ブラジル 本物の闘いはこれから

ルラは辛うじて勝利したもののボルソナロ主義も活力保ち健在
ミグエル・クレスポ

 ブラジルで、ルラの勝利を認めないボルソナロ支持者が国家権力の3機関を襲撃するという事態が起きた。一昨年1月のトランプ支持派による米議事堂襲撃の模倣とも言えるが、ボルソナロ派の力を見せつけ、今後のブラジル政治への威嚇をも意味していると思われる。この事件へのPSOLの声明、およびブラジル左翼に課された任務を論じた論考を合わせて紹介する。 (「かけはし」編集部)

 ハラハラして、また投票率67%で、ルラは何とかボルソナロをしのぐことができ、こうして、1・5%の僅差で、また200万票を僅かに超える差で勝利することができた。これは、ブラジルの民主主義にとっての重要な民衆の勝利であり、またこの大陸に向けて基本的な地政学的反響を及ぼす民主主義にとっても重要な勝利だ。それは、この数年ボルソナロとその主要な地域的砦を確保してきた反動インターナショナルにとっての敗北を意味するだけではなく、この地域における新たな進歩的政府の波の打ち固めをも意味するからだ。

要警戒の権威主義的新自由主義

 この勝利はまた、ラテンアメリカと世界の左翼にとっての教訓をも含んでいる。おそらくそのもっとも重要なもののひとつは、ボルソナロ主義、およびブラジルブルジョアジーの有力な分派の政治指導部となる権威主義的新自由主義の能力を過小評価してきた、という教訓だ。なぜならば、ボルソナロは選挙では敗北したとはいえ、なお極めて大いに健在だからだ。ブラジルが民主主義を取り戻して以来史上もっとも小さい両候補間の差は、ボルソナロ主義とその回復力に十分な余地を与えている。
 ボルソナロはブラジルで初めての再選されなかった大統領だが、しかし彼は、この国の州のほとんどで大統領選の1位になることができている。またこの勢力は上院を支配するだろう。また下院でも主要勢力になるだろう。そして、サンパウロを始めとして、この国でもっとも人口の多い諸州の知事をも勝ち取った。こうしてわれわれは今、ボルソナロの敗北を前にしているが、ボルソナロ主義の勝利にも直面しているのだ。私は、ブラジルで終わったばかりの選挙の成り行きに対して、それが最良の評価だろうと考える。
 ボルソナロは、ディルマ・ルセフに対し成功裏に終わった反乱、ラバ・ジャト事件でのルラ収監、そしてブラジル政治の伝統的な諸政党、特に右翼のそれらの深刻な崩壊を経た2018年に何とか権力に到達できた。最後の格好な事例は、ブラジル社会民主党(PSDB)を代表する新自由主義者であるジェラルド・アルクミンの大統領選立候補だった。しかし彼は、メディアと既成エリートの支持にもかかわらず、第1回投票で僅か4・76%の得票率しか獲得できなかった。
 2018年のボルソナロの勝利はある種の抗議票だった。そしてそれは、ブラジル社会のさまざまな沈滞と恨みのこもった諸感情と結びついていた。しかし、ブラジル右翼の有機的な危機がなければあり得なかったと思われるできごとだった。この特殊な状況の中で、ボルソナロという人物が、ブラジルブルジョアジーの一定部分にとっての「ボナパルティスト」的選択肢として浮上した。その目的は、諸々の危機を縫い合わせること、またPT(労働者党)とルラ自身がその継承者である1980年代の労働者階級の諸勝利からなる政治的遺産を完全に破壊する綱領を適用すること、また進歩的諸政権のおずおずとした再配分政策を終わりにすることだった。

