アルゼンチン この国でのフェミニスト運動

社会的再生産の危機を生み出した
新自由主義に女性が主役で総反攻

すべてをフェミニストの課題に

カミラ・ヴァッレ

 アルゼンチンのフェミニスト運動は、新自由主義と右翼双方と対決する闘いの前線に位置してきた。心にとどめられるべき第1のことは、われわれがアルゼンチンの、南米のチリのような他の諸国の、またもっと幅広くラテンアメリカの新自由主義について語る場合、社会構成のあり方として広がり、搾取と抑圧と対決する闘いを形作っている、その極めて特殊な歴史について語っている、ということだ。新自由主義は、1970年代と1980年代に残忍な軍事独裁の形態で国家的なまた準国家的なテロリズムを通して据え付けられた。そしてそれは米国によって支援された。

新自由主義への総反攻の展開


 アルゼンチンでは独裁政権によって、3万人が身の毛がよだつようなやり方で消された。より悪名高い事例のひとつはわれわれが死の飛行と呼ぶものであり、そこでは人びとが、拉致され基地に収容された後、薬物を飲まされ、裸にされ、飛行機かヘリコプターに積み込まれ、その後水中に投げ込まれ遺体になるのだ。
 それらの体制は金融改革、緊縮政策、信用供与と債務の拡大、大企業と銀行の強化を実行した。そのように、アルゼンチンのような国の場合、新自由主義はそのまさに始めから、個人的な権利や何らかの種類の進歩主義からなる言葉に覆い隠されることはなかった。すなわちそれは、非常にはるかに極端な直接的で抑圧的な暴力と組にされた。そして米国とEUのある者たちはそれを、より「典型的な」新自由主義の堕落と特性付けたことがある。
 アルゼンチンは2001年から2002年に急速に、当時のあらゆる国に対する最大の債務不履行を経験した。この国は深い危機を経験し、その中で住民の過半は深刻な貧困に押しやられ、社会では政治的安定がゼロになった。つまり、その時までは新自由主義に何らかの政治的正統性があったとしても、その時点でその正統性は完全に消え去った。
 2001年12月、5人の大統領が現れては去り、大規模な蜂起があった。何百万人もが街頭に繰り出し、反乱がとった表現は、伝統的な全政党に対する反対――蜂起のスローガンは「全員が去らなければならない」(そしてそれは筆者の考えでは、あらゆる者に関係する可能性がある)――だった。そして危機へと投げ込まれ同時にまた非常に幅広い規模で反攻しつつもあった全社会のこの進展はまた、新たな政治的可能性が開かれた、ということも意味した。
 諸々の工場占拠、労働者や労組や学生や失業者の運動、居住区総会、クイアやトランスの組織化、相互支援のネットワークがあった。すべてのものが底辺から異議を突き付けられ続け、そしてその組織化が将来の闘争の基礎作業になった。そしてそのすべてには主役としての女性たちがいた。
 だからこれは、その中で人びとが成長した社会的危機と闘争からなる全体的関係であり、個人的にかつ集団的にもたらされている歴史であり、またこの5年から10年を通じてアルゼンチンに現れた大衆的フェミニスト運動の鍵になる構成要素だ。

重荷を女性に集中させた諸構造

 アルゼンチンにおける21世紀は、多くの形で、新自由主義が作り上げた危機によって定められている。この危機は、社会的再生産の底深い危機としてもっともよく理解される。それは、女性化された労働の残酷と言えるほどの増加、超搾取、公共インフラと公共サービスの私有化、そしてそれらの範囲の限定によって維持されている。
 これらの変化は、社会的再生産の任務(子どもや病人や高齢者の世話のようなものごと、また食糧や教育を提供する労働)を、圧倒的に女性によって、クイアによって、またトランスジェンダーの人びとによって、不払いのまた義務的な労働として遂行されるとされる私的な空間へと、力づくで押しやってきた。社会的ケアのこの広大な私有化は、低所得層を無理矢理、食糧から非合法中絶にいたるまでの必要をまかなうための借金に向かわせた。そのようにして、この国がIMFのような帝国主義諸機構に対する債務に向かったと同時に、労働者階級と貧しい人びとは巨額な個人的債務へと向かった。
 この私有化、市場化、また緊縮のすべてを正当化するために国家は、社会的再生産は生物的男女異性間核家族の責任という考えに基づく伝統的なジェンダー役割を強化しつつ、「家族の価値」を呼び出した。こうして、経済的にかつイデオロギー的に新自由主義は、緊縮の費用を個人的にまた私的に背負うことを、また必然的に伴う道義的でイデオロギー的な荷物を当たり前にし受け入れることをわれわれに強要しつつ、服従の構造を強化するために機能した。

