戦雲立ち込めつつある台湾海峡において
左翼はいかにして反戦の立場を構築すべきか
作者:劉項
原文:無國界社運/BORDERLESS MOVEMENT https://bit.ly/3pzNnkR
【訳者コメント:以前紹介した台湾問題における反戦理論の構築に関する論考を訳してみました。おもに中国と台湾の左翼の採るべき微妙な立場についての、中国の左翼側からの問題提起だと思います。筆者の詳細はわかりません。この議論に、もう一つの戦場となる可能性のある沖縄の反戦平和運動からの問題提起と議論への参加が決定的に重要なことは言うまでもありません。とくに日米政府の被抑圧民族としての沖縄の置かれている状況を、戦前日本の植民地時代、戦後アメリカ軍政府による支配の歴史を踏まえて提起できればいいのですが。以下、翻訳です。(い)】
この一年のあいだ、「左翼」はウクライナ戦争に対する立場をめぐり、非難と熾烈な論争を繰り広げてきた。しかし「左翼」とは幅広い概念であり、異なる左翼潮流のあいだでは統一した立場があるわけではない。しかし、この違いにあまり留意しない人々のあいだでは、「左翼」というレッテルに対する反感が生まれている。
このような困難な状況を生み出した理由の一つは、西側左翼において「まず自分の住んでいるところの帝国主義陣営を批判する」という伝統にある。あらゆる戦争についてこの原則を堅持することは、あまりに教条的すぎて、誤解を生むことは間違いない。しかし中華世界の左翼のなかで、この伝統的立場を継承することは問題をさらに大きくしている。つまり往々にして、アメリカを筆頭とする西側「帝国主義陣営」への批判を優先し、「自分の住んでいるところ」ということを忘れてしまうのである。しかし西側左翼がこの伝統を堅持し続けている理由は、アメリカ帝国主義が最強で最大で最凶だからという理由だけでなく、「トロイの木馬」戦術(自分の住んでいるところ=国内で戦うこと)が闘争にとって最も効果的だからという理由もある。
今後、大規模な戦争の可能性が最も高い地域は疑いもなく台湾海峡である。この文章を書いているさ中に中国共産党政府は軍事演習を実施し、「(台湾)島を包囲して圧迫する体制を引き続き保持する」ことを宣言した。ウクライナ戦争のとき以上に、中華圏の左翼はこの問題に対して声を上げなければならない。だが如何にして、頭の痛くなるようなどうしようもない立場表明を避けることができるのか。あるいは深く考え抜いた理論のみならず、すべての良識ある人々にとって理解可能な原則をいかにして堅持することができるのかを考えなければならない。
第一の原則:台湾は絶対に中国共産党の支配下に置いてはならない
「台湾問題は複雑」といわれる。しかしきわめて明快なことがある。それは、中国共産党はまったくどうしようもない統治者であるということだ。この点については、人権、社会的公正、財政、信仰の自由、女性の権利、少数民族の権利、政治的権利、腐敗、報道の自由、言論の自由、研究の自由、労働者の権利、司法の公正、経済的活力、環境保護、教育体制、スポーツ問題、動物の権利、社会的信用、ビジネス秩序、セクシャルマイノリティー、障がい者の権利、子どもの権利……などという多くの点からも論証可能である。かりに中国共産党が世界最悪の政府であり、台湾の現政権が世界最良の政権であるとは言えないにしても、少なくとも中国共産党が台湾の政権にとって代わってしまうことは大災厄であることは言うまでもない。どんな世論調査や住民投票を行ったとしても、このような未来(現在の中国共産党政権による台湾支配)は台湾2300万人の選択肢にはなり得ない。
もし「中国共産党の台湾支配は大災厄である」という原則のうえに議論を展開する論者がいれば、左翼はいうまでもなく論争に参加して議論を深めるべきである。それは左翼にとっても宣伝と教育になるからである。
もし「中国共産党の台湾支配は大災厄である」というこの原則を拒否したり、回避して台湾問題を議論するのであれば、それが自称「左翼」であろうと自称「右翼」であろうと、そのほかの何であろうと、そのような人々と交流することは時間の無駄でしかない。(訳注:中華圏一般での「右翼」は日本語の「リベラル」の文脈に近い)