進歩への深い憎悪を動力源に


 リチャード・ニクソンおよびドナルド・トランプの顧問だったロジャー・ストーンの黄金律のひとつは、選挙キャンペーンにおける憎悪利用から構成されている。そして彼はそれを、愛と連帯よりももっと強力な動員要素だと考えている。憎悪は2018年に彼をこの選挙での勝者としたし、ボルソナロのキャンペーンのエンジンに燃料となった石油だったのであり、その後の政権の年月の中で権力行使を導いてきたものだった。
 それは、ルラのPTの最初の政権に刻まれた遺産に対する憎悪であり、しかしまた、この大陸上で発展中のフェミニズムの新しい波に対する憎悪でもある。さらに、先住民衆とかれらによるかれらの土地の防衛に向けられた憎悪であり、アフリカ人の末裔の民衆と国の政治生活へのかれらの編入に対する憎悪であり、性的多様性と新保守主義の道徳的秩序に対する疑問の突きつけへの憎悪であり、異なった者たちに対する、まさにかれらの経験に基づいて権威主義的な新自由主義の前進とその道徳的秩序を疑問視する者たちに対する憎悪なのだ。
 ブラジルにおけるボルソナロ現象は、ミカエラ・クエスタ(サン・マルティン国立大学教員)が述べたように、「孤立した例ではない。それは、ますます広がっている社会的権威主義と不可分の、現在の新自由主義の時代が内包する『健康な息子』だ。『強力な人物』が求められるのはまさにこれなのだ」。それはボルソナロが、うしろめたさから解放された極右、あからさまなレイシスト、女性蔑視主義者、反LGBTI主義者、宗教的原理主義者、反共産主義者、そして気候否認者の代表だからだ。
 そしてこの極右は、反ディルマ・クーデター後にテメルが代表したブラジルエリートの、同じウルトラ新自由主義の経済綱領、つまり残忍な手法に基づく労働者階級を犠牲にした野心的な経済再建、を守ることを止めようとしていない。そしてこのプロセスの中でボルソナロのボナパルティズムは、ブラジルブルジョアジーの多数派分派の「政治的指導部」としてそれ自体を確立する点で、自らをひとつの基本的要素であることを示した。
 事実として、右翼の立場に立つもっとも愛された特性をもの者のひとりであるモロ(セルジオ・モロ、始めはボルソナロ支持者で、ルラに対するラバ・ジャト事件起訴における指導的判事のひとり)との決裂は、右翼ブロックの政治的指導部を追求する彼の政権期の厳しい闘争の証拠となった。それは、勝算に反して、何とか勝ったのがラバ・ジャトのよく似た息子であるボルソナロで、彼の擁護者のモロではなかった、というような戦闘だった。

新自由主義強行への圧力は不変


 このやり方でボルソナロは政権の年月の中で、アウトサイダーであるところから、基本的な3点を基礎に置いた有機的な運動の建設へと何とか進むことができた。その3点とはまず、以前の段階で獲得された社会的諸権利に敵対する構造改革の適用に基づいて、ブラジルエリートの新自由主義経済綱領に役立つ「最小国家」だ。次に、首尾一貫して独裁の遺産を強調しつつ、権威主義的なボナパルティズム指導部による自由民主主義への疑問の突き付けであり、それはその主要な安定要素を軍と警察の中に確保してきた。最後は、「新キリスト教右翼」であり、特にペンテコスタル教会とネオ・ペンテコスタル教会との関係だ。
 ブラジルブルジョアジーの支配的ブロックの政治指導部に向けたこのような能力を備えたひとつの有機的な運動は、ボルソナロ主義をまさに危険なものにし、同時に、われわれが10月30日に確かめることができた選挙での抵抗力、およびその社会的根付きの程度で説明している。
 疑いが全くないこととして、トラック運転手やタクシー運転手といったボルソナロ派基盤の突出した部分にあからさまに向けられた社会的援助としての巨額支出が、それらの選挙結果の改善となった。しかしそれらだけでは、ボルソナロ主義が左翼をしのぐことができた知事選の結果も議会選の結果も説明することはできない。
 誰ひとりとして疑わないことだが、左翼の勝利はルラという人物なしにはあり得なかったと思われる。そしてそれは彼を不可欠にしている。事実として、ルラなしに「ルラ主義」を想像することは難しい。
 フェルナンド・アダシの敗北がそれを示している(アダシは2013年から2016年の間サンパウロの市長だった。2018年の大統領選では、PTの候補者として、立候補が最高選挙裁判所により禁じられた元大統領のルラの代わりを務めた。アダシは、ボルソナロの55・13%に対し44・87%でジャイロ・ボルソナロに敗退した。2022年には、ボルソナロ政権の一閣僚だったタルシシオ・フレイタスの対立候補としてサンパウロ州知事に立候補した。そして、タルシシオの55・13%に対し44・73%で第2回投票で敗北した)。
 しかしながら、ボルソナロについて取り替え可能な人物として考えることはありそうなことであり、そしてそれはわれわれに、ボルソナロ運動についてその現在の指導者を超えて語る余地を与えている。
 選挙後の抗議行動は重要だとはいえ、選挙の決定をひっくり返す真に真剣なもくろみというよりも、むしろ反動派の準備運動としての演習、また議会を操縦することへの警告を示している。しかし、圧力は街頭からだけ来ているわけではない。すなわち、ブラジルの大雇用主たちやそれらに関係するメディアはすでにすぐさま、勝利はルラのものではなく、ボルソナロに反対してきた全員のものだ、と言明した。
 したがって新大統領は、彼の綱領をすべてにわたって適用することはできず、むしろブラジルのエリートの利益に応じなければならない。まさにこれが、前行政部が取りかかった構造改革を逆転できると思われるような、ルラ政権のあらゆる再配分の気まぐれの穏健化に対するもうひとつの警告だ。

