イスラエル サミ・アブ・シェハデーへのインタビュー

司法改革めぐる市民的決起では
パレスチナ人の権利を完全無視

反司法改革運動が照らし出す真実への直視を

 7月、イスラエルの極右政権は、この国の最高裁が保有する権限を掘り崩す法を通過させた。この法に反対するイスラエル人の抗議行動は、その鍵になる特徴のひとつにはほとんどふれてこなかった。それは、パレスチナ人の諸権利を踏みにじるのをもっと容易にすらするものなのだ。

パレスチナ人市民と司法改革

 先月、イスラエルのベンヤミン・ナタニヤフ政府は、前例のない大規模抗議、ストライキの脅し、さらに軍からの辞職にもかかわらず、政府の決定を無効にする最高裁の力を弱める物議を醸した司法改革法を、イスラエルの議会であるクネセトで通過させた。「司法へのクーデター」とあだ名をつけられたこの法は、イスラエル人のリベラルから、イスラエルの民主主義への存在に関わる脅威と見られている。そしてそれは、ユダヤ人のイスラエル人社会を激しく分断することになった。
 しかし、ネタニヤフに反対する「親民主主義」抗議行動は、どぎついほどの脱落部分を見せつけている。つまりパレスチナ人であり、かれらに対しイスラエル民主主義はこれまで全く存在してこなかった。
 サミ・アブ・シェハデーは元クネセト議員のパレスチナ人イスラエル市民であり、政党のバラド(民族民主会議)の指導者だ。イスラエルのパレスチナ人市民は 制度的な差別に直面し、国家も公然と自らを「全市民の国家」ではないと宣言しているものの、パレスチナ人市民はこれまで投票権を保持し、西岸やガザの仲間のパレスチナ人よりもはるかに条件はいいと言える。何と言っても後者は、軍事占領、追い立て、封鎖、さらに頻発する軍事攻撃の下で暮らし、かれらを支配するイスラエル国家の下で、全く権利をもっていない。
 以下ではジャコバン誌向けに、イスラエルの現在の政治的な画期について、また本当のところかれらを全く含んでこなかったイスラエルの「民主主義」をめぐる対立についてパレスチナ人がどう感じているかについて、ジョルダン・ボラーグがシェハデーにインタビューした。

新旧エリート間の闘争が進行中

――イスラエルでは何が進んでいるのか? 司法改革法の通過に対するあなたの対応は?

 イスラエルで今起きていることは極めて複雑な情勢だ。しかし、それを何か新しいものと読み取っている者たちは、現実とはかけ離れている。われわれが今見ているものは、イスラエルにおける重要な決定作成プロセスすべて近くを支配するファシスト右翼、および信仰に凝り固まった極端な民族主義的ユダヤ人グループに向かう退歩からなる、少なくとも20年の結果だ。われわれはまた、イスラエルの政治的議論の、現実の読み解きとそれへの対処における熱に浮かされた宗教的なやり方への退歩をも見ている。
 宗教的な民族主義過激派――シオニスト――による重要な決定作成過程すべての支配権奪取、またイスラエル全省庁やイスラエル政権内の重要な部署すべてにおける過剰代表には長いプロセスがあった。これらの新しいエリートたちは、古いエリートたちと今戦闘中だ。つまり、イスラエル国家を創建した古いエリートたちはリベラル・シオニストだったのだ。
 ただパレスチナ人から見れば、その両者共入植者の植民地主義者で、その設定課題の双方ともユダヤ人至上主義の上に構築されている。
 それらの間の闘争は、世界のこの部分でかれらが率いたいと思っているのはどんな種類のユダヤ人至上主義か、に関している。古いエリートは、人種に基づくユダヤ人至上主義を築きたいと思っているが、それでもそれは、ここに住むユダヤ民衆をリベラルなやり方で扱う。そして新しいエリートは、熱に浮かされた宗教的な民族主義に基づき確立されているユダヤ人至上主義を率いたいと思っている。かれらは、イスラエルでかれらが率いたいアパルトヘイトのアイデンティティをめぐって闘争中なのだ。

われわれに民主主義は不在だ

――われわれはこの間、司法改革への応答として、大規模な抗議運動とストライキの脅し、また軍からの辞職を見てきた。イスラエルのパレスチナ人市民としてあなたに、この反政府の親民主主義運動はどれほど合うものがあるだろうか?