つまり、議論する双方が、そのような原則を持ったうえで、「中国」とは何か、92年コンセンサス、台湾は歴史上どのように統治されてきたのか、反帝国主義と反殖民主義とは、という議論が意味を成すのである。
ではこのような原則において、中国と台湾が統一する可能性はあるのだろうか。
中華人民共和国憲法の第一条は「社会主義制度は中華人民共和国の根本的制度である。中国共産党の指導は中国の特色ある社会主義の最も本質的な特徴である」とする。「根本的制度」と「最も本質的な特徴」を掲げることで、中国共産党は何があっても中華人民共和国の政権の地位を自発的に放棄しないということを意味している。香港の事例をみればハッキリとしているだろう。台湾が香港と同じように中華人民共和国の一部となった場合(いわゆる「返還」された場合)、台湾は中国共産党によって統治されることは必然である。もし中台双方が現在の国号を放棄し、ひとつの新しい国家を形成し、民主的選挙を通じて新しい政府を選出するとしたらどうなるだろうか。中台の人口の差異は巨大であり、さらに中国国内に根を張る中国共産党の存在によって、もし現段階で選挙を実施したとしても台湾人が満足する結果にはならない可能性が高い。つまり現時点において、多様な可能性のある統一案は見えてこない。
さらに、現時点において左翼の原則的立場を測るうえで、将来において統一すべきか否かは問題にはならないだろう。
第二の原則:最大限可能な限り戦争を回避する
この世界には「よい戦争」などは存在しない。いかに名誉と正義の名のもとに宣戦布告されようとも、戦争においては残忍な殺戮、民間人の死傷、自然環境の破壊を避けることはできない。戦争は残忍な解決手段であり、それは文明の発展に応じて淘汰されなければならない。たとえ現在の帝国主義的規律やそのほかの人類社会が腐敗にまみれ、「戦争のない社会」がユートピアに過ぎないとしても、国家間のあいだには、政府間のホットライン、軍縮会議、軍事協定など戦争勃発を阻止するさまざまなチャネルが存在しており、戦争を回避することができる機会は常に存在している。
台湾問題の具体的な方針については、第一の前提である、中国共産党政権の台湾支配を拒否するという立場を踏まえつつ、戦争を回避するために中国政府を過度に刺激する行動は避けるという方針は受け入れることができるだろう。たとえば、新国家の樹立宣言はしない、核武装はしない、外国の軍隊の駐留は認めない、先制攻撃の準備はしないなどである。もし華人世界に反戦運動が存在するとすれば、中台双方に対して「先制攻撃はしない」ことを約束させ、軍備縮小の交渉をせよ、と要求するだろう。
第二の原則は、もし戦争が勃発した場合、中国政府がどのような理由をつけて武力統一に乗り出そうとも、あるいはアメリカや台湾が中国側の武力統一を阻止するという理由で「先制攻撃」を行ったとしても、いかなる理由であろうとも「先制攻撃」した側がもっとも厳しい批判を受けることを意味する。もちろん、いったん戦争が始まってしまえば、反戦運動の複雑性はさらに増大する。いかなる条件において停戦すべきか、戦火を攻撃した側の領土にまで拡大させるべきか否か、外部勢力の介入を支援すべきか否か、これらの問題はおそらく、それほど単純に原則化することは難しいだろう。
同じ中国語の世界にあるとはいえ、中国大陸と台湾の左翼の具体的任務は同じにはならないだろう。中華民国はすでに大陸反攻は放棄しているし、中華人民共和国は武装統一を放棄していないことを強調しており、後者の戦力は大いに前者を上回っている。つまり、「自分の住んでいるところ」で発動された戦争に反対するという責任は、中国大陸の左翼の側のほうがより大きくなる。しかし「反国家分裂法」など法的規制によって、中国大陸において武力統一に反対することは政治弾圧のリスクが伴うことから、公然と声を上げて先制攻撃の発動に反対することをすべての活動家に要求することも非現実的である。しかし中国大陸の左翼には少なくとも次の立場を維持することが求められる。つまり武力統一万歳の合唱に加わらないという立場、帝国主義の争奪戦において一方の側には立たないという立場である。
