持することで「ロー対ウェード」判決の実質をズタズタにし、一方「ロー」を丸裸にしつつ公式にはそのままにする方を好んでいた。ロバーツの懸念は、貴重な「裁判所の正統性」だ。今や低水準になっているその正統性こそ、破壊される必要があるものだ。
「モンスター」の製造法
ロバーツは自ら彼がもはや統制できないモンスターを誕生させた。それは、1世紀の長きにわたる選挙運動資金法の裁判所による否認で始まり、その後には1965年公民権法の空洞化が続いた。ロバーツは、バラク・オバマの選出が、選任行為でレイシズムはもはや問題ではないと示したという見せかけの下で、WSCOTUS(白人支配の米国最高裁)方針の完全防御を可能にした。
ここには、この裁判所の構成と機能について語らなければならないことがある。つまり、サーグッド・マーシャルやルイス・ベイダー・ギンズバーグのような判事(いずれもリベラルと目された:訳者)が最高裁に到達したのは、大規模な社会運動――中でも公民権運動や黒人解放運動やフェミニズム運動――の影響下のことだった、ということだ。
これらの人物は、確固とした法的知性の持ち主だったというだけではなく、同権と正義を求める古参の戦士でもあった。20年の間最高裁は、矛盾の多い形でそうだったとはいえ、基本的諸権利のひとつの支え、との外見を示した。
現在の6人のWSCOTUS派多数を彼らと比べてみよう。3人のトランプ指名判事は、機会が提供されるならば、どんな悪意のある悪さでも行うだろう。彼らは、「ロー対ウェード」判決をひっくり返す目的で現在の地位に到達するために、右翼の後ろ暗いマネーと法務職業団体によって身繕いを整えられることを除けば、生涯で何一つやったことがない。
こうした行為は遡ること1991年に始まった。その時クラレンス・トーマス(現最高裁判事のひとり:訳者)は、アニタ・ヒル(トーマスの元部下:訳者)に対するセクシャルハラスメントに関し嘘をつく以前でさえ、ロー・スクールで「ロー」を議論した経験が皆無だったことに関し嘘をついたのだ。それが、「最高裁にもち出されるかもしれない問題について」の立場がどういうものかを答えることを逃れて反動的指名を続ける――彼らの指名確認公聴会で責任を問われることなく公然と嘘をつく――前例を作った。
ブレット・カバノーが上院司法委員会に、「ロー」はひとつの判例であると共にその後の諸見解によって「繰り返し確認された」と語った時、彼が真っ赤な嘘をついている、と明らかに分かっていなかった者がまさに全米でひとりいた。プロ・チョイス(人工中絶容認派を指す:訳者)共和党上院議員のスーザン・コリンズであり、彼女の票が彼の指名を保証したのだった。
リークされたアリートの見解は、縁の周辺を少しばかりきれいにされたかもしれない(妊娠中絶を殺人と宣言する17世紀の英国法廷弁護士を引用した彼の学者風脚注の除去のような。ちなみに先の人物は魔女の処刑をも唱えていた)とはいえ、今や裁判所を確固として支配している極右との関係では、通例であった法的・政治的ゲームの規則はもはや適用されない、と極めて明確に語っている。
反チョイス、有権者抑圧、そして恫喝法規をもって騒ぎ回っている州議会議員たちと並んで、議員たちは今、結果が彼らが好むものにならない場合、選挙をひっくり返す力を正規のものにしようとしている。
生殖の諸権利と基本的な民主主義の破壊は継ぎ目のないひとつになっている。権利それ自体が決定的に重要なのだが、その中絶の権利を超えて、これは、この10年内外米国内で燃えさかり続けてきた立憲上のまた政治的な正統性の危機、に関するもっと強烈な局面の幕を開いている。
直面する緊急の闘い
まったく偶然ではないことだが、もっとも攻撃的な反中絶法が激増している州は、妊婦と幼児の死亡率がすでに最高のレベルにある州と同じだ。あるいは、もっとも悪質な反中絶の政治家は同時に、この国のぼろぼろにされ不名誉な公衆衛生システムを固定化し、コヴィッド感染期に何十万人もの命を犠牲にすることでは、もっともけたたましい敵でもある。