 われわれはこの抗議運動の一部ではない。その政治的要求がわれわれの政治的要求から全くかけ離れているからだ。国家の支配を取り戻そうと今挑んでいる古いエリートは、全員にとっての公正と平等という価値に基づいて国家と社会を築きたいとは思っていない。かれらがやりたいと思っているただひとつのことは、イスラエルにおける前回選挙以前へ2、3ヵ月戻ることだ。かれらの観点からは、かつてのレイシズム的アパルトヘイト体制は、それがパレスチナ人の命を破壊しただけである限り、耐えられるものだった。それは、それと共に生きることもできると思われるものだった。
 このレイシズム的アパルトヘイト体制の犠牲者としてのわれわれにとって、イスラエルの歴史の中には、われわれが戻りたいと思う良いものは何もない。われわれの政治的設定課題は全面的に異なっている。われわれはもっとよい未来を築き上げることを目標にしている。そしてそれは、人権の諸価値の上に――主には、世界のこの部分に今生きている人々すべてにとっての公正と平等の上に――築かれるものだ。
 われわれは、イスラエル国家を人種に基づき作り上げられている国家から、ユダヤ国家から、全員にとっての公正と平等の上に築かれる、そしてユダヤ人であろうとなかろうと、全市民を平等に扱う正常な民主主義へと変革するような、イスラエル政府内部の決定的な変化を欲している。
 われわれは、世界のこの部分の先住民であり、ユダヤ人ではない。われわれはこの国家の住民では20%だが、全員にとっての、ユダヤ人にとってのまたわれわれにとってのもっとよい未来をもちたい。両側――司法改革を支持している者とそれに反対している者――のどちらもユダヤ人至上主義のシステムを欲しているからには、われわれは、今日まで存在してきたものとは異なる政治的プロジェクトをもたなければならないと確信している。
 イスラエル国家内で住民の20%を占めるアラブ・パレスチナ人のマイノリティは、今回の抗議運動の一部ではないというだけではなく、そもそもわれわれは、イスラエル諸制度に本当はまったく関わってもいない。あなたがイスラエル国家設立以来の省庁すべてを点検すれば、われわれはほとんど存在したことはない。あなたがこれらの省庁のトップすべてを点検するならば、そこにわれわれが代表されることは全くなかった。イスラエルの国家と社会の現在と将来の計画を扱うすべての重要な決定作成プロセスをあなたが点検すれば、そこにわれわれはいないのだ。メディア内にも、文化の中にも、スポーツにも、どんなものにも、だ。

最大の犠牲者はパレスチナ人だ


――主流メディアが親民主主義運動について語る場合、この司法改革の理由として、もっぱらネタニヤフと彼の個人的腐敗に焦点を絞ってきた。しかし、この改革が司法相のヤリブ・レビンのようなイデオローグによって、特に、裁判所がパレスチナ人の権利を保護するのを止めさせるために、より合法的な入植を容易にするために、ユダヤ人住宅街にアラブ人を、またパレスチナ人をイスラエルの高速道路に入らせないために、推し進められてきた、ということも明確になっている。他方で、イスラエルの最高裁がともかくもパレスチナ人の権利を保護することは極めてまれだ。この現実を前提として、パレスチナ人はこの時期をどう切り抜けるのか?

 あなたは正しい。つまり、イスラエルの高裁のことだが、パレスチナ人の問題を扱うあらゆる重要な大問題で、われわれがそこで正義を得たことはない。しかしそれでもわれわれはもっと悪くなる情勢は望まない。
 イスラエルの司法システムの今回の弱体化でまっ先に影響を受けることになる者は、グリーンラインの両側にいるパレスチナ人になるだろう。つまり、イスラエルのパレスチナ人市民、そして1967年の占領下で今暮らしているパレスチナ人だ。
 僅かな例を示したい。まず私は民族民主会議〔バラド〕という名称の政党の代表だ。われわれがわれわれの政党を創立――理由は、われわれの主な設定課題が、イスラエルをユダヤ国家から正常な民主主義へ、全市民の国家へ変えることだから――して以来、シオニスト政党すべてがわれわれに敵対してきた。イスラエルの法の下では、選挙管理委員会はクネセトのメンバーで構成される。それゆえあらゆる選挙でかれらは、選挙への立候補からわれわれを締め出すことができるのだ! われわれは高裁に訴えるのが通例で、高裁は少なくとも選挙で争う権利をわれわれに与えるだろう。しかし新たな司法改革によって、われわれはそれが今後できなくなる。
 いかなる政治システムでも、抑圧に対して個々の市民や集団を守ることができるような、チェック・アンド・バランスがある。通常主要なものは憲法だ。イスラエルでは憲法というものがほとんど存在していない。したがって、われわれの権利を救う、あるいは守ることができるものは何もない。チェック・アンド・バランスのもう一つの重要な形態は、互いに平衡をとるようないくつかの異なるシステム〔つまり、行政、立法、司法〕を備えることだ。イスラエルではこれもまた存在していない。政府と議会が同じだからだ。
 われわれが正義を求めることが、あるいは少なくともわれわれへのシステムの抑圧を減じることが可能と思われる唯一の場は、イスラエルの高裁を通じるものだ。新たな司法変革は、この高裁から多くの権限を取り上げたいと思っている。こうしてわれわれは、われわれが以前行った最低限のこともできなくなるだろう。われわれはそこでわれわれが欲したものすべてを勝ち取ることはなかったが、しかし少なくともわれわれは、われわれ自身を守るために試みることができそうな場を確保していた。この司法改革が採択されれば、われわれはこの最低限すらももてなくなるだろう。

