エクアドル民衆的闘争からの新たな教訓のために

力としての人民が変革を可能に
新自由主義の無抵抗主義打ち破れ
クリスティアン・アルテアガ

 以下は、本紙7月14日号で紹介した、今年6月のエクアドルにおける民衆反乱に対するもうひとつの考察。今回のものは、運動の具体的な展開の中から、民衆諸層の団結と行動がどのように発展の力学を辿ったか、を検討している。(「かけはし」編集部)
 現在の流れは、ギレルモ・ラッソ政権による新自由主義政策の適用――流血と発砲の中で――をはっきりと示すが、しかしまた、この間の日々を通じてストライキと民衆的決起で起き続けてきたことへの理解をも明確に示している。全体的な政治運動の理解を概括するには早まっているように見えるかもしれない。しかしながら、民衆的闘争のこの諸経験を描き出すことをわれわれに許すような要素は確かにある。
 疑いなく、先住民運動の諸特性とその要求の政綱は、政府の新自由主義政策からさまざまな強度と毒性の下に打撃を受けた、中産階級と民衆的な諸階級諸層の要求の包含によって特徴づけられる。しかしまた本来の場所で、われわれは都市特有の抵抗がもつ諸形態をも考察する必要がある。以下の文書は、決起の心臓部で考え出された4つの考えをはっきりさせる。それは、対立と要求に関するこの新しいサイクルのもっと幅広い構図を示すために、今後磨きをかけられてよいものだ。

先住民の蜂起
かつ民衆蜂起


 2019年に生み出された新しい歴史的なブロックは、新自由主義への抵抗で決起した基本的な組織された主体としての先住民運動が保持した強さと対話能力を見せつけた。ちなみにその新自由主義は、モレノ(前任のラファエル・コレア大統領を引き継ぎ、2017年―同21年に大統領だったレーニン・モレノ:訳者)政権によってより強く実行されていた。
 しかしながらその歴史的ブロックは、組織された都市運動(過去には、コオルディナドラ・デ・ムビミエントス・ソシアルの一部としてあった)が抱える諸々の組織的限界をも示したが、それはまた、首都における民衆的な社会的紐帯に向けた再構成の動機にもなった――困難さを伴い、また防衛的な形態で――。
 しかしながら今年6月13日に始まった進行性の反乱は、戦略と動員の点で2019年のそれとはかけ離れている。その戦略と動員では、都市の社会運動は、複雑な統一の中で、しかし高校生と特にエクアドル中央大学(UCE)の大学生、住宅街の住民、反ファシスト運動、教員指導員、女性、都市周辺コミュニティの参加に基づいて、実質的に防衛と決起の日々の中にあった。
 この多様な主体のほとんどすべては、中でも若者、主婦、近隣住民の自然発生的な主体が加わって、永続的な決起を維持するために決定的にUCEに寄り集まった。当時この闘争は、田舎と都市の間で段階的に実行され、2つの極めて重要な集中的主体と戦略が確立されることに余地を与えた。第1は、先住民運動によるキトにまでいたる領域の接収、そして第2は、都市中での抑圧部隊の襲撃を前にした持続的で多様な決起だ。

都市の運動が
再び出現した


 組織された都市の部門は90年代と今世紀の最初の5年に中心的な重要性をもっていたとはいえ、それは2007年から2019年までに、10年以上の決起後退、嫌がらせ、弱さを経験してきた。転換点が2019年にやってきた。これが田舎と都市の収斂に対する必要を表に引き出したからだ。もしその時、都市の運動が決起および政府と抑圧機関に対する抵抗を、わずか1日半維持できたとすれば、今日それは完全に違っている。決起は休みなく毎日であり、都市部門の慣習における決定変数を特徴づけている。
 われわれはこれを、都市周辺部の、たとえばキト市南部、ヌエバ・アウロラやクトゥグラフアやグアマニの住宅街(ここではこれ以外に多数の地名が上げられているが、割愛する:訳者)などの、普通ではない力――それはある種歴史的な特徴だとはいえ――で例示する。
 これは2つの中心的な要素を明確化させる。第1は、都市周辺部の諸層は多くの排除と田舎の世界にある欠乏を共有しているということであり、それこそが、彼らの要求と抵抗が強力かつ切迫している理由だ。第2は、現在の新自由主義に対する民衆的闘争と抵抗における新たな要素として、決起した都市部門の依然複雑な強力化に加えて、都市内部における社会的再編だ。