これは、誕生前だけ「神聖な命」を気にかける女性蔑視かつレイシストの右翼にとっては、完全に論理的なふるまいだ。しかし、この論理の残忍さは、「ロー」逆転をめぐって公衆的憤激のレベルを強めている。それは次に、中絶の権利や他の生殖に関わる諸権利を保護するよういくつかの州がどれだけ素早く動くか、に影響を及ぼすかもしれない。またそれは、連邦レベルの民主党が女性の権利を守るために言葉だけのレベルを超えて十分立ち上がるかどうか、にも影響を及ぼすかもしれない。
象徴的なレベルでは、上院院内総務のチャック・シューマーが、下院ではすでに採択されている生殖自由法の採決を求めた。しかし、議事妨害を破るために必要な最低60票に届くチャンスは全くないままにだ。もうひとつの象徴となるものは、しかしもっと重要だが、指名確認公聴会で議会に偽証したとしてブレット・カバノーとニール・ゴーサッチ(トランプにより、2017年に指名された:訳者)の責任を問う早期の公聴会招集に向けた、上院司法委員会を求める反抗の表示だと思われる。ぼーっとしている時ではない……。
ジョー・バイデンが、米軍病院で中絶サービスを提供するよう命令するために、大統領権限を使うだろう、と期待することは、期待しすぎ以上のことだろう。まして、中絶と投票権の回復を目的に最高裁判事数を拡大するために指名を公表する、などあり得ない。そのような奇跡を夢見ることは幻想であり、人々を元気づけるどころかむしろ元気を奪うことになる。
しかし、連邦政府が避けることができない厳しい差し迫った戦闘がある。「ロー
逆転後に中絶が禁止されるいくつかの州政府は、たとえば、コヴィッド危機の中で広く利用されるようになった遠隔医療相談と共に、全米疾病予防対策センター(CDC)が認可した中絶ピルの利用を、犯罪にしようとするだろう。
連邦政府が州間商業や郵便事業を支配している以上、連邦政府は基本的な医療サービスについて、ひとつの立場をとるよう――あるいはこの締め付けの共犯となるよう――強いられるだろう。これらの州政府が、妊娠した人々や彼らを援助する人々を、中絶サービスを受けるためによその州に出かけたとして、訴追しようと挑むことがあれば、またその時、連邦政府の姿勢はさらにもっと重大になる。
これから何が起きる?
最大の戦闘はいくつかの州内部で起きるかもしれない。たとえばミシガン州であり、そこは、反中絶法が最高裁判決後にすぐさま効力をもつ数十の州のひとつだ。そしてミシガン州の1931年法は今、この法が州憲法のさまざまな保護条項に違反しているとの嫌疑で、ブレッチェン・ホイットマー知事と「プランド・ペアレントフッド」(生殖医療を提供しているNPO:訳者)によって、州最高裁に異議を申し立てられている最中なのだ。
事実として、「プランド・ペアレントフッド」の訴訟が法廷に出されている中で、現在予備命令が有効になっている。対抗として州議会議員たちは、命令を逆転しようと訴訟を起こした。
もうひとつの戦線として、ミシガン州憲法に生殖に関する自由の条項を置くために、住民投票(米国では、中間選挙や大統領選挙と合わせて、さまざまな課題での住民投票が行われている:訳者)実現を求める署名――きっかり42万5000票が必要――が今集められている。この住民投票は重要なことに、ロー判決の狭い防衛を超えて、避妊、出産前後のケアや出産、さらに流産処置まで拡張された諸権利、という全範囲を取り上げるのに役立っている。
それは、妊婦と幼児の死亡率が、特に低所得と非白人コミュニティで今も高いままであるからには、特に意味がある。興味深いことだが、ミシガン州司法長官と、州の生殖に関わる公衆衛生クリニックのほとんどが立地しているもっとも人口が稠密な郡の検事7人は、州の禁止が有効になっても中絶事件を訴追しない、と誓ってきた(1931年法は、中絶を援助する医療スタッフを犯罪者にする。唯一の例外は妊娠している個人の命を救う場合)。
右翼の郡検事が、1931年法をものともせずに中絶サービスが続く郡に向かう住民を追い回そうとする場合、何が起きるだろうか? 右翼の活動家がサービス提供者や患者を脅迫したり、暴力までふるったりすれば、何が起きるだろうか?
