危機の時代に際した地政学的考察(上)
ユーラシア上で新しい鋭い対立
諸要素の複雑な連関が対立を左右
ピエール・ルッセ
ロシアによる非道なウクライナ侵略は、この間進んできた世界の無秩序化を誰にも見えるものにした。合わせて、グローバル資本主義の行き詰まり、コロナパンデミック、気候危機による世界各地での大規模災害の頻発など、人びとのくらしと命を脅かす重圧が極度に高まっている。世界を総体としてどうとらえるか、以下でピエール・ルッセ同志が従来の思考法を抜本的に改める必要を訴えている。ただし本人も認める通り、基本的に考えを深めるべき課題の提起の段階と思われる。討論の導入素材として上・下2回連載の形で紹介する。「かけはし」編集部
冷戦期的思考
からの脱却を
ウクライナから台湾まで、ユーラシアが再び大国(米国、中国、ロシア)間の主要な衝突における震央になっている。これを分析するためにわれわれは、冷戦から継承した心理的ソフトウェアからわれわれ自らを解放し、新しく考え、そして地球的な背景――世界的な多次元的危機という全体構図――を全面的に考慮しなければならない。以下の提起は徹底的なものと主張するものではなく、むしろ討論への呼びかけだ。
国際政治情勢は新しい台頭中の大国、中国と既成大国である米国間の対立で支配されている。この直接対決は以下で、帝国主義間対立として分析されている。
中国の社会構造は確かに非常に特殊だ(これは些細なことではない)。しかし、毛体制と習近平のそれとの間における連続性の断絶の程度は、十分に文書化されている。この領域では明らかに論争があり、帝国主義の概念自体にもいくつかの正統性のある解釈がある(われわれがツアー体制のロシアの帝国主義について語る場合のように)。しかし、中国(あるいはロシア)社会の発展段階に関し留保を残しつつも、先の分析を逆転させることなしに――読者が、反革命から帰結している習近平とプーチンの体制にはまだ「進歩性」が残っている、と考えないならば――、進行中の地政学的対立を研究することは完全に可能だ。台頭中の大国と既成の大国間の対立には、古典的なシナリオがある。しかしそれは否応なくその歴史的脈絡の中で分析されなければならない。現在の全体的諸連環は、資本主義のグローバリゼーションがそこにわれわれを投げ込んだ世界的危機というそれであり、こうしてそれは、その含みにおいて前例のないものになっている。われわれはここに戻るつもりだが、その前に、ユーラシアが地政学に占めている場が並外れた場であることを強調しよう。
ユーラシアが
再び緊張の場
台頭中の大国と既成大国間のグレートゲームは、世界中あらゆるところで徹底的に展開されているが、歴史的かつ地政学的理由からそれが特に鋭いのはユーラシアにおいてだ。それは最高の重要性をもつ経済圏(その心臓部に中国を抱えて)であり、西に向かっては北大西洋に面し、東に向かってはインド洋―太平洋に面する大陸だ。そして後者から、中国は、再び!、自らを南太平洋に投射できる。
それは、欧州、ロシア、中国、ベトナム、さらにこの地域の他の数多い国々を巻き込んだ20世紀の革命と反革命の震央だった。それは、他のところよりもっと深く、ナチズム、スターリン主義、ブロックへの分断、数々の戦争を経験した。
この大陸は当時の傷跡を抱えている。核の脅威は世界的だが、ユーラシアは、核兵器保有国が同じ国境を共有する「ホットスポット」――西側では、ロシアとNATO加盟国、中央部ではインドとパキスタン、東側では南の台湾(中国―米国)と朝鮮半島――に関しいわば独占権をもっている。
しかしながらその過去は終わっている。1980年代の私の活動家世代が喫した国際的敗北が、新自由主義的反革命と資本主義のグローバリゼーションの拡張に道を清めた。いわゆる冷戦(アジアで燃えさかった)に関する語彙と諸考察が、ウクライナ侵略への対応の中で再び現れている。そしてこの分析の枠組みは確かに時代遅れだ。ロシアと中国は米国とEUと同じ世界市場に統合されているのだ。主要課題のひとつは現在、商品と資本の自由な運動によって統御された相互依存的な世界における、諸国間対立が引き起こしている諸矛盾に関連している。
われわれは、ウクライナ侵略以後の西側においてであろうが、習近平の権力掌握以来の台湾を軸とした東側においてであろうが、ユーラシアがあらためて大国間の鋭い衝突の場となっている時に新しく考えるために、冷戦の多かれ少なかれ無意識的な分析のソフトウェアから自身を解き放たなければならない。
米国とNATO
と中ロの諸事情
米国は、群を抜いて世界の先頭に立つ軍事大国であり続けている。しかしそれは、米国が常にあらゆるところで卓越した地位にある、とは意味しない。この卓越性は、作戦の舞台の性格、同盟国の信頼性、国際政治情勢、兵站、その他に依存している。実際われわれは、ユーラシアの「戦線」すべてで彼らは弱い状況にあった、と言ってもよい。