ルラ不用の新たな左翼の運動へ


 これらすべての「警告」は、ルラに対し実行される新たなクーデターに向けた諸条件を熟させるボルソナロ主義の能力に対し、われわれへの警戒信号にならなければならない。現副大統領であるテメルの少し前の過去を忘れないようにしよう。つまりトロイの木馬はすでに内部にいると思われるからだ。
 それは、新政権とブラジルの左翼をこれから攻撃するダモクレスの剣だ。そして、強力な自立した民衆運動の建設で対抗されないならば、政権の諸政策の穏健化と左翼の忍従に対する完全な口実になる情勢だ。
 われわれはそのような全体的連なりに対し、ウォルター・ベンヤミンの古典的なテーゼ、「ファシズムのあらゆる台頭は破綻した革命の証拠になる」、を何としても思い起こさなければならない。それは、今日も引き続き通用するだけではなく、厳密に文字通りではないとしても、権威主義的新自由主義あるいはネオファシズムが左翼の弱さにどれほど密接に関係しているかを理解する上で、おそらくかつて以上に適切な断言だ。
 それは、穏健化する、また民衆諸階級がもつ変革への期待を満たさない政府の危険に関し、心にとどめるべき有益なテーゼなのだ。期待が打ち砕かれるとき、その上に反動インターナショナルが築かれる暗い激高に燃料を与える、不満と挫折感が高まるからだ。
 そしてそれこそが、PSOLが果たさなければならない役割が不可欠になるところだ。ブラジル議会内左翼の第2党としてだけではなく、ラテンアメリカの新たな左翼の出現、すなわちファベーラ出身の若者、フェミニスト、環境派、さらに反資本主義派の登場をいかに表現すべきかをもっとも知る政治勢力としても、ということだ。
 この若い陣形には、行政部に左翼から圧力を加えることができる政治的かつ有機的な自立性の再確認に基づき、ルラの新政権と並進するという任務がある。それが支配ブロックの「左翼」となることに位置を定める誘惑から何とか逃れることができるならば、その役割ははるかに野心的なものになることも可能だろう。
 PSOLは、ボルソナロ主義に対抗する中で民衆の力を試す、そしてブラジルブルジョアジーの有機的な危機に対しエコ社会主義の展望に明かりを当てる、そのような運動にエネルギーを注ぎ、それをを築き上げる可能性をもっている。なぜならばそれは、ルラが不可欠ではない取り替え可能な人物である政治的運動を今建設する途上にあるからだ。10月30日、それはその達成に向けた貴重な時を得ている。(2022年11月5日、「プント・デ・ビスタ・インテルナシオナーレ」からデイヴィッド・ファーガソンが英訳)

▼筆者は、スペインのアンティカピタリスタスの指導的メンバーでポデモスリストで選出されたEU議会議員。(「インターナショナルビューポイント」2022年12月4日)  

クーデター策動派の攻撃を止めよう

2023年1月8日
PSOL全国執行委員会/連邦管轄区議員団

 国会議事堂、連邦最高裁、大統領公邸(アルボラーダ宮殿)に対する侵入は、ある種のクーデター未遂を意味している。ボルソナロ主義者は責任を問われることなく行動を続け、この種の「米国議事堂侵入」をブラジル的方法で推し進めている。ボルソナロ政権の前司法相であるアンデルソン・トーレス指揮下の連邦管轄区の治安部隊が示した寛容さは明白だ。クーデター派のエスカレーションを前にした軍警察の無作為も広く糾弾されている。
 この点からPSOLの連邦管轄区議員と全国執行委員会は以下の見解を主張する。
▼略奪行為に関係したテロリストであろうが、その資金提供者であろうが、これらに関係したすべての者の、法治民主主義国家を防衛する法に則った、特定と戒め的処罰。
▼連邦管轄区における公共的安全保障への連邦の介入。
▼連邦管轄区治安相のアンデルソン・トーレスの即時解任。
▼国会と連邦管轄区議会における治安部隊の無作為を調査する委員会設置。
▼情報提供のための連邦管轄区知事の召喚。
▼首都と諸州の軍本部前のクーデター派キャンプの即時解体。

 本日の行動は、ボルソナロ政権内外でブラジル人民に対し犯罪を犯してきた、また新たな犯罪を犯し続けているボルソナロ主義者たちに対しては、いかなる寛容さもあり得ないということを、一層重要なものにしている。
 PSOLは、このクーデター的攻撃を対抗なしに受け入れるつもりはない。われわれは、このクーデター派のイニシアチブに対決して法治民主主義国家を当局が守るよう主張することに加え、極右を止めるためには民衆の動員が決定的であると認めた上で、社会運動内のわれわれの行動に基づき、選挙の結果で今後も表現される主権を守る用意を整えるだろう。(「インターナショナルビューポイント」2023年1月9日)

THE YOUTH FRONT(青年戦線)

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