第三の原則:台湾の自衛武装の権利を認める
私は軍拡競争には反対だが、台湾が保有する戦力が、戦争勃発を阻止してきた決定的な理由のひとつであることは認めざるを得ない。仮に中華民国がその軍事力を放棄してしまえば、中国共産党政権は戦争を発動する必要はなくなるが、強権的な統一に必ず乗り出すだろう。
その点において、第一の原則と第二の原則は衝突する箇所がある。つまり、台湾は戦争を回避するために中国政府の支配を受け入れるべきか否か。それに関して、台湾では防衛能力を強化することで、武力行使による統一という目的を阻むというのが、これまで続けられてきた方針であった。この方針は当然にも、この地域の軍拡競争という状況を作り出したが、他方で中国共産党政府の支配と武力行使を実際に阻止してきた。
しかし台湾の経済的実力は、このような永続的な軍拡競争に耐えられないし、現在すでに中国軍の恫喝を自国の軍隊によって阻止することはできなくなっている。ウクライナ戦争では西側の武器によって武装した軍隊がロシア軍の侵攻に抵抗し続けているように、台湾海峡においてもそうであることを証明しているが、小国は戦争において外部から継続した支援が必要であることも確認された。
台湾左翼はこの問題において苦境に立たされる。「自分の住んでいるところ」の政府が過度な窮兵黷武(きゅうへいとくぶ)、つまり無謀な軍備拡張や民生費用の削減を行ったり西側の軍需産業の餌食になることに反対しつつ、侵略の危機にさらされる弱い側にある正当な訴えを受け止めなければならない。この両者の間のバランスをいかに保ち続けるのかを深く考えなければならない。
それに比べると中国大陸の側の左翼はもう少し単純な立場に立つことが可能である。つまり台湾の自衛権を認めるということである。それは、ウクライナ政府はこれ以上の債務超過を避けるために西側からの武器を購入すべきではないと主張するロシアの「左翼」がいるとすれば、世界中から「プーチンの犬」と失笑を買うだろうという想定にも通じるところがある。
では、台湾の自衛権には第三者の介入が含まれるのだろうか。アメリカが介入するかどうかは、アメリカ自身の利害から出発するだろうが、米中間の衝突それ自体は人類にとっても大いに有害ではある。しかし台湾の立場から考えた場合、アメリカの軍事保障が中国共産党政権による支配と武力行使を阻止していることも、また現実だといえる。もし中国共産党政権による武力侵攻が発生した場合、台湾の民意がウクライナと同じく第三者の介入――武器、補給、情報の提供など――に反対しない場合は、左翼はその介入に原則的な反対をすべきではないだろう。もちろん、中国とアメリカの二つの核大国の直接的な武力衝突を回避することが極めて重要であることは言うまでもない。なぜなら、それがどれほど壊滅的な事態を引き起こすのか予想もできないからである。だがその状況は、台湾問題の範疇をはるかに超えるものとなり、その際にどのような立場をとるのかという議論は、また別に行う必要があるだろう。
ま と め
左翼であればどこに住んでいようとも、上記の三つの原則は台湾問題の基本となるべきである。そのうち、第一の原則はもっとも明白であり、異論が出ることはすくないだろう。あとの二つは、戦争についての極端な状況のなかで、「過度に理想化されている」と批判が出る可能性がある。しかし、いまだ戦争が始まっていない状況においては、さまざまな立場を議論することは総じて有益であろう。火山の噴火口の近くにある中国大陸と台湾の左翼は極めて弱体であり、これらの問題において不注意な態度をとることで、今後長年にわたる汚名を後世に残すという危険がある。ゆえに、とるべき立場を慎重に構築すべきである。
THE YOUTH FRONT(青年戦線)
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