オバマ大統領は、米国の政治・軍事機構の「軸心」をアジアに傾けたいと思っていたはずだ。彼は、中東の危機に陥りそれができなかった。北京は、南シナ海全体に対する掌握を確定するためにその機会に乗じた。
そして中国はその海域に関し、他の沿岸諸国の海に関する権利を考慮することなく、自身の主権を宣言した。中国はその経済的富を搾り取り、諸々の環礁上に、密な軍事基地のネットワークを配置する1群の人工島を建設した。ドナルド・トランプは首尾一貫した中国政策を実行できなかった。ジョー・バイデンは、米国をアジア・太平洋戦線に再度集中させることが何とかできた。しかし彼は今既成事実という情勢に直面しようとしている。
戦争はひとつの軍事的事案というだけではなく、戦闘から生まれる結果にも意味がある。しかしながら、南シナ海での対立は、第1印象では、北京の有利に変わりそうに見える。北京は、もっとも近代的な兵器、軍事化された海域圏と軍事化された海岸線からなる統合火力、大陸上の基地の近さ、さらに近代的道路と鉄道のネットワークにより提供される兵站施設(部隊や弾薬やその他の戦線における移動と輸送の速度)、といったものを利用できるだろう。ウクライナでの戦争は長く続いている。そしてわれわれは、それがどれほど多くの砲弾を消費しているか、を見ているのだ! 前線の恒常的な再武装は主な制約であり、その解決は北京にとってワシントンよりもはるかに単純だ。ペンタゴンは、その解決のために複雑な方程式に直面している。
しかしながらこの分析は疑問に付され得る。中国には近代戦の経験が全くない。毛沢東主義の戦略は、その支柱として軍と人民の動員を伴った防衛的なものだった。習近平はその支柱として海軍を備えた大国の特性を力を込めて建設中だ。しかしながらその部隊、装備、その兵器の信頼性と精確さ、指令系統、その兵站組織、情報システム(宇宙の統御)、さらに人工知能は、実際の情勢で一度も試されたことがない――一方その戦略潜水艦隊は常にある種の致命的弱点を表している――。
ウクライナ侵略の時、ワシントンもまた欧州で弱い立場にあった。ロシアは、欧州戦線で少なくとも2年間、経済的かつ軍事的な双方で攻勢を準備していた。プーチンがウクライナである種の電撃的な勝利を期待し(彼には高い犠牲となった過ち)、さらに結果的なNATOの麻痺(彼はその危機状態に気づいていた)を期待していたとしても、彼には心中にもうひとつの目標があり、また彼は彼の国境での緊張が続くだろうと分かっていた。他方でワシントンの準備不足は明白だった。
アフガンの破綻後、NATOは危機状態にあり、欧州内のその部隊はロシア国境に大きな数で集められていなかった。ドナルド・トランプは西側陣営の軍事的協力の枠組みを爆砕していた。EUの無能も明白であり、中国とロシアとの関係でどのような首尾一貫した外交もできずにいた。
ブレグジットにより、介入軍をもつ2国、つまりフランスと英国間の協力も停止状態にあり、それらの手段も非常に限定的なままだ。士気も高くない(アフリカでパリが味合わされた失敗の連続はいわれのないことではない)。フランス軍には戦略的な自律性がまったくなく、情報ではワシントンに依存し、……展開ではロシアとウクライナに依存しているのだ。皮肉なことにパリは長い間、部隊の空輸のために、ロシア企業とウクライナ企業に所属している広幅の航空機に関し長期のリース契約を交わしてきた。想像するに、それはもはや問題にならない(とはいえ、資本主義と貿易そのものとしてはそれはあり得る)。
地政学的再編
とウクライナ
この侵略に対し、NATOは、ただひとつの理由でも主要な理由でもない。プーチン自身の言葉の中で目的とされたのは、ウクライナ――彼から見て決して存在してはならない国家――を地図から一掃することだった。もし電撃的な勝利がロシアに、この国を征服し、それをバルカン化し、さらにキーウに傀儡政権を作り上げるというようなことを許したとすれば、何が起こっていたと思われるか、これを知ることは不可能だ。ロシアの攻撃が軍、領土防衛隊、また民衆を巻き込んだ巨大な国民的抵抗で妨害される中で、これは事実にならなかった。ウクライナでの戦争が、想像されたかもしれないものよりはるかに複雑な地政学的再編を引き起こす主要な地政学的事実になったのは、先のような諸条件の下でのことだ。
CCP指導部の
慎重姿勢の背景
中国共産党(CCP)指導部はどの程度までロシアの計画に関し注意を受けたのだろうか? 侵略前夜、習近平とプーチンは鳴り物入りで無限定の戦略的協力に関する合意を公表した。しかしながら北京は、この機会が好都合に見えたかもしれず、また習がこの領域の「再占領」を彼の任期の標識にしていたにもかかわらず、第2戦線を開くために台湾を攻撃する、というようなことはしなかった。事実中国は、モスクワから自らを明示的に切り離さず、しかし侵略の最初の糾弾に拒否権を行使せず、さらに国際的な国境は尊重されなければならないと言明までして、国連で慎重な姿勢をとることから始めた。CCP指導部(また国連)にとっては台湾は中国のひとつの州であり外国ではない、ということを思い起こそう。