巨大な抵抗の爆発は必然だった


 このすべてが巨大な抵抗を爆発させるのはまさに時間の問題だった。そしてその抵抗は、この20、30年にわたる反対の深い水脈を利用した。2015年、ニ・ウナ・メノスの運動、翻訳すればもうひとりも許さないという、女性殺人とジェンダー化された性暴力と家庭内暴力に反対する運動がアルゼンチンで爆発した。
 それは、暴力をめぐる多くの運動同様、メディアで報じられた特殊な事件によって引き金を引かれた。それらのひとつは、19歳のダイアナ・ガルシアに対する女性殺人であり、彼女はブエノスアイレス州の小さな町の道ばたで、ゴミ袋に詰め込まれた彼女の遺品と共に発見された。
 3ヵ月後、14歳で妊娠2、3週のシアラ・パエズが彼女のボーイフレンドの家の庭に埋められているのを発見された。彼女は、妊娠を終わらせる医療措置を受けるよう無理強いされた後ボーイフレンドから撲殺されていた。彼は告白し、母親から助けを受けたと認めた。
 この殺害に応えて、数千人が街頭に繰り出し、ひとつのハッシュタグが出現し、人びとや友人の間で、学校でまたソーシャルメディアで、ジェンダー暴力をめぐる討論のいわば爆発が起きた。大デモ終了の24時間後、政府は、統計数字をまとめるために女性殺人の集計部局が設置されるだろう、と公表した。
 翌年、ニ・ウナ・メノス共闘は もうひとつの女性殺人が明るみに出た後、最初の全国女性ストライキを組織した。それは、黒衣をまとった抗議の人びとによる、午後の始まりにおける1時間の作業と学業の停止からなっていた。これらの抗議行動は、地域規模になり、広がり、国際的な勢いを獲得した。チリ、ブラジル、エルサルバドル、グアテマラ、メキシコ、スペイン、イタリアのような他の多くの国で別のストライキやデモが起きた。
 経済的な危機の真ん中で、ニ・ウナ・メノスや中絶運動――それまで何年も組織され続けてきた――のような他の運動が、諸要求に基づく非常に具体的な闘いとして、一定の展望をもって、大衆的意識への影響を付随させて真に離陸した。後者はその後、この国の医療ケアシステムの一部として、権利とサービスとしての中絶合法化という形で頂点を迎えた。2020年12月における勝利の日は、大規模な祝賀の1日になった。

フェミニズムは闘いの中で拡張


 この闘いは、アルゼンチンのフェミニズムがどのように明瞭な集団性と階級的性格をもつようになっているかを例証している。それは、私の身体、私の選択にだけ関わってはおらず、それは、それらが重要だとはいえ、個人の権利の問題ではない。この闘いは、私の身体は他の諸々の組織体と切り離されて存在してはいない、という理解に依拠している。それは、農地や水や地球に起きていること、先住民の闘争、警察の暴力、さらにわれわれには責任のない債務をIMFに返済するためにわが政府が押しつけた緊縮、これらと切り離されて存在しているわけではないのだ。フェミニスト運動が行うことができたことは、すべてのことをフェミニストの課題にすることだった。
 われわれはアルゼンチンにおける現代フェミニズムの特性となったこの拡大化を、アルゼンチンの民衆が危機と暴力を経験してきたさまざまな道筋すべての一体的織り上げとして、またかれらが政治変革の第1の要因としてどのように自ら経験してきたかの一体的織り上げとして理解できる。それは、社会に起き続けていたことについて考える新しい方法――ジェンダー、暴力、仕事、公民権剥奪、強奪についてわれわれはどのように考えるか――に道を開くことになった。そして、家庭内と公事、街頭と居住地、といったほとんど二項対置的な理解をたたき壊しはじめた。
 私はこの重要性を強調したい。理由は、われわれが大衆運動をどう建設するかを考える場合、われわれはしばしば、その懐柔を要する部分について考えをめぐらすことを、大規模なことは必ず政治的な妥協を必要とすると、教えられているからだ。私が言いたいことは、論争や内部の権力闘争的力学はなかった、あるいは一定の論争を行うことを迫られなかった、とは言わないまでも、アルゼンチンでは全体としてみた時その逆が真実だった。ということだ。
 フェミニストの運動はあらゆるところで、ジェンダー化された暴力や性差別的暴力や中絶のような「伝統的な」フェミニストの要求と考えられているものをめぐる闘いであると共に、それは同時に――そしてしばしばそれを理由にフェミニストの運動になったのだが――他の要求をめぐる会合、組織化、闘争だった。そして後者もまたフェミニストの要求だが、伝統的にはそのような形では考えられていない。鍵になることは、あらゆることをフェミニストの課題にする、ということだ。(2023年6月12日、「スペクター」より)

▼筆者は作家で活動家。(「インターナショナルビューポイント」2023年6月13日)

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