憲法のない国家を創建した理由

――これらの改革は、法の「合理性」解釈における裁判所の権限を限界付けている。しかし裁判所は、イスラエルには成文憲法がないがゆえに、この権限を唯一必要としてきた。そしてこのことは、米国の聴衆には理解が難しいかもしれない。イスラエルにはなぜ憲法がないのか、またその含みは何か?

 2、3の重要な理由からイスラエルには憲法がない。かつての時代の正統派宗教諸グループは、シオニズムを世俗的運動と扱った。つまりかれらは、シオニストを無信仰、神を信じていないと責め立てた。そしてかれらは、かれら自身とシオニストの間に総意があり得るとは考えなかった。成文憲法は、当時の国家と社会から宗教諸グループを全面的に消してしまうと思われた。それゆえイスラエルの建国者たちは、それらをその構想の一部としてとどめる目的で、憲法を起草しなかった。
 これがひとつの理由だ。もうひとつの重要な理由は、イスラエル国家が最初からユダヤ人至上主義の上に築かれたということだ。〔イスラエルの建国者たち〕は民主的な憲法を起草できなかった。かれらは、かれらが、世界のこの部分の先住民衆とみなされている住民の20%――アラブのパレスチナ人マイノリティ――を差別的に処遇するユダヤ人至上主義に基づいたシステムを建設しようとしているということを、最初から分かっていたからだ。
 もうひとつの重要なことは、イスラエル国家設立後、イスラエルが住民のその20%を軍の支配下に置いたということだ。軍隊システムによってその市民の20%を統制する国家を想像してみて欲しい。これは憲法の下では機能不可能だと思われる。
 昨今では、われわれが民主的な憲法について話し合おうとする場合、残念ながらシオニストの中に相手をもてていない。シオニスト諸部分の圧倒的多数は、さまざまなシステムで和解する用意があるが、しかしそのすべては、シオニスト諸派に従えば、ユダヤ人至上主義を維持しなければならなのだ。何らかの種類のユダヤ人至上主義を維持することが意味するものは、そのシステムでは市民内部に平等はあり得ないということだ。平等がなければ民主主義もない。まさに単純なことだ。シオニストたちは、かれらが平等の価値に関し問題を抱えていることを、最初から完全に自覚していた。

イスラエルの真実を見る好機

――今回の騒動全部を受けてわれわれは今、ハイテク諸企業がその資産を「創業国」から動かそうと、あるいは完全に離れようとしているのを見ている。またイスラエルの銀行は、この司法改革を原因とする経済的リスクについて今警告を発している。諸資本が国を離れつつあることで、ネタニヤフ政権は皮肉にも、ボイコット・投資引き上げ・制裁(BDS)運動が何年もそこに向け努力を続けてきたことを、仕上げることになっている。そしてニューヨークタイムスの中でブレト・ステファンス(米国の保守派ジャーナリスト:訳者)は、BDSよりも打撃が大きいとして、イスラエルの「自傷行為」を嘆いた。イスラエル国家のこの不安定さは、パレスチナ運動に対し好機を差し出しているのか、またこのすべてに見合う上部構造はあるのか?

 このすべてに見合う上部構造があるとは考えない。われわれがよく使う格言がある。つまり、列車はもう駅を出た、というものだ。われわれがイスラエルの国家と社会の中で見ているものは、ファシストが国家を支配する前夜のイタリアに完全に似ている。残念ながら、ユダヤ人多数派の中には、情勢を救出することができる、またわれわれをもっとよい場所に導くことができる真剣で理性的な民主的運動が全くない。
 もちろん、端っこには偉大な活動家たち――もっと良いものを築こうと挑戦している偉大な人びと――がいる。しかしこれらの人びとは全面的に周辺的であり、かれらの数は非常に少数だ。
 ここにパレスチナ人にとっての好機はあるのか? 私は今非常に大きな好機を見ている。今起きていることは、われわれが何十年もそれについて警告し続けてきたものを世界が見るのを助けている。世界が、真実を見ることを、イスラエルの本当の顔を見ることを、世界のこの部分に築かれたアパルトヘイトシステムを見ることを、シオニストの構想が内包するレイシストの要素を見ることを、何十年もパレスチナ人をイスラエルが扱い続けてきたやり方を見ることを、今助けているのだ。(2023年8月10日、ジャコバン誌より)(「インターナショナルビューポイント」2023年8月11日) 

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