この自制は何か? いくつかの理由を考えてみよう。第1は軍事だ。台湾は、北京が切断したいと思っている南シナ海の心臓部にこびりついた巨大な腫瘍だ。しかし、幅が120㎞の海峡を越えることは侵攻を極めて冒険的にする。台湾人はおそらく、米軍が守るために到着すると思われる間抵抗する手段を確保している。どのような進歩が達成されていようが、中国の海軍航空戦力はうまくやる状態にはない。習近平は確実に、毛が内戦終結時にこの島にいた蒋介石の国民党部隊を攻撃しようと3度試みた時の、過去の失敗を忘れていない。逆もまた真だ。中国に対する米国の侵攻も想定不可能に見える。
第2に、ロシアと中国の利害はいつも一致しているわけではなく、それとはかけ離れている。それらの連携は防衛的な脈絡の中で意味をもち、ロシアは、中国が利用することを追求してきたような経験をもっている。その手段の1例こそ、シベリアでの合同軍事演習参加だ。しかしながら、1969年の中ソ決裂を背景としたモスクワと北京間の歴史的な紛争は非常に重い(それは当時、アムール川国境の支配を求める戦闘に導いた)。中国の影響力は、新シルクロードという習の大規模なイニシアチブによって中央アジアで相当に強化されている。しかしそこはプーチンが自分のものと見なしている地域なのだ。ウクライナへの侵略は東欧(ウクライナを含む)と西欧における中国の利益に不確実性をもたらした。モスクワの帝国主義的野心を名目に中国がそれ自身の欧州への野心を放棄するか否か、は明白ではない。しかしながら、北京にとってのあり得る最悪のシナリオは、気がついたら自身が単独でワシントンと敵対していた、というものだろう。
第3に、CCP内の習近平の地位は固まっているわけではない。彼のコヴィッド19パンデミックに対する管理は批判されている。軍の幕僚には、かつてそれが味合わされたことがある粛清が適用されていない。ぶっきらぼうに排除されてきた党機構の諸分派は、彼らなりの復讐の機会を待機中だ。習は、好きなだけ長く統治する――しかし彼に可能か?――ことを彼に許す憲法改正を強制した。大陸規模の国に9000万人の党員を抱える党は、意のままに指導されることなどあり得ず、彼の状況はおそらく外見よりもっと脆い。
全般化した
統治の危機
米国内のジョー・バイデンの状況は、議会内に実効的な多数をもてず、復讐にかられたトランプ主義の復帰という脅威の下で、すでにウクライナへの侵略時点で危機的だった。その時以来、最高裁のウルトラ保守派6人が行った(穏健な3人に反して)じわじわとした司法クーデターによって、ものごとはさらに悪化している。
われわれは今、極右(特にその福音派部分)が何十年もかけて、弁護士や判事を訓練し鍵となる地位に配置することで、諸機構での足場を準備してきた、ということを知っている。われわれは、議事堂襲撃に導いたトランプ派の策謀の度合いを知っている。そしてそれでも私が理解できないことは、最高裁の伝統的な機能と関係を絶つことで、生殖の権利を攻撃することによって、地球温暖化と戦う計画(それでもまさに手ぬるい)を阻止することによって、またこれは始まりにすぎず、彼らの反開明主義的攻撃は選挙の分野も含む他の諸分野で続くことになると周知することによって、6人が(6人だ!)米国で彼らの独裁をどうして押しつけることが可能になっているか、だ。
米国には、諸々の州の役割のような、相当なチェック・アンド・バランス機能がある。これは、超集権的大統領制の国であるフランスではない事例であり、そこではマクロンが、ブルジョア民主主義のある種権威主義的「超越性」を強要しようと挑戦中だ。とはいえその構想は幸いなことに、先頃の議会選で妨害を受けた(当面)。
情勢は欧州におけると同じく(たとえばボリス・ジョンソンの劇画調茶番)、大西洋をまたいでまさしく悲惨だ。われわれは、民主主義の苦悶の危機を通過中だ。 (つづく)
【訂正】「かけはし」9月5日号5面の『統一教会とは何か』の記事の、質疑応答の部分の中で、「例えば、新党議連推薦の」を「例えば、神道議連推薦の」に、訂正します。9月12日号2面、「安倍元首相「国葬」反対国会前集会」の本山央子さん(アジア歴史資料センター)のアピールを紹介しましたが、肩書が間違っていました。正しくは「アジア女性資料センター」でした。訂正しおわびします。
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