米国で2世代以上の民衆が確立された事実と当然視してきた基本的な権利の深く不人気な逆転から帰着する可能性がある、衝突と混沌の多様なレベルを想像することは難しくない。
あらゆる場での行動
諸々の制約が中絶の利用に限定されている、ということは確かだ。もっとも重要なことは、連邦のメディケイド(低所得者のための医療保障制度:訳者)資金の中絶への投入を否認しているハイド修正条項だ。議会を支配したのが民主党であろうが共和党であろうが、この修正は1976年以後毎年更新されてきた。それは今後どれだけ続くのか?
諸々の制約が取り除かれると、理性的なふるまいがまさる必要がなくなる。われわれは今となればもうそのことを分からなければならないだろう(異なった脈絡でのことだが、2003年のジョージ・W・ブッシュのイラク侵略と、プーチンの現在のウクライナ侵略は、よく知られた破局的結果を伴う非合理性の事例だ)。
州議会議員のもっとも古代人的思考の持ち主であっても、結婚の平等を廃止しようとまでもくろむということはありそうにない。嘘つき好みの戦術は、郡の事務職員に、同性婚や人種間あるいは宗派間の結婚、あるいは彼らがたまたま賛成できない他のどんな結婚でも、彼らの「個人的良心」に基づいてそれに反対して、認可書を否認する権限を与える諸決議のようなものになると思われる。
米国立法交流評議会(ALEC、右翼的立法推進をめざし米国の右派地方議員や議会スタッフが結集する:訳者)のような一団が、米国最高裁のテストを通過するかもしれない頑迷さのレベルに助言を与えるために利用できる。白人至上主義者の女性蔑視的モンスターが全面的な支配権を得る以前の時代である2013年に無効にされた、クリントン時代のぞっとするような結婚防衛法(男女の結合として結婚を定義、州が同性婚を否認することを可能にする:訳者)を復活するために、最終的に最高裁が求められるかもしれない。
不吉な可能性の諸々を概括する必要は全くない。リストは際限なく、反動派の想像力の創造性にもほとんど限度がなく、それが公衆の見解で制約されることもないからだ。かつては基準とみなされたもの、法や過程や政治の規則と考えられたものはずたずたにされている。
特に中絶の権利の防衛にとって、「街頭に」いるべきか「議会内に」いるべきか、あるいは「投票箱において」か「市民的不服従を通して」かは、問題ではない。われわれはあらゆるところにいなければならないのだ。
この攻撃が力強い抵抗を受けないとすれば基本的な権利はどこまで後退に拍車をかけられる可能性があるか、は決して誇張ではない。最高裁による右翼のクーデターは、「ロー」をひっくり返すための何十年にもわたる長征で始まったのかもしれない。しかし絶対的に確実なことは、それがそこで終わることはない、ということだ。(「アゲンスト・ザ・カレント」219号、2022年7・8月号より)
▼「アゲンスト・ザ・カレント」は第4インターナショナルのシンパサイザー組織である米国のソリダリティが発行し、その目標を説明している隔月刊の分析誌。この雑誌は、米国内左翼の再編と対話というわれわれのもっと大きな構想の一部として、広い範囲にわたる諸課題に関する変化に富む観点を紹介している。そのようなものとして論争は、左翼の立場に立つ活動家、オルガナイザー、学者内部の討論を推し進めるという目標に基づいて、頻繁であり、教育的だ。(「インターナショナルビューポイント」2022年6月25日)
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