反植民地闘争と
階級闘争の合成


 国家警察の襲撃に対する抵抗力が都市周辺部の居住域、本質的に労働者階級と貧困に突き落とされた者たちであることが理由で、これが以前の特質とつながっている。南北の諸部門での戦闘は、動員に向けた組織化と学習のプロセスではないとしても、住民の自然発生性とは完全に距離がある。そしてそれは、ひとつの階級的アイデンティティを伴って進んでいる。それゆえわれわれは、ますます残酷になっている新自由主義の諸方策による作用が、民衆諸階級の食糧、交通、また公衆衛生の日々の費用、といった実存と生き延びの基本問題に関わっている、と言う。
 他方、民衆陣営へと向かいつつある中産階級の諸層内では、優先性は、基本的実存それ自体というよりもより高い燃料価格に関連したすべてのことに埋め込まれている。
 しかしながらこれら2つの攻撃は、ラッソ政府および上流階級と上層中流階級に対する階級的衝突という一つのシナリオの形で一緒に出てきた。後者に関しては、この国の全般的危機を構成するもうひとつの成分として、銀行金融資本に関する、またその間の紛争(バンコ・ピチンチャとグアヤキル)という特徴をもつ、鋭いブルジョアジー間対立もある。
 他方、そしてこの動きの1部として、抗議の中のレイシズム的差別を受けた要素として、こうして先住民運動が歴史的に、民族性を超えて広がるものとして、多民族的国家を求める提案を用いてきた。そしてそれを今も用いている。
 しかしそれは、レイシズム、階級主義、外国人嫌悪を基礎として支配的影響力をもつメスティソ(主にスペイン人と先住民を両親とする人々:訳者)から、もっとも本能的な対応で迎えられてきた。これは、諸言明、ソーシャルメディアや諸々のテレビ局での取り上げ、ブルジョアジーの世論を基礎にしているが、それは、キトへの攻撃、厳密に先住民の反乱という考え、したがってこの部門だけの利害を独自に代表しているとの考え、を仮定するものだ。
 彼らは先住民運動をコレイスモ(ラファエル・コレア大統領の任期中、またその後に発展したさまざまな勢力を指す:訳者)に関連づけようとしている。その場合われわれは、先住民運動が政府の資源採掘依存の政策を拒絶したことを理由に、2019年以後後者の考えに基づいて、CONAIE(エクアドル先住民連盟)の先住民組織の信用を落とすことが行政の基礎になった、と知っている。それゆえ、この闘争の中で、これらのレイシズムの主張と行為に反対する形で、反植民地主義の要素が示されている。

大学で進む
右への移行


 この点は、近年の決起の進展では前例がなく、それは大学の諸機構が導入した役割だ。様々な国籍をもつ兄弟姉妹の滞在先と平和の場に大学を変えるために、その扉と構内を開くようにとの民衆的要求に対する彼らの抵抗は、彼らの役割における懸念を呼ぶ破裂だ。本来その役割こそ、できる限りの知識の建造者としてばかりではなく、この国の傷つきやすい、また貧困に突き落とされた層に対する連帯の空間を広げる建造者、としてのものなのだ。
 この行為は、原始的なやり方で、理事会の私的な諸部門の、今回の場合は商工会議所のはっきりした姿勢を、たとえばその会頭を通してカソリックエクアドル大学に対し露わにした。
 加えて、対話を求めている主な総長たちの新聞発表の微温的な性格は、この国で今起きていることに関する多くの講師たちの無抵抗主義と組になって、ラッソの主張が公立大学の中に重要な居場所をどれほど見つけているかをはっきりさせている。たとえばそれは、デジタル投稿サイトで彼らの政策を無批判的に繰り返したり、中でも暴力という議論を使って学生の組織的な諸形態に疑問を挟む講師たちを通して示されている。
 今回の日々は、唯一のあり得る政治と民主主義は、街頭における、騒々しさの中の、民衆のそれだ、ということを示すことになった。人々を政治化する政治は、それがソーシャルネットワークから行い得るとはもはや考えないことによって始まっている。無抵抗主義は新自由主義の有害な構成要素のひとつであり、あらゆる変革と建設の真の可能性は、力としての、また歴史としての人民だ。その他には何もない。

▼筆者は、エクアドルのレッド・フェミニスタ・エコソシアリスタ(RFE、エコソーシャリスト・フェミニスト・ネットワーク)のメンバー。(「インターナショナルビューポイント」2022年6月29日) 

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